奥崎謙三という戦争 ~『ゆきゆきて、神軍』


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あれは、忘れもしない1987年12月17日の午前11時過ぎ

暗闇の客席が、ゆっさゆっさと揺れ出したんだよ。
数十人の観客が、一斉に騒ぎ出す。
スクリーンの両端に立っている、BOSEだかJBLだかの
スタンドタイプのスピーカーがガタガタ揺れて、片方がバッタリ倒れた。

幸い惨事にはならなかったけど、
十勝沖地震の経験からして、あと3秒揺れが続いたら、
僕は出口に向かって激走していたと思う。

銀幕に写ったその男は、そんなことにはまったくお構いなく
ただ怒鳴り続けていた。



千葉県東方沖地震
千葉市でおよそ震度7、東京都内で震度4。
僕はその時、この映画を観ていたんだよ。
なんで、平日の昼間に映画を観ていたのかは言えない。(汗)

まだ、東京・渋谷の桜丘町にあった頃の「ユーロスペース」
(いまは円山町へ移転)。
思い出せないけど、キャパはたしか50~100人くらいだったかな。
当時は “単館ロードショウ” の映画館、なんて言ってたはず。

名画座とは微妙に違って、リバイバルだけでなく、
「大手の配給会社が商業的な価値から見放したんだけど、
これは映画ファンに紹介せずにはいられない」というような作品や監督を
発掘したり、「ヤバ過ぎて、フツーの劇場では上映できない」
というような作品を喜んで引き受けたりする趣向だな。

そう、いまで言う “ミニシアター” というやつだねー。
ユーロスペースはその先駆けの一つだったんだね。

で、この『ゆきゆきて、神軍』は、
その「ヤバ過ぎて・・・」の部類だったわけだ。
なんせ、あの岩波ホールでさえ上映を断念した作品なんだから。

封切りは、同年の8月1日だったそうだ。
僕が観に行ったのが、その12月17日だから、
なんと4カ月半ものロングランの真っ最中。
結果、7カ月もの間上映し続けたんだそうだ。
しかも、単館ロードショウでだよ。

今年の終戦記念日の前後に、
渋谷の「UPLINK」というミニシアターで、
『ゆきゆきて、神軍』公開30年記念上映と題して
リバイバル上映が行なわれていたみたいだね。

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■奥崎謙三 “神軍平等兵” ~ 正義と制裁を振りかざす狂気

●1920年、兵庫県明石市生まれ。
●1941年3月、岡山連隊に入営(陸軍二等兵)
●1943年1月、独立工兵第36連隊に配属、4月にイギリス領東ニューギニアへ。
部隊は敗走を重ねながら飢えとマラリアに苦しむ。
奥崎は、たびたび上官に暴行を働いて食料を奪取した。
●1944年7月、「GI, Come gun!」と叫び、投降。豪州軍の捕虜となる。
●1946年3月、復員。
引揚船内で復員者の食料を横領しようとした船長に執拗な暴行を加え、
腹部をハサミで刺傷

●1947年3月、鉄工所に就職。
●1951年、神戸市兵庫区にサン電池工業所を開業。
バッテリー商・中古車販売・自動車修理を経営。
●1956年、店舗の賃貸借をめぐる金銭トラブルから不動産業者を刺殺
傷害致死罪で懲役10年。
●1969年、天皇を戦犯と決めつけ、皇居の一般参賀で
「ヤマザキ、天皇をピストルで撃て!」と叫び、昭和天皇にパチンコ玉を発射
暴行罪で懲役1年6カ月。
公判廷では、性器を露出して検事に小便をかけ、判事に唾を吐きかけた。
●1974年、残留日本兵救出の目的でグアムを訪問。
●1976年、『宇宙人の聖書!?』自費出版。
●1976年、皇室ポルノビラ事件。
銀座、渋谷、新宿のデパート屋上から、ポルノ写真に天皇一家の顔写真を
コラージュしたビラ約4,000枚をまき
、猥褻図画頒布で懲役1年2カ月。
●1977年、獄中から参院選全国区に出馬。神軍新聞発行。
●1980年、再度参院選全国区に立候補。
選挙広告の掲載を拒否した朝日新聞社を恨み、社長・渡辺誠毅の襲撃を計画

