青春は、ずっと夏休み ~ 『A LONG VACATION』 大瀧詠一



はたちの夏だった。

バイト先の社員旅行で、海に連れてってもらった。

正社員のおじさんおばさんも、
僕ら学生アルバイトも高校生のバイトも含めて、
しかも複数のショップを束ねた、大人数でのビーチリゾートだった。

年齢もばらばらだし、見知らぬ人もたくさんだから、
現地での行動はそれぞれ好き勝手。
釣りに出かけるグループ、スパに連れ立つ人たち、
僕らはもちろん海へ繰り出した。

初めて見た白い砂浜。
遠浅で透き通った水。
陽に焼けながらのフリスビー。



ちょっと排気ガス臭い東京に帰ってきて2週間くらい経った頃、
一通の手紙が届いた。
差出人は、まったく知らない女の子の名前だ。

読むと、この前行った旅行で一緒だった、他店の女子高生バイトのコだ。
そういえば、2人組の女の子とほんの少し仲良くなったんだった。
こっちも2人組だったからね。
一緒にビーチボールで遊んだり、大宴会場でのカラオケで一緒にうたったりしたんだった。
背がやや低めのコと、やや高めのコ。
そのどっちなのか、わからない。
下の名前を聞いたけど、忘れてしまった。

手紙には、
自分は、市内の都立高校に通ってる3年生。
この前の旅行は楽しかった。
一緒に遊んだのが忘れられない。
今度、もう一度会って話がしたい。

・・・ということが、露骨にならないように上手に書いてあった。

上京してそれほど経っていなくて、
ついこの前まで学校のことや、アパートのことや、バイトのことなんかの
バタバタに追われていた僕にとって、東京に来て初めてのうれしいハプニングだった。

僕は、どっちのコかわからないまま返事を書くことにした。
この前は、楽しかった。
日焼け跡が痛い。
僕も会いたいけど、進学や就職の準備なんかで、
遊んでいる場合じゃないんじゃないのか。
この夏休みの楽しい思い出ということで、
1度だけのデートになるかもしれないけど、映画でも行こうか。

・・・ということを、できるだけ露骨にならないように書いて送った。
高校生とつきあうなんて、想像したこともなかったから。



それから2週間経っても、3週間経っても返事が来ない。

夏休みが終わりそうな頃、僕はもう一度手紙を出した。
僕の手紙は、届いているのか?
キミとつきあいたくない、という意味ではない。
高校3年という大切な時期に、迷惑をかけたくないと思っただけ。
とにかく一度、駅前のミスドで会おう。




それから10日ほど経って手紙が届いた。
少女文字じゃなく、きれいな模範的な筆跡だった。

いただいた手紙は、娘に渡していない。
金輪際、手紙を出さないでほしい。
会うこともしないでほしい。
娘は入院していて、長引くことになる。
娘のほうからお誘いしたのに、申し訳ない。


顔が熱くなるのがわかった。
全部、読まれていたんだ。
恥ずかしかった。
最初から、無視して放っておけばよかったんだ。
まるで、盗みの瞬間を見つかった泥棒みたいな僕の心には、
彼女のことを思いやる余裕がなかった。



その時もいまも、そのコの顔がはっきり思い出せない。
旅先ではとくに意識してたわけではないし、
だいたい2人のうちのどっちなのかもわかってない。

はっきり覚えているのは、
背がやや高めのコとカラオケで「いとしのエリー」をうたったことと、
そのコが、もう一度うたって、というので、大瀧詠一の歌をうたったこと・・・



さよなら、はたちの夏。



001恋するカレン.mp3




ありがとう、大瀧詠一さん。


さよなら、大瀧詠一さん。



002スピーチ・バルーン.mp3





大瀧詠一 LIVE1983/7/24@西武球場





001レコジャケ.jpg

●A LONG VACATION / 大瀧詠一
01 君は天然色
02 Velvet Motel
03 カナリア諸島にて
04 Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語(ストーリー)
05 我が心のピンボール
06 雨のウェンズデイ
07 スピーチ・バルーン
08 恋するカレン
09 FUN×4
10 さらばシベリア鉄道


コメント

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おはようございます。
読んでいて甘くほろ苦い気分になりました。
こういう関係もあるんだなと思いました

うわあ!ホントつながりましたねえ!!

つかりこさん、おはようございます!
緊急コメです(笑)

甘く切なくホロ苦い思い出……

失礼な言い方ですが、常々、つかりこさんには「同じ皮膚感覚」を感じます……

大瀧詠一さんのことは何れ書こうと思うのですが(松本隆さん+大瀧詠一さん)、まだ自分の中で心の整理ができていません

ボクがストーリーを考えるときの原点のひとつです。。

こんにちは
お~なかなか青春してたなのね~と思いながら読み進んでいったら、女の子は入院してたんですね。状況から察すると”事故”になるんでしょうか?ご両親が手紙を開けて読んだとなると、本人は読めない状況なんでしょう。無事に回復され、元気に過ごしていると信じましょう。
大滝永一さん、海沿いを車で走る時にぴったりの曲でよく聞きましたよ~懐かしいですね。

