ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

江戸の名物店は、名物づくし ~ 『室町砂場』  



その日は、4月の始め。

都内の御茶ノ水で打合せがあって、午後3時過ぎに終わり。
その後は、別件で6時からスタッフと打ち合わせて、後は呑みにでも、という予定。
いみじくも、御茶ノ水といえばあーた、“蕎麦屋の博覧会会場” みたいなもん。
こりゃあもう、“昼下がりのゆるり” をやるしかないっしょ!

というわけで、御茶ノ水駅からはちょっと遠いんだけど、
よく行く神田まつやを通り越してJR神田駅の方へ。
そう、中休みのない店は、都内でもありそうでなかなかないのだ。
今川焼(=回転焼き)発祥の地・今川橋の交差点をちょいと行ってたどり着いたのは、
えへん、『室町砂場』であーる。

室町砂場といえば、あーた、
東京の三大のれん -「砂場」「藪」「更科」の砂場の代表みたいな店だよー。
「虎ノ門砂場」も申し分ないけど、ココんちは浅草の「並木藪」と比して賞されるほど。
東京の老舗名店の中でも5本、いや3本の指に数えられる蕎麦屋なんだ。

いまも続く砂場の江戸ルーツは2系統あって(※1)、
一つは1815年にはすでにあった「久保町すなば(現 巴町砂場)」で、
もう一つは1813年の記録にある「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」から、直系の「南千住砂場」と、
暖簾分けの「本石町砂場」と「琴平町砂場」の3つに派生した系統。
そう、その琴平町砂場が現在の「虎ノ門砂場」で、本石町砂場がココ「室町砂場」なのだ。

本石町砂場は、最初は慶應年間(1865-68)に芝高輪の魚籃坂に開店したんだけど、
その頃の店名はわからない。
その後、理由は不明なんだけど、明治2年に日本橋に移転。
その日本橋の町名が本石町だったから、「本石町砂場」となったわけ。
関東大震災後の区画整理で町名が “室町” と変わったので、「室町砂場」なのだ。

000室町砂場_一軒家
関東大震災後から昭和49年までは、味わい深い平屋の一軒家だった

001室町砂場_入口
いまは “砂場ビル”

002室町砂場_入口正面

店内は、あがりに4人掛けのテーブルが3つといす掛けテーブルの配置で
40人くらいは入られる造り。
2008年にリニューアルされた2階は、予約席が中心で掘り炬燵式の個室が複数あるらしい。

003室町砂場_店内あがり

004室町砂場_店内帳場
蕎麦屋の「帳場」(正面)は、店内はもちろん調理場も客が入ってくる入口も
全部が見渡せる位置に据えて造られている
んだよ

さてさて、お品書きは・・・
一品料理のオーソドックスさというかオーセンティックさというかはぴかいち。
ザ・蕎麦屋とでも言うようなラインナップだねー。

005室町砂場_品書き一品料理

「なま海苔」、「梅くらげ」というのがわりと珍しいくらいかな。
それから、手間と時間のかかる「茶わんむし」と「小田巻きむし」もある。
季節のツマミも、蕎麦屋らしい手間のかからないものや作り置きのきくものが中心だね。

蕎麦のメニューの基本は、「ざる」がさらしな粉、
「もり」やあったかい種物が一番粉で打たれていることだ。
竹の子や松たけ、あられ(青柳の小柱)を使った季節のものの他、蕎麦屋の定番がズラリ。

006室町砂場_品書き蕎麦

そしてやっぱり、ココの目玉の「天ざる」「天もり」でしょ!
「天もり」っていうと、フツーはサクッと揚がった天ぷらの盛り合わせと、
もり蕎麦と、もり汁&薬味が出てくると思うけど、ココのはちょっと違うんだよね。
“あったかいかき揚げ天ぷら蕎麦をたのんで、その麺をどんぶりの中に入れないでせいろ盛りにした”
感じなんだよ、わかりずらいかな。
んーと、あったかい汁にかき揚げを浮かべたどんぶりと、
冷たいもり蕎麦が出てくる
ということ。

これは、夏の暑い時期にあったかい天ぷら蕎麦の売上ががぐんと落ちるため、
夏でもさっぱり食べられる天ぷら蕎麦を、ということで考えられたものだそうだ。
昭和23年に、ココ「室町砂場」が最初にメニューにしたらしいよ。
いまでは、「天汁そば」なんて名前で出している店もけっこうあるよね。

