これを知らないとおもしろくない③ ~ 『砂の器』

2013/04/12


砂の器_ポスター01


この映画を観たのは、10代後半頃だったと思う。
封切りからかなり年月の経ったリバイバル上映だったなあ。

いまでは、ちょっとした感動ですぐ泣いてしまうんだけど、
その当時、親に叱られて泣くこともなくなった僕は、
この映画を観ながらボロボロ涙を流す自分に驚いたものだった。

映画館の僕の座席の近くにいた女性が、
「うっ、うっ、ええっ、ええっ」と嗚咽をもらして泣いていた。
映画館でも家のテレビでも、物語を観ていて声を出して泣いている人に出くわしたのは初めてだった。
すごい映画だと思った。

砂の器_丹波加藤

それからずいぶん経って、2004年かあ、SMAPの中居くんのドラマ版がテレビ放映された。
それを観て、僕はあの “宿命” という曲を聴いて、やっぱり涙を抑えられなかったんだけど、
一緒に観た人たちはどうだ、「大しておもしろくなかった」だと。

えー、なんでそうなるんだろう、ってまわりに聞いてみてわかったよ。
一緒に観たうちの一人が、
「なんであそこでお遍路に出ちゃって、すぐに病院に行かなかったの?
お遍路なんて非科学的な・・・昔の話だからしょうがないのかもしれないけど」

なんて言ってたのだ。

僕は、そうか、らい病(ハンセン病)のことを知らないんだな、と気づいた。
あれは、“お遍路“ なんかじゃないんだ。
“失踪” もしくは “蒸発” なんだよ。
二度と戻らない旅の途中に、お遍路をしてただけ。

名前を捨てて、親兄弟、親戚と縁を切り、故郷を捨てて、入院もできず、
物乞いしながら放浪し続けて、道端や山奥でのたれ死ぬために出た旅
なんだよ。

砂の器_加藤

それをその時に教えてあげたとしても、
「えー、じゃあ、なんでそんな旅に出なきゃならないの?」なんて聞かれて、
めんどくさいことになったんだろうな、きっと。

そう、この映画は、ハンセン病がらい病と呼ばれていた頃のことを知らないと、
感動して、嗚咽をもらしながら泣くことなんかないし、
だいたい、なんで旅に出るのか、なんであんな事件が起こるのかもわからない。
物語が、根底から成立しなくなるんだね。

このドラマのことがあって、僕はこの日本映画の不朽の名作が朽ち始めていることに気づいたんだよ。
ハンセン病は、いまでは不治の病ではなく複合的な投薬治療で治るし、
「らい予防法」という悪法が1996年に廃止されて、人権問題や偏見・差別が解消に向かいつつあるんだけど、
それとともにこの物語の感動がだんだん薄れてきているんだな。
この映画は、医療や社会の進歩と反比例して朽ちていく “宿命” を持った映画なのだ、
医療の進歩や社会の改善は当然すばらしいことなのに。

そう、この映画の「これ知らポイント」は、
ずばり、“ハンセン病の人権問題、差別問題を知ること” だ。

こんなことを言っていると、
「お涙ちょうだい映画をおもしろく観たいからって、蒸し返すことはないだろう」
「せっかく消えそうになっている差別を再燃させるんじゃねぇ!」
といって、怒られそうな気がするけど、
こんな過ちをもう二度と起こしてはならない、という気持ちを込めて、
ちょっとだけ書き残して置こうと思う。

ハンセン病メモ

●1943年に特効薬が開発されるまでは、病状がすすむと、全身の皮膚にさまざまな発疹や結節ができ、
それが欠損したり、頭髪が脱毛したり、手足がマヒしたり指が欠損したり、目が開いたままになったりと
見た目にも “恐ろしい” 病気のひとつだった。

