ゆらゆら草
もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。
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アリバイを持っておいで ~ EAGLES『Hotel California』も和訳してみた


何かのきっかけでブログを見たら、
イーグルスの「ホテルカリフォルニア」の歌詞の意味についての記事って
いっぱいあんのねぇ。

1976年の12月に発売された当時は、
ロマンチックで哀愁の漂ったメロディと
カリフォルニアらしいパーティや贅沢な生活を感じさせる歌詞で、
“別れた彼女との思い出” を描いた曲だと解釈されていたんだよ。
もう少し進んだ解釈では、当時は、ベトナム戦争が終わって
アメリカの栄光や繁栄が翳りを見せていた時代なので、
そういうことをゴージャスなホテルライフの “思い出” というカタチで描いた、
という意見もみられたな。

でも、翌年の2月にシングルレコードが発売されて、
日本の洋楽のラジオ番組なんかでもバンバンかかるようになってから、
“黒魔術の歌” だとか、“マリファナパーティ” のことだとか、
いろいろな意見が噴出し出したんだよ。

しばらく混沌としていたけど、
僕もずっと、ホントはどういう意味なんだろう、って頭の片隅に引っかかったまま
ことあるごとに訳したり、他人の意見を読んだり聞いたりして、
何年もかかって “こうだ!” という決着をつけたんだった・・・。

いまでも、“アメリカの繁栄を象徴するカリフォルニアの、ドラッグや暴力で堕落した姿を描いた”とか、
“堕落した人間を封じ込めるべきだというメッセージ” とかとか・・・、
いろんな意見があっておもしろいので、
当時、僕が出した結論に基づいて、ものすごく久しぶりに和訳にリトライしてみた。
もともと、いろいろな解釈ができるようにできている曲なので、
いち意見として読んでいただければ・・・。




<プレーン訳>

001レコジャケ



“Hotel California“
“ホテル・カリフォルニア“



On a dark desert highway,
夜の砂漠のハイウェイ

Cool wind in my hair,
髪を梳る冷たい風

Warm smell of “colitas”
コリタスの生暖かい匂い

Rising up through the air,
大気の中を立ち上っている

Up ahead in the distance
遠く彼方に

I saw a shimmering light,
かすかな光が見えた

My head grew heavy and my sight grew dim,
頭が重くなり、視界も霞んできて、

I had to stop for the night.
泊まらなきゃならなくなった

There she stood in the doorway,
入口に立っている女のあたりで

I heard the mission bell
礼拝の鐘の音が聞こえた

And I was thinkin’ to myself :
そして、私は自問した

“This could be heaven and this could be hell”
「ここは天国なのか、それとも、地獄なのか」

Then she lit up a candle,
すると彼女はろうそくを灯して

And she showed me the way,
私を案内した

There were voices down the corridor,
回廊のあたりで声が聞こえた

I thought I heard them say
私には、彼らがこう言ったような気がした



Welcome to the Hotel California,
ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ

Such a lovely place,
とっても素敵な所

(Such a lovely place)
(とっても素敵な所)

Such a lovely face
とっても素敵な外観

Plenty of room at the Hotel California,
ホテル・カリフォルニアには、充分に空きがありますので

Any time of year,
一年中いつでも

(Any time of year)
(一年中いつでも)

You can find it here
ここでなら、泊まる場所を見つけられますよ



Her mind is Tiffany-twisted,
彼女の心はティファニーにかぶれている

She got the Mercedes Bends,
いかしたメルセデスだって持っている

She got a lot of pretty, pretty boys
彼女にはイケてる彼氏がたくさんいる

she calls friends
彼女は友達と呼んでるけど

How they dance in the courtyard,
彼らは中庭でダンスを踊っている

Sweet summer sweat
甘い夏の汗に濡れながら

Some dance to remember,
ある者は何かを思い出すため踊り

Some dance to forget
ある者は何かを忘れるために踊る



So I called up the Captain
そして、私は責任者を呼んだ

“Please bring me my wine”
「私のワインを持ってきてください」

He said, “We haven’t had that spirit here
彼は言った、

Since nineteen sixty-nine”
「1969年以来、あの酒は置いていないんです」

And still those voices are calling from far away,
そしてまだ、彼らの声が遠くからやってくる

Wake you up in the middle of the night
真夜中にあなたを目覚めさせる

Just to hear them say:
ほら、彼らの言うことが聞こえるだろ



Welcome to the Hotel California,
ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ

Such a lovely place,
とっても素敵な所

(Such a lovely place)
(とっても素敵な所)

Such a lovely face
とっても素敵な外観

They’re livin’ it up at the Hotel California,
みなさん、ホテル・カリフォルニアで大いに楽しんでらっしゃいます

What a nice surprise,
なんてすばらしいサプライズ

(What a nice surprise)
(なんてすばらしいサプライズ)

Bring your alibis
口実を作ってでも、ぜひお越しください



Mirrors on the ceiling,
天井の鏡

The pink champagne on ice, and she said:
氷入りのピンクのシャンペン、そして彼女は言った

“We are all just prisoners here,
「私たちはみんなここの囚人なのよ、

Of our own device”
自分で仕組んでそうしたんだけどね」

And in the master’s chambers
そして、支配人の広間に

They gathered for the feast,
彼らは祝宴をするために集まった

They stabbed it with their steely knives,
彼らは鋼鉄のナイフでそれを突き刺した

But they just can’t kill the beast
でも、彼らはだれもその獣を殺すことはできない



Last thing I remember, I was running for the door,
最後に覚えていることは、ドアに向かって走っていたこと

I had to find the passage back to the place I was before,
自分が前にいた場所に戻る通路を探さなきゃならなかった

“Relax,” said the night man, “We are programmed to receive,
「ゆっくりおくつろぎください」と夜勤の人は言った、
「ご要望は何でも受け入れる決まりとなっています、

You can check out anytime you like… but you can never leave”
あなたは、いつでも好きな時にチェックアウトできます、
でも、あなたはもうココの虜、離れられなくなってしまったでしょ」




●“colitas”
コリタスとは、ロサンゼルス郊外の砂漠に自生する植物のこと。
その匂いが似ている(?)ため、マリファナの隠語となっているらしい。
アメリカ西海岸が、マリファナの匂いにまみれているイメージ。
または、歌詞の “I” 自身が、マリファナをやっていることも連想させるな。
それは、その後の文脈から、「頭が重くなって、視界が霞んできて」、
「I had to stop for the night. 」→ 強制的に泊まらなきゃならなくなるからだ。
マリファナ吸引で捕まって連行されてきた、という感じ。

●“I heard the mission bell”
「the mission bell」とは、キリスト教会で使われる礼拝始業の鐘らしい。
ホテルのはずなのに、この辺から、この歌詞がオカルトっぽいテイストになり始める。

●“This could be heaven and this could be hell”
「ここは天国なのか、それとも、地獄なのか」→ いよいよオカルトチックに。
それと、後に出てくる、ホテルカリフォルニアはなんてすばらしいところだ、
というセリフを嘘くさいと感じさせるための伏線となっていると思うな。

●“Welcome to the Hotel California,”
オカルトチックな前フリがあるため、そこが普通のホテルじゃない語感を帯びている。
「ようこそ」という歓迎のあいさつが、逆にコワイ。

●“Such a lovely place”
ウソ臭さがプンプンだよね。
日本人だって、「あそこのホテルどうだった?」、
「サイコーに良かったよ、隣のへやの声がよく聞こえて全く眠れなくて、今日、寝坊しなくて済んだよ」
なんて言い方するよね。

●“Such a lovely face”
よく「素敵な顔」とか「素敵な人たち」って訳してあるものを見るけど、
それなら “faces” と複数になってるはずだから、
これは「外観、外見、見かけ」という意味だろうな。
これもニュアンスとしては、「見かけは素敵でしょ(でも、中ではどうかな、ひっひっひ)
という含みを感じさせる。

●“You can find it here”
“it” の意味がむずかしいなあ。
文脈からすると、「(空き)を見つけられる」ということに思えるけど、
ホテルの部屋を “it” というのも変な感じだし、
「何かを発見する」という解釈もアリかな思う。

●“Her mind is Tiffany-twisted,”、“She got the Mercedes Bends,”
これは造語で、難しいけど、
「彼女の心は、ティファニーねじれ」=「ティファニーかぶれ」=「ブランドファッションにかぶれ」。
「彼女はメルセデスの曲がりを手に入れた」=「見事なフォルムのメルセデスベンツを手に入れた」
または、「メルセデスの曲線のようなゴージャスなスタイルになった(美容整形や装いで)」
ってなとこだろうなあ。
要は、彼女は金と物欲にまみれた生活をしているということだろうな。

●“She got a lot of pretty, pretty boys”
これを、「かわいいかわいいボーイフレンド」とか「親密な関係の男の子」と
訳している向きがあるけど、「pretty-pretty」というスラングがあって、
「飾りすぎた、きれいなだけの、カッコつけの」という意味があるので、
そっちのほうを採用した。

●“Some dance to remember, Some dance to forget”
これはお手上げ、何を言いたいのかわからないなあ。
これの直前の「彼女」のハナシとは切り離して考えた方がいいかもしれない。
みんなが中庭に集まって、過去のよかったことや悪かったことを
思い出したり、忘れたがったりしながら、踊ったり語り合っているイメージが浮かぶけどなー。

●“Please bring me my wine”
これは、「bring ~ my」がミソ。
単純に「私にワインを持ってきて」と訳せるけど、「bring」のニュアンスからして、
「どこかに置いてある私のワイン」を「返して」ととることもできる。

●“We haven’t had that spirit here Since nineteen sixty-nine”
有名な一節だよね。
「1969年以来、あのは置いていません」と
「1969年以来、あの精神は持ち合わせていません」のダブルミーニング
イーグルスはロックミュージシャンだから、1969年と言えば “ウッドストックフェス”
のことを言っているんだろうと考えるのが自然かな。

