ゆらゆら草
もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。
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神楽坂でゆらゆら

001坂の途中.jpg


もう、何年も前のこと。

夜中の1時過ぎ、終電がなくなって今日も会社に泊まり。
仕事を捨てて、呑みにでも行くかあ、で呑み屋のあるほうへフラフラ。

いつも、四谷見附交差点(東京都新宿区)の角に出ている
おでんの屋台につかまることにした。

先輩後輩の3人でしばらく呑み食べしていると、
木箱をひっくり返した路上ベンチの隣席に、
美しい女性がぽつりと座ったんだよ。
服装は洋服なんだけど、アタマは日本髪
一人でしゃなりと呑んでいるんだなー。

どんなきっかけだったか覚えていないけど、
自然とおしゃべりすることになっちゃった。

トシは21才。
なんと、神楽坂の芸者だと言うじゃんか。

僕はその時点で、すでに映画『BUSU』を観たことがあったので、
「おー、ホントにいまでも神楽坂に芸者がいるんだあ!」
って驚いたんだよ。

だってね、神楽坂ってその当時でさえ、路地裏に入ることもなく
メイン通りの坂を上り下りをするだけの行動パターンでいれば、
花街の雰囲気なんて全然ないんだなあ。

だいたい、花街なんかがある理由がわからないもんね。
まわりにあるのは、東京理科大とか、法政大学とか、日仏学院とかの学校や
印刷会社ばかりのイメージで、浅草とか、日本橋とか、新橋とか、赤坂とか、
向島(!)なんかみたいに政治家が集まるとか、江戸時代からの商人の若旦那が
遊びに来るようなロケーションに思えなかったからさ。

でも、その芸子さんに、「神楽坂に置屋とか、見番とかがあるの?」って聞いたら、
「あります」って答えたので、やっと「ホントにあるんだあ」ってわかったんだよ。

それ以外に何を話したのか、全然覚えていないやー。
もちろん、彼女におでん屋台の横でちん・とん・しゃんって
踊ってもらうなんてことはなかったよ。

「洋服+日本髪」の芸者さんだったけど、一緒に気持ちよく呑めて
少し得した気分だったことだけは覚えているなあ。


002路地裏.jpg


実は、近いうちにオフ会で神楽坂に行くことになっているので、
ふと、そんなことを思い出したんだよ。

行くお店だけは決まっているんだけど、
神楽坂の歴史も、地理も、呑み屋も、何にも知らないので、
サワリだけでも調べてみようと思いついたわけ。

少しずつアップして行こうと思うので、乞うご期待ですます!
(大丈夫かなあ、途中でくじけそう)


003「牛込神楽坂之図」広重東都坂尽.jpg
「牛込神楽坂之図」広重東都坂尽
神楽坂を背にした構図、向こうが神楽坂下。
真ん中あたりの白いのが、江戸城の外堀に架かる見附橋の「牛込橋」、1636年創架。
いまは橋の左側(堀の中)にJR総武線の飯田橋駅がある。
その先にある建物は、牛込見附の「牛込御門」。

004現在の「牛込神楽坂之図」.jpg
同じアングルから見た現在の神楽坂下
中央左、緑の木のある右の道が、皇居外堀に架かる「牛込橋」。


005牛込御門の石垣.jpg
牛込御門の門跡(石垣)
神楽坂下から牛込橋を渡り切ると、左右にこんな石垣が。
歌川(安藤)広重の絵に見られる牛込御門の門跡だね。
牛込御門は「阿波藩」の普請によるもの、40日間という短期間で完成させたそうだ。



006神楽坂恵.jpg
こっちの神楽坂(恵)は、園子温監督の奥さん



<神楽坂のおもしろい歴史>

◎ なんで、神楽?

なんで「神楽坂」なんだろうねー。
だいたい、神楽って何よ?ってところから始めると・・・

お祭りの時なんかに、神社の境内の舞台とかで、
お能とも歌舞伎とも見分けのつかない踊りをやっているよね。
主に太鼓と笛で、祭り囃子ほどハネてない伴奏のやつ(めっちゃプアな知識だなあ)。
実はたくさんの流派や演目があって、奥が深そうだけど、まあ、それのことですわー。
キホン、平安時代より前から続く、神様の鎮魂をしたり神様を呼んで戯れたりする
神事のことということね。

