ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

世界は誰かの仕事でできている。  


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いいコピーだよねー。
誰が書いたのか調べてないけど、
格言みたいにパンチのある言葉だねぇ。
日本コカ・コーラの缶コーヒー・GEORGIAの
おなじみの宣伝コピーだよね。

缶コーヒーって、ガテン系はじめ営業担当や事務職でも、
一所懸命働く人のブレークタイムに一番飲まれる飲料
なんだよね、きっと。
だから、働く人を感動させるものがあるんだわな。
「そうだ、私だってこの世界ため、人のため、
一所懸命働いているんだよ~ん」ってさ。


チカラのある言葉
よく考えてみれば、自分の身の回りのモノやサービスは、
ほとんどがみ~んな誰かが考えて、作って、運んで、
提供しているものだもんね。
うむ、1ミリの隙もなくその通りだと思う。
まったく疑いようのない論理。
こういうのを “チカラのあるコピー” というんだな。


2つ以上の “窓” のあるセンテンス
しかも、このフレーズには、“広がり” があるよね。

トルストイの「人生の唯一の意義は、人のために生きることである」、
日本のことわざの「情けは人のためならず」、
折しもだけど、澁澤榮一の「できるだけ多くの人に、
できるだけ多くの幸福を与えるように行動するのが、
我々の義務である」、『 論語と算盤』、
近江商人の哲学「三方良し(自分良し、相手良し、世間良し)」
なんかを思い出させられるし、
「世界中の誰もが、一人だけでも愛することができれば、
世界中の人が倖せになる」とか、
「自分のことしか考えていないやつはモテない、成功できない」とか、
「コロナ禍で、世界中が自国ファーストになったらどうしよう」とか、
「社会主義と自由主義は、どっちがいいんだ?」とか、
哲学的なことにまで思いめぐらせてもくれる。
短い言葉なのに、深く、多くのことを思い起こさせてくれるよね。

いい宣伝コピーを書くコツは・・・
① 論理的に破綻していないこと
②2つ以上の “窓” を設置すること
③ 時代性やターゲット特性にマッチしてて共感度の高いこと

・・・って習ったことがあるんだよ。

そう、“窓” とは上記のように、読んだ人が想起する概念のことさ。
僕は、この「世界は誰かの仕事でできている。」を読んで、
少なくとも8つの窓を開いたわけで、②を大きくクリアしてるし、
まったくその通りだ、と思える点で①もクリアしてる。
個人主義や、保護主義や、なんでもかんでもハラスメントって訴える
時代への警鐘とも言えるタッチという意味では③にも合致してる。
つまり、メカニズム的には申し分ないものだと言えるんだな。

“2つ以上の窓” といえば、てっとり早いのが “ダジャレ”。
「でっかいどう、ほっかいどう。」
ってのが、昔あったよね。
JALだか、ANAだか、JTBだか忘れたけど、
旅行促進キャンペーンのコピー。

これは、二つの単語でダジャレをかまして、
北海道には広大な草原や原野があったりして
事実物理的にでっかいし、
いろんな(でっかい)楽しみもあるぞ、って言ってるわけで、
ダジャレの面白さ+でっかい楽しみ×2
・・・っと3つの窓を持っているわけ。

北海道は広い(でっかい)に違いないから、①もクリア。
“でっかいどう” って語感が、旅行のウキウキ気分に
マッチしてて、③もクリアしてる秀作ということだね。

でも、ダジャレというのは、受け手の感性によっては
「とほほ」とネガティブに感じることもあるわけで、
書き手のお笑いのセンスも問われて、
お笑い論にまで突っ込んで考えなければならなくなるという、
なかなか難しいワザなのだよ。

・・・でなんのハナシだっけ。
そうそう、「世界は誰かの仕事でできている。」は、
そういうすばらしいセンテンスだということ。


“共感” だけをねらったコミュニケーション
でもさ、この宣伝コピーでは、
GEORGIAのことをひと言も言ってないよね。
「これにこだわっているから、GEORGIAはうまい」とか、
「これこれこう、あっちのやつよりうまい」とか、
「こうしたので、健康にいい」とか・・・
GEORGIAを選んでもらう理由が一つもないっしょ。

あの広告を観て、「ああ、缶コーヒーが飲みてえ」
と思った人が、いつものサントリーのBOSSや
ダイドーの缶コーヒーを買いに行っちゃうかもしれない。

しかも、缶コーヒーのことさえもちょっとも
言っていない
、という奔放さ。
フツーなら、こんなんでいいのかよ、って思ってしまう。

でも、こんなんでいいんですよ。
いつもは別のメーカーのやつを飲んでる人が、
「そういえば、GEORGIAがおもしろい広告をやってたな、
たまにはこっちにしてみるか」
と思ってくれれば、
市場シェアを増やせるし、
いつもGEORGIAを飲んでいる人が、
「GEORGIAは、働く人間の気持ちをわかってくれてる、
やっぱりコレだぜー」
と思ってくれれば、顧客も確保できる。

缶コーヒーは、競合商品が数えきれないほどあって、
なおかつ、どれを飲んでも確固たる品質の差がない状況に
違いないから、0.1%でもシェア奪取またはキープできれば
大成功という世界のはずなんだよ。