こんにちは~

読んでいて、胸がキュンとしました(*´ω`*)

甘くほろ苦い青春時代の思い出ですね~

いや、今も青春時代、現役ですよね(´∀`)

素敵なお話をありがとうございます。

20歳の夏、胸が痛くなるけれど、素敵な思い出ですね。
その女の子、今でも元気にしてるといいですね。

大瀧詠一さん、昔は夏になると必ず聞く定番でした!
まだ海外旅行してない頃に、「カナリア諸島にて」を聞いて、南の島にいつか行ってみたいなあ・・・アイスティーにオレンジを浮かべて、なんてうっとり想像してました。

さようならは寂しいけれど、歌はずっと心に残りますね。

はじめまして、むぎわらと申します。

本当に惜しい方をなくしました。

訃報は、友達からのメールでした。

本当にビックリです。

なんど、この方のおかげで

素敵な時間を過ごせたかわかりません。

どうか、天国でも

青空のように いてほしいです。

Re: ネリムさん、こんにちはー

いつもより長いコメント、ありがとうこざいます!\(^^)/

手紙の時代ならではのできごとですよね。
亡くなった大瀧詠一さんの歌には、
いろいろな青春時代の思い出があるのですが、
中でもこのハナシは一番です。
ブログやってて、書き残せて、みなさんに読んでいただけて
ホントによかったです。

あれからずいぶん時間が経ちましたが、
「あの時、会いたかった」という気持ちが
どんどん強くなっていきます。

Re: うわあ!ホントつながりましたねえ!!

成人式だったとはいえ、
似たトーンの物語を同時に書くなんてホントに驚きです!
これで、顔が似てたりしたらオカルトですよねー。

あ、このハナシは実話なんですよ。
考える必要がないので、僕に文才があるかどうかはギモンです(笑)。

大瀧詠一さんのこのアルバムの曲は、LPもテープもCDも、
擦り切れるほど聴きました。
80年代90年代の思い出がたくさんつまった一枚なので、
そのうち必ずブログで書こう、と思っていたのですが、
突然亡くなってしまいました。
まだまだショックがでかいです。

「Omunaoさんの大瀧詠一」、読むの楽しみにしていますよ。

Re: サンデーランチさん、いらっしゃいませー

当時もいまも、僕は入院は彼女のお母さん(手紙の返事の主)の
ウソではないかと踏んでいます。
僕と彼女をくっつかせないための。

でも、ホントだったら、彼女の心配を全然しなかった当時の自分は
なんてひどいやつなんだ、という気持ちもあります。
それゆえに、いつまでも忘れられない、ということになっちゃいました。

あれはお母さんのウソで、彼女は元気だったし、いまも元気
ということであってほしいと願っています。

住所や電話番号を交換しなかったのに、
なんで僕の住所を知っているんだろうと思い、調べたことがありました。
彼女は、僕のバイト先に電話をかけて、誰かに聞いたようでした。
ケータイのなかった時代のハナシですよね。
風化する前にここに書き残せてよかったです。

サンデーさんもよく聞かれたんですね!
亡くなってとても残念ですが、音楽は残りますよね。

Re: ハリガネさん、コメありがとうごさいます。

> いや、今も青春時代、現役ですよね(´∀`)

↑そ、そ、そ、そうですとも(笑)。

> 読んでいて、胸がキュンとしました(*´ω`*)

↑例の部分がキュンとしなくて良かったです\(^ ^)/

読んでいただいてありがとうございました。
とてもとても感謝しております。

Re: 里花さん、いつもありがとうございます。

「入院」というのは、当時はつきあいをさせないための
ウソなんじゃないかと思っていました。
真偽の確かめようもありませんが、
元気に暮らしていてほしいと思います。

そうですよね!
夏といえば、大瀧詠一!という時代がありましたよね。
女子のなかでは、「別に好きじゃない」という人も
けっこういるようなんですが、
ある年齢以上の男子には、サザンと並ぶ夏の風物詩です。

よく調べると、大瀧詠一さんは1950~60年代のアメリカンポップスの
研究者の第一人者的な人で、あの「はっぴーえんど」から始まって
日本のロックとJポップの開祖と呼ばれるほどの人なんですね。
たしかに、楽曲の新しさと完成度では群を抜いているし、
レコーディングの方法や編集の方法などでも
最先端を走っていました。
他の歌手やアーティストへの楽曲提供もジャンルを超えて
ヒット曲ばかりです。
ホントに惜しい人を亡くしました。
まだまだやれる年齢だったのに。

Re: むぎわらさん、はじめまして!

ホントに残念です。

天国でもアメリカンポップスを聴いて、
「天国音頭」なんかを作って、
エルビス・プレスリーと文句言いながらセッションして、
ラジオで流していてくれていたらいいなと思います(笑)。

コメントありがとうございました!

