これを知らないとおもしろくない① ~ 『カッコーの巣の上で』

2013.03.31 (Sun)


映画って、時事性というか時代性というか、
その時代時代の社会問題とかがテーマだったり、流行や風俗が演出に使われていたりするよね。
だから、ストーリーのおもしろさとは別に、コトの真相を掘り下げて考えてみたり、
その当時のファッションや音楽やカルチャーを知ったり振り返ったりできて、
おもしろさがたくさんあるもんだよね。

でも反面、その時代の背景や習慣や問題点などの “ある事実” を大前提として知らないと、
その映画が伝えようとしたり表現しようとしていることが、
ぼやけてしまうことがよくあるような気がする。
その映画ができてからずいぶん年月が経っていたりすると、
その映画がテーマにしたことが忘れ去られていたりするからだ。

自分が歳を食ってきたので、そう思うことが多くなってきてるんだね。

「ああ、この映画って、ただ漠然と観てもおもしろくないばずだ。
これを知らないと、半分くらいしか楽しめないよなあ。もったいないなあ」・・・
・・・って、そんな自分のムズムズを解消するためにも、
余計なお世話をしてしまえ、というのがこの記事でーす。

ネタバレしない範囲で、いくつか書き残していこうと思う。


その①は、『カッコーの巣の上で』。
この映画の「これを知らないと・・・ポイント」は、
ずばり「ロボトミー・サージャリー」という言葉だよ。
この映画を観た人は、この言葉の意味や時代背景を調べると、
この映画の意味がもっとわかるはず。
まだ観てない人は、できれば、“この映画を観た後” に、
この言葉の意味や時代背景を調べるといいと思う。

この映画は、ジャック・ニコルソン扮する主人公が、
ある精神病院に入院してくるところから始まる。
主人公マクマーフィは実は健常者で、犯罪を犯したため刑務所に投獄されるところを、
精神病を装って逃れてやってきたのだった。

カッコーの巣の上で_マクマーフィ

映画の序盤は、変な人たちの変な入院生活が描かれている。
いろいろな入院患者がいて、いろいろな奇行を繰り広げるのでコミカルに展開するけど、
人権問題なんかがあって表現が難しかっただろうと思う。

しばらく経って、健常者のマクマーフィは、
精神病院というところが専制政治とでもいうような、
病院側の異常なまでの管理体制で運営されていることに気付くんだな。
それからというもの、すでに仲良くなった変テコな仲間たちを扇動して、
いろんな反抗行為を繰り返すようになる。

カッコーの巣の上で_患者たち

患者たちの反抗行為と、病院の制裁行為・・・
だんだんと、患者たちの行為がラブリーに、病院側が極悪に見えてくる。
患者がフツーで、医者や看護師の方がよっぽど異常なことが浮き彫りにされてくるんだな。

この辺から、序盤の “ほのぼの” がコワイ感じに映画の空気が変わっていく。
そして、最後まで抵抗をやめない主人公への制裁へ。

なんにも知らずに観ると、精神病院のひどさが、映画としておもしろくなるように
誇張して表現されているように見えるだろうと思う。
深読みする人は「人間、何も知らず何も企まないピュアな理性が善で、企図とか管理とか施策とかは悪」
というような、文学的というか哲学的な意味で受けとめてしまうかもしれない。
ラストシーンが、非現実的に飛躍して見えるからだ。

でも、実はそうじゃないのだ。
この作品は、文学作品やアートではないし、メタファーも遠回しな表現もない
まっすぐ明らかにリアルな社会派なのだ。
その当時存在してた社会問題をはっきりと糾弾してる。
そのことが、前述のキーワードの意味や時代背景を知ることで正しくわかるはず。
でも、やっぱ “観た後” がおすすめだなあ。


監督は、なんとミロス・フォアマンだよ!
あの「アマデウス」の監督
サイコーだよね、あの映画!