で、その神楽とこの坂と何の関係があるのか、というのが本題。

①このあたりは、西早稲田にある高田穴八幡のゆかりの地のひとつであり、
 高田八幡の神輿が通るコースとなっていた。その神輿が通る際に神楽が
 奏されるのが定例となっていた。
②近所の神楽坂若宮八幡神社の神楽がよく聞こえた。
③940年にいまの大手町に創建された「津久戸明神」が、
 1616年に移転して来た時に、神輿が重くてこの坂を上ることができなかったが、
 神楽を奏すると上ることが出来た。


・・・などの伝承があって、「神楽坂」と名づけられたとのこと。
いずれにせよ、ずいぶん古くから神社仏閣が建てられ、
たくさんの人が住みついていたんだね。


001神楽坂若宮八幡神社.jpg
●神楽坂若宮八幡神社(東京都新宿区若宮町18)
ご利益:出世開運、武運長久、子孫繁栄、子育大願 他



◎ なんで、こんなところに街が?

● 藤原京時代は牛の村で、戦国時代に人の街になった

14世紀頃に群馬県の赤城山の麓に勢力を持っていた大胡氏という豪族が、
戦国時代の1526年頃に、上杉から北条に乗り換えて、この地に進出して来たそうだ。

それ以前は、神楽坂のあたりは、上杉家の一派・扇谷上杉氏の勢力下にあって、
扇谷上杉氏の執事だった太田道灌が1457年に造った江戸城(当時は千代田城という名)
の城下領地だったんだよ。

それを北条氏が扇谷上杉を滅ぼして、江戸城もろとも奪って
このあたり(武蔵牛込)の領地を大湖氏に与えたんだね。
それが1526年頃のハナシ。

その時に、大胡氏は姓を地名からとって「牛込」と改めて、
いまの「光照寺」のあたりに居城を建てたことが街の始まり
だそうだ。

城を造るとなると、その周りにたくさんの建築職人が何年も住むことになるし、
付随して飲食店や宿屋なんかもできるというわけ。
城ができたらできたで、周りに家臣たちも住むし、暮らしに必要なモノも売られるようになるし、
出入りの商人なんかも住んで、しぜん、街になるんだね。

1590年に北条氏が滅んだ後、牛込氏は徳川家康に従い、牛込城は廃城になったそうだ。

それにしても、いまではコンクリートジャングルの東京・新宿区に
戦国時代の城があっただなんて!驚きだよなー。

ちなみに、「牛込」の地名は大宝律令発布後の8世紀頃からすでにあって
乳牛を育てる飼育舎が神楽坂付近にあったことから、そういう地名だったんだそうだ。
「馬込」、「駒込」などが馬の飼育と関係が深いのと同じように、
牛の畜産と関係があることが明白だよね。

つまり、神楽坂のあたりは大宝律令の頃からただの坂や台地じゃなくて、
そこそこ人(牛)が住んでいて、集落然としていたんだな。


001光照寺.jpg
●光照寺(東京都新宿区袋町15番)
浄土宗の寺院、増上寺の末寺。
牛込城の跡地に建っている。
出羽松山藩江戸屋敷の菩提寺、同藩主家の酒井家歴代の墓が残る。



● 神田川からの荷揚げ場として栄えて、花街もできた

北条系の牛込氏の城下町だった神楽坂近辺も、
1603年の江戸幕府開府で、徳川家康が江戸城に住むことになったら、
街も変わったんだねぇ。

牛込城はつぶされて、徳川大名の武家屋敷町の一つとして改変させられたんだね。
1628年には江戸城の外堀ができて、橋と阿波藩が造った牛込御門の「牛込見附」
が造られた


特に、坂の上のいまの矢来町あたりに、坂井忠勝という大老が住んだことで、
坂の上から牛込見附までの約1kmの「大老登城道」が造られたんだけど、
これがいまの「神楽坂通り」になった
んだそうだ。

1658年には、牛込の外堀と隅田川へ流れ込む神田川がつなげられたおかげで、
神楽坂付近に荷揚場(川の湊)が造られたんだね。

もちろん電車なんかなくて、河岸輸送が主流だった江戸時代、
ましてや、下町(江戸城東側)に比べて交通網の乏しかった山の手(江戸城西側)に
人や物資の交通拠点ができるというのは一大事で、
当然、大賑わいするようになったんだそうだ。
だから、いまでも「揚場町」とか「神楽河岸」なんていう地名が残っているんだね。

江戸中期になると、「善國寺・毘沙門天」や「出世稲荷」、「行元寺」などで
祭りや地域の遊興が盛ん
に行なわれるようになったんだそうだ。

中でも「行元寺」(いまはなく、寺内公園(神楽坂5丁目43番)となっている)の付近は、
1857年頃には飲食店などが集まり、武家や庶民の飲み食べ唄いの場として栄えたんだと。
そこには岡場所(幕府公認の遊郭エリア)もあったんだね。