002ウッドストック
ウッドストック・フェスティバルで演奏するジミー・ヘンドリックス

じゃ、ウッドストックってなんだったんだろう、ということになるわけで、
それは、当時、“ LOVE&PEACEや自由共同体、サイケデリック” なんかを標榜していた
ロック・スピリッツの集大成であったとともに、
ロック業界がマスプロ商売をスタートさせるきっかけとなったイベントとも
意味づけられているんだよ。
つまり、この歌詞では、「1969年にロック・スピリッツは死んだ」と言いたいんだと思う。
'70年には、それを証明するかのように、ジャニス・ジョプリンとジミヘンがドラッグで死んだ。

003ジャニス
ジャニス・ジョプリン

ここで初めて、この歌が、なんだか現在のロックを批判しているのでは?
'60年代のロッカーが思想していたことを忘れ、
ドラッグ、拝金、セックスにまみれたロック界を批判しているのでは?
と感じることができる。

この解釈はいまや一般的で、ほぼ正解だと僕は思うんだけど、
それはこのアルバムの他の曲も訳すとわかるはず。
イーグルスは、このアルバム全体で、拝金主義に産業化したロックに幻滅し、
“駆け足でヒットを生産し続けなければならない暮らし” や
金と締切に追われる生活で、“愛する人との大切な時間を失ってしまったこと” を
思い切り嘆いているからだ。

さらに、1969年には、ウッドストック以外にもいろんなことが起こっている
アメリカ人には忘れられない年なんだよ。
なんたって、アポロ11号が人類初の月面着陸した年だし、ゲイの暴動なんかもあった。
ベトナムから米軍が撤退し始めた年でもある。

特に、ローリングストーンズのオルタモントでのコンサートで、
ヘルスエンジェルスが黒人の子供を惨殺した事件
は、ロック好きで知らない人は少ないはず。
あの事件は、LOVE&PEACEのヒッピーが暴徒と化して、殺人をもって人種差別をした
ということに他ならないんだな。
つまり、LOVE&PEACEも自由もカウンターカルチャーもサイケも腐ってしまって、
ケネディ大統領やキング牧師の暗殺などにみるように、すでに公民権運動も反戦運動も阻害されていて、
おまけにロックもここで終わったのだということを象徴した事件
だったと言える。

004スマイルバッヂ
LOVE&PEACEのシンボル、スマイルバッヂ

だから、「1969年以来、その精神はなくなった」の意味は、
単に、ロックスピリッツがなくなった、というだけではなくて、もっと包括的に
'60年代まで、愛や平和や自由や平等を叫んできた豊かなアメリカの精神が失われて、
それまでのツケを返すための管理社会になってしまった
、という意味が濃厚なんだな。

●“They’re livin’ it up at the Hotel California,”
“be livin’ it up” を「生きていく」とか「人生を謳歌する」みたいに訳してる人がいるけど、
「大いに楽しむ」というイディオムじゃないかな。

●“Hotel California” ってどこか?
歌詞の中で、“here” などで済ませられる部分もあるのに、
くどいほどに “the Hotel California”とフルネームが繰り返させるよね。
へたくそな宣伝コピーに多いやり方だけど、
繰り返せば繰り返すほど、そこが、ホテルじゃない、みたいに聞こえる。
それで、当時も物議をかもし、「変な宗教の教会じゃないのか」とか
カリフォルニア州と地つながりの「メキシコにある逃亡者をかくまう宿」とか
いろんな憶測が飛び交った。

中でも、最も信憑性が高いと思われるのが、
「カリフォルニア州立精神病院(Camarillo State Mental Hospital)」だとする説。
1997年まで実在していて、いまも学校として使われていて建物は残っているらしい。
ネットで検索してみると、んー、ジャケ写にそっくり!
この元カリフォルニア州立精神病院の建物は、高速道路の脇道から行ける砂漠の中にあって、
その事実も歌詞と符号する。

006州立精神病院
元カリフォルニア州立精神病院の建物

001レコジャケ

ちなみに、実際にレコジャケに使われているのは、
ロサンゼルスの超高級住宅地ビバリーヒルズに実在する5つ星ホテル
『The Beverly Hills Hotel』だ。

005ビバリーヒルズホテル
ハリウッドのセレブも御用達の『The Beverly Hills Hotel』

それから、当時、ドラッグ中毒などで犯罪を犯した人間が精神病院に入れられて、
「刑務所に比べたら精神病院は天国、まるでホテルのおもてなしだよ」
なんて言っていたらしいのだ。
精神病やドラッグ中毒を装って、刑罰を逃れる犯罪者が大勢いたのだ。
中でも、カリフォルニア州立精神病院は、
実際に「ホテル・カリフォルニア」と呼ばれていたらしい
のだ!

犯罪者が刑を逃れるために精神病を装う例は、
このアルバムがリリースされる前年(1975年)に封切られた映画
『カッコーの巣の上で』でも表わされているね。

それで、そんなうまいことをやって入ったはいいけど、
実際は、中ではひどい目にあわされるし、一度入れられたら出れらやしない、
というのも歌詞と同じ。
ひょっとしてドン・ヘンリーは、この映画をオマージュにして
『ホテル・カリフォルニア』を書いたんじゃないか、と思ってしまう。

そうか、ホテル・カリフォルニアってその精神病院のことか、
という前提で歌詞を読んでいくと、いろんな部分で腑に落ちるはずだ。

●“What a nice surprise”
これも、内緒で突然プレゼントが出てきたりする時みたいに、
いい意味で捉えらればいいけれど、
「びっくりする出来事」には悪い出来事もあるわけで。

●“Bring your alibis”
これは、めっちゃ曲者!
“alibis” には、①「口実」と②「アリバイ(不在証拠)」の2つの意味があるけど、
①なら、「口実を連れておいで」=「口実を作ってでも、ぜひお越しください」となる。
②なら、ホテルカリフォルニアが “犯罪者が刑を逃れてやってくる精神病院”
という意味が浮き彫りにされて、「アリバイを持っておいで」=「ここに入所したいなら、
あなたが事件と無関係なことを証明できるアリバイ(=あなたが精神病であることを証明できるもの)
を持っておいで」ということになる。

●“The pink champagne on ice,”
ドンペリのピンクをオンザロックで呑む人はまずいないよね。
それくらい異様なものということ。
ここを精神病院と仮定して、ピンク色の飲み薬と捉えてみた。

●“We are all just prisoners here, Of our own device”
これは、“Of our own device” を「自分で企てた仕掛けの」とか「私たち自身が仕組んだ」=
「自分たちが作り上げたシステムに自身が囚われてしまっている」ととるパターンと、
前述の “alibis” とつなげて考えて、
「刑を逃れるために、わざと精神病を装ってここの囚われの身になった」
というパターンの2つが考えられる。

●“And in the master’s chambers”、“They gathered for the feast,”、
 ”They stabbed it with their steely knives,“、“But they just can’t kill the beast”

これも、言葉を訳すのはそうでもないけど、意味を捉えるのはかなり難しいな。
①人種差別反対運動や反戦運動など、大衆が共謀して暴動を起こしたが制圧された
②ベトナム戦争をやったけど勝てなかった

・・・の二つの意味に取れるけど、そのどっちともと考えてもいいかもしれない。

●“We are programmed to receive,”
これを「私たちは皆、受け入れる運命になっている」と
訳す人が多いみたいだけど、僕はそんなに哲学的な意味じゃないと思う。
「私たち従業員は、お客様のご要望は何でも聞くよう教育されている」か
「当館は、受け入れ専門となっている(出る仕組みはない)」のどっちかでは?

●“… but you can never leave”
そのまま訳せば、「しかし、あなたは決して離れられない」となるけど、
この言い回しは、北中米あたりの旅行の宣伝やホテルのパンフレットのコピーなんかでよく見かける
紋切りというか古いというかの表現なんだよ。
日本のコピーでいうと、「あなたはもうここの虜に!」とか「もう、夢中!」といった恥ずかしい言い方。
アメリカあたりでは、
「当ホテルにはあなたを煩わせるものは一切ありません、ここを離れたくなくなること以外は
ってな感じで使われるんだよ。



あー、つかれたあ!

でも、そんなこんなを踏まえたうえで、↓意味に沿った “意訳” をやってみた。




<つかりこ意訳>

006州立精神病院



“Hotel California“
“ホテル・カリフォルニア“


On a dark desert highway,
夜の砂漠のハイウェイ
いつの間にか、夜の砂漠のハイウェイを車で走ってる

Cool wind in my hair,
髪を梳る冷たい風
冷たい風が髪をなびかせるたびに、記憶がフラッシュバックする

Warm smell of “colitas”
コリタスの生暖かい匂い
そこでは、マリファナの匂いが

Rising up through the air,
大気の中を立ち上っている
大気の中を立ち上っていた

Up ahead in the distance
遠く彼方に
遠く彼方に

I saw a shimmering light,
かすかな光が見えた
かすかな光が見えた

My head grew heavy and my sight grew dim,
頭が重くなり、視界も霞んできて、
頭が重くなり、視界も霞んできて、

I had to stop for the night.
泊まらなきゃならなくなった
俺は捕まっちまったのか、
気がつけば、こんなところに連れて来られちまった


There she stood in the doorway,
入口に立っている女のあたりで
入口に立っている女のあたりで

I heard the mission bell
礼拝の鐘の音が聞こえた
教会でもないのに、礼拝の鐘の音が聞こえた

And I was thinkin’ to myself :
そして、私は自問した
薄気味悪くなって、俺は自問した

“This could be heaven and this could be hell”
「ここは天国なのか、それとも、地獄なのか」
「ここは天国なのか、それとも、地獄なのか」

Then she lit up a candle,
すると彼女はろうそくを灯して
するとその女はろうそくを灯して

And she showed me the way,
私を案内した
俺に行く道を指図した

There were voices down the corridor,
回廊のあたりで声が聞こえた
中に入ると、回廊のあたりで声が聞こえた

I thought I heard them say
私には、彼らがこう言ったような気がした
俺には、やつらがこう言ったように聞こえた



Welcome to the Hotel California,
ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ
ようこそいらっしゃいました、ホテル・カリフォルニアへ

