どかないぞ ~ 『虎ノ門 砂場』

2013/05/09


平成25年2月頃、“虎ノ門砂場” が地区再開発事業に巻き込まれて、
もうじき取り壊されて移転する、というウワサがあったんだよ。

いまある建物は、1872年(明治5年)に創業の後、1923年(大正12年)に立て替えられて
平成7年に補強が行われたものだそうだ。
明治5年というと、新橋・横浜間に日本初の鉄道が開通した年だし、
福沢諭吉の「学問のすゝめ」の初編が発表された年でもあるんだよ。
前年には、「廃藩置県」が行われたばかり。

そんな激動の中を日本と一緒に成長し、関東大震災や東京大空襲や
昨今の地上げブームを逃れて生き残ってきたというわけ。
大正ロマンの香りが漂う木造3階建てで、
いまは、コンクリートジャングルの中でひときわ目立つ存在だ。

山岡鐡舟、高橋泥舟、勝海舟の三舟、山本五十六、鳩山一郎、田中角栄なんかも
ごひいきだったというからすごいよね。

そんな外観も中身も文化財クラスの建物が、なくなる!
やばい、早く行っとかなくちゃ、というわけで行ったんだよ、2度目だけど。
できるだけ写真を撮っておこうと思ってね。
その日は3月25日、異常に早く咲いてしまった今年の東京の桜も、名残の頃だったな。



“虎ノ門 砂場” は、「西新橋交番前」という交差点の角に立ってる。
下町の雰囲気とか住宅なんかは微塵もないオフィス街。
近所には、日本郵政の本社や虎の門病院、アメリカ大使館、ホテルオークラ、
隣町は霞が関の省庁街、国会議事堂だって歩いてすぐなのだ。


001虎ノ門砂場_全景

002虎ノ門砂場_正面
「西新橋交番前」交差点の角

003虎ノ門砂場_正面2
2階建てに見える3階建て

004虎ノ門砂場_正面3

005虎ノ門砂場_看板

006虎ノ門砂場_看板2

007虎ノ門砂場_御前看板
御前粉=さらしな粉で打つ「ごぜんそば」もある

008虎ノ門砂場_玄関
季節の趣向がわかる「掲示板」が特徴的

009虎ノ門砂場_玄関2
その日は、「はまぐりそば」「白魚天せいろ」「桜切り」と、旬をビシッと押さえてある!

砂場のルーツは大阪にあるらしいんだけど(※1)、江戸に始まった砂場の系統は2つ。
一つは「久保町すなば」から続く「巴町砂場」で、
もう一つは「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」から、直系の「南千住砂場」と、
暖簾分けの「本石町砂場(現 室町砂場)」と「琴平町砂場(現 虎ノ門砂場)」の3つに派生した系統。
明治5年に生まれた「虎ノ門砂場」の初代は、稲垣音次郎。

010虎ノ門砂場_玄関二階
代々の跡取りが寝泊りする決まりになっている2階

「虎ノ門砂場」の2階は、客用の座敷になっていて、
ランチタイムなどの混雑時や宴会に使用されているんだけど、
2階の1室には明治35年以来、代々の跡取りが寝起きする部屋があって、
初代当主の音次郎が書いた掛け軸がかかっているらしい。

一、人に貸すことなかれ
一、人に借りることなかれ
一、唯一心に勤め励美て家門を思ふべし



011虎ノ門砂場_玄関二階2

012虎ノ門砂場_花

013虎ノ門砂場_花2

014虎ノ門砂場_花3
大正12年、蕎麦屋専門の大工が立てたと言われる普請
銅葺の屋根や窓の欄干、雨どいなどに大正らしい造作が見られる



「虎ノ門砂場」は、完成された蕎麦屋だと思う。
僕の中では、「神田まつや」と並ぶ、老舗の中でも名店中の名店じゃないかと。

まず、季節のメニューが極めて豊富なこと。
これは、季節の一品料理ではなく、ちゃんと蕎麦屋メニューであることがさすがだ。
秋には、12~13種類の天種(かき揚げ)が勢ぞろい!
これを愉しみに、何度も足を運びたくなるねー。
もちろん、冷たい蕎麦、温かい蕎麦の伝統的なメニューもばっちりある。