でも、ココの「天ざる」、「天もり」の汁は、いわゆる天つゆとはちょっと違うんだな。
あったかい蕎麦用の “甘汁” でもなく、冷たい蕎麦用の “辛汁” でもない、その中間くらい。
“ちょっと濃い甘汁” といった感じ、つまり “ぶっかけ” に使う汁の濃さくらいだと思う。
フツーの天つゆや甘汁の濃さでは、もりのつけ麺の汁には味が物足りないし、
辛汁だと天ぷらがしょっぱくなるからだね。

それゆえに、この「天もり」「天ざる」には賛否両論あって、
「あんなレロレロになった天ぷらが食えるかい、つけ汁としたって味が薄いわい」という意見と、
「かき揚げ天から浸み出る旨味がつゆに混じって実にうまい」という意見で割れる。
まあ、確かにそうだね。
でも、ココだってこれしかないわけじゃないし、これはこれでおもしろいんじゃないかなあ。

007室町砂場_品書き飲物

飲物のメニューに、「ウイスキー」があるのがちょっと珍しいかな。
これは、大正時代にはすでにあったメニューだそうで、
当時は、みつ豆や抹茶クリーム、クリームソーダなんかの甘味もあったそうだ。
つまり、室町砂場は本来、新メニューの開拓で先を走っているハイカラな蕎麦屋だったのだ。
いまは、オーセンティックな蕎麦屋の代表みたいになっているけどね。



たのむものはもう決めていたんだけど、花番さんにちょっと意地悪をしてみた。
「黄色い蕎麦、ありますか?」って聞いてみたんだよ。
花番さんはちょっと考えて、「ウチにはそういうのはありませんねぇ」。
きっと、柚子切りとかウコン切りのことだと思ったんだろうね。

砂場といえば、一番粉二番粉を玉子つなぎで打った「黄色」、
藪といえば、蕎麦もやしやクロレラをつなぎにした「緑」、
更科なら、まっ白なさらしな粉の「白」
というのが、
三大のれんそれぞれの蕎麦の色ということなっているんだよな。
ホントは意地悪じゃなくて、さらしな粉の「ざる」と一番粉の「もり」のどっちが
砂場の “黄色い蕎麦” なのかわからなかったので、聞いてみたんだよ。
すんませんでした、変なこと聞いて。

よーし、じゃたのむぜー、というわけで、『天もり』とサッポロ!
でも、ココでもちょっと変則注文をば・・・
「かき揚げの入った汁だけ先に出してもらえますぅ?
それで、後からもりを持ってきてもらえますか?」

「はい、お蕎麦を出す時、呼んでくださいね」、ということに。
天&汁をツマミにビールを呑んで、いい頃合いに蕎麦を持ってきてもらおうという魂胆ですねぇ。
はいはい、またセコいやりかたですねぇ。

まずはビールがやってきた!
4月のアタマだったけどポカポカな日だったし、
お茶の水から30分近く歩いてきたので、プハーッ、うまい!
ビールをうまく呑むコツは、注ぎ方や冷やし方じゃない、カラダの動かし方だぜ、ってか。

ややあって、お待ちかねー、室町砂場名物「天もり」の “汁にドボンの天ぷら” がやってきたー。

008室町砂場_天ぷら引き

あれっ?小っちゃいんだあ。
うん、天汁のどんぶりのこと。
友達からメールしてもらった写真や、他の方のブログの写真で見た印象では、
かけ蕎麦のどんぶりくらいあるのかと思っていたんだけど、
実際は直径11~12cmくらいかな、ご飯茶碗くらいの大きさなのだ。
男なら思わず「なんだ、小っちゃいんだ」ともらすだろうな。
女性なら「かわいいー」って言うかも知れない。

009室町砂場_天ぷら寄り

写真を撮っている間に、みるみるレロレロに。

010室町砂場_天ぷらアップ

レロレロだけど、濃いめの温汁との相性はバツグンで、やっぱりこれはウマイ!
ほら、天かすの入ったうどんの汁、おいしいよね?
東京のは、ちょっと醤油が濃いけどね。
中身は海老(芝海老?)と小柱。