Such a lovely place,
とっても素敵な所
大丈夫、安心してください

(Such a lovely place)
(とっても素敵な所)
(イヤことなんか何にもありません、とってもとってもいい所なんですよ)

Such a lovely face
とっても素敵な外観
外見はまるでホントのホテルみたいに、とっても素敵でしょ

Plenty of room at the Hotel California,
ホテル・カリフォルニアには、充分に空きがありますので
ホテル・カリフォルニアは、とっても広いので

Any time of year,
一年中いつでも
一年中いつでも

(Any time of year)
(一年中いつでも)
(一年中いつでも)

You can find it here
ここでなら、泊まる場所を見つけられますよ
ここでなら、あなたの収容場所くらいいくらでもありますよ



Her mind is Tiffany-twisted,
彼女の心はティファニーにかぶれている
その女の頭の中は、バカ高いブランドにまみれてる

She got the Mercedes Bends,
いかしたメルセデスだって持っている
エステに整形、矯正、虚飾の贅沢三昧

She got a lot of pretty, pretty boys
彼女にはイケてる彼氏がたくさんいる
おまけに、見た目がカッコいいだけで脳みその足りない情夫を
どっさり囲ってる


she calls friends
彼女は友達と呼んでるけどさ
あの女は友達と呼んでるけどな

How they dance in the courtyard,
彼らは中庭でダンスを踊っている
ある時、中庭でダンスパーティがあった

Sweet summer sweat
甘い夏の汗に濡れながら
やるせない真夏の夢

Some dance to remember,
ある者は何かを思い出すため踊り
いい思い出を語るやつがいれば

Some dance to forget
ある者は何かを忘れるために踊る
悪い思い出を吐き捨てるように話すやつもいた
俺は、踊りながら入所者のいろんなハナシを聞いたんだよ




So I called up the Captain
そして、私は責任者を呼んだ
ある時、俺は責任者を呼んだ

“Please bring me my wine”
「ワインを持ってきてください」
「入所の時に俺から没収したワインを返してくれよ」

He said, “We haven’t had that spirit here
彼は言った、
彼は言った、

Since nineteen sixty-nine”
「1969年以来、あの酒は置いていないんです」
「ここで酒だと?奔放にやるのもいいかげんにしろ。
ロックだのLOVE&PEACEだの、自由だのサイケだのフラワーだの、
人種差別反対だの戦争反対だのゲイの権利だの、
お前らのたわごとは1969年で終わったんだよ。
ここでは、そういうのは通用しない」


And still those voices are calling from far away,
そしてまだ、あの声が遠くからやってくる
そしてまだ、あの声が遠くからやってくる

Wake you up in the middle of the night
真夜中にあなたを目覚めさせる
真夜中に気味が悪くて眠れないだろ

Just to hear them say:
ほら、彼らの言うことが聞こえるだろ
ほら、やつらの言うことが聞こえるだろ



Welcome to the Hotel California,
ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ
ようこそいらっしゃいました、ホテル・カリフォルニアへ

Such a lovely place,
とっても素敵な所
あなた、いい所を見つけましたね、すばらしいところですよ

(Such a lovely place)
(とっても素敵な所)
(大丈夫、危ないことなんて何にもありませんよ)

Such a lovely face
とっても素敵な外観
見た目は、とっても素敵でしょ

They’re livin’ it up at the Hotel California,
みなさん、ホテル・カリフォルニアで大いに楽しんでらっしゃいますよ
みなさん、ホテル・カリフォルニアで大いに楽しんでらっしゃいますよ

What a nice surprise,
なんてすばらしいサプライズ
驚くようなことばかりが待ってます

(What a nice surprise)
(なんてすばらしいサプライズ)
(ここで楽しめたら、驚きだぜ)

Bring your alibis
口実を作ってでもお越しください
ここに入りたいなら、心療内科の診断書など、
あなたがあの事件に関わりないと証明できる
アリバイを持って来てください




Mirrors on the ceiling,
天井の鏡
その時俺は、鏡張りの部屋の中にいた

The pink champagne on ice, and she said:
氷入りのピンクのシャンペン、そして彼女は言った
毒々しいピンク色の薬を片手に、その女は言った

“We are all just prisoners here,
「私たちはみんなここの囚人なのよ、
「私たちはみんなこの病院に囚われているのよ、

Of our own device”
自分で仕組んでそうしたんだけどね」
自分で精神病を装ってそうしたんだけどね。
だって、刑務所に入れられるよりましでしょ。
ここは、刑務所に比べたら天国、まるでホテルの待遇よ」


And in the master’s chambers
そして、支配人の広間に
またある時、指導者が指示した戦地へ

They gathered for the feast,
彼らは祝宴をするために集まった
彼らは、利権を取りにこぞって行って

They stabbed it with their steely knives,
彼らは鋼鉄のナイフでそれを突き刺した
野蛮な現地人と戦った

But they just can’t kill the beast
でも、彼らはだれもその獣を殺すことはできない
でも、勝つことはできなかった



Last thing I remember, I was running for the door,
最後に覚えていることは、ドアに向かって走っていたこと
最後に覚えていることは、ドアに向かって走っていたこと

I had to find the passage back to the place I was before,
自分が前にいた場所に戻る通路を探さなきゃならなかった
自分が前にいた場所に戻る通路を探さなきゃならなかった

“Relax,” said the night man, “We are programmed to receive,
「ゆっくりおくつろぎください」と夜勤の人は言った、
「ご要望は何でも受け入れる決まりとなっています、
「落ち着け」と夜警は言った、「ウチは、受け入れ専門さ、

You can check out anytime you like… but you can never leave”
あなたは、いつでも好きな時にチェックアウトできます、
でも、あなたはもうココの虜、離れられなくなってしまったでしょ」
そりゃ、いつでも好きな時に脱走できるよ、
でもすぐに見つかって連れ戻される、決して逃げるなんてできないんだよ」





<まとめ>


この精神病院だと思われる「ホテル・カリフォルニア」には、
’50年代 ’60年代に新しい思想や権利やカルチャーで、
次のアメリカの豊かさを創ろうとした人たちがいる。

かつてヒッピーとしてLOVE&PEACEを標榜して、
ドラッグやセックスやコミュニティなんかの新しいカルチャーを築こうとしてた人たち。
愛や自由や反体制を叫んでいたのに、拝金主義にまみれてしまったロッカーたち。
反戦運動をしていて、鎮圧されてしまった人たち。
公民権運動をしていて、制圧されてしまった人たち・・・。

’69年以降、犯罪者扱いされて、ギリギリでここに逃れてきたけれど、
いまはみんな、自分たちの力で何も変えられなかった、自分たちが招いてしまった
悪弊だらけの管理の檻の中に囚われているのだ。

歌詞の中のロックミュージシャンの “俺” も、マリファナ吸引か何かの罪でココへ連れて来られる。
他の人たちの話を聞くうちに、自分がロック・スピリッツを忘れてしまい、
音楽業界を取り巻く儲け主義や酒やドラッグやセックスや生産期限に囚われてしまって、
すっかり人間らしい心を失っていることに気づく。

ある日、逃げ出そうとするが、すでにがんじがらめ、もう二度とあの頃へ戻れないことを知ったのだ。

歌詞では精神病院をモチーフとしているけど、
そう、「ホテル・カリフォルニア」とは、
繁栄への希望と、愛や平和や自由や平等を失ってしまい、
拝金主義と非道徳、傍若無人な管理主義に取りつかれた、
'70年代前半のアメリカ社会そのものをさしているのだ。




・・・これが、僕の『ホテルカリフォルニア』の意味の解釈です。
(ご参考いただければ、幸せです)


イーグルスというバンド名は、アメリカの国鳥である白頭鷲(Bald Eagle)にあやかって
つけられたのではないかと思う。
カントリー調の曲が多いから、明るく楽しくアメリカ賛歌を奏でる右寄りバンドなのか、
って思ったら全然違うのだ。

ベトナム戦争に批判的だったり、管理社会を批判したりで、左翼的に見える。
思い切り保守的なアメリカの音楽界で、よく無事にやって来れたな、と思うんだけど、
よーく曲調や歌詞を観察すると、単に批判しているだけではなくて、
そういうアメリカを憂いたり、諭したりしているのがわかる。
やさしさを感じるのだ。
『ホテル・カリフォルニア』だって、ラブソングと間違えるほどに
とっても胸にキュンとくるメロディだよね。
ちゃーんと、右からも左からも文句が出ないようにうまく作られているんだなあ。



↓こちらもどうぞ
♪ Desperado / EAGLES 和訳
♪ In the morning(Morning of my life)/ Bee Gees 和訳


南極という極上のスパイス ~ 『南極料理人』


観てると、すごくうまそうで、無性に食べたくなる映画。
そういうのって、何て言うんだっけ?

