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ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

まっ白な恋、見っけー ~『真白の恋』  


たとえば、電車の中で席を譲る時、とても悩むんだよなあ。

高齢の人やケガ人、妊婦さんなんかがそばにいれば、
僕は、自分が立ってられないほど疲れているとか、
ぶっ倒れるほど具合が悪いとか、ケガしてるとかでもない限り、
間違いなく席を譲るんだけどさ。

でもさ、この時に、
「この人はそもそも座りたいんだろうか?」とか
「座りたいんだろうけど、僕の譲り方が大袈裟だったりしたら
座りたくなくなるんじゃないか?」、
「僕の態度があまりに同情めいていて、逆に相手をバカにしている
ように見えるんじゃないか?慇懃無礼というやつではないか?」
・・・なんてことが頭に浮かんじゃう。
純粋に席を譲りたいだけなんだけどね。

それから、横断歩道なんかで、白杖を突いている人や
車椅子に乗っている人に、「一緒にわたりましょうか?」
なんていう時。

「僕の態度は、相手に同情しすぎていて、
余計なお世話だと相手を怒らせるんじゃないか?」
って、余計なことを考えてしまう。

逆に、「一緒にわたりましょうか?」って問いに、
手を振り払って「いいです(不要)」と無下に断わられたりすると
「おーわかった、一人で生きろ」なんて、
まったくひどい気持ちが湧いたりもする。

車椅子の人と狭い道やスーパーなどですれ違う時に、
<どかんかいワレ>って態度をとられたりすると、
「それって、人としておかしいんじゃないか?
ハンディキャップを楯に、いい気になり過ぎじゃないか」
って気にもなる。
始めから、喜んで道を譲ってやろうと思っているがゆえに。



つまり、何が言いたいかというと、
ハンディキャップのある人を思いやるのはとても難しいな、
ということ。

思いやりに過ぎれば逆に失礼、
思いやりに欠ければヒトデナシ
でしょ。

相手にハンデがある分、
その分についてはあたりまえにヘルプしたうえで、
僕はただ、フツーの人と同じように、やさしくしたり
厳しくしたり、仲良くしたり喧嘩したりしたいんだよ。

思いやりに欠けず、思いやり過ぎず、自然にヘルプ。
でも、ハンデを思いやる分以外は、
ハンデのある人もない人もない、ただの人として接したい。

でも、これって難しくない?
まあ、自分の気持ちの問題なのかも知れないけど。



ハンディキャップのある人は、「恋」をできるのだろうか?

健常者が障害のある人を慕う気持ちは、
どこまでが愛情で、どこまでが「同情」なのか?
何の濁りもない “まっ白な” 好意を寄せることができるのか?


反対に、障害のある人が健常者を慕う気持ちは、
どこまでが愛情で、どこまでが「甘え」なのか?

・・・なんて不確かなものが生じて、
どうしても「純粋な恋」は難しそうな気がするよねぇ。
「障害のある人」というだけで、心に、
真意がわかりにくくなるフィルターかかってしまう。


でも、この映画ではそれを見事にやってのけているんだなー。
主人公の女子は、軽度の脳障害のあるコなんだけど、
「同情」や「憐憫」や「甘え」なんかのの濁りのない、
まっ白な恋をする。

原作・脚本の北川亜矢子さんは、
障害のある人に、フツーの女の子と同じ恋をさせた
んだよ、
物語の設定をうまいこと考えて。

“そうか、これこそがまっ白な純粋な恋なんだ”
って、目からウロコと涙が落ちたよ。

それで、よくよく考えてみたら、
「そうか、これって健常者だって同じじゃないか」
って思ったね。

純粋な恋をしたいなら、
純粋な恋をするのにとてもやっかいな邪魔もの、
それをどう取っ払うか
がモンダイなのさ。
ハンデがある人もない人もおんなじ。
だって、健常者だって人それぞれ、
ある意味たくさんのハンデを持っているんだから。

でも、取っ払えるのか?
んー、難しいだろーなー。
カントの言う「純粋理性」ってやつだな。

それを結局取っ払えないから、
恋はひとときの夢物語であり、儚いのだ。
それが純粋であればあるほど、ますます儚くなる。

え、ナニ言ってんのかわかんない?
じゃ、観てみようねー。



“東洋のベニス” 富山県の射水市でのオールロケ。
雪の街の風景が、ものすごく美しい!