それが、神楽坂の花柳界の始まりみたいだねー。
その周りに無秩序に町屋が建って、いまの迷路のような路地ができたんだそうだ。

江戸時代中期以降の神楽坂は、坂上に向かって左側のエリアが
武家屋敷と寺、右側が庶民と河岸客の花街という様相だったみたいだね。


002毘沙門天.jpg
●「善國寺」毘沙門天(東京都新宿区神楽坂5-36)
1595年創設、江戸の名物火災から逃れて馬喰町から麹町、神楽坂と移転してきて約200年。
ご利益:全般、縁結びで人気。
開基は徳川家康公。徳川の世の安泰を祈念。水戸光圀公も信仰した?
縁日発祥の地と言われている。
狛犬ではなく、「狛虎」が珍しい。


003赤城出世稲荷神社.jpeg
●赤城出世稲荷神社(東京都新宿区赤城元町4-5)
ご利益:出世開運の神として大名や公家から崇拝。五穀豊穣、衣食住、商工業繁栄 他



● 鉄道が敷かれ、文豪が住み通う「山の手銀座」となった明治期

明治になって、幕府も武家もなくなったので、
神楽坂は町人の街になったんだね。

明治10年過ぎに、メインストリートの神楽坂通りが
少し緩やかに工事されたらしいんだけど、
路地や街の割り付けは江戸時代のものがそのまま受け継がれて、
現在もほぼ当時のまま残されているとのこと。

1894年(明治27年)、牛込駅(現在の飯田橋駅)開業
翌年、隣に飯田町駅(エドモンドホテル付近にあった)開業。
すでに1889年(明治22年)に、新宿-立川間で開通していた甲武鉄道(現在の中央線)が、
御茶ノ水-八王子の完成に向かって延長工事を行なっていたんだね。

これは、街の発展に大きく影響したんだろうな。
もともと、川の船運の拠点として、
山の手では最大級の街だった牛込・神楽坂エリアだけど、
この駅の開設で急速に発展したようだ。

商店街はもちろん住宅もたくさん建てられ、
神楽坂にはなんと百貨店が3軒もあったそうだ。
縁日などには山の手じゅうの人が集まる勢いで、
「山の手銀座」と呼ばれた
ほどだそうだ。

また、尾崎紅葉や泉鏡花が住んでいたり、
夏目漱石が晩年を暮らしたり(「漱石山房」跡(漱石公園)、
与謝野晶子や坪内逍遥、島村抱月に関するエピソードなど
神楽坂ゆかりの文人たちが出始めたのもこの頃。

商業と文化の大輪が咲いた明治期だった。


001牛込駅飯田町駅.jpg
●甲武鉄道の牛込駅と飯田町駅の位置

002大震災後の牛込駅.jpg
●大震災後の牛込駅


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●明治40年頃の神楽坂


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●尾崎紅葉旧居跡(東京都新宿区横寺町47 第二いしばしハイツ)
未完の『金色夜叉』で有名な尾崎紅葉が1891年から亡くなるまでの
12年間住んだ場所。

005漱石山房のベランダでくつろぐ漱石.jpg
●「漱石山房」のベランダでくつろぐ漱石(漱石山房跡(漱石公園)東京都新宿区早稲田南町7)
夏目漱石が生まれたのは、早稲田大学の近くの新宿区喜久井町の夏目坂だけど、
晩年の10年を過ごして『三四郎』や『こころ』を書いたのはココ。
神楽坂から少し離れているけど、一本道で行ける。

006和良店亭地蔵坂
●地蔵坂(神楽坂地蔵坂)
漱石がよく通っていた寄席「和良店亭(わらだなてい)」のあった通り。
当時、神楽坂には5軒も寄席があったそうだ。
わらだなとは「藁店」のことで、燃料となる「わら」を売っていた店があったので
その名が受け継がれたといわれている。

007田原屋
008田原屋のオム
●田原屋(東京都新宿区神楽坂5丁目35 ※いまはふぐ料理店に)
明治期に牛鍋屋として開業、漱石が好んで通ったといわれる店。
漱石以外では、 観世元玆、長田秀雄、幹彦、吉井勇、菊池寛、
佐藤春夫、永井荷風なとが通ったそうだ。
関東大震災後では、15代目羽左ヱ門、六代目、先々代歌右ヱ門、松永和風、
水谷八重子、サトー・ハチロー、加藤ムラオ、永井荷風、今東光、日出海
などが通ったらしい。
その後は、業態を変えてフルーツ店と洋食屋として営業。
伝統的なオムライスもあったらしい!
2002年に惜しまれながらも閉店、一度オムライスを試したかったねー、むこどの。