製作には、「コーラスライン」「氷の微笑」のマイケル・ダグラスが絡んでる。
まだ俳優としては有名じゃなかった頃かな。

出演者は、ジャック・ニコルソン以外は当時は無名に近かったんだろうけど、
今では歴史に残る名優ばかり。
まあ、ひと癖ふた癖もあるバイプレーヤーがほとんどなんだけど。

カッコーの巣の上で_患者たち2

●ルイーズ・フレッチャー(「エクソシスト2」「赤いドレスの女」「ブレインストーム」)
●マイケル・ベリーマン(「フローズン・ライター」)
●ブラッド・ダリフ(「デューン/砂の惑星」「ブルーベルベット」「エイリアン4」)
●ウィル・サンプソン(「ポルターガイスト2」)
●クリストファー・ロイド(「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「アダムス・ファミリー」)
●ダニー・デヴィート(「ツインズ」「バットマン リターンズ」)
●ポール・ベネディクト(「グッパイガール」「マンディンゴ」)
●スキャットマン・クローザース(「ルーツ」「シャイニング」)
●シドニー・ラシック(「キャリー」「天使にラブ・ソングを2」)
●ヴィンセント・スキャヴェリ(「アマデウス」「ゴースト/ニューヨークの幻」)


ちなみに、原題は『ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST』
訳すと「一羽は、カッコーの巣の上を飛んでった」となるね。

マザーグースの歌から引用されているらしい。


『Vintery, mintery, cutery, corn』
『Vintery??、ミント、cutery??、とうもろこし』

Vintery, mintery, cutery, corn,
(Vintery??、ミント、cutery??、とうもろこし、)

Apple seed and apple thorn;
(りんごの種とりんごのとげとげ)

Wire, briar, limber lock,
(針金、いばら、しなやかロック??)

Three geese in a flock.
(三羽なかまのガチョウ)

One flew east,
(一羽は東へ)

And one flew west,
(もう一羽は西へ)

And one flew over the cuckoo's nest.
(もう一羽は、カッコーの巣の上を飛んでった)


マザーグースの歌って、韻をきっちり踏むあまり、訳が難しいねぇ。
無茶な単語や英語じゃない単語(造語?)がバシバシ入ってるんだもん。

それで、「cuckoo=カッコー」という言葉は、
“気がふれたヤツ“ という意味のスラングらしいんだね。
カッコーは、自分の卵を他種の鳥の巣に生んで、他の鳥に育てさせる、
という素っ頓狂なところからきているという意見があるらしいけど、
はっきりしたことはわからないそうだ。

それを踏まえて訳すと、“THE CUCKOO'S NEST=カッコーの巣” は、
“精神病院” という意味に解釈できる。
劇中の愛すべき患者たちがカッコーなら、
その当時の精神病院は “他の鳥の巣=本来いるべきじゃないところ”
ということになるかな。



カッコーの巣の上で_ポスター

●『カッコーの巣の上で』(ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST)
1975年 アメリカ(日本公開:1976年4月)
上映時間:129分
製作:ファンタジー・フィルム
配給:ユナイテッド・アーティスツ
監督:ミロス・フォアマン
製作:ソウル・ゼインツ、マイケル・ダグラス
原作:ケン・キージー
脚本:ローレンス・ホーベン、ボー・ゴールドマン
撮影:ハスケル・ウェクスラー、ビル・バトラー
編集:リチャード・チュウ
音楽:ジャック・ニッチェ
出演:ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、ブラッド・ドゥーリフ ほか
受賞:第48回アカデミー賞(主要5部門)
   ・作品賞(ミロス・フォアマン)
   ・監督賞(ミロス・フォアマン)
   ・主演男優賞(ジャック・ニコルソン)
   ・主演女優賞(ルイーズ・フレッチャー)
   ・脚色賞(ローレンス・ホーベン)
   第33回ゴールデン・グローブ
   ・作品賞(ドラマ)
   ・監督賞
   ・男優賞(ドラマ)
   ・女優賞(ドラマ)
   ・脚本賞
   ・新人男優賞(ブラッド・ドゥーリフ)
   第1回ロサンゼルス映画批評家協会賞
   ・作品賞
   第41回ニューヨーク映画批評家協会賞
   ・男優賞



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コメント
その映画の時代背景を知ることで
より一層その映画を楽しめるという
なるほどなと感心するばかり。

見たい洋画の幅も広がりそうです。
ちっち | 2013.04.02 11:32 | 編集
ちっちさん

いつも、旅行や食べ物のおはなしや写真、
楽しみに拝見しております。
大坂城公園の桜、きれいですね!びっくり!

コメントありがとうございます!
まとまりのない私のページなのに、
読んでいただいてとてもうれしいです。

去年の10月から始めたばかりなので、
まだこの先どうなるか “ゆらゆら” ですが、
細ーく、ながーくおつきあいいただけるとうれしいです。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!
つかりこ | 2013.04.02 12:52 | 編集
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