スローフード・ムービー
『かもめ食堂』とか『食堂かたつむり』とか、映画のトーンがぽよよ~んと癒し系で、
特別なハプニングが起こらないんだけど、食べ物を通じてみんなが幸せになっていく、
って感じのやつ。

癒し系じゃないけど、伊丹十三監督のラーメンウェスタン『タンポポ』や
「踊る大捜査線 THE MOVIE」も撮った、本広克行監督の『UDON』なんかも、
食べ物がモチーフで、食べたくなる映画だよね。

最近では、「ゴールデンスランバー」や「アヒルと鴨のコインロッカー」の
中村義洋が監督した、『ちょんまげぷりん』。
食べ物とタイムスリップ系をうまく合わせた映画だったよね。
それとか、なぜか食いもの屋の役が多い江口洋介と、
蒼井優ちゃんが出てた『洋菓子店コアンドル』なんかもそうかな。

ドラマなら、コレでも江口あんちゃんがシェフ長を演ってる『dinner』。
副料理長の松重豊、好きだなあ。
あ、そういえば、漫画『孤独のグルメ』(久住昌之作)の実写版は
妙な味があっておもしろかったなあ(テレビ東京系、2012年1月~3月・毎週水曜)。
松重豊扮するスーツ姿の主人公が、仕事で全国を巡り、行った先でふらっと入った店で
ぶつぶつ言いながらひたすらうまいもの食べるだけのドラマ!
それから、向井理主役の『ハングリー』あたりか。

漫画なら、『美味しんぼ』はもちろん、大好きな『そばもん』とか。
「そばもん」が映画になったらいいなー。

小説なら、村上龍の『料理小説集』というのがあったっけな。

ずいぶん昔に戻れば、スローフード・ムービーとして撮ったわけではなく、
食べ物をモチーフにした映画でもなく、
“食べ物のシーンが妙にうまそう” なムービーというのもあるよね。

映画なら、チャン・ツィイーが若くてかわいい『初恋の来た道』のお弁当を作るシーン。
『酔拳』で、ジャッキー・チェンが食堂でガツガツ食べるシーンもうまそう。
全然うまそうじゃないけど、『家族ゲーム』の食事シーンも印象的だよね。

ドラマなら、『寺内貫太郎一家』の食事シーンは、誰かが口からご飯を飛ばしてたけど、
自分も食卓に加わりたくなったなあ。
日テレ系でやってた『ちょっとマイウェイ』は、代官山のフレンチレストランという設定で、
お洒落な料理を見せてくれたけど、それよりも僕が気になったのは、
腕利きシェフの緒形拳が屋根裏部屋みたいな自分の部屋で、七輪で餅を焼いているシーン。
あれは妙にうまそうだった。

ドラマの劇中じゃないけど、『傷だらけの天使』のオープニングも毎週食べたくさせてくれた。
あれを真似して、家にあるクッキーや煎餅、ハムや梅干しや漬物なんかをテーブルに並べて、
あの曲を思い浮かべて、ガーッと口に突っ込んで牛乳と一緒に食べてたら、
母親に見つかって叱られたということもあったなあ。



南極料理人_生瀬きたろう

この『南極料理人』は、ストーリーにほとんど抑揚がなくて、
ほとんどが、ダイニングでみんなで揃って食事をするシーン、という印象なんだよ。
ちょっとしたいざこざがあったり、真剣に働くシーンがあったり、
かるーくトラブルが発生したりはするんだけど、物語の大筋に影響するようなもんでもないんだ。
(もちろん、映画の構成要素として大切なんだけど)

南極料理人_屋外

でも、この映画はちゃんとおもしろくできている。
その理由は、“南極” にあるんだと思う、僕は。
なんたって、人が生きているのが不思議なくらいの過酷な環境なんだから、そこにいるだけで
生きてるだけでうれしい、仲間がいるだけで楽しい、食べられるだけでおいしい、
と、“感動ポテンシャルエネルギー” が高まるんだと思う、観るほうも。

それって、料理については・・・
「フツーの環境=おいしい」という図式が、南極というシチュエーションになると、
環境の快適レベルが下がる分おいしいレベルとの差が大きくなって、
それが日常化すると、「過酷な環境=すごくおいしい」という図式に
平行移動的にアップグレードされる
ということ。
フードコーディネーターは『かもめ食堂』と同じ飯島奈美さんだから、なおさらだよね。

南極料理人_調理

だから、ちょっとした出来事が、すごーくおもしろい出来事になってしまう。
観客は、“南極” に連れて行かれるだけで、
この映画の魔法にかけられてしまうんだよ、きっと。

「自分の生きている環境をシンプルにすれば、めしはうまくなるし、
仕事に迷いはなくなるし、家族の仲もよくなるぞ」

なんて言っているような気もするな、この映画は。


なんてったって極寒の地、自分の南極観測隊としての任務を遂行して寝る以外、
食べることくらいしかやることがないんだよな。
そうなれば、“食べること” は生をつなぐことであるとともに、
唯一、仲間が集まって、語らい、楽しみ、時にはいさかい、仲直りする場となる。
都会生活の食事より、ずっと大切な営みとなるわけだ。

映画の中では、キホン、隊員8人みんなが揃って食事をする、
時々、1人2人欠けたりするけど。
な~るほど、「みんなで食べると、おいしいよね」って言うもんね。
それから、「同じ釜の飯を食う」という言葉もあるよね。

そうだ!家族でも仲間でも、いつも一緒に、毎日おいしくごはんを食べられれば、
南極でだって生きてけるんだよ。


監督は、その後『キツツキと雨』(2011)や『横道世之介』(2012)を撮った沖田修一。

キャストは、曲者系の “うまい役者” がズラリ!
でも彼らは、南極基地の食事では一言も「おいしい」とか「うまい」なんて口に出さないんだよ。
でも、観てる人には、とってもうまい。
よくできた映画でっせ、おすすめ!

南極料理人_体操



南極料理人_ポスター

●『南極料理人』
2009年 日本
上映時間:125分
配給:東京テアトル
プロデューサー:西ヶ谷寿一
監督:沖田修一
製作:太田和宏
   川城和実
   春藤忠温
   町田智子
   近藤良英
原作:西村淳『面白南極料理人』、『面白南極料理人 笑う食卓』(新潮文庫)
脚本:沖田修一
音楽:阿部義晴(主題歌:ユニコーン「サラウンド」)
撮影:芦澤明子
編集:佐藤崇
VFXスーパーバイザー:小田一生
フードスタイリスト:飯島奈美、榑谷孝子
出演:堺雅人
   生瀬勝久
   きたろう
   高良健吾
   豊原功補
   西田尚美
   宇梶剛士
   嶋田久作 ほか
受賞:第50回日本映画監督協会新人賞最終候補
   2009年度新藤兼人賞金賞
   第29回藤本賞新人賞


ココよりうまいゆず切りがあるかな? ~ 『松鶴庵』


3月の始め頃だったっけな。
親友のHくんが、さらしな粉と柚子をくれたので、
“ゆず切り” をやってみよっかな、ということになった。
でも、変わり蕎麦なんて打ったことがないので、
ちょっと食べてみて勉強、と思って、家から近いとこでないかと、ぐぐって見つけたのがココ。
埼玉県新座市の大人気店『松鶴庵』。
しかし、食べたからって、打つのに何にも足しにならなかったんだけど・・・。


週いちのフットサルで、慢性的に足の筋肉がギンギン、膝の関節がコキコキしてるので、
全席座敷っていうから、ちょっとやだなあと思ったんだけど、
座布団を2枚重ねて、さらに二つに折って座椅子にして座ったった。

車で行って、入口付近に立って、けっこうびっくり!
垣根というか塀というかでぐるりと囲まれた、屋敷然とした建物だったんだよ。

01松鶴案_外観

古くなって使わなくなったと思われる家と、当の蕎麦屋になっている家と、
フツーの住居の家の3軒が同じ敷地の中にあるんだ。
手入れのされた灯篭のある庭や竹藪や松の植木なんかもレイアウトされているし。

これは、前にも書いたけど(※1)、“農家タイプ” の家屋だな。
古くはなくて、現代のでっかい農家。
いまはまわりは、住宅街になってしまっているけど、
もとは広い畑を持っていて、何代も続くうちに新座の土地がどんどん高くなって
持ちきれなくなって切り売りしながら、いまの住宅部分だけが残ってる、
といった感じかなー、あくまで憶測だけど。

こっちの方では、農家が蕎麦屋をやってる、というのが多いんだよね。
ひょっとして、裏手の立教大学とその高校の広大なキャパスの地主だったりして。
いや、あくまで憶測、そのくらい立派な家なんだよ。
アニメ映画の「サマーウォーズ」に出てくる “田舎の本家” って感じ。

大き目の玄関を入ると、真正面に蕎麦打ち場があって、その奥が厨房。
磨きのかかった板の間を左に曲がると座敷だー。
八畳×二間くらいの広間が客席だね、30人くらいは座れるかな。

02松鶴案_内装

スゲー品のいい和室内装!
照明もテーブルも、こりゃ高級だぞ。
農家じゃなくて、庄屋だったのかなあ。


たのんだのは、『二色もり』のせいろと変わり蕎麦・900円也
変わり蕎麦が、“ゆず切り” だと確かめてそうしたんだよ。
それと、単品の『天ぷら』950円也

ちなみに、せいろと太打ちの田舎のコンビの「二色もり」800円というものあるし、
せいろ、田舎、変わり蕎麦の「三色もり」1,000円もある。
「もり」だけなら、せいろでも田舎でも550円という安さだよ。

最初に出てきたのは、「天ぷら」でーす。
玉子を多めに使っているのか何かわからないけど、フツーよりかなり黄色い印象。

03松鶴庵_天ぷら

あれっ?少なくねー?
だってさ、ししとうとかぼちゃと海老2本で、950円だよ。
これは高いよねー、と思いながら海老をかじってわかった、これは車海老なんだなー。
まあ、東南アジアのモノなら活海老でもわりと安く手に入るけど、
日本の近海モノだとけっこう高いよね、その分うまいけど。
僕の舌ではなんだかよくわからないので、その近海モノであると思うことにした。
そうだそうだ、近海モノだからうまいのだー。
・・・と、実際おいしかったよ。

その次は、「せいろ」がきた。

04松鶴案_二色_せいろ

05松鶴案_二色_せいろアップ

おー、白いねー。
メニューに、さらしなとは書いてないので、そうではないんだろうけど、かなり白いぞ。
手繰ると、しっかりしたコシがあって、角も立った、見事なのどごしだ。
上品な蕎麦の香りとはんなりとした味が後からやってくる。
上質、という言葉が似あう蕎麦だな。

それよりも気に入ったのは、もり汁!
これは傑作だねー。
藪系の生醤油の立った塩辛い汁でもないし、砂場のような “枯れ” た味でもない。
強いて言えば、更科の甘めの汁に近いかな。
でも、江戸蕎麦の真っ黒な色じゃないんだな。
出しと甘味が絶妙なハーモニーを奏でているとでも言うのかなあ。
汁だけ呑んでもうまい!
完全なバイプレーヤーでもなく、ヘタな主張もなく、オルタナティブな汁
これは、僕の中では忘れられない味のひとつになったね。

06松鶴案_二色_ゆずきり

その次は、お待ちかねの「ゆず切り」でーす!
透き通ったさらしな蕎麦の細い麺の中に、すりおろしたゆずの皮がちらちらと見える。
麺の色が、心なしかフツーより黄色が強いような気がするね。

08松鶴案_二色_ゆずきりアップ

やっぱり!
口に運ぶと、湯ごね特有のコシと更科粉のつるつるにあいまって、
わくわくするようなゆずの香りが!
僕の知ってるゆず切りと全然違う!
ココのは、香りづけのゆずとは違うんだよ。
柚子の味がちゃんとする。
ゆずの皮をフツーよりたくさんいれているか、ゆずのしぼり汁を入れているのかも。
それが、そのうまいもり汁とからんで、
日本人なら大好きな甘酸っぱい醤油旨味を生み出している。
発見!思わず、足をバタバタしたくなったぜ。

07松鶴案_二色_ゆずきりアップ

もりの白さや変わり蕎麦へのこだわりから察するに、
ココのご主人は、更科系か一茶庵系で修行された経験があるのかな。

とにかく、ココの “ゆず切り” は、間違いなくバツグンにうまい!
と思ったら、他の変わり蕎麦も食べたくなってきたなあ。
3月現在が、ゆず切りでしょ。
桜の季節は、桜切り。
それ以降は何だろう?(※2)
ちょくちょく来てみよう、っと。


下記は、僕がやってみた「ゆず切りレシピ」でーす。
よかったら、どうぞ。


柚子切りの作り方(5人前)

●材料
さらしな粉/400g
中力粉(つなぎ)/100g
熱湯(粉全量の50%)/250g
水(粉全量の10%)/50g
柚子(大)/1個 

●打ち方(蒸発を防ぐために、常に手早く)
① さらしな粉に篩いをかけて練り用の器に入れる。つなぎは別の器に入れておく。
② 柚子を洗い、表面の水気をふきとってから皮をすりおろす。器に入れてラップしておく。
③ 水(加水量の50%)を沸騰させる。
④ ③の熱湯を一気に①の中に蒔き入れる。
⑤ 太めの菜箸や割り箸などで素早くかき回し、粉全体にお湯を含ませる。
⑥ さわれるほどの温度になったら、つなぎ100gを入れて素早く手でかき回し全体に吸水させる。
  たくさんのダマができてくる。
⑦ 常温程度になったら、手の平の根元にしっかりと体重をかけて、
  前方に押し出しながら、ダマをつぶすようによく練る。
  ここで、まとまりにくければ、加水して調整する(入れ過ぎ注意)。
⑧ だんだんまとまってきたら、玉にくぼみをつけ、すりおろした柚子を載せる。
⑨ これを全力で練り、柚子をまんべんなく蕎麦粉に混じらせる。
⑩ 練りあがった玉は、球状にして15分くらいラップに包んで寝かせる。
⑪ 寝かせ終わったら菊練をし、いつものようにのして、切る。



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※1
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まずは、①純和風一軒家店舗タイプだよね。
一部焼けちゃった “かんだやぶ” や “虎ノ門砂場” や “神田まつや” みたいなやつから、
街の蕎麦屋みたいな昭和食堂タイプのものまで。
数寄屋造りのような由緒正しいものから、最近建ったものまで、「町屋建築」のもの。
江戸蕎麦系の蕎麦屋の建物だよね。

それから、地方でよく見る、②古民家民芸タイプ
豪農とか田舎の商家のでかい木造建築。
一本木切り出しの梁や柱が立派な取り廻しのやつ。
昔の住居を転用してるやつや、最初から民芸風店舗として建てたものがあるよね。

②に似てるんだけど、民芸調ではないし、古いとも限らない、
③“農家タイプ” というのもあるよね。
一軒家に違いないんだけど、繁華街なんかの街では “町屋”だよね。
でも、郊外や田舎の一軒家には、この “農家” がかなり多い。
そう、故郷の親戚の本家、って感じの家。
けっこうでかくて、和室が床の間のある部屋から襖仕切りで3部屋くらいつながっているようなやつ。
正月や法事に親戚がわんさか集まって宴会やっちゃうような。
座布団で座って、いすはゼロ。
ちょっと気が利いていて、掘りごたつ式のテーブルがあるとこもあるね。

ニューウェイブ系でよくあるのが、④一軒家住宅改造タイプ
これは、古い町屋でもなく、古民家でもなく、農家でもない、フツーの一軒家。
自分ちの表玄関と1階の和室と厨房を改造して店舗化してるとこ。
これは、住居と兼用だし、高い家賃がかからない分、
このスタイルで独立開業する人が多いんだろうね。
固定資産税はかかるけど。
こちらの内装は、和モダンやモダンが多いかな。

⑤商業ビルやマンションのテナントは、繁華街ならあたりまえだよね。
東京都内みたいな地価の高いところで、
気軽に楽しめる店を成立させるのは難しいんだろうなあ。
これは外装のハナシであって、内装は純和風もあれば、
民芸調も和モダンもモダンもなんでもあり。

あとは、いわゆる “デパ蕎麦” の⑥デパート・専門店ビル食堂街テナント
⑦ドライブインタイプかな。
いずれも、内装はいろいろ。

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※2
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[季節の変わりそば(参考:更科堀井)]

1月4日~8日 / 桜海老切
1月9日~31日 / 柚子切
2月1日~28日 / 春菊切
3月1日~3日 / 三色そば
3月4日~15日 / ふきのとう切
3月16日~4月10日/ 桜切
4月11日~30日 / 木の芽切
5月1日~10日 / 茶そば
5月11日~23日 / よもぎ切
5月24日~6月5日 / 紅花切
6月6日~20日/ 蓼切
6月21日~30日 /トマトつなぎ
7月1日~7日 / 笹切
7月8日~31日 / 青海苔切
8月1日~31日 / しそ切
9月1日~21日 / 青柚子切
9月22日~10月9日 / 菊切
10月10日~31日 / くこ切
11月1日~21日 / くちなし切
11月22日~30日 / 柿の葉切
12月1日~30日 / 柚子切

※12月21日・22日のみ、かぼちゃ切

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●『松鶴庵』
埼玉県新座市北野1-1-3
048-478-3543
平日 
11:30~15:00
17:00~19:30
祝日
11:30~19:30
日曜営業
定休日/火曜日(祭日の場合は翌日)


これを知らないとおもしろくない③ ~ 『砂の器』


砂の器_ポスター01


この映画を観たのは、10代後半頃だったと思う。
封切りからかなり年月の経ったリバイバル上映だったなあ。

いまでは、ちょっとした感動ですぐ泣いてしまうんだけど、
その当時、親に叱られて泣くこともなくなった僕は、
この映画を観ながらボロボロ涙を流す自分に驚いたものだった。

映画館の僕の座席の近くにいた女性が、
「うっ、うっ、ええっ、ええっ」と嗚咽をもらして泣いていた。
映画館でも家のテレビでも、物語を観ていて声を出して泣いている人に出くわしたのは初めてだった。
すごい映画だと思った。

砂の器_丹波加藤

それからずいぶん経って、2004年かあ、SMAPの中居くんのドラマ版がテレビ放映された。
それを観て、僕はあの “宿命” という曲を聴いて、やっぱり涙を抑えられなかったんだけど、
一緒に観た人たちはどうだ、「大しておもしろくなかった」だと。

えー、なんでそうなるんだろう、ってまわりに聞いてみてわかったよ。
一緒に観たうちの一人が、
「なんであそこでお遍路に出ちゃって、すぐに病院に行かなかったの?
お遍路なんて非科学的な・・・昔の話だからしょうがないのかもしれないけど」

なんて言ってたのだ。

僕は、そうか、らい病(ハンセン病)のことを知らないんだな、と気づいた。
あれは、“お遍路“ なんかじゃないんだ。
“失踪” もしくは “蒸発” なんだよ。
二度と戻らない旅の途中に、お遍路をしてただけ。

名前を捨てて、親兄弟、親戚と縁を切り、故郷を捨てて、入院もできず、
物乞いしながら放浪し続けて、道端や山奥でのたれ死ぬために出た旅
なんだよ。

砂の器_加藤

それをその時に教えてあげたとしても、
「えー、じゃあ、なんでそんな旅に出なきゃならないの?」なんて聞かれて、
めんどくさいことになったんだろうな、きっと。

そう、この映画は、ハンセン病がらい病と呼ばれていた頃のことを知らないと、
感動して、嗚咽をもらしながら泣くことなんかないし、
だいたい、なんで旅に出るのか、なんであんな事件が起こるのかもわからない。
物語が、根底から成立しなくなるんだね。

このドラマのことがあって、僕はこの日本映画の不朽の名作が朽ち始めていることに気づいたんだよ。
ハンセン病は、いまでは不治の病ではなく複合的な投薬治療で治るし、
「らい予防法」という悪法が1996年に廃止されて、人権問題や偏見・差別が解消に向かいつつあるんだけど、
それとともにこの物語の感動がだんだん薄れてきているんだな。
この映画は、医療や社会の進歩と反比例して朽ちていく “宿命” を持った映画なのだ、
医療の進歩や社会の改善は当然すばらしいことなのに。

そう、この映画の「これ知らポイント」は、
ずばり、“ハンセン病の人権問題、差別問題を知ること” だ。

こんなことを言っていると、
「お涙ちょうだい映画をおもしろく観たいからって、蒸し返すことはないだろう」
「せっかく消えそうになっている差別を再燃させるんじゃねぇ!」
といって、怒られそうな気がするけど、
こんな過ちをもう二度と起こしてはならない、という気持ちを込めて、
ちょっとだけ書き残して置こうと思う。