● 戦前戦後の昭和期は、神楽坂花柳界の最盛期

昭和になって、神楽坂は、東京山の手を代表する繁華街になっていたそうだ。
花柳界も第二次大戦前までは、見番2軒、置屋166軒、芸妓が619名もいて、
最盛期を迎えていたらしいね。

戦争が始まって「贅沢は敵だー」ということで下火になりつつあり、
とどめに昭和20年(1945年)の大空襲で、神楽坂は焼野原になってしまった。

それでも、1950年代後半には、ほぼ戦前と同じくらいに復興して、
第二の繁栄期を迎えたとのこと。
戦後の “高度成長期” というやつだよね。

いったい誰がやってきたのかと探ると・・・
鉄鋼、出版などの社用族と政治家が料亭を盛んに利用したらしい。
まあ、焼け野原からの立ち上がりだから、
建設関係と文化担当の出版・印刷関連というのは景気が良かったんだろうね。
どれだけたくさんの重要な政治的取り決めがここでなされたか、
想像するとわくわくするよねー。

ご存知の昭和後期と平成になってからは、
だんだんと商業的な勢いはなくなっていったんだね。

かつては、武家屋敷町から始まって、牛込揚場、牛込駅として
貨物や商業物資と人の流通拠点として栄えたのだけど、
気が付いたら、鉄道の取り回しや首都機能などは別の場所で発展していて、
取り残されたカタチになったんだろうね。

いまは、飯田橋付近は、新宿駅や東京駅のようなターミナル駅でもないし、
大規模な官庁街でもないし、六本木や赤坂みたいに本社街でもないからね。

それで、僕みたいにその辺の歴史を知らない人間が外から見たら、
「あんな昔ながらの商店街の閑静な住宅地に、
なんで料亭があるとか芸者がいるとかなんだろう?」
って思っちゃうわけだ。

でもいまでも、出版関係はまわりに多いね。
新潮社や旺文社はすぐ近くだし、付随するプロダクションもたくさんあるし、
大日本印刷もそばにあるし、坂を逆側に降りて護国寺のほうに行けば講談社なんかもある。
いまでも、編集者と執筆者が料亭で会合をやったりしているのかねぇ。

それ以外は、一種観光地と化しているのかな。
料亭のある路地のあたりの江戸時代や明治時代から残る風情は、
東京ではもう神楽坂くらいしか残っていないのではないか、
と言われているようだね。

ブラブラ散策して、ちょいと休憩でお茶でも、
というのが神楽坂の正しい楽しみ方なのかも知れないねー。


009昭和中期の神楽坂下
●昭和中期の善國寺付近? 田原屋の看板が見える



<神楽坂のおもろい所>

◎ 行ってみたい店や場所

004行きたいマップ


●兵庫横丁
石畳や黒塀、石段など、最も神楽坂らしい一角だそうだ。
兵庫とは、武器や兵器関係の施設があったことからきているらしい。

●本多横丁
旗本・本多対馬の守の屋敷があった。
たくさんの飲食店や専門店が並ぶ。

●芸者新道
かつては、芸者さんが料亭から料亭へ移動するのに使った抜け道。
石畳の小道。芸者さんに会えるか?

●かくれんぼ横丁
仲通りから本多横丁へ、迷路のように抜ける石畳の道。
たくさんの名店が並ぶ。

●熱海湯階段
銭湯・熱海湯の脇にある石段。
ドラマ『拝啓、父上様』のロケに使われた。

000熱海湯階段.jpg


●熱海湯
1954年創業以来、薪と備長炭でお湯を沸かしている
その昔は、芸者達がココで一番風呂に入り、お座敷に出かけいったという話から、
熱海湯階段は「芸者小道」とも呼ばれている。
まわりには、薪を燃やす匂いが漂う。

●袖摺坂
人とすれ違うのに、“袖触り合う” ほどの狭い石段。
『拝啓、父上様』のロケ地の一つ。

●相馬屋源四郎商店
文具・原稿用紙店。
初代紙漉き源四朗が、1659年以前に創業。
江戸時代に武家屋敷や寺に和紙を納め、その後、宮内庁にも出入りした。
明治中期、尾崎紅葉の助言で、和半紙の原稿用紙を洋紙に変えて売り出し、
夏目漱石、北原白秋、石川啄木、坪内逍遥といった文豪たちに愛用された。