だから、「世界は誰かの仕事でできている。」は、
“働く人” の共感をがっちり得ることにピント当てるだけで
うまく販促に機能する
コピーなんだよ。


“共感” という商品特性
で、なんでそういうコピーが出てくるかというと、
それは、缶コーヒーが「最寄り品」だからだな。

最寄り品はだいたい・・・
●日常的に消費する安いもの
●確固たる商品メリットの有無に関わらず、
気分や感覚で選ぶことも多い
●買って失敗しても、それほど損した気分にならない

・・・というもの。

だから、競合商品とはっきりとした差のない
一般的な缶コーヒーの場合、一所懸命働く人の気分や感覚に
訴えることが第一義となる
わけ。
(近年では、最寄り品のドリンク類も、
「機能性食品」とか言って気分や感覚によらず
商品特性に選択理由を明確に示したものが出てきてるけどね)

そういうのを「共感コミュニケーション」とか、
「グッドウイルを獲得するコミュニケーション」とか、
「好きになってもらうコミュニケーション」とか
業界では言うんだけど、その “好きになってもらう” というのが
昨今よく聞く「ブランド」の正体
なのだよ。

“好きになってもらう” には、いろいろ理由があるけど、
ベンツ神話のように「頑丈で安全だから」のような
はっきりと説明できるものもあれば、
「めっちゃ負けてばかりだけど、やっぱり阪神が好きや!」
というのもあるでしょ。

つまり、一般的な缶コーヒーには
取り立てて機能的な特性はないけど、
“好感や共感” という商品特性がある
ということ。
機能的な商品特性のない製品市場では、
“好感や共感” が機能であり、最大の商品特性である

ということだな。

そこまで好きになってもらうのを意図的にやるには、
長いことメッセージを発進し続けて、時間もお金もかかる
ということになる、というのがブランド・ビルドなのだわ。

つまり、「世界は誰かの仕事でできている。」は、
最寄り品の販促広告であり、
GEORGIAのブランド広告でもある

ということなんだわな。


それはさておき、仕事がんばろうやー。
世界は誰かの仕事でできている
んだからさ。





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ツバキかな?


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所沢・東川の桜でーす


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ハナモモ?


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東所沢のほうに最近できた、角川武蔵野ミュージアム
東川沿いに、桜を観ながらここまで行ったった


008キリン芳醇.jpg
おー、今日は動いた動いた、一杯やっかあ
これは、キリンの新製品だわな。
イングランドのペールエールよりホップのきいた
カリフォルニア・ペールエールというやつだな、たぶん。
んー、ヤッホーブルーイングの「よなよなエール」と
そっくりな味だなー。


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010桜メール.gif


桜が咲きました  


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ウチの向かいの団地の緑地にある
河津桜(たぶん)が満開でーす。

URが意図的に植えたのだろうけど、
毎年、2月の寒い時期に咲いて、
「この寒さも、もうひとふんばり」って
元気をもらってるんだよ。


002河津桜.jpg



陳(大原)くんへの手紙

前略 お元気ですか?
写真の仕事はうまくいってますか。
コロナ禍のせいで思うように動けず、
大変な状況ではないかと心配しています。

いや、君のことだから、この危機の中でも、
人々が元気になれるものを撮ろうと、
マスクをして駆けずり回っているのではかいかと
勝手に想像させてもらっています。
(僕は、なんとか元気にやってますよー)


ところで、君の母国の現政権は、
どこに向かって突っ走っているんだろうね。
中道政治を掲げて「共に民主」なんて言ってるけど、
僕には、C国や北とくっついて「共に独裁国家」になろうと
しているように見えるんだけど、考えすぎなのかな。

そりゃK国においては、かつての軍事独裁体制の
名残であるように見える司法や検察の反政府強権を
改革することが「民主」への課題なんだろうけど、
勢いあまって思い切り民主とは正反対の方向へ
向かってはいやしないかい。

「南北統一」って言ってるけどさ、
「でっかいK国」にしたいの?
それとも、「でっかい北」にしたいの?

朝鮮戦争で離れ離れになってしまった親族が、
また一緒に暮らしたり、分断した民族が
新しいアイデンティティを確立することは、
とてもすばらしいことだとは思うけど、
いずれの主義の朝鮮半島統一国になったとしても、
しばらくの間は南北どっちの国民にとっても、
経済面ではつらい現実が待ってる気がするなあ。
かつてのドイツの統一のようにさ。

いまのK国の国民は、自分の国をどんな国にして、
どんな暮らしをしたいと思っているんだろうね。
大統領が願っているように、C国や北みたいになりたいのかな?
「でっかい北」になったとしたら、
人権だとか、民主だとか、豊かさだとか
全部吹っ飛んでしまうのにさ。
反日とか言ってる場合じゃない気がするんだけどな。

じゃ、そうなってトクをするのは、誰なんだろうね。
それを考えてみれば、M政権がどこに向かっているのか
わかる気がするんだけどなあ。

R国とC国と朝鮮半島から太平洋への「蓋」になっている
日本にとっても、いいことなんて何にもありゃしない。

そうなれば、日本の「特別永住者」である君にとっては、
二つの祖国両方ともがおぞましい状態になるのを
目の当たりにすることになるんじゃないかな。

パリの路上で暮らしながら写真を撮り続けたり、
中国や韓国の危ないエリアに突入したことのある
君のことだから、そんなことは重々承知で、
もう何かアクションを起こしているのかも知れないね。

僕は、こうやってグジュグジュいいたいことを
書いているだけ。

今度、久々に国分寺あたりで酒でも呑もうや。

ではでは、草々。






♪ 中央線 / 矢野顕子・小田和正





♪ time will tell / 宇多田ヒカル




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