011室町砂場_天ぷらツマミ

でもねー、これはビールには合わないなあ。
まあ、味覚的には食べられないということは全然ないんだけど、
やっぱりこのジャパニーズな「醤油+甘味+だし」の味には、清酒か焼酎だろうなあ。
ビールでも上面発酵のビール、たとえばドイツの黒いビールや
甘口のベルギービールあたりなら合うだろうと思う
けど。



そうそう、ココ「室町砂場」のもうひとつの名物は、ビルなのに庭があることだ。
“坪庭” っていうんだってね、こういうの。

012室町砂場_中庭

建物と建物に間にあったり、敷地の一部でも垣根などで囲まれた小さな庭のこと、だそうだ。
狭いスペースでも、光や風を取り込める工夫だとのこと。

013室町砂場_中庭獅子脅し

まあ、よく手入れされているんだけど、ホントに1坪か2坪くらいしかない小さな庭で、
田舎の蕎麦屋に行けば大庭園のある店がたくさんあるので、なんだこれ、って感じだけど、
日銀や三越なんかがそばにあるくらいの都会の真ん中なので、
これはとても贅沢なもんなんだろうね。
なにしろ、ひと坪=ン百万円の土地だもんねー。
確かに、ホッと一息つける空間を作り出しているねー。

014室町砂場_中庭灯篭



そういえば、もひとつココの名物があった!
これこれ、この口上2つ

015室町砂場_口上もののけ
「するめ」を「あたりめ」と言い換えたり・・・飲食店っていろいろ験を担ぐよね

016室町砂場_口上つゆ薬味



ビールを呑み切りそうになったので、もり蕎麦の本体を注文!

017室町砂場_もり

おー、これも写真ではわかりずらいけど、蒸籠の大きさが絶妙だ。
簡単に言うと、“小さくて浅い” んだけど、なんて言うのかなあ、
大きからず、小さ過ぎず、真四角じゃないし、横長でもない、
仕事柄、寸法には敏感なんだけど・・・んー、規格外、独自の寸法なんだなきっと。
小さめなのに、妙に存在を主張する大きさだ。
しかも、全身赤塗り!
これは、若い女の子はきっと、「かわいいーっ」って言うんじゃないかと思う。
うん、お洒落な感じなんだよ、言葉にするのはむずかしいけど。

もりの麺も玉子つなぎなのかな?ざる(さらしな粉)のほうだけなのかな?
僕には、わからないなあ、だから花番さんに聞いたのに。ブツブツ

018室町砂場_もり寄り

この麺は、同じ砂場でも「虎ノ門砂場」とは全然違う。
コシがけっこう強くて、緑色も濃い、そして、長い!

手打ちで長い蕎麦を作るのはかなりむずかしいんだけど、
本来は、1辺90cmの四角に延ばした蕎麦の麺帯を4つか8つに折って、
最初の2つ折りの辺を切ってしまうので、麺1本45cmくらいの長さになるもんなんだよ。
けっこう長いけど、箸で麺を2つ折に数本持ち上げると22・3cmになって、
それを蕎麦猪口に3分の1から2分の1浸けて顔の前に持っていくと、ほら、
ちょうど口の高さに箸がくるようにできている
んだそうだ。
へぇー、なるほどねー、でしょ?
その長さを地でいっているのは、さすがなんだねー。

019室町砂場_もりアップ

麺の量は、そう、なんだぇーケチケチしやがって、って言いたくなる量かな。
でも、ツマミと酒を蕎麦前にやると、こんなもんでちょうどいいや、
という感じにできているんだな、これが。
食事としてガッツリ食べたい人には、もりなら2枚必要になるんだろうね。

僕もかってそうだったんだけど、若い人が蕎麦屋に寄りつかない理由のひとつに
そんな麺やおかずの量の少なさがあると思うな。
僕もその昔、バイト先の先輩が「めしをおごってやる」というのでついて行ったら、
かつ丼や親子丼のない蕎麦屋で、がっかりしたことが何度かあったもんね。
若モンはやっぱり、かつ丼とかハンバーグとかチャーシュー麺とか食べたいよね。

つゆ(もり汁)は、生醤油を使った藪ほどは塩辛くなく、更科ほどは甘くなく、
魚出しの臭さもない、でも旨味はそりゃ市販のつゆとは比べものにならない、といった味なのだ。
こればっかりは、代々の店主が神経を注いでン百年、老舗の迫力が伝わってくるねー。