●飯田橋ギンレイホール

001ギンレイホール.jpg

こっち方面の映画好きでは、知らない人のいない名画座。
1974年スタート、昭和の香りがプンプン。
リバイバル2本立てのみ。
人気作とミニシアター系がバンバン観られる。
一般1,500円、学生1,200円、高校生プライス1,000円。
学生時代は500円くらいだったかなあ、大変お世話になりました。
ちなみに、9月24日(土)と25日(日)の上映は、
『サウスポー』と『レヴェナント 蘇えりし者』。
上映イベントも多彩。
http://www.ginreihall.com/index.html

002ギンレイホールと門脇麦.jpg
門脇麦ちゃんが表紙のこんな本もあるみたい

●東白庵かりべ
店主は「かんだやぶ」の流れをくむ「竹やぶ」から独立
蕎麦の実から自家製粉した十割の手打蕎麦が食べられる。
僕も行ったことがないんだけど、店内の雰囲気も良さそうで、
楽しみです。(ちょっと高さうだけど)

001東白庵かりべ.jpg


●芸者を呼べる料亭
2016年現在、神楽坂にある見番は1軒
芸者を呼べる料亭は4軒のみ、
芸妓さんの数は20数名だそうだ。
いずれもいわゆる一見さんお断りというやつだなー。

・うを徳(東京都新宿区神楽坂3-1)
明治の文豪泉鏡花の小説に登場する、魚屋のモデルにもなった老舗。
新鮮な魚介料理が自慢。

・千月(新宿区神楽坂3-1)
材料にこだわり。
旬のものを産直で仕入れた美味しさを楽しめる。

・幸本(東京都新宿区神楽坂4-7)
由緒正しい懐石。
芸者衆を一堂に集めて行なう「幸本会」は有名。

003幸本.jpg

・牧(東京都新宿区神楽坂4-5)
女将さんは、元神楽坂の芸妓さん。
料理長は「現代の名工」に選ばれた腕利き。
一見でも入れる、カウンター席がある。

●いい感じのカフェ
・カナルカフェ
皇居外堀に浮かぶ水上カフェ。
室内になっているカフェレストランと
水上デッキになっているデッキレストランがある。
イタリアン系料理が楽しめる。
ここも、『拝啓、父上様』のロケ地の一つ。

・ムギマル2(東京都新宿区神楽坂5-20)
いろんなまんじゅうを食べられる、古民家カフェ。
インテリアがかわいい。

・トンボロ(東京都新宿区神楽坂6-16)
地元の人にも愛される、昔ながらの喫茶店。
夜はバーに変身。
中で、隣のカフェ「SKIPA」につながっている。

・神楽坂 茶寮(東京都新宿区神楽坂5-9)
神楽坂で超人気の一軒家タイプの隠れ家カフェ。
和モダン&テラスあり。
スイーツ豊富。

004茶寮.jpg


●やっぱ和菓子かな
・五十鈴(東京都新宿区神楽坂5-34)
看板商品「甘露甘納豆(かんろあまなっとう)」から、団子、餅菓子類が定番。
パイ生地で焼き上げた「神楽坂饅頭」、この時期なら「栗蒸し羊羹」も人気。

・東京 松屋本店(東京都新宿区神楽坂6-8ボルゴ大〆102)
1842年に奈良・吉野に創業した「松屋本店」の東京店。
葛菓子の老舗で、木の実や味噌、醤油を使った伝統的な味が特徴。
希少で高価な良質の国産本葛粉を使った、
吉野葛製の葛湯「吉野拾遺(よしのしゅうい)」や、
本葛粉に和三盆糖を合わせた干菓子「吉野懐古(かいこ)」は絶品。

・神楽坂 梅花亭(東京都新宿区神楽坂6-15)
売切れ御免の「レモン大福」はじめ、
上生菓子に最中、どら焼きなど30種類ほどが並ぶ。
最中を油で揚げた「鮎の天ぷら最中」は、60年続くロングセラー商品。

005鮎の天ぷら最中.jpg


●バーでシメるか
・ザロイヤルスコッツマン(東京都新宿区神楽坂3-6-28)
[火~金]17:00~24:00
[土]15:00~24:00
[日]15:00~22:30
[定休]月曜日
クラフトビールも飲めるスコッチパブ。
料理もバラエティ豊富。