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●真白の恋(ましろのこい)
2017 日本
上映時間/97分
原作/北川亜矢子
監督/坂本欣弘
脚本/北川亜矢子
脚本協力/上原三由樹
撮影/山田笑子
編集/穂垣順之助
照明/市来聖史
美術/中居崇
録音/山田義昭、山岸亮、大上戸里沙、石川雄士
衣装/narumi
メイク/幸田恵、田近香織理、今家真美、高森真美子
音楽/未知瑠
助監督/佐伯龍蔵、米倉祐依
制作/牧野孝彬、土井珠見、木寺彩乃、松井貴子
メイキング/市野祐子
制作プロダクション/sagan pictures
配給/エレファントハウス
出演/佐藤みゆき、岩井堂聖子、福地祐介、長谷川初範、山口詩史、
   杉浦文紀、及川奈央、村上剛基、内田もも香、深川格 ほか
受賞/第二回新人監督映画祭(2015)
   ・コンペティション・長編部門 出品
   TAMA CINEMA FORUM(2015)
   ・ある視点部門 出品
   なら国際映画祭2016
   ・~インターナショナルコンペティション~ 観客賞
   福井映画祭11th(2017)
   ・長編部門 観客賞(グランプリ)
   あきた十文字映画祭(2017) 第26回
   ・上映作品







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コメント

こんばんは。

あー、この作品はまったく知りませんでした。

>つまり、何が言いたいかというと、
>ハンディキャップのある人を思いやるのはとても難しいな、
>ということ。

まったく難しいです。

今、地元新聞で連載しているもので、骨がもろくて車いすの女性のエッセーがあるのですが、
こういう表現の仕方がいいのかわからないけど、彼女はすごく“強い”んです。
何もかもが積極的で、他のハンディキャップの人もそうあればと思う人なんです。

また障碍者で起業している青年は、自分の会社に入社希望の連絡をしてくる障碍者の多くが
甘えていると憤慨している。

また手助けをする側の人で、やたら助けたがる人というのもいる。
自分で出来ることは自分でする、それが無理なことだけは助けてほしいと思っていても、
なんでもかんでも助けないといけない!と思いこんでいる人っているんです。

その反対に、私は何も出来ないから、あれもこれもやって!という人もいる。

いや、何が言いたいかというと、難しいということです(^_^;)

バニーマン #- | URL
2018/04/02 19:45 | edit

なんて良さげな映画。
全然そのタイトルも知らなかったので、つかりこさんの考えている事を表現してくれてる記事なんだなーと思って読み進めてしまいました。
是非観てみたいです。

席譲り問題、色んな考え方があって悩みますよね。
私は過去に何回か「そんなに年取ってないから大丈夫よ」って言われたことがありますが気にしないことにしてます。
あと虫とかデッカいゴミが服に付いていたら教えてとってあげます。(自分も教えて欲しいから)

白い杖の方などには、実際声かけたことありません。
つかりこさんが書いていらっしゃるように色々と思い悩み結局何もできないんです。
ほんとは人にどう思われようと失礼になったとしても咄嗟に助けてしまうような人になりたいんですけど!

またステキな映画紹介してください♪

ふゆこ #- | URL
2018/04/02 23:41 | edit

そうですね。ハンディキャップがある人との接し方、悩みますね。
相手の気持ちを考えれば考えるほど手助けするのを躊躇してしまう。
つかりこさんのように相手を思いやる優しい気持ちを持った人なら尚更でしょうね。
娘と同じ寮にも盲目の友達がいます。
大学でその子のサポートをするボランティアを募っていて、娘もその一人です。
どういうふうに接しているのか聞いたことはありませんが、
昨日チャップリンの「街の灯」を娘と二人で観ていたら、
〇〇ちゃんのことを思い出す・・・ってしみじみしていました。
あの映画でも恋がテーマでしたね。好きな映画です。

ももこ #- | URL
2018/04/05 11:49 | edit

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# | 
2018/04/05 14:45 | edit