ハンセン病メモ

●1943年に特効薬が開発されるまでは、病状がすすむと、全身の皮膚にさまざまな発疹や結節ができ、
それが欠損したり、頭髪が脱毛したり、手足がマヒしたり指が欠損したり、目が開いたままになったりと
見た目にも “恐ろしい” 病気のひとつだった。

●それゆえに、12世紀頃から仏教上の業病、天刑病だと言われるようになり、
スピリチュアルな迷信も生まれる。

●江戸時代頃から、遺伝病であるとデマが定着する。

●上記の3つのことがあったため、罹患者のいる家族が村八分にあったり、迫害を受けたり、
この映画のように、血縁一族に迷惑をかけることを避けるため罹患者がひっそりと姿を消し、
あてもなく放浪・漂泊するというような悪習が第二次世界大戦後のしばらく後までも続いた
のだ。

いまでも、患者が名前を変えて入院をしてたり、
まわりに自身の素性を明かさなかったりということが続いている。


●明治時代頃から、うつる病気(感染力は弱いんだけど)であることが証明され、
差別が生まれ始め、隔離政策が実施される。
警察官による突然の連行や療養所での暴力制裁など、犯罪者のような扱いが横行する。

●1915年から、全国の男性患者を対象に、生殖能力をなくす断種手術が断行された。
1948年の「優生保護法」では、ハンセン病患者の名前を断種対象に指定。
この人間尊厳と未来を奪う断種手術は、1996年まで合法だった。

●1931年、「らい予防法」公布。すべてのハンセン病患者が、強制的に隔離されることに。
ハンセン病患者は病気を蔓延させ国力を衰退させる非国民だと決めつけられ、
一生隔離、その一族を根絶やしにしようとする運動もますます激しくなった。
この悪法は、なんとつい最近の1996年に廃止されるまで続いた。

●全国で、患者狩り、強制収容、強制消毒、村八分、一家離散、商売の廃業、破談、
施設利用拒否
などの差別が一般化。
療養所では、病人にも関わらず監獄のような強制労働までさせられた。




(あとは、ご自身で調べてみてください)


つまり、ハンセン病は、
「業や天刑に見舞われた、呪われた一族に遺伝する恐ろしい病気」とか、
「国を滅ぼす血を持った病気」という間違った認識で、
法的にも社会的にも抑圧された病気だった
ということ(いまでも皆無ではない)。
そのため、患者本人もその一族も罹患の事実を死んでも表沙汰にしてはならなかったこと、
一族離散や根絶やし政策、血縁末代までへの社会的差別から逃れるために、
家族と縁を切り、一人で他の土地で死んでいく道を選ぶ患者もたくさんいたこと、
それを知ったうえで、この映画を観るべきだというわけだ。


この映画は、そういう問題を糾弾した「社会派映画」の名作であるとともに、
「音楽映画」としても名作。
テーマ曲の “宿命” は、いまではピアノ曲やピアノコンチェルトの名曲として
世界的にも有名なんだよ。

そして、強烈な親子愛を描いた「ヒューマンドラマ」としても秀逸なんだね。
なんたって、嗚咽が出るくらい泣かされるんだから。

そもそも「推理サスペンス映画」であって、その点でも名作と評価されているんだ。
観れば、そのサスペンスパワーあふれる演技で、刑事役の丹波哲郎がただの霊感おじさんでなくて、
世界的な映画俳優だったということがわかるはず。

1970年代でもいまでも、こんなに立体的なコンセプトの日本映画が他にあったっけ?

砂の器_丹波森田

砂の器_島田

完全に意味がわからなくなる前に観てみたらどうだろう?
医学はどんどん進歩してるし、日本社会もますます公正になっていくはずなんだから。



砂の器_ポスター02

●『砂の器』
1974年 日本
上映時間:143分
配給:松竹
監督:野村芳太郎
製作:橋本忍、佐藤正之、三島与四治、川鍋兼男(企画)
原作:松本清張
脚本:橋本忍、山田洋次
音楽監督:芥川也寸志
作曲:菅野光亮
演奏・特別出演:東京交響楽団
撮影:川又昻
美術:森田郷平
録音:山本忠彦
出演:丹波哲郎、森田健作、加藤剛、加藤嘉、島田陽子、緒形拳、松山省二、春田和秀、山口果林、
   佐分利信、浜村純、渥美清、穂積隆信、夏純子、菅井きん、笠智衆 ほか
受賞:第29回毎日映画コンクール大賞(日本映画)
   ・脚本賞(橋本忍・山田洋次)
   ・監督賞(野村芳太郎)
   ・音楽賞(芥川也寸志・菅野光亮)
   キネマ旬報賞脚本賞(橋本忍・山田洋次)
   1974年度ゴールデンアロー賞作品賞
   ゴールデングロス賞特別賞
   モスクワ国際映画祭審査員特別賞・作曲家同盟賞


【閉店】築200年の古民家で、腹いっぱい食べる幸せ ~ 『まるい』小手指店


蕎麦屋の建物って、どんなもんだろう?

外観のハナシだけど・・・

まずは、①純和風一軒家店舗タイプだよね。
一部焼けちゃった “かんだやぶ” や “虎ノ門砂場” や “神田まつや” みたいなやつから、
街の蕎麦屋みたいな昭和食堂タイプのものまで。
数寄屋造りのような由緒正しいものから、最近建ったものまで、「町屋建築」のもの。
江戸蕎麦系の蕎麦屋の建物だよね。

それから、地方でよく見る、②古民家民芸タイプ
豪農とか田舎の商家のでかい木造建築。
一本木切り出しの梁や柱が立派な取り廻しのやつ。
昔の住居を転用してるやつや、最初から民芸風店舗として建てたものがあるよね。

②に似てるんだけど、民芸調ではないし、古いとも限らない、
③“農家タイプ” というのもあるよね。
一軒家に違いないんだけど、繁華街なんかの街では “町屋”だよね。
でも、郊外や田舎の一軒家には、この “農家” がかなり多い。
そう、故郷の親戚の本家、って感じの家。
けっこうでかくて、和室が床の間のある部屋から襖仕切りで3部屋くらいつながっているようなやつ。
正月や法事に親戚がわんさか集まって宴会やっちゃうような。
座布団で座って、いすはゼロ。
ちょっと気が利いていて、掘りごたつ式のテーブルがあるとこもあるね。

ニューウェイブ系でよくあるのが、④一軒家住宅改造タイプ
これは、古い町屋でもなく、古民家でもなく、農家でもない、フツーの一軒家。
自分ちの表玄関と1階の和室と厨房を改造して店舗化してるとこ。
これは、住居と兼用だし、高い家賃がかからない分、
このスタイルで独立開業する人が多いんだろうね。
固定資産税はかかるけど。
こちらの内装は、和モダンやモダンが多いかな。

⑤商業ビルやマンションのテナントは、繁華街ならあたりまえだよね。
東京都内みたいな地価の高いところで、
気軽に楽しめる店を成立させるのは難しいんだろうなあ。
これは外装のハナシであって、内装は純和風もあれば、
民芸調も和モダンもモダンもなんでもあり。

あとは、いわゆる “デパ蕎麦” の⑥デパート・専門店ビル食堂街テナント
⑦ドライブインタイプかな。
いずれも、内装はいろいろ。

僕的には、街でも田舎でも、古い一軒家がいいなあ。
江戸時代や明治、大正から続く歴史的建造物とは言わないまでも、
せめて戦後以前くらいに建った、それなりに古い建物で、
駅か自分ちに近くて、蕎麦屋らしいツマミがそこそこあって、
種類が多くなくてもうまい燗酒と冷酒の銘柄が置いてあって、
できれば手打ちで、粗挽きも微粉もあって、安くて。
それで、愛想のいい花番さんがいればいうことなしだなあ。


この前行ったとこは、思いっきり②の古民家の店。

01まるい小手指店_正面外観

古民家どころか、築200年以上というから古古民家くらいの博物館入りクラス!

02まるい小手指店_庭

古民家 “風“ とか民芸 “調” とかじゃなくて古民家そのものなんだよ。

03まるい小手指店_茅葺

昔の武蔵野の民家って、こんなんだったんだ、って実物の中に入れる貴重な一軒だろうなー。

04まるい小手指店_裏外観

もう、かなり傾いちゃっているけどねー。

05まるい小手指店_内観

『まるい』って言って、“うどんと蕎麦” の店。
たまに、“うどんもある蕎麦の老舗名店” もあるけど、
ココは明らかに “蕎麦もあるうどん屋” だなー。

埼玉県所沢市あたりや東京都東村山市あたりには、おいしいうどん屋が多いんだよね。
そう、「武蔵野うどん」って言って、地粉を使って打った、太くて、黒っぽくて、
つるつるしてなくて、コシが強いうどん。
素朴な郷土料理なんだけど、けっこううまいよ。
最近では、まっ白な麺だったり、妙にやわらかかったりする武蔵野うどん屋もあるらしくて、
要は、地元の手打ちうどん屋さん、ってことだよね。

武蔵野うどんは、広大な武蔵野台地の中でも、東京都西部(多摩地区)と埼玉県西部を
合わせた地域に伝わる郷土料理だとのこと。
もともとこのあたりは、関東ローム層である台地の水はけが良すぎて水田を作りずらいため、
小麦の生産がさかんだったらしいんだよね。
このあたりの農家や民家では、家庭でうどんを打って食べるのがあたりまえだったそうだ。
いまでも、冠婚葬祭などの行事でうどんを出すのが習慣になっているところもあるんだって。
長年多摩地区に住んでたけど、僕もついこの間まで知らなかったんだな、このことは。
東京都西部と埼玉県西部ではやたらと沿道で見かける
かかしのイラストでおなじみの「山田うどん」の本社は、所沢にある
というくらい “うどんのくに” なんだよね、武蔵野って。

というわけで、この『まるい』は、この辺の典型的な武蔵野うどん屋さんなのだ。
所沢近辺で、僕が知っているかぎりで3店展開してるはず。
でも、古民家なのはココだけ。
どの店も、うどんの他に、丼ものや刺身、天ぷら、焼き物、煮物など各種料理メニューも豊富で、
地元で大人気の “うどん&蕎麦食堂” なのだ。

パンフレットには、「手打ちうどん そば」とショルダーコピーが書かれていて、
これを見て僕なんかは、うどんの方が主役だというだけじゃなくて、
「うどんは手打ちだけど、そばは製麺会社におまかせ」なのか、
と勘ぐってしまうんだけど、そんなこたあどうでもいいや、
と思わせるパワーがあるんだよ、ココには。

だってね、機械打ちかなんか知らないけど、うまいんだよ蕎麦も。
天ぷらも相当うまいし、茶碗蒸しもうまい。
そして、量も多い。
なによりも、安い!
ココは、前にも書いたけど(※1)、“「めし屋」系蕎麦屋” の典型であり、
その最高峰であると言いたい。
でなけりゃ、平日も休日もなく、ランチタイムも晩ご飯タイムも、
長い行列ができるわけがないもんねぇ。

06まるい小手指店_内壁

07まるい小手指店_柱時計

柱時計のかかる壁を見ると、おつまみメニューに違いないから、
夕方は家族連れや友人連れ、地域の宴会などでも賑わうんだろうね、きっと。


同行2名で行ってたのんだのは、ランチセットメニュー。
もちろん、うどんじゃなくて蕎麦だよー。

最初に出てきたのは「日替わりランチ」
もり蕎麦、かき揚げ(中2個)、茶碗蒸し、しらすと大根おろし、きゅうりと大根の糠漬け、ライス
の全部が、小さなテーブルみたいなでかいお盆に乗っかって出てきて、870円(税込)!

08まるい小手指店_日替わりランチ

桜海老の入った、中くらいのかき揚げが2個だし・・・

09まるい小手指店_日替わりランチかき揚げ

10まるい小手指店_日替わりランチ_小もり

手打ちにも勝るとも劣らない風味豊かな蕎麦が、
小もりに見えるけどたっぷり1人前。
これに、ライスや茶碗蒸しもついているからものすごく腹いっぱいになるんだよ。
これで、870円なんてとんでもない安さだよね。

次に出てきたのが、季節のランチメニューの「穴子天重セット」、780円(税込)!!

11まるい小手指店_穴子天重セット

これも、小もりのせいろに見えるんだけど、
実はせいろに深さがあるので、たっぷり1人前あるんだな。

12まるい小手指店_穴子天重セット_小もり

13まるい小手指店_蕎麦麺

麺の太さの均一度が高いので、たぶん “切り“ は機械に違いないと思うんだけど、
味も香りもちゃんとあって、コシも異常のない、おいしい麺だよ。

それよりも、この穴子天!
一本まるまるで、はみ出すぎー!

14まるい小手指店_穴子天

なすと椎茸の方もサクサクで、つゆのかけ具合も絶妙。
ご飯の炊き方も含めて、手抜きなんて微塵もなくて、うまいのひとことだよ。
その辺の気取った蕎麦屋の天ぷらよりうまいかもしれないや。

15まるい小手指店_穴子天2

うまくて、うまくて、安くて、超腹いっぱい!
なるほど、ココは長年休みなく、こうやって所沢人のパワーを応援してきたんだなあ。
ありがたい店です、いやホント。



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※1
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蕎麦屋ってなんだろう、ってたまに考えることがある。
めし屋なのか、呑み屋なのか、料亭なのか・・・。

それは蕎麦屋が、“○○庵” とか “○○屋” とか言っても、
高いのか安いのか、うまい酒やツマミがあるのかないのか、こだわり系かフツーなのか、
店名やお店の外観、営業時間などではわかりずらいからだと思う。

イタメシ屋なら、パスタ屋なのか、ピザ屋なのか、トラットリアなのか、リストランテなのかで
どんな使い方をしたらいいのか、なんとなくわかるよね。
和食なら、食堂なのか、居酒屋なのか、小料理なのか、割烹なのか、
懐石料理なのかなどでそれとなくわかる。

でも、蕎麦屋となると急に難しくなるよね。
天ぷらとか寿司とかうなぎとか、専門店だと難しいのかなあ。


① ウチは「めし屋」である

営業時間は、昼と夕方の3時間ずつくらい。
丼物とのセットメニューもいろいろある。盛りもいい。
時にはチキンライスもあったりする。値段もだいたい安い!
酒は日本酒1種とビール大瓶、つまみは枝豆くらい。
そう、働く者の強い味方、いつもの店だ。
バカにしているんじゃないよ、僕は実はこういう店が大好きなんでーす。
腹いっぱい、幸せいっぱい食べられるし、
「蕎麦は手打ちで、天重も天ぷら屋顔負けのうまさ」、
というような店も探せばけっこうあるからね。
こういう店が、1980年代までの日本の経済成長を引っ張って来たんだよ。
残念ながら、最近はこういう店を見つけるのが難しくなってきたね。
昔は、駅前といえば1軒や2軒必ずあったんだけど。


② ウチは「ちゃんとした蕎麦屋」である

営業時間は、昼3時間&夕方3時間くらい。
蕎麦屋らしいメニューがそれなりの値段で押さえてあって、
季節を感じさせる天ぷらなどもその折々にある。
ツマミも伝統的な品書きのほか、季節のものやオリジナルもあって蕎麦前をそそる。
「天ぬき」や「鴨ぬき」などの蕎麦屋裏メニューも通じる。
酒も燗酒、冷酒でこだわり銘柄がある。
惜しむらくは、中休みがあるので、昼下がりの蕎麦屋酒ができない。
・・・といった感じかな。


③ ウチは「蕎麦にこだわる、こだわり蕎麦屋」である

一日に、昼の2時間しかやってなかったりする。
昼&夜それぞれ2時間くらいやってても、
「蕎麦がなくなりしだい閉店」だったりする。
酒にもツマミにもあまりこだわっていない。
むしろ、酔っぱらいにはいてほしくないようすだ。
蕎麦単品の値段は、そこそこ高い。
店主に語らすと、長い、説教っぽい。


④ ウチは「蕎麦前を楽しめる蕎麦屋」である

②とあまり変わらないけど、
ツマミメニューと酒のラインナップがもっと多くて、
ぐぐっと呑みたくなる。
夜は、フツーの蕎麦屋は午後8時頃に終わるけど、
このテは9時か10時頃までやっていることが多い。


④’ ウチは「昼下がりの蕎麦前を楽しめる蕎麦屋」である

②または④の「中休みなし」バージョンのありがたい店。
これが意外と少ないよね。
中には、11:00~16:00だけとか、12:10~17:00だけといった
“昼下がりのまったり” を思い切りねらった店もあるよねー。
昼酒をする習慣というか気力というかがなかった僕には、
このテが最も “大人の世界” でわかりにくいんだなあ。
法事の時に、昼間っから酔っぱらっていた、親戚のおっさんを思い出してしまう。
でも、自分も正月なんかは昼から呑むかあ。
ともかく、昼酒の好きな向きには、とってもありがたい店だ。
このタイプが、江戸の蕎麦屋やうなぎ屋の真骨頂なんだろうな。


⑤ ウチは「蕎麦で〆られる呑み屋」である

これは、④と似ているけど、蕎麦屋の範疇から逸脱したツマミがたくさんある店。
逆に蕎麦のメニューがもりだけだったりして、“呑み” と “蕎麦” が逆転している感じ。
そもそも蕎麦屋だから、ツマミが手作りで手間がかかっていて、
器も凝ったりしてるから、まるで小料理屋や割烹料理屋みたいなレベルのとこも。
和風ダイニングバー、という言い方もできるかもね。
ランチタイムに加えて夜遅く11時頃までやっているか、
17:00~23:00だけといった、完全呑み屋型のとこもあるね。


⑥ ウチは「蕎麦懐石料理屋」である

文字通り、蕎麦周辺の素材や季節の食材を使った懐石料理屋。
高いよ。


⑦ ウチは「手打ち蕎麦を食べられる日本料理屋」である

コース料理が蕎麦でシメという料亭や割烹って多いよね。
でも、コレって蕎麦屋じゃないね、すんません。


・・・といったくらい、蕎麦屋にはいろんなスタイルがあるよね。
まあ、ネットで情報収集すればいいんだけど、
行き当たりばったりの看板やたたずまいではわかりずらくてさ。

こうやってみると、東京の老舗名店って、
①から④'までをピシッと押さえているとこがほとんどなことがわかる。
なるほど、さすが!
でも、ほぼ午後8時頃で終わりだから、
昼のほろ酔いはよしだけど、夜中の酩酊に加担する気がないのも特徴だね。
きっぱりと、「酔っぱらってぐだぐだ言ってんじゃねぇや、蕎麦食わねぇんならほか行っとくれ」
っちゅう潔いスタンスが伺えるね。

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『まるい』小手指店
埼玉県所沢市小手指元町3-26-21
04-2948-9759
10:00~21:00
無休


これを知らないとおもしろくない② ~ 『イージー・ライダー』


イージーライダー_ライディング01

「60年代アメリカの若者文化を見事に描いた映画」

この映画の評や視聴者レビューで一番多いのがコレ。
でも、この評なら、間違いじゃないけど30点くらいかなあ。
こう思って観るから、ラストシーンの意味がわからなくなるんだろうなあと思う。

あのラストシーンを、“社会の「理不尽さ」や「不条理」を象徴的に描いた”、
という人もいるから驚きだ。
たしかに、アメリカン・ニュー・シネマ的なショッキングな終わり方かもしれないけど、
あれは、何かを象徴した遠回しな表現ではなくて、 “何の含みもないリアルな表現” だよ、と言いたいな。
僕には、この映画には、何の比喩もパラドックスもアイロニーもシュールな表現も見受けられない。
まあ、LSDでラリラリになるところ以外は、だけど。
LSDなんてやったことないから、わかんないもんね。