015虎ノ門砂場_メニュー

それから、そばの打ち方も、基本の「もり」の他、いわゆるさらしな粉の「ごぜん」、
挽きぐるみの「太打ち切り」に、生姜切りや桜切りなどの「変わり蕎麦」と多彩。
変わり蕎麦には、「粗挽き切り」が入る時もあるからすごい!
これも楽しいね。

さらに、カツ丼やしらすご飯、かき揚げ丼なんかと半かけ蕎麦のセットもある。
リーズナブルな値段で、オフィス街にはうれしいメニューだよね。
親子丼、カツ丼、天丼 上・並、葱丼、穴子丼、野菜丼、秋野菜丼など、
どんぶりだけメニューもわいわいある。

吟醸系が中心だけど、お酒の種類も豊富。
“酒の肴” も蕎麦屋の定番はもちろん、蕎麦屋らしいそそるメニューもばっちり。
たとえば、うまいと定評の「焼き鳥」、「巣篭り蕎麦」、「揚げ出し御前(そばがきの揚げ出し)」、
「浅利の時雨煮」、「車海老の鬼殻焼き紫蘇風味」、「小田巻き蒸し」などなど・・・、
うー、涎が出てきた。

おまけに、デザートの「そは汁粉」もあるからすごい。

とにかく、江戸蕎麦の老舗としてこれ以上やれることはあるかなあ?
というくらいビシーッと押さえてある印象だなー。
もちろん、日本料理屋や懐石料理屋みたいなメニューは求めていないのだ。
そうそう、僕は蕎麦屋として大切なことだと思うんだけど、
値段は他の名店と比べてもすごーくリーズナブルなのだ。

歴史ある普請とお店の歴史そのもの、
そして蕎麦屋としてのメニューの豊富さ季節の味覚へのこだわり、
それから庶民的なもてなしと値段、さらには、中休みなし・・・
僕は、ココを江戸蕎麦屋の完成形のひとつだと断言するね。

016虎ノ門砂場_メニュー酒



入店したのは午後4時頃。
そうだよ、昼時をはずして蕎麦屋酒をやろうと決めてやってきたのだ、ハハハ。

よっしゃー、いくぜー、というわけで、まずは酒!
こちとら江戸っ子なんで、「沢の井の純米」に決まってら。(ホントは道産子)
お燗にしてもらった(550円)。
お通しは「切り昆布の佃煮」。

塗りの重厚な懐石盆みたいなのが、いいね。
蕎麦屋では “膳” と言うんだね。
お酒とお通しと箸だけを載せて出すのが「御酒(ごしゅ)膳」、
箸、もり汁、薬味と蕎麦をセットするのが「本膳」。
端番(はなばん=花番)さんのお仕事ですねぇ。

水は、たのんでないのに出てきた。
個人的には、これもいいな。

017虎ノ門砂場_燗酒&お通し

ツマミは、ホントは柔らかくてうまい「焼き鳥」にしようと、来る前に思っていたんだけど、
季節のメニューがあまりに多彩なので、目移りしてしまって「白魚のかき揚げ天」が
食べたくなってしまった。

なので、ちょびっと考えて・・・
「お銚子もう1本と “白魚の天せいろ“ お願いします。で、天ぷらと温汁だけ先に持ってきてもらって、
声がけでせいろを持ってきてもらえます?」とお願いしてみた。
そう、天ぷら&温汁を肴にしてちびちびやって、
酒がなくなったらすぐに蕎麦に移行、という魂胆。
酒を飲んでるうちに乾いたり、のびたりした蕎麦を食べるのは、ヤだもんねぇ。

花番さんは、嫌な顔ひとつせず、
「つけ汁は冷たい辛汁じゃなくて、あったかいかき揚げ用のつゆだけどいいの?」
(つまり、ぬるくなってかき揚げのカスが入ったつゆで蕎麦食えるの?という意味)
全然平気なので、めでたく商談成立。パチパチ
でも、老舗だからこういうたのみ方する人間なんて、いっぱいいるんじゃないのかな。