青春の一頁でした

読んでいて、青春の1頁を感じます。
今と違い携帯などない時代でしたので、
連絡を取るのが大変でしたよね。
大滝詠一氏は、自分も好きで、岩手出身の友人の部屋で良く聞いていました。
少なからず残念でなりません。

Re: 青春の一頁でした

> 読んでいて、青春の1頁を感じます。

↑takaki11さんもそうでしたか!
大滝さんはあの頃、若い僕らにたくさん夢を見させてくれましたよね。

そうそう、岩手や宮城にゆかりのある人なんですよね。
東北復興のためにも、いろいろな活動をしていたようです。

3月あたりに向けて、特別な番組がテレビやラジオで
放送されると思います。
あらためて聴いて、冥福をお祈りしたいと思います。

コメントありがとうございました!

青春のカレン

彼のサウンドは、正に青春。
特に、この恋するカレンは大好きな一曲です。

そして、今日、いや今晩…、さっきまで、
地元エフエム局のスタッフとこの話で飲んでいました。

Re: 青春のカレン

そうですか!
我々の世代の間では、大瀧さんの訃報は
衝撃的な話題ですよね。

当時のどれだけの若者を酔わせたことか。
そして、どれだけの音楽業界人に影響を与えたか。

僕は昭和-平成のシンガー・ソングライターで、
何人かホントの天才だと思っている人がいるんですが、
大瀧さんは間違いなくその内の一人だったと思っています。
ホントに残念でなりません。

そうそう!
「A LONG VACATION」のレコジャケのイラストって、
徳島ご出身の永井博さんなんですよね!
カッパさん、その妹さんとデザインの研究をされていたそうで、
思いもよらない縁を感じます。
永井博さんといえば、リゾートを描かせたらとびきりの、
鈴木英人さんと双璧の人気イラストレーターですもんね。

音楽やイラスト、そして映画などで酒を片手に
語り合える仲間がいるってすばらしいことですよね。

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こんばんわ~!

若い頃のキュンとする思い出ですね(^-^)
手紙で気持ちを伝える懐かしい時代♪

入院してたかどうかは??
でもどうであっても、お母さまが勝手に封を開けるのは、どうかな!?
親子であっても勝手に読むのは、良くないよね(;一_一)
それが残念です!

Re: ぺこ★ぺこさん、いらっしゃーい!

ですよねぇ。
“信書侵すべからず” ですよね。
それだからもう、「入院」なんて信用できないんですよ。

当時は、相手の親に読まれていたことが、
すごくショックでした。
とくに、エッチなことを書いたり、すごく調子に乗っちゃったりしていて
読まれて恥ずかしいということを書いたりしたわけではなかったんですけどね。

それからは、強烈なパンチをもらったボクサーのように
ボヘーっとしていました。
もっと相手のことを追求してもよかったんですけどね。
完全にお母さんに黙らされてしまいましたわー。

せつないわぁ・・・・・・。
本人に確認が取れないだけに余計切ないですねぇ。

今でこそ電話もメールも本人直通になったけど、
昔は「親」という大きな壁が立ちはだかっていて
なかなか超えられなかったなぁ。

「△時だったら自分が取るから」なんていうから
かけてるのに絶対向こうのお母さんが電話とるの
がなんかもう・・・あぁぁぁんって(笑)

でもそれだけ平和な時代だったというか何と言うか。
こう、ストッパー的なものがあったりとか。

それでも目を盗んでは壁越えたり穴抜けたりして
ましたけど(笑)

学生から社会人にかわるこの頃、友達の影響で
大瀧詠一・佐野元春・大沢誉志幸・稲垣潤一あた
りはよく聞いてました。クリスマスにはクリスマ
ス音頭歌って騒いだり。懐かしいです。バブルの
息がかかり始めの、あの独特の雰囲気の時代でし
たね。若かったわぁ(笑)

大瀧さんも惜しい人を亡くしました。
ご冥福をお祈りします。

Re: ななをさん、ありがとう!

> でもそれだけ平和な時代だったというか何と言うか。
> こう、ストッパー的なものがあったりとか。

↑ええ、記事の主意に反することを書くようですが・・・
あの時代って、電話や手紙のせいで恋愛が親に筒抜けだったり、
家の中がふすま仕切りで隣の部屋のエッチや喧嘩が筒抜けだったり、
壁が薄くて隣の家のやってることがバレバレだったり、
そういうところが社会の絆を作っていたんだと思うところもあります。
恥も喜びも家族やご近所と共有してたでしょ?
それが、おっしゃる通りストッパーになったり、逆に勢いになったりして、
世の中って成立してたんじゃないかと思ったりします。

自分の思い出は大瀧さんに限らず、歌や文章の中に残っているものが
多いような気がします。
大瀧さんやななをさんのように、想いを共感しあったり、
人の思い出の触媒になるようなものを残していけたらいいなー、
なんて思っています。

そして私もいまさらはっと気付きました。
リンクいただいてませんでした。
こちらからもはらせて頂きます。

よろしくお願いいたします。

Re: ななをさん、ありがとうございます!

とっても素敵なサイトだなー、
なんて思いながらボケーッとしてて、
いつもいろんなことを忘れてしまいます。
すみませんでした。
リンクを貼っていただきありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくです。