ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

ゴジラ、歌舞伎町に現る!  






東京・新宿駅の西口の小田急ハルクに入ってるビックカメラで
パソコンのソフトを買って、大ガードをくぐって帰ろうとしたら・・・

001西口ゴジラ.jpg

おおっ?!


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おーっ、ゴジラだっ!!


003西口ゴジラ.jpg

ゴジラが暴れてる!!

歌舞伎町のほうだ!
行ってみるべー。


004歌舞伎町ゴジラ.jpg

お、コマ劇場があったあたりだ!
それにしても、日本語じゃない言葉を話すおっさん、
オレのカメラの前に割り込むんじゃないよ。


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おー、なかなかスリリングな造作だなー。

ゴジラの身長は、出演作品によって50~100mの幅があるんだけど、
「HOTEL GRACERY」って書いてあるビルが130mだから、
これは50mクラスのゴジラだなー。
それにしては、ちょっと頭が小さいかな?
まあいいか。


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おお、いいぞ、いいぞ。
なかなかの表情じゃないか。


007歌舞伎町ゴジラ.jpg

やったー、文句のつけようのない顔だ!!
これが、ゴジラなのだ!!
歌舞伎町の “悪” に、強烈な睨みをきかせているぜー!!





ゴジラが立ってるのは、東京都新宿区歌舞伎町1丁目19番地1号。
そう、「新宿コマ劇場」があったところなんだよ。
いわゆる “新宿歌舞伎町“ のシンボル的建物だったんだなー。
円形の回り舞台が特徴で、そのようすが「回る独楽」みたいだということで
「コマ劇場」ってなったんだそうだ。

演歌歌手の美空ひばりとか北島三郎、五木ひろし、八代亜紀なんかの
“芝居つきのリサイタル” の聖地ってイメージが強いけど、
1956年にできてから実にすごいイベントが行われてきたんだね。

●千葉真一のジャパンアクションクラブ (JAC )のミュージカル
●山口百恵の「百恵ちゃんまつり」
●YMOの「ウィンター・ライヴ1981」
●サザンオールスターズのカウントダウンライブ
●第9回NHK紅白歌合戦(1958年)
●毎年大晦日の『年忘れにっぽんの歌』
●毎年6月の「ドリームジャンボ宝くじ」の抽選会
などなど

「シアターアプル」っていう小劇場も併設されていて、
僕も憂歌団のコンサートを酒を飲みながら観たことがあったなあ。

その後、演歌人気が低迷してしまい、2008年に閉館決定。
2011年3月から1年かけて取り壊されたんだね。

それからは、複合インテリジェントビル「新宿東宝ビル」として再開発が進んで、
今年(2015年)4月17日に完成・開業したのさ。
地上31階地下1階建てで、高さ130m、延べ床面積は55,390平方メートルだって!

1階と2階に飲食店。
3階から6階は、TOHOシネマズの12スクリーン約2500席の
都内最大級のシネマコンプレックス。
東宝はもともとコマ劇場の大株主の一つだからね。
9階から31階は、藤田観光が運営する約1030室のホテル「ホテルグレイスリー新宿」。
TOHOシネマズでは、初のIMAXシアターの登場!
・・・というわけで、ゴジラが出現することになったわけだ。



歌舞伎町といえば、日本のやーさんと台湾マフィアから始まり、
コリアンマフィア、福建省マフィア、上海マフィアなんかが跋扈するイメージ。
昔から、街中で不用意に写真を撮るなんて危なくて、って感じだけど、
世界中の観光客や映画好きの老若男女がやってきて、
気楽にシャッターを押せる街になるよう、ゴジラが一役かってくれそうだよねー。



001うずら料理.jpg



メキシコの映画だよ。
さすがは、ホドロフスキーの『エル・トポ』を生んだ風土、とでもいうのかな。
芸術の香りの強い作品だなー。

でも、『エル・トポ』みたいにエキセントリックだったり、
抽象的な表現はまったくないな。
物語や映像や音声を現象として捉えるのは、なんも難しいことはないよ。

でもね、何を言いたいのか理解するのは、やっぱり難しい。
それから、メキシコならではの “神秘主義” 的なものが描かれているところは
『エル・トポ』と共通しているかな。

でもでも、この映画は不思議な味がベースになっているけど、
そう、間違いなく “クセになる” 一本なんだよ。



だいぶん前に、「そらのごきげん -想天流転-」http://ainenanawo.blog.fc2.com/の
藍音ななをさん
から、“観てみたい映画“ と紹介いただいていたので、
なんとかソフトを入手して観てみることにしたんだった。