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●1981年、「天皇に通ずる社会の悪因」として、『田中角栄を殺すために記す』を自費出版
田中に対する殺人予備罪で書類送検。
●1982年、『ゆきゆきて、神軍』の撮影開始
●1983年3月、西ニューギニアでロケ敢行。
●1983年9月、パプアニューギニアへ単独で慰霊行。
●1983年12月、衆院選で当時の兵庫1区から立候補

奥崎謙三 政見放送

1983年12月、衆院選兵庫1区で三度目の立候補。落選

●1983年12月、改造拳銃での殺人未遂事件
当映画撮影中に、自身が所属した部隊で「戦病死」したとされた兵士が、
実は上官命令で終戦後にも関わらず “敵前逃亡" の罪で処刑されたことを突き止める


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元中隊長ほか3名の殺害を決意。12月15日、選挙期間中にも関わらず
元中隊長宅を訪問時に応対したその息子に向け改造拳銃を発砲・傷害
逃亡の後、自首のようなかたちで逮捕。
護送時、駆けつけた報道陣に対し、手錠をかけられた右手を振り上げ、
「ご苦労さん!」と言い放った。

●1986年9月18日、妻のシズミ没。
●1987年9月4日、広島高等裁判所における奥崎の第二回公判で、
この映画の映像が弁護側の証拠として採用され、法廷内で上映
奥崎は原監督に「全く面白くありません」と手紙を出した
のちに殺人未遂等で徴役12年確定。
●1987年9月18日、拘留中に妻・シズミの一周忌として、
虎屋に特製「神軍饅頭」を注文(「神」「軍」の2種焼き印入り)。
ユーロスペースの観客および関係者に配布

●1997年8月、府中刑務所より満期出所。
●1998年、映画『神様の愛い奴』に主演。
●2005年、死去。



この映画は、上記青字の1982年から1983年12月の改造拳銃による殺人未遂事件
までを追ったドキュメンタリー
なんだよ。
しかも、’87年9月の拘留中の出来事は、8月に封切られたこの映画の
興行中に行なわれたこと。

奥崎が、嫌がる相手の家へ強引に押しかけたり、
話の途中で逆上して怒鳴り散らし、暴力を振るったり、
改造拳銃で人を撃ったりするのを記録したこの映画の撮影は、
本物のドキュメンタリーなのか、傷害や殺人の幇助なのか、
監督の原一男の罪が追及
される一面もあったんだよ。
なんせ、この映画が裁判の証拠になったくらいなんだから。

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マーチン・スコセッシ監督は、「誰もこんな映画を作ったことがなかった」、
「誰もこんな映画を観たことがなかった」と言った。
マイケル・ムーア監督は、「私がこれまでに見た最高のドキュメンタリーの
傑作は『ゆきゆきて、神軍』である」と語った。



奥崎謙三は、第二次大戦で
ニューギニアで飢えとマラリアに苦しみながら敗走を繰り返した
千数百名の部隊の一員だった。
そして、ギリギリ生き残った30数名のうちの一人だった。

記録では、復員後に狂暴化したように見える。
自らを “神軍平等兵” と名乗って、
主に、昭和天皇の戦争責任や戦地で行なわれた犯罪、金権政治などを糾弾して
単独で活動を行なっていた
んだな。

やっていることは支離滅裂に見えるけど、言っていることはけっこうまとも。
でも、フツーの活動家やアナーキストと違うのは、
ひとたび悪と決めつけたら、対象の人物を全部殺そうとすることだ。

奥崎の生きる理由は「正義」だったんだと思う。

24時間毎日、いつ敵に撃たれて死ぬかも知れない恐怖、
人肉を食らわざるを得なかったほどの飢え、
毎日マラリアで死んでいく仲間、
上官の理不尽な命令と制裁、
すべてが極限状況の戦場・・・