天ヌキとかおか天なんかをたのんで、後からせいろをたのめばいいじゃん、
という意見もありそうだけど、こういう “セコさ” も江戸蕎麦の遊びのうちだと思うんだよね。
江戸文化って庶民文化だから、京都なんかみたいに絢爛なものは少なくて、
合理主義というか効率主義というかが根本にあると思うんだよね。

もともと、江戸や明治の職人さんや商家の旦那なんかが、
「ゴージャスなメニューをバンバンたのむなんて野暮だねぇ。ここは、料亭じゃねーんだゾ。
おらおらクマ、さっさと飲んで食って、仕事に戻るぜぃ」、ってな感じなので、
早く、効率よく、経済的な食べ方が根付いているんだね。

そんな感じで長い歴史を持つ蕎麦屋だから、
「お声がけ」だとか、「天ヌキ」だとか、
「温かい天ぷら蕎麦をおか天ともりに分けて出してもらったり」とか、
裏ワザや裏メニューというものが江戸蕎麦屋にはたくさんあるんだよ。
この「蕎麦屋 裏ワザ&裏メニュー」を集めたブログを書いてもおもしろいかもね。



白魚の天ぷらが出てきたよ。

018虎ノ門砂場_白魚天

藪系より大振りなかき揚げだねー。

019虎ノ門砂場_白魚天アップ

020虎ノ門砂場_白魚天崩し

表面はガリッというかサクッというかに揚がっていて、
白魚がたっぷり入っているから中はホクホク。
なかなかのボリュームだよ。

これを温汁につけたりつけなかったりでツマミにして、お銚子をクイクイ。
んー、至福のひととき。

お酒の残りが、猪口にあと2杯くらいかな、という頃を見計らって “せいろ” をお声かけ。
つゆの追加も持ってきてくれた!

老舗らしく、特注の蒸籠に几帳面に “ちょぼ盛り” して、箸でならしてあるんだな。
“ちょぼ” とは、片手の指3~4本で蕎麦をつまみ上げることらしくて、
更科あたりの昔の蕎麦職人は、白魚20匹をつまむ量を “ひとっちょぼ” と言って、
そのちょぼでざるやせいろに蕎麦を盛りつけていたらしいんだな。
そうやって盛りつけることで、食べる時に蕎麦が絡んで箸で持ち上げにくくなったり
するのを防いでいたのだ。
なーるほどねぇ。

021虎ノ門砂場_もり

022虎ノ門砂場_もり寄り

023虎ノ門砂場_もりアップ

“せいろ” の麺は、微粉&細めの典型的な蕎麦の麺。
老舗は、この微粉のニ八というのが基本だよね。
僕は、この微粉も粗挽きもどっちも好きで、
あんぱんの「こしあん」と「つぶあん」みたいなものだと思ってる。
どっちにも、確固たるファンがいて、お互いに激論を戦わせても勝負がつかない。
リクツじゃなくて、うまいものはうまい。
あんぱんで激論を戦わせるんじゃない。
どっちもうまいので、どっちも楽しもう、という方針なのです。

ココのは、固からず柔からず、ややもっちりでバッチリつるつる。
蕎麦らしい蕎麦とでもいうのかな。
もちろん、おいしいですよー。

024虎ノ門砂場_蕎麦湯

食べ終わるのにもう一息、という頃にちゃんと蕎麦湯が出てきたよ。
どっかで、僕が食べているのをじっと見ている人がいたんだと思うと
なんだか落ち着かなくなってくるけど、
あちとらお仕事だから気にすんな、といつも自分に言い聞かせることにしてる。

こちらの蕎麦湯は、おなじみのサラサラ系。
後から粉を入れてポタージュ状にしない、ナチュラル系だね。
これも、僕はどっちも好き。

そうそう、湯桶は木製&塗りの特注品で、丸に砂の字が光ってるねー。

蕎麦湯を飲みながら、ボヘーッと店内を眺めていると、
僕の正面のずっと向こうに女性が一人。
新聞を読んでいて、蕎麦が出てきておもむろに食べ始める。
もう、午後5時頃だから、こんな時間に蕎麦を一人で食ってるなんてタダ者じゃないな。
んー、30代前半から後半くらいかなあ、思い切りキャリア、って感じだな。
僕がその年齢の頃、あんなふうに蕎麦屋を嗜む精神を持ち合わせていたっけか、
と考えると、なんかすんごい素敵な女性なんだろうな、という気がしてきた。