だってね、日本ではあまり知られていないようだけど、
メキシコではメキシコのアカデミー賞といわれるアリエル賞で
作品賞を含む全11部門で受賞(1993年度)
した作品で、
メキシコ映画史上最高の興行成績を挙げたということだし、
東京国際映画祭でも主演女優賞なんかをとっているらしいんだね。

それで、なぜかアメリカでもけっこうヒットしたらしいんだ。
そもそも、ラウラ・エスキヴェルという女性の小説が原作で、
映画になる前にメキシコやアメリカでベストセラーを記録していたらしい。

監督は、『エル・トポ』や『サボテン・ブラザース』に俳優として出ていたという
アルフォンソ・アラウ。(僕は知らなかった)
主演男優は、『ニュー・シネマ・パラダイス』から大人になったマルコ・レオナルディ

・・・・ときたら、なんだかおもしろそうでしょ?
こりゃ観るっきゃないっしょ、ってわけで観たんだよ。



<あらすじ>

テキサス州境に近い、メキシコの田舎の農場でその家族は住んでいる。
ママと年頃の三姉妹。
パパは、末娘が生まれてすぐに亡くなってしまった。

末娘のティタは、台所で生まれた
ママが急に産気づいたために、やむなくインディオの家政婦のナチャが助産して
調理台の上で生まれたのだ。

それからティタは、料理の上手なナチャが乳母となって、
ほとんど台所で育っていく。
そして、当然のようにナチャ直伝の料理を身につけて大きくなっていくんだな。

002ナチャとティタ.jpg


ティタは15才になった時、ペドロと運命の出会いをする。
二人はひと目で相思相愛となって、結婚の約束をする。

003ペドロとティタ出会い.jpg

でも、ママはそれを許さない。
家のしきたりでは、子供が女の子ばかりの場合、
末娘が親の世話をすることになっている
のだ。

004コワイママ.jpg

ママは、ペドロの正式な結婚の申し込みを断わり、
なんと、次女ならあげられると提案する。

なんとなんと、ペドロはそれを受け入れることにするんだよ。
ペドロは、次女と結婚したら彼女の実家に住むことになるので、いつでもティタに会える
という魂胆でそうすることにしたんだなー。

当然、ティタは悲嘆に暮れる。
次女の結婚式では、あろうことか料理番を言いつけられる。
うん、ここから不思議なことが起こり出すんだね。
ティタが泣きながら作ったウェディングケーキを食べた客たちは・・・

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その1年後、日々想いが募るペドロはティタに、料理長就任1周年記念と称して薔薇の花束を贈る。
二人の関係を怪しむママは、それをすぐに捨てろと言う。
ティタは、捨てたフリをしてその薔薇の花びらでソースを作った料理を家族に出す。
そうしたら、ティタとペドロの恋心ばかりか、家族までもが・・・

006バラの花束.jpg

007うずら料理.jpg


それからも、ママはペドロとティタの中を引き裂くための嫌がらせを繰り返す。
ある日とうとう、ティタは精神を病んでしまう。
病人にはもう用はない、とばかりにママはテキサスの医師ジョンにティタを預けてしまう。
優秀な医師ジョンのおかげで、ティタは快復するんだよ。
そして、ジョンとティタは婚約を。
そして、ママの死。

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ママが死んだせいで束縛が解かれて、ティタとペドロの気持ちが再燃する。
でも、あることが理由でティタはジョンとの婚約を解消して、
さらにはペドロとの仲も宙ぶらりんのまま長い年月を過ごしてしまう。

その日は、ペドロの娘とジョンの息子の結婚式だ。
(それが何を意味するのか、極めて興味深い!)

もう、ずいぶん歳をとってしまったティタとペドロだけど、
その日二人は、本当の意味で解放されてひとつになる・・・・が・・・

009中年のペドロとティタ.jpg

・・・って感じ。



ストーリーを追っかければ、ふーん、ってなもんだけど、
この映画は実に “多彩な味” の作品だと思う。
それこそ、いくつかのフレッシュな素材と絶妙なソースがハモっていて、
いろんな人のいろんな観方においしく応えてくれるんだよ。



●「ファンタジー」としての味

もうわかっていると思うけど、この映画の最大の特徴は、
ヒロインのティタの想いが、彼女が作る料理に乗り移って食べる人に伝わってしまう
ということにあるんだね。
おもしろいプロットだよね。
お、そのテがあったか!という斬新さ。