奥崎はきっと、死ぬか狂うかが永遠に繰り返されるあの戦場で、
この世には、神も仏も天皇もない、政府も個人もない、男も女もない、
信じられるものは自分か敵か、正義か悪か、生か死か、怒りか沈黙か
しかないと悟ったんだろうな。

すべてが狂ってしまっている戦場で、
自分の正義にしがみつき、そうでないものを撃滅する(殺す)ことだけが
自分が発狂せず、生きていける術
だと胸に彫り付けてしまったんだろう。

奥崎謙三という人は元々、日本という国や天皇陛下や友人を
とても愛していたんだと思う。
でもその気持ちは、戦争という狂気に裏切られたのだ。





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●ゆきゆきて、神軍(ゆきゆきて、しんぐん)
1987 日本
上映時間:122分
監督:原一男
企画:今村昌平
製作:小林佐智子
製作協力:今村プロダクション ほか
撮影:原一男
編集・構成:鍋島惇
録音:栗林豊彦
演出助手:安岡卓治、大宮浩一
撮影助手:高村俊昭、平沢智
演出協力:徳永靖子、三宅雄之進
選曲:山川繁
効果:伊藤進一
ネガ編集:神谷編集室
タイトル:日映美術、8 - 8光映、にっかつスタジオセンター、IMAGICA
出演:奥崎謙三、奥崎シズミ ほか
受賞:日本映画監督協会新人賞
   ベルリン国際映画祭カリガリ映画賞
   毎日映画コンクール日本映画優秀賞、同監督賞、同録音賞
   報知映画賞最優秀監督賞
   日本映画ペンクラブベスト1位
   キネマ旬報ベストテン2位(読者選出1位、読者選出監督賞)
   ブルーリボン賞監督賞
   ヨコハマ映画祭ベストテン1位、同監督賞
   おおさか映画祭特別賞
   くまもと映画祭特別企画製作賞
   映画芸術ベストテン1位







♪ Anarchy In The UK / Sex Pistols





♪ With A Gun / Steely Dan





♪ Surf and-Or Die / Walter Becker


Steely Dan 消滅! ウォルター・ベッカーが、9月3日に死んじゃってた!!
これまで、ひねくれた音楽をたくさん聴かせてくれて、ありがとう。 R.I.P. 合掌



◎9月15日朝6時過ぎ、北朝鮮がまた北海道越しにミサイルを飛ばした。
 奥崎謙三が生きていたら、どんな行動に出るんだろうな?


コメント

こんばんは。

これは多分封切り時に劇場で観たと思うのですが、
観た人と、こんな人が身内とかにいなくてよかったと
しみじみ語り合った覚えがあります(^_^;)

当時は撮った監督も色々な意味で大丈夫か!?という
かんじでしたが、それは今も変わらない感想ですね。
原一男と今村昌平ならではですね。

>奥崎謙三という人は元々、日本という国や天皇陛下や友人を
>とても愛していたんだと思う。
>でもその気持ちは、戦争という狂気に裏切られたのだ。

そうだと思います。
プラスがマイナスに転嫁した時が一番怖いですね。

2017/09/14 (Thu) 20:05 | バニーマン #- | URL | 編集

私もこれ観ました。家で観たから、貸しビデオ?
遠い昔すぎて、どういう経緯で観たのかそこらへんから
もう記憶がボンヤリしていますが、よく撮ったな〜と思った覚えが。
リバイバル上映なんてやっているんですね。
しかも満席・・・。びっくり。

2017/09/14 (Thu) 20:48 | さとちん #- | URL | 編集
まいどです

千葉県東方沖地震っすね。
まずはこれを思い出そうと必死に記憶のページを辿ってるんですが
どうしても記憶にない....たぶんこの時代は出張三昧でしたから、
例によって東南アジアの密林か、南米アマゾンあたりで仙人みたいな
暮らしをしてた頃だと思います。一応まだ20代で元気でしたしね。