025虎ノ門砂場_内観

ずっとこのままボヘーっとしてる訳にもいかないので、
「よっしゃ、行くぜクマ!」と帰ることにした。
会計の時に、花番の班長って感じのおばちゃんに、
「こちら、近いうちに取り壊して移転するって聞きましたが、いつなんですか?」と聞いてみた。
すると、班長の顔がひきしまって、「わかりません」だと。
なんかを隠しているふうでもなく、表情だけではホントはどうなのかわからないまま店を出た。

026虎ノ門砂場_しし脅し
入口のすぐ右の足元にコレがある

027虎ノ門砂場_玄関二階
明治5年の人間が、歩行者用信号を見たらびっくりするだろうね

028虎ノ門砂場_外観左

二階の窓の欄干のところにも電燈が灯ってきたね。

新橋方面へスタスタ、交差点の向かいのあたりで振り返ってみると・・・おーっ、
あの店、でかいビルにL字型に囲まれて建っているんじゃんか!
来た時は、右側の塀づたいに来たので、ちっとも気づかなかった。

029虎ノ門砂場_外観引き

なぜ、あのビルはL字に建てなければならないのか・・・・

なんだあ、花番のおばちゃん、“わかってる” んじゃんか。

イェーッ、すごいぞ、虎ノ門砂場!
がんばれ、虎ノ門砂場!




---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
※1
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

その砂場は、豊臣秀吉が大坂城建設を始めた時に作られた、砂や砂利や建設資材置き場のことだと。
そのあたりを“砂場” という呼び名で呼んでいたらしい。

それで、大坂城建設着手の翌年の1584年には資材置き場で職人に食事を提供するための蕎麦屋があった、
という有力な説があって、それが日本初の「蕎麦屋」だ、
ということになっているみたいだけど、真偽がはっきりしないらしい。

でも、記録では “蕎麦切り” 自体はそれより10年も前にあったことが確認されているし、
そのエリアを “砂場” という呼び名で呼んでいたことは間違いのないこと。

秀吉が作った大坂城とともに豊臣氏が滅ぼされて、
徳川による大坂城が完成した1629年に、空き地になった砂置き場に、
幕府が「新町」として遊郭街を作ったそうだ。お上公認だよ。
その辺がやっぱり俗称で、“新町砂場”と呼ばれていたみたいだね。

そこは後に、江戸の吉原、京都の島原、大坂の新町と呼ばれるほどの
一大欲望産業エリアになったそうだ。
いまの大阪市西区新町の二丁目と三丁目のあたり。

記録では、その “新町砂場”には2軒の人気麺類屋があったそうだ。
「和泉屋(いずみや)」と「津国屋(つのくにや)」。
庶民に “砂場の蕎麦屋” という呼ばれ方をして、
そのうち屋号じゃなくて “砂場” で通るようになった、
というのが『砂場』の起こりらしいね。

1700年代や1800年代に発刊された書物を比較すると、
この2つのどっちかが、記録に残る日本最古の『砂場』ということらしい。

つまり・・・

① 記録に残る日本最古の蕎麦屋は、江戸ではなく大阪にあった
② 記録に残る日本最古の蕎麦屋は、『砂場』である
③「和泉屋」と「津国屋」のどっちかが砂場の第一号店

・・・ということになるわけだ。

でもこれは、あくまで “記録に残る” であって、当時の有名店という意味に近いと思うな。
だって、当時の大坂や江戸の繁華街には、蕎麦やうどんを食べさせる屋台や茶屋がたくさんあったんだから。

江戸で初めて蕎麦屋の『砂場』の文字が登場するのは、1751年に発刊された「蕎麦全書」とのこと。
有名な日新舎友蕎子の著作で、「薬研掘大和屋大坂砂場そば」という店名が出てくるらしい。
ここでも、砂場が大坂発祥であることがわかるよね。

だけど、この「大和屋」が、最古の「和泉屋」や「津国屋」と関係あるかどうかはわからない。
ただ、1629年から1751年の間のどっかで、大坂から江戸に『大坂砂場そば』が進出してきた、
ということは確かなわけだよな。