CGを使ったりしてないし、セットもロケもリアルそのものだし、
人物も背景もヒューマンドラマのような質感で展開していくのに、
案外突飛なプロットと展開なんだよ。

ティタが涙を流して料理を作れば、食べた人も悲しくなるし、
愛を込めれば、食べた人も愛し合いたくなる。
災いやエクスタシーをもたらすんだ。

“言霊(ことだま)“ って言葉があるけど、これは “食霊(しょくだま)” かい?
でも、食べ物って生き物の生に直結しているから、
なまじ、荒唐無稽ではすまされないものがあるような気がするなあ。

そういえば、ティタは使用人で乳母のナチャに小さい頃から料理を教わったんだから、
この “食霊パワー” はインディオのナチャ直伝の技なんだな。
スピリチュアルな儀式とかで、映画なんかにもよく出てくるインデイオの呪術だけど、
食べ物に呪いを込める的なものもあるのかなあ。

それから、バラしちゃうけど、ママの亡霊なんかも出てくる。

そして、人のパッションが炎になって燃え上がる、という考え方。
ラストシーンは、キリスト教のアダムとイヴの
原罪のようなものを表現しているようにも見える。

010呪術的なもの.jpg

とにかく、作品全編にラテンアメリカ的(たぶん)の
魔術的な匂いが漂っている作品なんだよ。



●「グルメ映画」としての味

台所で生まれて、料理の達人であるインディオの家政婦ナチャに台所で育てられたティタは、
もちろん料理の達人だ。
メキシコの料理というと僕は、タコスとチリ・コンカーンくらいしか知らなかったんだけど、
劇中ではまったくイメージと違うものが出てくるんだよ。
そう、まるで凝ったフランス料理みたいなゴージャスさ。

まずは「あんずのウェディングケーキ」でしょ。
それから、日本語のタイトルになっている「赤い薔薇ソースの鶉の詰め物」。
「牛のテールシチュー」・・・・・。

最後は、メキシコ人が毎年9月15日のメキシコ独立記念日に食べる「チレス・エン・ノガダ」
これは、大きなピーマンみたいなチレ(=チリ、これは辛くない)に、
牛と豚の合挽きに、フルーツやドライフルーツ、ナッツ、タマネギなど
20種類近くの材料を炒めて詰めて、くるみを潰してクリームと和えたソースをかけたもの。
最後に、この白いソースの上に赤いざくろと緑のパセリをちりばめて、
メキシコの国旗の色に見立てるんだそうだ。

011チレス・エン・ノガダ.jpg

うまそー!
うん、そう、僕らの全然知らないメキシコ料理が味わえる映画というわけ、目でだけど。
そういえば、チョコレートやシーザーサラダなんかもメキシコが発祥の地だったっけな。
奥が深そうだよね、メキシコ料理って。

原作の小説のそれぞれの章の始めには、料理のレシピがついているらしいよ。



●「ラブストーリー」としての味

この映画の原題は、『Como Agua Para Chocolate』って言うんだね。
スペイン語かな。
英語の直訳だと、“Like Water for Chocolate”
日本語訳すると、“チョコレートのための水のように” という意味だよね。

これは、日本人にはわかりにくいけど、ラテンアメリカ方面では、
ホットチョコレートやカカオ料理(甘くない)を作るのに水を使うらしくて、
粉やペースト状態のカカオに水を混ぜて、一所懸命一所懸命かき混ぜて
やっとおいしいものができあがる、という興奮を意味しているらしいんだな。
転じて、情熱が激昂する状態や、時には性的な興奮状態を表現する言葉なんだとさ。

そんなに興奮するほどうれしいかどうかは、やっぱり日本人にはわかりにくいけど、
ラテンアメリカの人のアドレナリンの出方の激しさを表わしているような気がするよね。

ひと目見た時から、運命を感じちゃう。
しきたりのため結婚を禁じられても、いつもそばにいたいからって、
ティタと同じ家に住むことになっている姉と結婚してしまう。

そもそもこの映画は、行きどころのない恋心が料理に乗り移って恋人に伝わる、
というハナシなんだし。
そして、とうとう本当の意味でひとつになるふたりの激情!