020室町砂場_蕎麦湯



あ、いけね、ココにはさらにもひとつ名物があったっけ。
それは、マッチなのだ。

021室町砂場_マッチ表
行ったのは、4月の始めだから「桜」なんだね

022室町砂場_マッチ裏
この日本画調のイラストが四季ごとに変わる

これは、年4回四季で絵柄が変わるんだっけな。
これを愉しみにコレクションしている人もいるそうだ。
ストーブにも、コンロにも、ろうそくにも、タバコにもマッチを使わなくなったいま、
マッチ集めはいよいよマニアックな趣味になっちゃったのでは?
つまりこのマッチは、この店の趣味性とか嗜好性とかを象徴しているのではなかろうか、
なんちゃってね。

こうやって書いてみて、老舗なんてなんぼでもあるのに、
「室町砂場」がなんで人気なのかがわかった気がするなあ。
日本でもトップクラスに古い、というだけでなく、“名物” がたくさんあるんだもんね。
味づくり、店づくりにいかにきめ細かく心血注いでるか、ってことだよね。
しかも、百数十年も。

023室町砂場_暖簾

024室町砂場_行燈




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※1
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その砂場は、豊臣秀吉が大坂城建設を始めた時に作られた、砂や砂利や建設資材置き場のことだと。
そのあたりを“砂場” という呼び名で呼んでいたらしい。

それで、大坂城建設着手の翌年の1584年には資材置き場で職人に食事を提供するための蕎麦屋があった、
という有力な説があって、それが日本初の「蕎麦屋」だ、
ということになっているみたいだけど、真偽がはっきりしないらしい。

でも、記録では “蕎麦切り” 自体はそれより10年も前にあったことが確認されているし、
そのエリアを “砂場” という呼び名で呼んでいたことは間違いのないこと。

秀吉が作った大坂城とともに豊臣氏が滅ぼされて、
徳川による大坂城が完成した1629年に、空き地になった砂置き場に、
幕府が「新町」として遊郭街を作ったそうだ。お上公認だよ。
その辺がやっぱり俗称で、“新町砂場”と呼ばれていたみたいだね。

そこは後に、江戸の吉原、京都の島原、大坂の新町と呼ばれるほどの
一大欲望産業エリアになったそうだ。
いまの大阪市西区新町の二丁目と三丁目のあたり。

記録では、その “新町砂場”には2軒の人気麺類屋があったそうだ。
「和泉屋(いずみや)」と「津国屋(つのくにや)」。
庶民に “砂場の蕎麦屋” という呼ばれ方をして、
そのうち屋号じゃなくて “砂場” で通るようになった、
というのが『砂場』の起こりらしいね。

1700年代や1800年代に発刊された書物を比較すると、
この2つのどっちかが、記録に残る日本最古の『砂場』ということらしい。

つまり・・・

① 記録に残る日本最古の蕎麦屋は、江戸ではなく大阪にあった
② 記録に残る日本最古の蕎麦屋は、『砂場』である
③「和泉屋」と「津国屋」のどっちかが砂場の第一号店

・・・ということになるわけだ。

でもこれは、あくまで “記録に残る” であって、当時の有名店という意味に近いと思うな。
だって、当時の大坂や江戸の繁華街には、蕎麦やうどんを食べさせる屋台や茶屋がたくさんあったんだから。

江戸で初めて蕎麦屋の『砂場』の文字が登場するのは、1751年に発刊された「蕎麦全書」とのこと。
有名な日新舎友蕎子の著作で、「薬研掘大和屋大坂砂場そば」という店名が出てくるらしい。
ここでも、砂場が大坂発祥であることがわかるよね。

だけど、この「大和屋」が、最古の「和泉屋」や「津国屋」と関係あるかどうかはわからない。
ただ、1629年から1751年の間のどっかで、大坂から江戸に『大坂砂場そば』が進出してきた、
ということは確かなわけだよな。

1751年以降の書物では、いまの中央区に “砂場” のつく蕎麦屋があったことや、
「浅草黒舟町角砂場蕎麦」という店があったことなどが確認されているから、
1700年代後半には、江戸にもけっこうな数の “砂場”があったはずだよね。