●それゆえに、12世紀頃から仏教上の業病、天刑病だと言われるようになり、
スピリチュアルな迷信も生まれる。

●江戸時代頃から、遺伝病であるとデマが定着する。

●上記の3つのことがあったため、罹患者のいる家族が村八分にあったり、迫害を受けたり、
この映画のように、血縁一族に迷惑をかけることを避けるため罹患者がひっそりと姿を消し、
あてもなく放浪・漂泊するというような悪習が第二次世界大戦後のしばらく後までも続いた
のだ。

いまでも、患者が名前を変えて入院をしてたり、
まわりに自身の素性を明かさなかったりということが続いている。


●明治時代頃から、うつる病気(感染力は弱いんだけど)であることが証明され、
差別が生まれ始め、隔離政策が実施される。
警察官による突然の連行や療養所での暴力制裁など、犯罪者のような扱いが横行する。

●1915年から、全国の男性患者を対象に、生殖能力をなくす断種手術が断行された。
1948年の「優生保護法」では、ハンセン病患者の名前を断種対象に指定。
この人間尊厳と未来を奪う断種手術は、1996年まで合法だった。

●1931年、「らい予防法」公布。すべてのハンセン病患者が、強制的に隔離されることに。
ハンセン病患者は病気を蔓延させ国力を衰退させる非国民だと決めつけられ、
一生隔離、その一族を根絶やしにしようとする運動もますます激しくなった。
この悪法は、なんとつい最近の1996年に廃止されるまで続いた。

●全国で、患者狩り、強制収容、強制消毒、村八分、一家離散、商売の廃業、破談、
施設利用拒否
などの差別が一般化。
療養所では、病人にも関わらず監獄のような強制労働までさせられた。




(あとは、ご自身で調べてみてください)


つまり、ハンセン病は、
「業や天刑に見舞われた、呪われた一族に遺伝する恐ろしい病気」とか、
「国を滅ぼす血を持った病気」という間違った認識で、
法的にも社会的にも抑圧された病気だった
ということ(いまでも皆無ではない)。
そのため、患者本人もその一族も罹患の事実を死んでも表沙汰にしてはならなかったこと、
一族離散や根絶やし政策、血縁末代までへの社会的差別から逃れるために、
家族と縁を切り、一人で他の土地で死んでいく道を選ぶ患者もたくさんいたこと、
それを知ったうえで、この映画を観るべきだというわけだ。


この映画は、そういう問題を糾弾した「社会派映画」の名作であるとともに、
「音楽映画」としても名作。
テーマ曲の “宿命” は、いまではピアノ曲やピアノコンチェルトの名曲として
世界的にも有名なんだよ。

そして、強烈な親子愛を描いた「ヒューマンドラマ」としても秀逸なんだね。
なんたって、嗚咽が出るくらい泣かされるんだから。

そもそも「推理サスペンス映画」であって、その点でも名作と評価されているんだ。
観れば、そのサスペンスパワーあふれる演技で、刑事役の丹波哲郎がただの霊感おじさんでなくて、
世界的な映画俳優だったということがわかるはず。

1970年代でもいまでも、こんなに立体的なコンセプトの日本映画が他にあったっけ?

砂の器_丹波森田

砂の器_島田

完全に意味がわからなくなる前に観てみたらどうだろう?
医学はどんどん進歩してるし、日本社会もますます公正になっていくはずなんだから。



砂の器_ポスター02

●『砂の器』
1974年 日本
上映時間:143分
配給:松竹
監督:野村芳太郎
製作:橋本忍、佐藤正之、三島与四治、川鍋兼男(企画)
原作:松本清張
脚本:橋本忍、山田洋次
音楽監督:芥川也寸志
作曲:菅野光亮
演奏・特別出演:東京交響楽団
撮影:川又昻
美術:森田郷平
録音:山本忠彦
出演:丹波哲郎、森田健作、加藤剛、加藤嘉、島田陽子、緒形拳、松山省二、春田和秀、山口果林、
   佐分利信、浜村純、渥美清、穂積隆信、夏純子、菅井きん、笠智衆 ほか
受賞:第29回毎日映画コンクール大賞(日本映画)
   ・脚本賞(橋本忍・山田洋次)
   ・監督賞(野村芳太郎)
   ・音楽賞(芥川也寸志・菅野光亮)
   キネマ旬報賞脚本賞(橋本忍・山田洋次)
   1974年度ゴールデンアロー賞作品賞
   ゴールデングロス賞特別賞
   モスクワ国際映画祭審査員特別賞・作曲家同盟賞