この映画は毛ちょっとあとに、確か田原総一朗がテレビでやたらに
観ろ観ろ傑作だぞ!ってクロ返すので、なんかの方法で観た覚えがあります。

ドキュメンタリーだから、奥崎は支度では意外に落ち着いた生活をしていて、そして、ところどころが狂気が現れて、ああ現実にある狂気って、
こういう淡々とした感じとウラハラなのだろうな。この「静」が
何と言っても「くせ者」なんだろうな..なんて思いつつ、こんなヒト
あちこちにいるよ?と考えると、ゾゾzと怖くなったりしてね...。

つかりこさんは「神軍饅頭」を食したんですね!ちょっと羨ましいかも。

Pistolsじゃあないけれど、PILの日本公演終わりの中野の街は
♫あーいやあーまーあんちくらいす・とおおお....って、「と」を
やけに強調した感じの大合唱が鳴り響いてました。

2017/09/14 (Thu) 21:36 | pipco1980 #- | URL | 編集

大学で見ました。ドキュメンタリーの撮影するカメラは無色透明で対象に影響を与えない、現象に干渉しないというのが大前提なのでしょうが、ドキュメンタリーというのはドキュメンタリーを撮るという行為すらドキュメンタリーなんだなと思いました。

2017/09/15 (Fri) 18:36 | sukunahikona #- | URL | 編集
つかりこさん、こんにちは^^

映画の内容より、
↓この一行が気になります(笑)


「なんで、平日の昼間に映画を観ていたのかは言えない。(汗)」

2017/09/16 (Sat) 14:04 | ももこ #- | URL | 編集
Re: バニーマンさん、コメントありがとうございます。

> こんばんは。
>
> これは多分封切り時に劇場で観たと思うのですが、
> 観た人と、こんな人が身内とかにいなくてよかったと
> しみじみ語り合った覚えがあります(^_^;)

↑おー、劇場で観られましたかあ!
物好き、あ、いや、相当な映画好きですねー。
そうてすよね、家族や親戚にいたら、何度引っ越ししても足りませんよね。

> 当時は撮った監督も色々な意味で大丈夫か!?という
> かんじでしたが、それは今も変わらない感想ですね。
> 原一男と今村昌平ならではですね。

↑これは、マジで問題になってましたよね。
「銃撃をなぜ止めなかったのだ」から始まって、
「映画をおもしろくするために殺人を煽っただろう」
というところまでいきました。

> >奥崎謙三という人は元々、日本という国や天皇陛下や友人を
> >とても愛していたんだと思う。
> >でもその気持ちは、戦争という狂気に裏切られたのだ。
>
> そうだと思います。
> プラスがマイナスに転嫁した時が一番怖いですね。

↑この映画を何度も観てると、奥崎氏はムダなことは全く言わず
とても頭がよく、常に明快に行動する、まじめですばらしい人に見えてきます。
きっと、復員後、運よく事業に成功していたら、
日本を代表するような実業家になっていたんじゃないかと思います。
言行一致、首尾一貫、質実剛健・・・ひたすら正しいことを追求するでしょ?
ただ、間違ったことを絶対に許さない(=殺す)というのが
間違ったことだったんだと思います。
極限状況の戦場では、「正しいか間違っているか=生きるか死ぬか」
が答えだったんでしょうね。

天皇や国や上官や戦争の勝利やを愛し、尽くしてきたのに、
戦時にはそれらを愛した戦友から先にどんどん死んでいく。
恩を仇で返される。
そのマイナスの反動が、奥崎の仇討ちなんでしょう。
その愛や恩が大きかった分、マイナスの力も大きかったんでしょうね。
奥崎の行動を観て、たくさんの復員者が共感していたかもしれませんね。

2017/09/17 (Sun) 14:14 | つかりこ #- | URL | 編集
Re: さとちんさん、コメントありがありがとうございます。

> 私もこれ観ました。家で観たから、貸しビデオ?
> 遠い昔すぎて、どういう経緯で観たのかそこらへんから
> もう記憶がボンヤリしていますが、よく撮ったな〜と思った覚えが。