・bar Jug(東京都新宿区神楽坂3-3 野本ハイツ102号)
[月~土]18:00~翌03:00
[日・祝]18:00~翌2:00
[定休]年末年始
カクテルも充実したスタンダードなショットバー。

・サンルーカルバー(東京都新宿区神楽坂6-43 K's Place102)
[火~日] 14:00~23:00
[定休]月曜
神楽坂でほぼ一番人気のショットバー。
バーテンダーもカクテルメニューもハイクォリティ。

006サンルーカルバー.jpg


・YEBISU BAR 神楽坂店(東京都新宿区神楽坂2-6 PORTA神楽坂2F)
[月~金11:30~15:00/17:00~23:30
[土]11:30~23:00
[日・祝]11:30~22:00
エビスビール(=サッポロビール)がやってる、ビアバーチェーンですな。
面白みはないけど、安い、安心。







♪ Hard To Say Goodbye / Toots Thielemans


さよなら、なんて言いません。
孤高のサスティーンは、永遠だぜ。
合掌



♪ The Shadow of Your Smile / Toots Thielemans





♪ Imagine / Toots Thielemans


papayoyoさん、お知らせありがとうございました!



♪ Breezin' / George Benson




いまごろ ~ NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』

みなさん、はいさいー!
こはぐら荘のつかりこさー。
ウェルカムですー

ブログ低学年だからさ、てーげーな記事ばかりですんませんが、
いつも玩読いただき、ありがとさー。
9月の声を聞いて、てぃだも弱くなって、
すこーし、過ごしやすくなったねー。
地震と豪雨のせいで、あっちこっちで大変なことになってるけど、
ちばりよー!


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NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』、やっと観始めました!
だいぶ前に、里花さん(「花々の日々〜里花のバリ島旅日記」
http://rikastar.blog.fc2.com/)
と観るって約束してたんだもんね。

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なんたって、NHKが2003年に行った「もう一度見たいあの番組リクエスト」の
連続ドラマ部門で、第1位に輝いた作品だしね。

予備知識ゼロからのスタートです。
いまんとこ、第2週・12話まで。
いやー、めっちゃおもしろいであるさー

で、なんだか毎話泣ける。
思うんだけど、出だしでKiroroの『Best Friend』がかかるでしょ。
あれのせいがでかいよね。
ハナシが始まる前にもう、「泣くぞー、泣くぞー」ってなっちゃうわー。

子役の恵里ちゃん、めんこいんだねー。
浦野未来、どこ行っちゃったのかなあ。

002三人.jpg

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演技バツグンの、おばぁの平良とみさんは去年の年末(2015年12月)に
亡くなっちゃったんだね。
ホントに惜しい人を亡くしました。

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まだハタチそこそこの国仲涼子、すごくかわいいねー。
めっちゃ若い!山田孝之、ベッキーも見ものだねー。

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ゴーヤーマン人形は、どっかの店で見たことあるような気がするなあ。

堺正章は、かくし芸大会よろしく、沖縄の三線と歌をがっちり覚えたんだろうね。

いやー、さすが岡田惠和さんの脚本だなー。
細かいところまで洒落がきいていて、めっちゃおもしろいわ!
これは、何度も観るとセリフのあちこちに新しい発見があるだろうね。

ネガティブなハプニングを笑い飛ばしながら、結局感動させるやり方、
思えば『あまちゃん』よりこれが先にやってたのかもね。

さてさて、次回から恵里ちゃんが上京するのかな?
どんな出来事が待っていたとしても、なんくるないさー!


007シュガーロード.jpg

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


●1~2週(12話)画像キャプチャー集(9/14 UP)