1800年代になったら、当時の書物に登場する “砂場”の数もふえて、
「茅場町すなば大坂屋」とか「久保町すなば」、「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」、
「砂場そば茅場町定吉」、「砂場そば深川御舟蔵前須原屋久次郎」、「兼房町砂場安兵衛」、
「浅草黒舟町角砂場重兵衛」、「本所亀沢町砂場兵蔵」なんかがあるんだけど、
このうちの「久保町すなば」が、いまに残る『巴町砂場』で、
「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」が、いまの『南千住砂場』。
でも、どれも、大坂のどこの砂場とつながりがあるのか、わからないらしい。

茅場町のすなばや浅草黒舟町の砂場は、どこへ行っちゃったんだろう。
その人たちだって、江戸時代から続く東京の砂場の元祖であるはずなのに。

というわけで、いまも続く江戸の砂場の系列は、2本あるということになるねぇ。

「久保町すなば」は、元々、徳川家康が名付けたとされる御用屋敷街の久保町というところにあった。
町屋立ち退きの命令が出て微妙に引っ越したりしてるけど、
いまだにずっと東京都港区にある愛宕山の近くにあるのだ。
明治になって町名が巴町になってから、店名が『巴町砂場』に変わった。
現在(平成25年)のご主人(萩原長昭氏)で15代目!
これが、2本の系列うちの1本。

もう1本の系列は、その「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」だけど、
1813年にはもう存在してて、1848年には江戸の名物のひとつとして超有名店になってたとのこと。
いまの千代田区麹町4丁目あたりにあったらしいんだけど、
麹町は江戸城外堀の四谷見附より内側だから、当然、
フツーには町屋を建てられない武家屋敷町のまっただ中だし、
当家が持っている江戸時代の資料に、1831年に長岡という名字が書かれているから
ただの蕎麦屋ではなかったと考えられているんだそうだ。

その名店が、12代目の紋次郎の時に財テクで失敗して、大正元年に南千住へ移転して
いまの『南千住砂場 砂場総本家』となったんだって。
平成25年現在のご主人、長岡孝嗣さんは14代目!

『巴町砂場』と一緒に江戸蕎麦・砂場のルーツを背負っているなんて、スゲーな、って感じだけど、
どうも、趣味蕎麦の店として高級路線を進んでいる巴町とは正反対で、
めちゃめちゃ庶民派路線を突っ走っているらしい。
庶民の足・都電荒川線が近くを走っているのとは、関係ないと思うけど。

ところで、その南千住砂場の前身「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」は、
江戸から明治の動乱期もものともせず生き残り、「本石町砂場」と「琴平町砂場」の2店も生んだ。

「本石町砂場」は、最初、慶應年間(1865~68年)に暖簾分けで高輪の魚籃坂に出店した後、
明治2年に日本橋に移転してできた店。
これが、なんといまの『室町砂場』。
その室町砂場から、親族により昭和39年に生まれたのが、いまもやってる『赤坂砂場(室町砂場赤坂店)』。

「琴平町砂場」は、明治5年、「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」の職人だった稲垣音次郎が
暖簾分けしてもらって出した店で、これが、Hくん日用の『虎ノ門 大坂屋 砂場』。
いまの建物は、大正12年に建てられて平成7年に改修も加えられたものだけど、
場所は、明治5年の創業の時から変わっていないというからすごいねー。

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●『室町砂場』
東京都中央区日本橋室町4-1-13 砂場ビル
03-3241-4038
月~金 11:30~21:00(L.O.20:30)
土 11:30~16:00(L.O.15:30)
定休日/日・祝


コメント

深い 奥が深い
深すぎる

ん~レロレロは我が家でも好みが二つに
分かれていて私はカリカリ派。

ビールのおつまみという一風変わった食べ方がツウやな~と思います。


ちっち #- | URL
2013/05/14 15:56 | edit

Re: タイトルなし

東京って、かつ丼も衣がレロレロなんですよね。
昔、仕事で神戸に行って、かつ丼を食べたら、
レロレロの部分とカリカリの部分が半々の
やつが出てきて、「おー、これだあ!」って
感動したことがありました。

つかりこ #- | URL
2013/05/14 19:25 | edit

旨そう…

天汁のどんぶり…。
残念ながら、徳島では存在しません。
また、お蕎麦が食べたくなって来ました!!

映画カッパ #- | URL
2013/05/14 23:39 | edit

Re: 旨そう…

まいど、こんばんはです!