↑おおー、観られましたかー!
テレビ放映率ほぼゼロ、リバイバル率も超低率なコレですが、
「観た率」高い作品なんですね。
まあ、僕らが20代くらいの頃は、ものすごい話題になった作品なので、
同じくらいの世代の人は観た人が多いのかもしれませんね。
また、その当時はどこのビデオレンタルでも当たり前のように置いてありましたね。

ややお忘れのようですので、少しネタバレに迫る情報をば・・・
この映画で、奥崎謙三は「自身が所属した部隊で「戦病死」したとされた兵士が、
実は上官命令で終戦後にも関わらず “敵前逃亡" の罪で処刑されたことを突き止める」
と書きましたが、実はこの映画が暴露したことは「終戦後にも関わらず “敵前逃亡"
の罪で処刑された」ことが最も衝撃的なことではなくて、
別の事実らしきことがあったんですよ。
ほらほらー、観たくなってきたでしょ?
あ、でも暗いので観たくない?
あー、そりゃそうですよねぇ。(汗)

> リバイバル上映なんてやっているんですね。
> しかも満席・・・。びっくり。

↑今年の夏にはリバイバルされていたみたいで、
僕もびっくりしました。
過去にリバイバルされたかどうかはわからないですねぇ。
テレビでは、たぶん放送できないでしょうね。
僕は、ツタヤディスカスで借りて観ました。
(宣伝するつもりはないのですが・・・)
例によって、4回目くらいの鑑賞でした。(汗)

2017/09/18 (Mon) 14:08 | つかりこ #- | URL | 編集
Re: まいどです

pipco1980さん、まいどありがとうございます。

> 千葉県東方沖地震っすね。
> まずはこれを思い出そうと必死に記憶のページを辿ってるんですが
> どうしても記憶にない....たぶんこの時代は出張三昧でしたから、
> 例によって東南アジアの密林か、南米アマゾンあたりで仙人みたいな
> 暮らしをしてた頃だと思います。一応まだ20代で元気でしたしね。

↑この地震は、いまのようにわーわー騒がれなかったような気がします。
千葉県以外は、そう大きな被害もなかったようですし、
僕も、たまたま映画館にいたりしなければ、記憶に残っていないかもしれませんね。
でも、当時は気象庁の機械では、震度5以上を測定てきなかったそうで、
東京ガスの千葉エリアの測定器では震度7だったんだそうです。
しかも、後からわかりましたが、関東大震災と同じメカニズムで起きたらしいんです。
もう、起こってもおかしくない関東方面の大地震の前兆と言うかガス抜きというか
だったかもしれませんね。

でも、この地震に遭遇されるより、東南アジアの密林や南米アマゾンに
暮らしていたほうが、よっぽど危険だったのでは?(汗)

> この映画は毛ちょっとあとに、確か田原総一朗がテレビでやたらに
> 観ろ観ろ傑作だぞ!ってクロ返すので、なんかの方法で観た覚えがあります。

↑田原総一朗さんは、このドキュメンタリーの「撮る側の犯罪性」についても
テレビで糾弾していたかもしれません(記憶に薄い)。
でも、変わり種の反戦モノとして強烈なインパクトがあるので、
内容についてはおすすめだったんでしょうね。

> ドキュメンタリーだから、奥崎は支度では意外に落ち着いた生活をしていて、そして、ところどころが狂気が現れて、ああ現実にある狂気って、
> こういう淡々とした感じとウラハラなのだろうな。この「静」が
> 何と言っても「くせ者」なんだろうな..なんて思いつつ、こんなヒト
> あちこちにいるよ?と考えると、ゾゾzと怖くなったりしてね...。

↑そうですね。
いまあらためて観ますと、奥崎さんはとてもきちんとした人で、
理屈も理路整然としていて、話し方も静かで淡々としています。
しかし、怒り出すと手が付けられない。
「狂気」そのものですよね。
ホントにおっかない人って、こういう人なんでしょうね。