Re: バニーマンさん、コメントありがとうございます。

> こんばんは。
>
> あー、この作品はまったく知りませんでした。
>
> >つまり、何が言いたいかというと、
> >ハンディキャップのある人を思いやるのはとても難しいな、
> >ということ。
>
> まったく難しいです。
>
> 今、地元新聞で連載しているもので、骨がもろくて車いすの女性のエッセーがあるのですが、
> こういう表現の仕方がいいのかわからないけど、彼女はすごく“強い”んです。
> 何もかもが積極的で、他のハンディキャップの人もそうあればと思う人なんです。
>
> また障碍者で起業している青年は、自分の会社に入社希望の連絡をしてくる障碍者の多くが
> 甘えていると憤慨している。
>
> また手助けをする側の人で、やたら助けたがる人というのもいる。
> 自分で出来ることは自分でする、それが無理なことだけは助けてほしいと思っていても、
> なんでもかんでも助けないといけない!と思いこんでいる人っているんです。
>
> その反対に、私は何も出来ないから、あれもこれもやって!という人もいる。
>
> いや、何が言いたいかというと、難しいということです(^_^;)

↑なるほどですねー。
実例があるとわかりやすいですね。

そうですそうです、ハンデのある人って、「障害を持つ人」と「フツーの人」が
同居しているんですよね。
だから、本人もまわりの人も障害を持つ人へのヘルプとフツーの人へのヘルプ、
フツーの人への叱咤と障害を持つ人への叱咤がこんがらかってしまって、
時に悩んだり実際にトラブルになってしまったりします。

僕は、どちらかというと「やたら助けたがる人」なんですが(笑)、
できればいつも、必要十分なヘルプができて、
相手の人間性まで「弱者」扱いしないようにできないものかと悩んでいます。

この映画は、具体的にそういったシーンを呈して考えさせるような印象は薄くて、
明らかに素敵なラブストーリーなのですが・・・脳障害を持つ主人公を通して
「純粋な恋とか愛って何だ?」って考えさせられるハナシなのだと思いました。

朝ドラ『半分、青い。』
いまんとこ、そちらの方面が物語の舞台ですねー!
何の奇遇か、主人公も聴覚に障害のあるコですよね。
美濃弁は、あれで正しいですか?(笑)

つかりこ #- | URL
2018/04/05 18:35 | edit

Re: ふゆこさん、コメントありがとうございます。

> なんて良さげな映画。
> 全然そのタイトルも知らなかったので、つかりこさんの考えている事を表現してくれてる記事なんだなーと思って読み進めてしまいました。
> 是非観てみたいです。

↑ぜひどうぞどうぞ。
やや短めで、シンプルで静かな映画ですが、
僕はぐっと心を動かされました。
全体的には、批判的な印象の作品ではなく、ピュアな恋愛物語です。
僕が考えたことは、鑑賞後のことです。

ハグもチューもエッチも、何にもないハナシですが、
胸がキュンキュンすること請け合いです。

> 席譲り問題、色んな考え方があって悩みますよね。
> 私は過去に何回か「そんなに年取ってないから大丈夫よ」って言われたことがありますが気にしないことにしてます。
> あと虫とかデッカいゴミが服に付いていたら教えてとってあげます。(自分も教えて欲しいから)
>
> 白い杖の方などには、実際声かけたことありません。
> つかりこさんが書いていらっしゃるように色々と思い悩み結局何もできないんです。
> ほんとは人にどう思われようと失礼になったとしても咄嗟に助けてしまうような人になりたいんですけど!

↑↑僕は、「悩んで行動に出ない」んじゃないんですよ。
席はすぐに譲るし、一人でいる白杖や車椅子の方には
ほとんど声をかけるのですが、その時になかなかすっきりと
気持ちが収まらないというだけなんです。
いつだつたか、雨の道で、おばあちゃんをおぶってやったこともありますよ。(汗)

この映画では、「ハンデのある主人公の人としての自由を庇護してあげる人」と
「主人公を愛するがゆえに束縛する人」、「主人公と恋をする人」の3種類の
人が出てきます。
それは、どの人も正解であり、どの人も間違いなんですね。
僕が「ハンディキャップのある人を思いやるのはとても難しいな」と言ったのは、
そういうことです。
でも、主人公の真白は、しっかり「ホントの恋」をします。

> またステキな映画紹介してください♪

↑はい、なんぼでも書きますよー。
僕の感覚は、少しひねくれているかもしれませんが、
ハズレの時は許してねー。

つかりこ #- | URL
2018/04/06 10:54 | edit

Re: ももこさん、コメントありがとうございます。

> そうですね。ハンディキャップがある人との接し方、悩みますね。
> 相手の気持ちを考えれば考えるほど手助けするのを躊躇してしまう。
> つかりこさんのように相手を思いやる優しい気持ちを持った人なら尚更でしょうね。