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ぶんちゃんは、いつも三線と一緒です


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ポーク玉子が、ただの玉子になったさー


003おばぁならくれると思ったのに.jpg
おばぁならくれると思ったのに


004三ツ星ですーの発声でウェルカムですー.jpg
三ツ星ですー、の発声で、「ウェルカムですー」


005ウェルカムですー.jpg
「ウェルカムですー!」


006いまいっぱい泣いておこうね.jpg
「いま、いっぱい泣いておこうね」


007パジャマ.jpg


008お守りさー.jpg
「お守りさー」


009みんさー織りの5つ4つの意味知ってる?.jpg
「みんさー織りの模様の5つと4つの意味知ってる?」


010ふみやー.jpg
「ふみやーっ!」


011結婚しよーねー.jpg
「結婚しよーねーー!」


012前提としないでいきなり結婚するか?.jpg
「前提なしで、いきなり結婚するか?」


013てーげーにやっちゃだめですよー.jpg
「てーげーにやっちゃだめですよー」


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015応援.jpg
「まことぉー!」


016祈り.jpg


017まことぉー.jpg
「まだまだあ、これからさー!」


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具志堅さんも出てました


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けいたつは金城ゆかりのことが好きなんです


020けいたつのゴーヤーマン01.jpg
「・・・・・」


021けいたつのゴーヤーマン02.jpg
やーまだくん、この頃からコレ系が得意だったんだねぇ


022この頃からコレ系は得意だったんだね.jpg
「・・・・・」


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「おー、ロックかあ」


024デレデレー.jpg
でれでれ~~


025鮎川誠も出ていました.jpg
鮎川誠も出ていました


026_1ニイニイはなんで家に帰ってきたの?.jpg
ニイニイはなんで家に帰ってきたの?


026_2ニイニイのゴーヤーマン.jpg


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これが、ゴーヤーマン人形


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平岩紙ちゃんも出ていました


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高校の制服姿でございます


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この制服ですよね、さとちんさん?


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とっても、かっこいい制服ですねー!!


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記憶の中のさとちんさんが、国仲涼子で上書きされちまったぜー


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制服マニアではありません


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くれぐれも言っておきますが、制服マニアではありません



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●ちゅらさん
2001年4月2日 - 9月29日(156回) 日本
月曜日 - 土曜日8:15 - 8:30(NHK総合テレビジョンでの本放送時間)
演出:榎戸崇泰、遠藤理史、大友啓史、渡辺一貴、藤井靖、高橋練、堀切園健太郎
脚本:岡田惠和
製作:NHK
音楽:丸山和範
演奏:新音楽協会
制作:NHK放送センター
主題歌:Kiroro『Best Friend』
出演:国仲涼子、小橋賢児 ほか







♪ Best Friend / Kiroro





♪ 未来へ / Kiroro




コッド岬でおぼれたい ~ 『スプラッシュ』

恋する気持ちって、どんなんだっけ?

一日のふとしたスキマにあのコのことを思い出しちゃって、
ウキウキしたり、キュンキュンしたり、メソメソしたり・・・
毎日そんなことの繰り返し。

そして、初めて話しかけたり、デートに誘ったり、
告白したり、プロポーズしたり・・・
何度も “清水の舞台を飛び降りる” よなあ。

清水寺の舞台ほど高くなくても、
波止場の岸壁から海に飛び込むくらいのドキドキとわくわく
くらいはあるよなあ。

二人とも泳げもしないのに、息も続かないのに、
一緒に海の中を潜って行くのが楽しくてしょうがない。
でも、竜宮城に着けばもう大丈夫、新しい世界が待ってるはずだぜー!
・・・って感じかな。



わりと最近、あの『スプラッシュ』がリブートされる、って聞いたんだよ。
大好きなんだよね、この映画。

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『スプラッシュ Splash (1984)』は・・・

プロデューサーは、最近では『ラッシュ/プライドと友情 Rush (2013)』や、
テレビドラマの『24 -TWENTY FOUR (2001-2010)』を製作した
超大物ブライアン・グレイザー

監督は、『アメリカン・グラフィティ American Graffiti (1973年)』に出演した後
監督業も始めて、『アポロ13 Apollo 13 (1995年)』や
アカデミー賞監督賞を受賞した『ビューティフル・マインド A Beautiful Mind (2001年)』、
『ダ・ヴィンチ・コード The Da Vinci Code (2006年)』
なんかの大ヒットばかりを作ってきた、これまた超大物のロン・ハワード

その二人が、若い頃にタッグを組んで大ヒットを飛ばしてブレイクして、
いまもハリウッドを代表する映画製作会社(タッチストーン・フィルム
タッチストーン・ピクチャーズ)を建てるきっかけとなった映画なんだよ。



映画の中身は、ご存知「人魚姫」の現代版だな。
そうそう、タッチストーン・フィルム社(現タッチストーン・ピクチャーズ)は、
ディズニーが初めて作った、大人向け実写映画の会社だからね。

ディズニーアニメでは、エロ、殺人・暴力、薬はタブーなんだけど、
この実写映画で、生身の人間のダリル・ハンナのすっぽんぽんを出すことで、
初めてディズニー・タブーの一つを破ったんだよ。
むしろ、アニメではできないことをやるために、実写映画の会社を作ったのかもね。

