ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

“藪” で嗜む東京の正月、いいなあ  

2013年が明けて、Hくんが郷里から赴任先のこっちへ帰ってきた。
今年は、だいたい4日か7日から仕事始めがフツーだからなあ。

H「さっそく、お気に入りの吾妻橋やぶで天ぷら蕎麦を肴にゆるりと一盃。
この店は午後2時ごろから混むので不思議。酒ニーズが高いと思われます。
ちなみに並木やぶの前を通りましたが、長蛇の列。
蕎麦屋はゆるりと酒を飲みつつ蕎麦をたぐるのがいいので、
いかに名店といえども、敬遠しちゃいます。」


6日に行ったんだね、『吾妻橋やぶそば』
「並木藪蕎麦」ともなると、松の内でも長い行列ができるんだねぇ。
お気に入りなんだ、吾妻橋。
それは、初耳だねー。

“やぶ”って、「藪蕎麦」とか「藪そば」とか「やぶそば」とか「やぶ」とか「藪久」とか「竹藪」とか
やけにいろいろあるけど、何がホントなんだ、って気持ちで、
吾妻橋やぶそばを、ネットで調べてみたっけ・・・

1990年か91年頃に、「かんだやぶそば」で長年やってきた名人・梅岡二郎さんが独立して、
アサヒビール本社の近くで開店したのが始まりだそうだ。
その後、2009年11月13日に場所を少し移動させてリニューアルオープンした店とのことだねー。
へーっ、“かんだやぶ“ のバリバリの暖簾分け店なんだ。

「並木藪蕎麦」に長い行列ができていても、駒形橋を渡るだけで、
すっかり“藪”のかたちになっちゃってる口を満足させることのできる店
、とのこと。
なんか失礼な感じの言い方だけど、実際、そりゃ助かるわなあ。
Hくんも、自然とそんな使い方を見つけていたんだね。

2009年のリニューアル移転から、完全手打ちにしたそうだ。
そうそう、かんだも並木も池之端も一部機械打ちだと言うのは周知の通りだけど、
そこまでは伝統を守る必要はないよねぇ。
麺の太さも、それに合わせて蕎麦汁の味も、藪御三家とは微妙に違うらしいよ。
いやいや、機械打ちはまずいという意味じゃないス。
僕は、うまけりゃ、なに打ちであろうと気にしないタイプ。
でも、“吾妻橋“が完全手打ちだというのは魅力ですなあ。

「なぜか午後2時以降に混み出す」と書いているけど、
アサヒビール本社横時代から、蕎麦前を目的で来る客が多かったとのことだから、
昼飯タイムを外して呑みに行く人が多いんじゃないかな。
なんせ、11:30~16:00までの通し営業だから、
呑もうと思えば午後2時頃に来るしかないということかもしれないね。

リニューアルしてから1年間くらいは、天ぷらがなかったらしい。
建築上の問題だったとのことだけど、いま時そんなことってあんのかねぇ。
いまは、藪伝統の芝海老のかき揚げが以前のままに復活した、
ということで写真の天ぷら蕎麦なんだねー。

吾妻橋やぶそば_天ぷらそば

うまそうだね!
このガリッと揚げるのが、藪らしいところなんだろうね。
これは、“甘汁でもう一回煮る“のとは違う独自のやり方なんだね、きっと。
ココのは“かんだ“よりうまい、という意見もあるようだよ。

いいなあ、藪のこの天ぷらは死ぬまでに一度は食べてみたいなあ。
あと、鳥わさとかつ煮!
菊正の燗で、サクッとやってみたいな。


藪蕎麦のハナシが出てきたので、
どっかで書いとこうと思ってた藪蕎麦の歴史でも、以下。

藪蕎麦の“藪”とは元々は蕎麦屋の屋号ではなく、
ホントに竹藪の中にあった蕎麦屋だから愛称として呼ばれていたものらしい。

それは1700年代の江戸時代のことで、
東京・池袋の近くの雑司谷の鬼子母神にあった2軒の人気蕎麦屋のうち、
門前茶屋だった方と、ちょっと離れた竹藪の中にあった方を区別するために、
竹藪の方を “藪の内そば” とか “藪の中爺がそば” と呼んだことから生まれたペットネームだとのこと。

この“藪の内そば”を、鬼子母神にお参りに来た人が、行く時に注文を入れといて、
帰りにちょうど通りかかる頃に蕎麦を作ってもらっといて食べて帰る、
という使い方をする人も多かったそうだ。

この元祖“藪の内そば”は、戸張喜惣次という主人がやっていて人気を博していたけど、
1818~30年(文政)の頃に廃業したのではないかと言われているそうだ。
その頃には、江戸のあちこちに「藪そば」を冠した蕎麦屋があったそうだ。
江戸にはよっぽど竹藪があったのと、語呂のいい粋な呼び名が流行ったんだろうね。

この雑司谷の“藪の内そば”は、いまの“かんだやぶそば”とはどうも関係ないようだ。
つまり、この店から分家が生まれていたとしたら、
かんだやぶとは別の由緒ある“藪”が存在しているはずだねー。

その後、江戸にたくさんある藪そばの中で群を抜いたのは、
深川藪之内の「藪そば(藪中庵)」という蕎麦屋だったとのこと。
幕末から明治にかけて名店として人気があったらしいんだけど、明治に入った頃には、
千駄木の団子坂にも大人気の “藪”「蔦屋(通称:千駄木やぶそば)」があって、
その2店が肩を並べていたという記録が残っている。