↑他の人へのレスでも書きましたが、
僕は、悩んで行動を躊躇はしないんですよ。
電車内では、すぐに席を譲るというか、始めから座んないで
そういう人がいたら「ここ、空いてますよ」というし、
横断報道や階段などでは、すぐに手を差し出します。
ただ、「これで充分に助けてあげられたのか?」とか
「失礼にも、相手を憐れんでいたのではないか?」、
「自分にウソはないか?偽善ではないのか?」などと
考えてしまって、すっきりしないだけなのです。

> 娘と同じ寮にも盲目の友達がいます。
> 大学でその子のサポートをするボランティアを募っていて、娘もその一人です。
> どういうふうに接しているのか聞いたことはありませんが、
> 昨日チャップリンの「街の灯」を娘と二人で観ていたら、
> 〇〇ちゃんのことを思い出す・・・ってしみじみしていました。

↑ボランティアを募らなくても、みんなが自然にハンデを埋めて
あげられるようになるといいですよね。
「ボランティアを募る」ということ事態に対して、ヘルプされる側には
「うれしい」という人や「当然だろ、徹底的にヘルプしろや」とか、
「大袈裟にしないでほしい、公然と弱者扱いしないでほしい」という
人などがいるでしょうし、ヘルプする側にも「いいことだ」という人や
「ボランティアを制度化すると、ボランティアしない人が悪者みたいに見られる、
いつも個人的にヘルプしているのに」とか、
「ハンデのある人を弱者だと決めつけているようでイヤだ」などと
思う人もいるんでしょうね。
そこが “難しい”ところと思うんです。
そういうボランティアに反対ということじゃないんですが。

> あの映画でも恋がテーマでしたね。好きな映画です。

言われてみれば『街の灯り』は、この映画とけっこうテーマが似ている
かもしれませんね。
浮浪者のほうは、盲目の彼女に恋をする。
自分が貧しくともなりふり構わず施しをするところが、
「恋」と言えるに違いありませんよね。
彼女のほうは、男をお金持ちと勘違いしますが、
最後に、彼が貧しくて他人のことなどかまっていられないような状態なのに
自分に愛を注いでくれたことを知る。
その時点で、お互いのハンデを乗り越えて心が通じ合った、
ということなんでしょうね。

この映画では、ハンデを乗り越えられたのかな?
まわりのみんなが、それぞれの想うやさしい気持ちで接するのですが、
それは、みんな正解であり、間違いでもあるのです。
ハンデがなくても恋は難しいものだと思いますが(汗)、
ハンデがあるということは、恋に限らず難しいんだということを
思い知らされます。
でも、たしかに二人はピュアな恋をします。

つかりこ #- | URL
2018/04/06 15:06 | edit

Re: 鍵nさんコメントありがとうございます。

バス内での武勇伝、拝読しましたよ。
そうですよね。
僕は電車ばかりでバスにはほとんど乗らないのですが、
しかも電車も、出勤は生徒・学生の乗る時間帯と微妙にズレた通勤ラッシュ時だし、
帰宅も深夜に近いので、酔っ払いの愚行ばかりで、誰かの反モラルを叱り飛ばす機会が
少ないのだと思われます。
でも、そういう場面に出くわすと、nさんと同じように注意するタイプですねー。
(自分は、ロクな人間でもないのに)
地下鉄で別のタイプの反モラルに対して注意して、
喧嘩になりそうになったこともあります。
「ニュースになったらやばいな」と思い、腕力に訴えることはギリギリ避けました。(汗)

想えば、僕らが子供の頃って、若年の悪さや至らずをやたらと怒る
おっかない大人がそこら中にいましたよね。
そういう人が社会の「タガ」になっていたように思えます。
日本人のモラルの「伝授者」として、嫌われ役を買って出ていたんでしょう。
昔の人はリッパでしたねー。
叱る人の少ないいまは、大人がリッパじゃなくなったということ
かもしれませんね。
モンスターとか言って、自分勝手なヤツばかりが増えてきました。

つかりこ #- | URL
2018/04/06 15:35 | edit

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