しかも、ロマンスものなのに、コメディときたもんよ。

当時、コメディアンとしてテレビで人気上昇中だったトム・ハンクスが主役でしょ。
それから、『ブルースブラザース The Blues Brothers (1980)』で一躍有名になって、
のちに『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ Little Shop of Horrors (1986)』、
『ホーム・アローン Home Alone (1990)』、
『クール・ランニング Cool Runnings (1993)』なんかでガンガン人を笑わせた
ジョン・キャンディが助演。
さらには、カナダやアメリカでは知らない人がいない
超お笑い俳優のユージン・レヴィも。

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これで、笑えないはずがないんだけど、
これもディズニー系の作品だから、アメリカ特有のめっちゃ下品だとか
めっちゃドタバタだとかということはなくて、
なかなかウイットのきいた会話が展開するんだな。
背景が、1984年当時のニューヨークの街だからね。
素敵な都会のユーモラスでロマンチックな「人魚姫」なんだよ。

そして、特筆ものはなんと言っても、人魚役のダリル・ハンナでしょ。
2000年代に入って、『キル・ビル』に出ておっかないおばちゃんの役を演ったりしてたし、
そういえば、'82年の『ブレードランナー』のレプリカントの一人・プリス役でも
おっかない系ではあったわなー。

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でも、この作品では彼女が、

めっちゃきれいで愛らしい

ことがわかるし、しかもすっぽんぽんで街を歩いたりするから、

絵に描いたようなものすごいスタイル

なことを発見!

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なんせ、当時23才だもんねー。
この映画は、彼女が一番きれいな時、たぶん世界一きれいだった時
をばっちり切り取った作品なんだね。
僕は当時、「好きな女優は?」と聞かれて、
「ダリル・ハンナ」って答えていたんだっけ。

おまけにこの映画には、ちゃんとランス・ハワードが出てる。
ランス・ハワードというのは、このロン・ハワード監督のおやじさんなんだな。

「ちゃんと」というのは、ランス・ハワードは
ロン・ハワード作品には必ずって言っていいほど端役で出てて、
ほとんどが大ヒットしてるから、いまや、一種 “お守り” というか “守護神” というか
ラッキー・アイテム的な出演者となっているんだけど、
ロン・ハワード快進撃の第一発目となったこの作品にも「ちゃんと」出てたということ。

ちなみに、M・ナイト・シャマラン監督の『ヴィレッジ』の主演女優
ブライス・ダラス・ハワードは、ロン・ハワードの娘、
ということは、ランス・ハワードの孫だ。



で、2017年過ぎに発表されるらしいリブート作品だけど、
チャニング・テイタムとジリアン・ベルという女優が共演するらしいんだよ。

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おいおい、レスラーとかシークレットサービスとか、
あのマッチョ系のチャニング・テイタム?

で、僕はまったく知らない女優なんだけど、ネット画像でみると
これまたマッチョ系なジリアンちゃんがヒロインだろ?

しかも、今度はなんと、男のほうが人魚だというから、
マジで大丈夫なのかよ?って気になるわー。
僕のトム&ダリルのロマンス物語を筋肉で潰さないでくれ、たのむよー。



もう、ビデオテープ時代から10回以上はかる~く観てる『スプラッシュ』。
今回DVDで観てみて気づいたことは、
「トム&ダリルは、撮影だとはいえ、何回ヘビーなキスをしたんだよ」ってことと、
「CGもない時代に、水の中での撮影はめちゃくちゃきつかっただろうな」ってこと。


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●スプラッシュ(Splash)
1984 アメリカ
上映時間:111分
監督:ロン・ハワード
原案:ブルース・ジェイ・フリードマン
脚本:ローウェル・ガンツ、ババルー・マンデル、ブルース・ジェイ・フリードマン
製作:ブライアン・グレイザー
製作総指揮:ジョン・トーマス・レノックス
撮影:ドン・ピーターマン
水中撮影:ジョーダン・クライン
音楽:リー・ホールドリッジ
編集:ダニエル・P・ハンリー、マイク・ヒル
美術:
衣装:メイ・ルース
主題歌:リタ・クーリッジ『Love Came for Me』
配給:タッチストーン・フィルム(米)、東宝(日)
出演:トム・ハンクス、ダリル・ハンナ、ユージン・レヴィ、ジョン・キャンディ、
   ドディ・グッドマン、ランス・ハワード ほか
受賞:第57回アカデミー賞 脚本賞ノミネート
   第19回全米映画批評家協会賞 脚本賞受賞







♪ Love Came For Me / Rita Coolidge




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