わりと静かに進む物語だけど、日本とは異なる官能表現があるし、
メキシコ人の恋愛観みたいなものにすこーし触れられる気がして
とても興味深いストーリーだと思うな。

012ペドロとティタ.jpg



●「社会派映画」としての味

注意深く観ると、劇中で “革命軍” という言葉が出てくるんだよ。
これは、メキシコ革命のことを言っているんだろうなと気づく。
ということは、この映画の時代設定は、
1910年以降1940年以前あたりということになるんだな。

メキシコ革命は、悪徳政権を倒すために始まったんだけど、
次第に利権争い的な様相を呈してきて、次から次へと新しいリーダーが出て、
何度も何度も戦争を繰り返したメキシコの大混乱の歴史なんだよ。

主役はもちろん、大農園などを営むスパニッシュ系の富豪たち。
農場で働かされていたネイティブメキシカン(=インディオ)の人たちも、
自分たちの土地で繰り広げられる他所もんたちのケンカに、
30年も巻き込まれてしまうことになったんだな。

そういえば、この映画の舞台はメキシコの大農場だった。
よく見ると、死んだお父さんやママ、2人の姉は白人の顔をしている。
末娘のティタとナチャはじめ使用人たち、そしてペドロはインディオの顔つきだ。
そう、実はティタはママがインディオ系の男と浮気をしてできた子だったんだね。
んー、なんだか、社会派的な匂いがぷんぷんするでしょ?

そう、この映画もちゃんと社会的なメッセージが隠されているんだと思う。
僕の解釈はこうだっ↓

ティタの家族のママは大農園のスパニッシュだから、“スペイン的なもの”
ティタが課せられるしきたりは、征服者がもたらした封建制や差別的なもの

そして、使用人のナチャとティタの呪術的な料理は、先住民である “インディオの魂的なもの“
ティタの結婚が自由にならないさまは、征服者が先住民を苦しめてきたようす=
征服者の封建制の中で伝統を守っていく葛藤の苦しみを表わしているんじゃないだろうか。

そして、テキサスからやってきた医師のジョンは、“アメリカ的なもの”
メキシコ革命当時、アメリカ企業はメキシコの産業を買い漁っていたんだよ。
ティタはアメリカ人の進んだ治療で精神を取り戻すけど、結局は結婚を拒否してしまう。
そう、ネイティブはホントは新しい侵略者とも仲良くしたくないのだ。

メキシコ革命の大混乱は、カカオに水を入れてぐるぐるかき混ぜるがごとし
うん、達成に向かって興奮と激怒のるつぼにあったんだな。

013革命.jpg

そして、スペイン人のママの死と、
インディオのペドロの娘とアメリカ人のジョンの息子の結婚。
「ママの死」は、征服者としてのスペイン的な悪い制度の消滅を、
「ペドロの娘とジョンの息子の結婚」は、メキシコの魂とアメリカの自由主義の融合を、
つまりメキシコ革命の終焉を比喩している
んだと思うなあ。

結婚式の日の夜、すっかりおじさんおばさんになったティタとペドロは、
はなれ小屋でひとつに結ばれる。
インディオの魂を象徴するふたりが最後に結ばれることは、
メキシコがスペイン的な封建社会と革命戦争の混乱から
解放されたことを表わしている
んだろうと思う。

そう!だから、二人が結ばれる直前のペドロの娘とジョンの息子の結婚式で供された料理が、
メキシコ人が独立記念日に食べる「チレス・エン・ノガダ」だった
んだよ。





征服者スペイン人の悪政と混乱と終焉、アメリカの自由主義の侵入と台頭、
そんな中で生きていく先住民たち。

そういうことに対して、この映画は何を言いたかったんだろう。

ティタとペドロが最後に結ばれた小屋には、
料理のレシピがぎっしり書き込まれたノートが残されていた。



014レシピノート.jpg








015日本ポスター.jpg

●赤い薔薇ソースの伝説
(Como agua para chocolate(西)LIKE WATER FOR CHOCOLATE(英))

1992 メキシコ
上映時間:115分
監督:アルフォンソ・アラウ
原作:ラウラ・エスキヴェル
脚本:ラウラ・エスキヴェル
製作:アルフォンソ・アラウ
撮影:エマニュエル・ルベツキ、スティーヴン・バーンスタイン
編集:カルロス・ボラド
美術:Marco Antonio Arteaga
衣装デザイン:Carlos Brown
録音:Marcos Welch
音楽:レオ・ブラウワー
配給:日本ヘラルド
出演:ルミ・カヴァソス、マルコ・レオナルディ、レヒーナ・トルネ、ヤレリ・アリスメンディ、
   クローデット・メイル、マリオ・イヴァン・マルティネス、アダ・カラスコ ほか
受賞:第5回東京国際映画祭 最優秀主演女優賞、最優秀芸術貢献賞
   第65回(1993年度)アリエル賞(メキシコ・アカデミー賞) 作品賞を含む11部門全てで受賞
   1993年度英国アカデミー賞 外国語作品賞ノミネート
   第50回(1993年)ゴールデングローブ賞 最優秀外国語映画賞ノミネート



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