天汁・・・衣をふやかして食うなんて、
変な食べもんですよねぇ。
徳島になくたって、なーんもがっかりされる
ことはありませんよー。

蕎麦をテーマにした映画なんかがあると
いいなー、って思うんですけど、
自分でスートリーを思い浮かべても・・・
おもしろかないですねぇ。

つかりこ #- | URL
2013/05/15 01:58 | edit

長い蕎麦の理由

残念ながら
室町砂場は、機械打ちですよ。。

蕎麦好き #BejLOGbQ | URL
2015/02/21 18:13 | edit

Re: 長い蕎麦の理由

蕎麦好きさん、コメントありがとうございます。

> 残念ながら
> 室町砂場は、機械打ちですよ。。

↑そうですか、ココは機械打ちなんですねー。
でも、僕は絶対手打ちじゃないと許せないということはないんですよ。
キホン、うまけりゃなんでもいいんです。(汗)

憶測ですが、並木藪やかんだやぶ、池之端藪、虎ノ門砂場あたりも
機械打ちなのではないかとにらんでいます。
名店ばかりてすが、戦前からある老舗が機械打ちなのには、理由があるんですね。
まあ、機械打ちもその店の味なんだと思います。
また、老舗には機械打ちであることを減点してもありあまる魅力のあるところも多いと思います。
まあ、総合的に評価して楽しむというというのも、楽しみ方のひとつですよね。

つかりこ #- | URL
2015/02/23 17:25 | edit

こんばんわ。
発祥の地である大阪にはない砂場の蕎麦。
後年の方がお蕎麦誕生400年記念に建てた石碑のみ存在すると聞いています。
藪は一応かんだやぶそばの支店が大阪にあり、更科も素人の手打ちではありますが、変わり切りを幾度か食べました。
が、この砂場は上京して食べるより他ないようです。
つなぎに卵?だしは藪と更科の中間?
興味は尽きません。
上京した折には、ぜひ食べてみたいです。

rqsm #- | URL
2016/01/03 21:16 | edit

Re: rqsmさん、コメントありがとうござます。

> こんばんわ。
> 発祥の地である大阪にはない砂場の蕎麦。
> 後年の方がお蕎麦誕生400年記念に建てた石碑のみ存在すると聞いています。
> 藪は一応かんだやぶそばの支店が大阪にあり、更科も素人の手打ちではありますが、変わり切りを幾度か食べました。
> が、この砂場は上京して食べるより他ないようです。
> つなぎに卵?だしは藪と更科の中間?
> 興味は尽きません。
> 上京した折には、ぜひ食べてみたいです。

↑老舗ですので、“江戸蕎麦のスタイル” の確認ですよね。
“食い味” の良さでいえば、都内の老舗より郊外のニューウェーブ系にこそ
もっともっとうまい店がたくさんあると思います。
よろしかったら、『つれづれ蕎麦』(http://chibiyukarin.blog4.fc2.com/
などをご参考になられたらいかがでしょう。

つかりこ #- | URL
2016/01/04 00:21 | edit

ありがとうございます

すてきなサイトを教えて頂き、ありがとうございます。
やはり東京には大阪とは比べ物にならないほどたくさんの良いお蕎麦屋さんがあるのですね。
うらやましいです。

>“江戸蕎麦のスタイル” の確認
「銅釜の蕎麦湯で産湯をつかって~」というのに憧れていますW
努力しても得られないものだからでしょうか。
それとも私がおじいちゃんっ子で、小さい頃よく見ていた時代劇=江戸への憧憬からかもしれません。
これからもいろいろお蕎麦の事教えて下さい。
宜しくお願いします。

rqsm #- | URL
2016/01/04 20:08 | edit

Re: ありがとうございます

rqsmさん、コメントありがとうございます。

> すてきなサイトを教えて頂き、ありがとうございます。
> やはり東京には大阪とは比べ物にならないほどたくさんの良いお蕎麦屋さんがあるのですね。
> うらやましいです。
>
> >“江戸蕎麦のスタイル” の確認
> 「銅釜の蕎麦湯で産湯をつかって~」というのに憧れていますW
> 努力しても得られないものだからでしょうか。
> それとも私がおじいちゃんっ子で、小さい頃よく見ていた時代劇=江戸への憧憬からかもしれません。
> これからもいろいろお蕎麦の事教えて下さい。
> 宜しくお願いします。

↑こちらこそ、いろいろ教えてくださいねー。
どうぞよろしくお願いいたします。

つかりこ #- | URL
2016/01/05 14:01 | edit

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