そう、この映画の「これ知らポイント」は、
ずはり “1950~60年代のアメリカの政治・社会を知ること” だ。
特に、“人権問題、人種差別問題” を知るべきだろうなー。
かなりネタバレになるけど、そこらへんのことを書いておこうと思う。
観たけどよくわからない、という人にはもってこい、
まだ観てない人は、後から読んだ方がいいかも。


試しに、会社の後輩で、30才代半ばで映画好き、というのがいるので、
『イージー・ライダー』を観てもらって、カンタンな感想を聞いてみたら、やっぱり・・・。


●全体的に何を言っているのかよくわからない。ただ、パワーは感じる。

そう、ただの若者カルチャー映画として観たら、
当時のアメリカの若者カルチャーってつまんないじゃん、
としか観えようがないよね。
パワーを感じるというのは、
この映画が “カウンターカルチャー(反体制)” 映画だから、
それを肌で感じたんだろうな。
“アメリカン・ニュー・シネマ” って言って、若者が低予算で反体制的な映画を撮るのが
’60年代から’70年代のムーブメントだったんだよ。


●バイクに乗って、ロックミュージックに乗って、序盤はカッコいい。

当時、アメリカでは「バイク映画」が流行っていたらしいんだ。
ロックも、もろジミヘン時代、この映画のリリースされた’69年は、
あのウッドストックの開催された年なんだよ。
「Born to be wild」に乗って、バイクで走るぜ~、というだけで
集客のツカミはオッケーだったんじゃないかな。
でも、当時のアメリカの若者でも、この映画を
「おっ、ロックに乗ってバイクに乗ってぶっとばすなんて、かっこいいぜ」と思って観に行ったら、
物語の途中から重い社会派になって、ラストシーンでぶっとんだだろうね。

ところで、ハーレーを改造した “チョッパーバイク” は、いま見てもまったく古くない。
この映画のやつが、チョッパーの原型みたいなもんなのに、すでに完成されているね。
これ以上のアメリカンチョッパーは、この先に生まれるのかなあ?って感じ。


●カトリックの家族、ジプシーみたいな人たちの村、刑務所とアル中弁護士、謝肉祭と娼婦、
そしてエンディング・・とそれぞれの意味や脈絡がわからない。


脈絡なんてないんだよ。
バイクで旅をしていろんなとこへ行って、いろんなアメリカを表わしているんであって、
一本のストーリーじゃないんだよ。
それから、ジプシーじゃない、ヒッピーのコミュニティだよ。
体制のお世話にならないで、自給自足の村を作ろう、という行動する人たちもいたんだ。
あれは、何かの比喩表現じゃなくて現実、ホントにあったんだよ、ああいうのが。
日本でも、コンセプトが違うけど、
武者小路実篤が1918年に始めた「新しき村」ってのがいまでもあるよね。


●あの酔っ払い弁護士の行く末と、ラストシーンの理由は解釈が難しい。

観たままだよ、解釈なんて必要ない。
あれが、実在してた現実


そう、何にも知らずに観ると・・・

「サンフランシスコ(西部)の若者が、ニューオリンズ(南部)をめざして
ノリノリでバイクで自由気ままな旅に出るけど、
途中で意味のわからない人たちやイヤなやつらに出会ったりして、
おもしろいことなんてありゃしない。
ラストシーンは、飛躍しすぎていると思うけど、ドラッグはやっぱりいけない、
ということを言いたいのかな、この映画は」


・・・という感想になってしまうと思う。

そう、それでは、
この映画のクライマックスといえるラストシーンの意味がまったく伝わっていない
ということになるんだよ。

やっぱり、当時のアメリカの時代背景を知ったうえで、
この映画をきっちりリアルなドキュメンタリーを観るように観るべきだな。

じゃ、’60年代のアメリカはどんなんだったんだろう。

大雑把に言うと、2つ。
一つは「紛争」の時代。
アメリカが、“自分ちの庭” だと思っていた中米で、キューバがソ連とくっついて共産化。
それに対するアメリカの軍事作戦と、キューバを核ミサイル配備で支援するソ連がにらみあいをして、
危うく核戦争が始まるのでは、というところまで行った出来事=キューバ危機と、
ベトナム戦争の開始だ。

もうひとつは、「反人種差別運動」
社会保障がなく差別に苦しむ黒人が起こした「公民権運動」や、
ネイティブアメリカンの「レッド・パワー運動」などだ。

特に、国内の反人種差別運動は激しく、
1963年の「人種差別反対ワシントン大行進」を始めとする黒人デモの多発や
ネイティブアメリカンによる「アルカトラズ島占拠事件」や「ウーンデッド・ニー占拠抗議」などが
頻繁に行われて、それに対する弾圧も厳しかったんだな。

同年には、黒人の公民権活動に肯定的で、ベトナム介入に否定的だったケネディの暗殺事件。
’65年には黒人による「ロサンゼルス暴動」が起きたり、ベトナム戦争が始まったり、
’68年の黒人運動の指導者的存在だったキング牧師の暗殺など、血なまぐさい事件が相次いだんだ。

’69年には、オルタモントでのストーンズのコンサートで、黒人青年が惨殺されたり、
NYのゲイ・バー「ストーン・ウォール」でゲイによる暴動が起こったり・・・。

ポイントは、人権運動や反戦運動など、政府に反抗する活動は、
かるーくあたりまえのように、暴力や死をもって制裁が加えられていたことだ。
なんにもしていないのに、適当な罪状を突きつけられて刑務所に入れられた
黒人やネイティブアメリカンが数えきれないほどいたそうだ。
白人が黒人を傷害または殺害しても、不起訴になるケースもたくさんあったようだ。

当時、保守的なアメリカ南部の街をただブラブラ歩いていて、
いきなり誰かに襲われても不思議じゃない人種ランキング
というのがある↓。

① 黒人
② 黄色人種
③ ヒッピー、ゲイ


①よりも危ないケースが、黒人と黄色人種のグループだ。

社会の “違和感” を暴力で排除する時代だったんだね。
ケネディ大統領だって、キング牧師だって殺されたくらいなんだからさ。

でも、この映画をラストまで観た時の当時のアメリカ人の感想は、
住んでる地域の違いで異なったんじゃないかと思う。
東部や西部のリベラルな人たちは、「おー、なんてこったい、わが国の現状はこんなんかい」、
南部の保守的な人たちは、「あたりまえだろ、ざまーねぇーやな」、
って、まったく反対のセリフを吐いたんじゃないかと。

でも、この二元性があったからこそ、この映画はいろんな圧力を撥ね返して、
アメリカン・ニュー・シネマの代表作として歴史に残ることができたんだろうと思う。
だって、当のアメリカ映画界だって、当時はバリバリの右寄りだったんだからさ。


監督は、ちょっと前に亡くなってしまったデニス・ホッパー
「ブルーベルベット」での変態の役が大ハマリだったよね。

イージーライダー_デニス

資金集めと主役をやったのが、ピーター・フォンダ
「エアポート'75 」(1974)や「カプリコン・1」(1977)なんかにも出てる
カレン・ブラックは娼婦役。

イージーライダー_カレン

デニス・ホッパーとピーター・フォンダがつるんで、
作ろうぜ!ということで、資金もないのに始めたらしい。

イージーライダー_ニコルソン

そして、若きジャック・ニコルソン
顔の表情がすごいね!
この映画でたった一人、この人だけが本物の俳優であることがわかる。

おもしろいのが、冒頭でヤクの売人役で出てくるのが、
あの超大物音楽プロデューサーのフィル・スペクター
ビートルズの「レット・イット・ビー」やジョン・レノンのプロデュースで有名だよね。
2013年現在は、殺人罪で収監中だけど。

音楽は、ステッペンウルフの「Born to be wild」から始まって、
ザ・バンド、ジミー・ヘンドリックス、ロジャー・マッギンなどがバイクを走らせる。

イージーライダー_ライディング02

カメラのラズロ・コバックスという人が異色で、
ソ連が軍隊を侵攻させたハンガリー動乱を命がけで撮影し、
それを持ち出してアメリカに政治亡命してきたという。
後に、「ペーパー・ムーン」(1973年・ピーター・ボグダノビッチ)や、
「ニューヨーク・ニューヨーク」(1978年・マーティン・スコセッシ)
「ゴースト・バスターズ」(1984年・アイヴァン・ライトマン)などを撮って
いまや超有名なアメリカ人カメラマンに。

一緒に亡命してきたヴィルモス・ジグモントという人も、
後に「未知との遭遇」「ディア・ハンター」などを撮ったんだよ。

その頃の映画は、「ニュー・アメリカン・ドリーム」
と呼ばれるムーブメントになっていたんだな。
1973年のベトナム戦争の終わりとシンクロするように、
「アメリカン・ニュー・シネマ」の風は止んだんだった。



イージーライダー_ポスター

●『イージー・ライダー』(Easy Rider)
1969年 アメリカ
上映時間:95分
配給:コロムビア・ピクチャーズ
監督:デニス・ホッパー
製作:ピーター・フォンダ
製作総指揮:バート・シュナイダー
脚本:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/テリー・サザーン
撮影:ラズロ・コヴァックス
美術:ジェレミー・ケイ
編集:ドン・キャンバーン
選曲:デニス・ホッパー、ピーター・フォンダ
出演:ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン、カレン・ブラック、
   ルーク・アスキュー、アントニオ・メンドーサ、ロバート・ウォーカー・Jr、
   ルアナ・アンダース、トニー・ベイジル メアリー、フィル・スペクター、
   ウォーレン・フィナーテ、サブリナ・シャーフ、サンディ・ブラウン・ワイエス
受賞:カンヌ国際映画祭新人監督賞(デニス・ホッパー)
   国際エヴァンジェリ映画委員会賞
   NY批評家協会賞(助演男優賞)
   アメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録(1998年)


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