comment (6) @ 映画>これ知らポイント
ココよりうまいゆず切りがあるかな? ~ 『松鶴庵』 | 【閉店】築200年の古民家で、腹いっぱい食べる幸せ ~ 『まるい』小手指店

comment

映画の意味 : 映画カッパ @-
この映画を改めて観て、この作品の「意味」を深く考えさせられました。そして、映画のチカラを改めて痛感しました。※とっても興味深いブログありがとうございました。
2013/04/13 Sat 00:15:32 URL
Re: 映画の意味 : つかりこ @-
カッパさん、こんばんは。
コメントありがとうございます!

いつも、僕のグダグダの記事を読んでくださって
ありがとうございます。

思えば、社会派の映画って、社会がどんどん変わるので、
その当時のパワーやおもしろさが色あせてしまったりするんだな、
って、残念な思いが近年ありました。
それで、「砂の器」について、こんなすごい映画がだんだん忘れ去られようとしてる、
もったいないな、という思いから、ネタバレバレバレの記事を書いてしまいました。
喜んでいただけて、とてもとてもうれしいです。
こちらこそありがとうございます。

カッパさんのブログのいちファンです。
僕は、映画が大好きではあるんですが、全然マニアではないので
知らないタイトルや知識がたくさんあります。
これからも、いろいろ教えてくださいね。
2013/04/13 Sat 02:23:56 URL
コンニチワ : ちっち @-
つかりこさんの奥深いその評論には脱帽するばかり。

ちなみに砂の器に関しては中居正弘主演のテレビドラマ版しか知りません。

単なる猟奇的殺人ではなく深い理由があった。
原田芳雄さんの演技が印象深い作品でした。

邦画のほうも見てみたいと興味が湧きました。
2013/04/13 Sat 11:46:25 URL
Re: コンニチワ : つかりこ @-
ちっちさん、いらっしゃーい!
コメントありがとうございます。

評論だなんて、そんな大そうなもんじゃないス。
たまたまちょっと知ってることがあったからって、
余計なおせっかいをしてしまった、って感じです。
大好きな映画なだけに、ムキになってる感じが
行間にちらちらしてて、恥ずかしいです。
映画は大好きなんですが、知らないことばかりなんですよ。
何かおもしい情報があったら、教えてくださいね。

「砂の器」、いい映画ですよ。
ぜひ一度はどうぞ、おすすめです(まあ、暗い映画ですが)。
2013/04/13 Sat 17:22:08 URL
: ちっち @-
またまたお邪魔します。

理解力に乏しい私が好んで見る映画は
単純明快な作品が多いようです。

古い映画ですと
マリリンモンローのナイアガラとか
ジーナ・ローランズのグロリア
スティーブン・スピルバーグ監督の激突!
イタリア映画の自転車泥棒が印象的です。

中でも激突とグロリアは何度か見ています。
2013/04/15 Mon 19:52:18 URL
Re: タイトルなし : つかりこ @-
ちっちさん、まいど、こんにちはー!

映画のお話、ありがとうございます。

うんうん、「激突!」すごい映画ですよね。
単純だけど、心理的にすごくコワイ。
トラウマになりそうなくらい。
最後まで追っかけてくる理由がわかんない。
運転してる人が見えないけど、トラックそのものが
悪い人間みたいに見えてきますよね。

あと、「自転車泥棒」もせつなくなる映画ですねぇ。
ずいぶん昔に、いまは亡くなった父親のすすめで観ました。
僕に道徳観念を教えようとしたのでしょうかねぇ。

「ナイアガラ」と「グロリア」は、観たことないんです。
今度、観させていただきますね。
2013/04/15 Mon 23:06:13 URL

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