> つかりこさんは「神軍饅頭」を食したんですね!ちょっと羨ましいかも。

↑あ、「神軍まんじゅう」は、奥さんの一周忌の1987年9月18日だけに配ったみたいです、
僕が劇場にいたのは、12月17日ですのでもらえなかったんですようー。無念

> Pistolsじゃあないけれど、PILの日本公演終わりの中野の街は
> ♫あーいやあーまーあんちくらいす・とおおお....って、「と」を
> やけに強調した感じの大合唱が鳴り響いてました。

↑おー、PILのライブに行ったんですね!!
ちょうど、'87年でしたっけ?
奥崎謙三氏があの歌を知っていたかどうかはわかりませんが、
1987年は「国際アナーキー年」ということにしちゃいましょう!(汗)

2017/09/18 (Mon) 14:42 | つかりこ #- | URL | 編集
Re: sukunahikonaさん、はじめまして!

コメントありがとうございます。

> 大学で見ました。ドキュメンタリーの撮影するカメラは無色透明で対象に影響を与えない、現象に干渉しないというのが大前提なのでしょうが、ドキュメンタリーというのはドキュメンタリーを撮るという行為すらドキュメンタリーなんだなと思いました。

↑講義か図書館とかでご覧になられたのでしょうか?
なるほど、新聞学科などの「ジャーナリズム論」とか「ドキュメンタリー論」
などのいい題材になりそうな作品ですもんね。
ロバート・キャパの写真などでもよく議論されますが、
撮る側が、完全に「空気」になることはできないものですよね。
この映画もよくみると、奥崎氏がカメラを意識しているのがわかります。
そこに必要以上の「演出」というか「演技」なんかが盛られたり、
「意思」や「行動」の増調というものが生じるのが当然でしょう。
おっしゃる通り、盗撮でもなければ、カメラを回していること自体も
そのドキュメンタリーの一部であると捉えるしかないのだと思います。
大事なことは、その記録の本質が事実と異なっていないかでは?
その辺が、そのドキュメンタリーが秀逸かそうでないかの分かれ目なのでは?
盗撮は犯罪なので、そう考えるほかないのではないでしょうか。

いつも、ドキュメンタリーな写真を拝見させていただき、
ありがとうございます。

2017/09/18 (Mon) 15:00 | つかりこ #- | URL | 編集
Re: つかりこさん、こんにちは^^

ももこさん、コメントありがとうございます。

> 映画の内容より、
> ↓この一行が気になります(笑)
>
>
> 「なんで、平日の昼間に映画を観ていたのかは言えない。(汗)」

↑社長、先輩、同僚の皆さん、お父さんお母さん、すみませんでした。
渋谷に打ち合わせに行ったついでに、さぼっていました。

あの地震でケガでもしていたら、バレて超怒られていたところです。
あぶねー

2017/09/18 (Mon) 15:03 | つかりこ #- | URL | 編集
Steely Dan

本記事とは全く関係ありませんが、私もつい先日、W.ベッカーの訃報を知って、テキストに上げたばかりです。横浜でライブを予定していたD.フェイゲンも急病でフェス中止になりました。心配です。

2017/09/20 (Wed) 22:45 | papayoyo #- | URL | 編集
Re: Steely Dan

papayoyoさん、コメントありがとうございます。

> 本記事とは全く関係ありませんが、私もつい先日、W.ベッカーの訃報を知って、テキストに上げたばかりです。横浜でライブを予定していたD.フェイゲンも急病でフェス中止になりました。心配です。

↑僕も不覚にも、9月15日まで気づきませんでした。
たまたま、Steely Danのことを調べていたら、ベッカーへの追悼の言葉を見かけ、
「ええーっ!」ということになりました。
横浜赤レンガ倉庫のライブ、中止になってしまったんですね。
残念です。
もうジジイなので、今度はいつくる来ることやら。
ドン・フェイゲンは、ショックがでかくて中止にしたんでしょうね、きっと。
10月から始まるアメリカツアーは、いまのところ中止にはなっていないようですが。

2017/09/21 (Thu) 15:27 | つかりこ #- | URL | 編集

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