深川の藪は、明治37年頃に廃業したと思われて、
千駄木・団子坂の藪「蔦屋」も明治39年頃に、支店を残して倒産したそうだ。

深川藪の流れは、もうどこにもないんだろうか。
雑司谷系列も深川系列も資料が残っていないので、
現在まで支店を残しているこの千駄木団子坂「蔦屋」系列が、
やぶそばの正統なルーツとして語られているのが現状みたいだね。

「蔦屋」は、天保4年(1833年)の記録では、伊勢安濃津藩の武士だった山口伝次郎が創業者で、
武家をやめて町人として親戚の苗字である三輪姓を名乗って始めたというのがあるけど、
下野(栃木)出身の武士が創業者だとする説もあって、はっきりしないようだ。

でも、千駄木の団子坂の中ほどに「蔦屋」という蕎麦屋があったことは複数の記録からして間違いなくて、
それが「藪そば」とか「やぶそば」とかと呼ばれていたことも文献に残っているそうだ。

明治時代の「蔦屋」は、敷地面積が1500坪を越える屋敷のような店で、
坂を利用して仕事場と客室が複数立ち並び、敷地内には人口の滝まであったそうだ。

売り物の蕎麦は、今とはまったく違って、挽きぐるみのいわゆる田舎蕎麦で、
うどんくらいの太さ
があって、コシも東京一ではないかと言われるくらい強かったとのこと。

器類は、邸の周りがその名の通り竹藪だったので、蒸籠や箸、土産用のつゆ入れの筒などに
竹細工が用いられていた
のが特徴的だったそうだ。

その「蔦屋」には、神田の連雀町(現在の淡路町のあたり)に支店があって、
明治13年に、堀田七兵衛という人物がこれを譲り受けることになって、
これがいまの『かんだやぶそば』の始まりとなったそうだ。

この時点で「雑司谷・藪の内そば」はすでに消滅していて、
「千駄木団子坂藪そば・蔦屋」と「深川藪そば・藪中庵」とこの「連雀町藪蕎麦」が、
東京の藪そばのベストスリーと当時の書物に紹介されている。

先に書いたように、「深川藪そば・藪中庵」は明治37年頃になくなったと言われていて、
明治39年頃には、隆盛を極めた「千駄木団子坂藪そば・蔦屋」も財テクに失敗して廃業したから、
その後は、“藪そば”といえば、蔦谷の暖簾を継いだ神田連雀町のことさすようになったとのことだ。

おもしろいのは、『連雀町藪蕎麦(現・かんだやぶそば)』の創始者の堀田七兵衛は、
元は「砂場」系の蕎麦屋をやってた
こと。
江戸時代に林立した“藪蕎麦”の中から、“藪”のルーツを引き受けることになった店に、
“砂場”のDNAが入っていることだ。
「連雀町藪蕎麦」を引き継ぐ前まで、堀田七兵衛は浅草蔵前の「中砂」という砂場の4代目だったのだ。
堀田家が大阪の砂場をどうやって東京に継いできたかは、不明らしいけど。

その後「連雀町藪蕎麦」は、関東大震災と第二次大戦を経て、堀田七兵衛の次男・平二郎が継いだ。
三男に勝三というのがいて、京橋の支店をやっていたのだけど、
浅草並木町に元々あった団子坂藪蕎麦(=蔦屋)の支店「藪金」に、
26歳の時に移転させられて店を任せられた。
それが、いまの『並木藪蕎麦』
だそうだ。

その堀田勝三の長男の平七郎が、日本橋三越支店を経て“並木“を承継。
昭和29年に勝三の三男の鶴雄が上野池の端の新店を任せられたのが、『池の端藪蕎麦』の始まり。

この “神田連雀町(かんだやぶ)”“浅草並木”“上野池の端” が、
初代・堀田七兵衛の血縁直系なので、「藪御三家」と呼ばれているんだね。

さらに、明治25年に「連雀町藪蕎麦」が初めて暖簾分けしたのが鵜飼安吉の『藪安(現 上野藪そば)』
明治37年に暖簾分け第二号店として開業したのが多田与四太郎の『浜町藪そば』
初代七兵衛の妹4人のうちの1人の娘が、大正になって七兵衛の弟子と結婚して出したのが『泉岳寺藪そば』

この他、直系・暖簾分け含めて、本郷、浅草、日陰町、銀座、人形町、京橋、日本橋、
本駒込、三田、芝浦などに“千駄木団子坂→神田連雀町系“藪蕎麦は展開したけど、
戦後までにみんな廃業しちゃって、御三家プラス「上野」、「浜町」、そして「泉岳寺」が残ったというわけ。
(以上『蕎麦屋の系図』岩崎信也 光文社知恵の森文庫 参照)

Hくんお気に入りの『吾妻橋やぶそば』は、何店目か僕はわからないけど、「上野」、「浜町」と並ぶ、
「神田連雀町藪蕎麦(かんだやぶそば)」のれっきとした暖簾分け店
なんだなあ。

“藪”というと、クロレラ入りの緑色の細くて弾力のある麺と塩辛い蕎麦汁を思い出すけど、
分家の御三家も暖簾分け店も、それぞれ工夫が進んでいて、
伝統を守りながらも少しずつ違う味やメニューが愉しめるらしいね。

僕は“藪”は、デパートに入ってた「かんだやぶそば」の支店の
“せいろう”を食べたことがあるだけなので、もちろん、興味もりもりですぜ。
今度、一緒に“かんだ”に行ってみよっか、高いけどねぇ。


●『吾妻橋やぶそば』
東京都墨田区吾妻橋1-11-2
03-3625-1550
11:30~16:00
ランチ営業、日曜営業
定休日/月曜・火曜
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