1751年以降の書物では、いまの中央区に “砂場” のつく蕎麦屋があったことや、
「浅草黒舟町角砂場蕎麦」という店があったことなどが確認されているから、
1700年代後半には、江戸にもけっこうな数の “砂場”があったはずだよね。

1800年代になったら、当時の書物に登場する “砂場”の数もふえて、
「茅場町すなば大坂屋」とか「久保町すなば」、「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」、
「砂場そば茅場町定吉」、「砂場そば深川御舟蔵前須原屋久次郎」、「兼房町砂場安兵衛」、
「浅草黒舟町角砂場重兵衛」、「本所亀沢町砂場兵蔵」なんかがあるんだけど、
このうちの「久保町すなば」が、いまに残る『巴町砂場』で、
「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」が、いまの『南千住砂場』。
でも、どれも、大坂のどこの砂場とつながりがあるのか、わからないらしい。

茅場町のすなばや浅草黒舟町の砂場は、どこへ行っちゃったんだろう。
その人たちだって、江戸時代から続く東京の砂場の元祖であるはずなのに。

というわけで、いまも続く江戸の砂場の系列は、2本あるということになるねぇ。

「久保町すなば」は、元々、徳川家康が名付けたとされる御用屋敷街の久保町というところにあった。
町屋立ち退きの命令が出て微妙に引っ越したりしてるけど、
いまだにずっと東京都港区にある愛宕山の近くにあるのだ。
明治になって町名が巴町になってから、店名が『巴町砂場』に変わった。
現在(平成25年)のご主人(萩原長昭氏)で15代目!
これが、2本の系列うちの1本。

もう1本の系列は、その「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」だけど、
1813年にはもう存在してて、1848年には江戸の名物のひとつとして超有名店になってたとのこと。
いまの千代田区麹町4丁目あたりにあったらしいんだけど、
麹町は江戸城外堀の四谷見附より内側だから、当然、
フツーには町屋を建てられない武家屋敷町のまっただ中だし、
当家が持っている江戸時代の資料に、1831年に長岡という名字が書かれているから
ただの蕎麦屋ではなかったと考えられているんだそうだ。

その名店が、12代目の紋次郎の時に財テクで失敗して、大正元年に南千住へ移転して
いまの『南千住砂場 砂場総本家』となったんだって。
平成25年現在のご主人、長岡孝嗣さんは14代目!

『巴町砂場』と一緒に江戸蕎麦・砂場のルーツを背負っているなんて、スゲーな、って感じだけど、
どうも、趣味蕎麦の店として高級路線を進んでいる巴町とは正反対で、
めちゃめちゃ庶民派路線を突っ走っているらしい。
庶民の足・都電荒川線が近くを走っているのとは、関係ないと思うけど。

ところで、その南千住砂場の前身「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」は、
江戸から明治の動乱期もものともせず生き残り、「本石町砂場」と「琴平町砂場」の2店も生んだ。

「本石町砂場」は、最初、慶應年間(1865~68年)に暖簾分けで高輪の魚籃坂に出店した後、
明治2年に日本橋に移転してできた店。
これが、なんといまの『室町砂場』。
その室町砂場から、親族により昭和39年に生まれたのが、いまもやってる『赤坂砂場(室町砂場赤坂店)』。

「琴平町砂場」は、明治5年、「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」の職人だった稲垣音次郎が
暖簾分けしてもらって出した店で、これが、Hくん日用の『虎ノ門 大坂屋 砂場』。
いまの建物は、大正12年に建てられて平成7年に改修も加えられたものだけど、
場所は、明治5年の創業の時から変わっていないというからすごいねー。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------




●『名代 虎ノ門 大坂屋 砂場 本店』
東京都港区虎ノ門1-10-6
03-3501-9661
[月~金]
11:00~20:00
[土]
11:00~15:00
定休日/日曜・祝日


comment (6) @ 蕎麦>東京都港区
江戸の名物店は、名物づくし ~ 『室町砂場』 | アリバイを持っておいで ~ EAGLES『Hotel California』も和訳してみた

comment

楽しそう♪ : つかりこサンへ @-
つかりこサンこんにちわぁ~!

読んでると蕎麦をすごく楽しんで味わっているのが伝わってきますよ♪

なんか素敵な蕎麦屋さんみたいで
壊すの淋しいですね(泣)

盛り方で「ちょぼ」とありましたが
それ以外でも言い方あるのですか?

あるのなら今度是非紹介して下さい。

あと、そうそう・・・
「蕎麦屋 裏ワザ&裏メニュー」
もお願いしまぁ~す(^人^)
2013/05/09 Thu 15:05:47 URL
Re: 楽しそう♪ : つかりこ @-
こんばんは!

ご訪問ありがとうございます!
そして、がっちり読んでいただいてありがとうございます。

「ちょぼ」は、元 有楽町更科のご店主だった、
藤村和夫さんの本を読んで知ったことなんです。
昔の職人、少なくとも更科ではそう言っていたみたいです。

他の言い方は、いまのところ僕は聞いたことがないですねぇ。
ひょっとすると、東京以外の蕎麦処にはいろいろな盛り方の
呼び方があるかもしれませんね。
どっかで見つけたらご報告いたしますね。

「蕎麦屋 裏ワザ&裏メニュー」は、いくつかは知っていて、
そういうサイトがあったらいいな、と思っているのですが、
ガンガン記事をアップするほどは知りません。
誰かおもしろいのがあったら教えてほしいな、と思うくらいです。
私もアンテナ伸ばしておいていつも探しときますね。
なんかおもしろいのがあったら教えてくださいね!

ところで、HNがわかりませんねー。
僕のHNになっちゃってまーす。
どちらさんでござんしょ?
2013/05/10 Fri 00:35:08 URL
すいません。 : さん平 @-
すいませんでしたm(__)m

間抜けですね(汗)

さん平でしたぁf(^_^;
2013/05/10 Fri 00:57:05 URL
Re: すいません。 : つかりこ @-
あー!さん平さんだったんですね!

まいどありがとうございます。
きっちり読んでいただいてありがとうございます。
とてもとてもうれしいです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
2013/05/11 Sat 00:20:53 URL
: ちっち @-
つかりこさんこんばんわ~

一軒の蕎麦屋にも歴史ありですね。

つかりこさんのやわらかでなめらかな
語り口調の文章も良いですね。

素晴らしーと毎度関心。

しかしながら関東は蕎麦屋が多いですが
老舗の蕎麦屋の蕎麦となると美味いの一言に尽きるのでしょうね。
2013/05/12 Sun 22:28:49 URL
Re: おかえりー : つかりこ @-
ちっちさん、おはようございます!

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
いつも感謝しております。

するどいご洞察!まいりましたあ。

そうです、文体はわざと口調に近くしているんですよ。
かたいビジネス文書は、仕事で飽き飽きですので、
口調文体にチャレンジ!していまーす。

蕎麦の味について・・・
そうですね、老舗は「微粉&ニ八」あたりがキホンで、
つゆも日本人は食べ慣れた味なので、
おおざっぱに言うと、「どれも同じようなもんじゃん」って感じですかねぇ。
もちろんうまいのですが、どこも江戸時代や明治時代から続く作り方と味なので
ほぼ完成されていて、どこの老舗もあまり変わりなく感じられます。
それだけに、歴史やたたずまいや・・・味以外の心地よさを楽しみたくなりますね。
カフェでのんびり休憩する感覚と同じですね。

でも、老舗の中でも「上野藪」のように、明らかに他と違う品質の老舗もありますし、
もり蕎麦以外のメニューをたのむとまったく違う個性を楽しめますよ。

あと、いまは何度目かの手打ち蕎麦ブームで、
脱サラ系や独立系など新進気鋭の店はそれぞれ全然違う特徴がありますね。
それは、蕎麦粉の産地や挽きかた、打ち方、つゆの作り方で
蕎麦の味や見た目がはっきりと変わるからで、蕎麦を料理として捉えるなら、
コレ系の店の方が老舗よりおもしろいかもしれません。

上記は、私の蕎麦ブログのテーマのひとつでもあり、
これから記事を重ねて行くともっとはっきり見えてくることだと思っています。
するどい突っ込み!ありがとうございました。
長くなってしまいました、すみません。

今後ともどうぞご愛顧くださいませ~。
2013/05/13 Mon 07:21:41 URL

コメントを送る。

URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する