ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

そういや、“やげん堀” ってなに? ~ カレー南蛮  



H「冷凍しておいた田舎で。やげん掘の七味を振って。」

Hくんカレー南蛮

おー、あったかそう!
湯気がバッチリ写真に写っていますねー。
見てるだけで、体がぽかぽかしてきそう。

そういやー、七味唐辛子って、あったかい蕎麦には欠かせないもんだよね。
かけ汁の旨さが強調されて、汁の甘さを飽きさせず、おまけに体もぽかぽかさせてくれる。

あ、よく考えたらカレー南蛮って、スゲー健康食かも。
だってさ、カレーって数千年も洗練されてきた “薬味” というか、“薬膳” というか、
“ハーブ” というか、“漢方” というか、、、、でしょ?
蕎麦だって低カロリー&低脂肪で、ビタミンBとルチンの宝庫なんでしょ?
それに、七味唐辛子を振るんだからね。

七味唐辛子は、カプサイシンの中性脂肪低下効果、健胃効果のほか、
他の成分による利尿、咳止め、活性酸素抑制(細胞老化抑制)、整腸、
各種ミネラルによるホルモン調整などなど・・・。
そう、もともと漢方薬なんだよね。

「カレー南蛮蕎麦には、アジアの薬膳数千年の知恵が詰まっている!」
と言ったら大袈裟かなあ。

ところで、“やげん堀” は、江戸時代の “薬研掘” という地名のことで、
いまの東京都中央区東日本橋のあたりを流れていた運河の名前らしいよ。
薬研とは、よく「赤ひげ」みたいな時代劇に出てくる、薬を粉にする道具あるよね、
船底型の容器に薬を入れて、両端を手で持つ転がし車を突っ込んでコロコロやるやつ。
そこの運河の川底が、その薬研の船底型に似ているから付けられた名前だそうだ。

何の因果か、当時その薬研掘あたりにはたくさん医者や薬商が住んでいて、
その薬商のひとつにいまの「やげん堀 七味唐辛子本舗」の前身もあったとのこと。
僕なんかは、薬商がたくさん住んでいたから、“薬研堀” という名前が付いたんじゃないのか、
って思っちゃうけどね。

「やげん堀 七味唐辛子本舗」の創業は、1625年というから江戸時代の初期もいいとこ。
現存の蕎麦屋なんか比べものにならないくらい長い歴史があるんだな、これが。
創業者の中島德右衛門が、漢方薬よろしく作った薬味が日本で最初の七味唐辛子で、
徳川家光に献上して評価されて、名前に「德」の字を賜り「山德」の紋を作ったそうだ。
江戸時代の人たちは、蕎麦、うどん以外の何に “七味” を振りかけていたんだろうね。

「やげん堀 七味唐辛子本舗」は、1943年にいまの浅草新仲見世に引っ越しても、
“やげん堀” の商号はそのまま。
いまでは、“やげん堀”は七味唐辛子そのものをさすまでになっているよね。

なになに、長野の善光寺の「八幡屋礒五郎」京都の「七味家本舗」とともに、
日本三大七味唐辛子のひとつだと。

うーん、蕎麦周辺って、いろいろ勉強になるねー。
あんまり役には立たないかもしれないけどさ、ハハ。


蕎麦打ちの腕も、酒の選択も “黒帯”  

H「きょうはお気に入りの黒帯で田舎をたぐる。」

Hくん黒帯

おおーっ、「黒帯」ですか。
僕は呑んだことがないんだけど、
日本酒マニアの同僚のハナシでは、
とてもうまい酒だとのことだねー。

精米歩合が62%で、日本酒度+5.5の辛口でクリーンな味わい、とのこと。
特別純米で2種の酒米でキャラができているはずだから、クリーンといっても、
造り手がめざした “旨い酒” に、きっちり仕上がっているんだろうと想像できるなあ。

なんたって、徳川幕府ができた頃からある酒蔵だから、
前田120万石城下でいろんな人間の舌で味を磨かれてきたに違いないねー。
「手取川」の古酒とか石川にはうまい酒がけっこうあるよね。


そういえば、よく、「蕎麦屋で呑む酒は、うまいよなあ」って聞くけど、
それがなんでか、僕なりに考えてみたことがあるんだけど、書いておくねー。


① 400年かけて選ばれてきた肴

日本人が酒を呑む時に、いつからツマミを食べるようになったのかわからないし、
蕎麦屋がいつから酒やツマミを出すようになったのかも僕にはわからないけど、
“蕎麦前” というものが行われるようになってから、
蕎麦屋で出せる範囲でいろんな肴が供されてきたはず。
そりゃ、ン百年もかけて日本酒に会うツマミを取捨選択してきたということだわさ。
膨大な人力と数えきれないコレクト&エラーの末に、
酒がうまく呑める肴が定番化されているんだから、
酒がうまいに決まってる、というわけ。


② 出汁やかえしが酒に合う

蕎麦屋って、自分とこで作った出汁やかえしを使った料理が多いよね。
出汁のイノシン酸や、その出汁に合う食物のグルタミン酸などは、
発酵仲間だからそもそも醸造酒に合うんだよね。
かえしの醤油やみりんも醸造仲間で、日本酒に合うんだよね。
ツマミの味付けが日本酒とばっちり合うから、酒がうまくなるというリクツ。
①とちょっと似ているかな。


③ 欲求不満効果

蕎麦屋とか寿司屋って、江戸前の伝統というのか、昔から “長居は野暮” って言われるよね。
パパッと呑んで、つるっとすすって、さっさと帰る。
その短い時間のせいで、憩いや味や酔いが強調されるんじゃないかな。
後を引きながらも、江戸っ子は袖を翻して去らねばならぬ、のだ。
「もっと食いてえ、もっと酔いてえ」と思いながら帰る道すがら、
それはすでに “うまかった思い出” になっているのだ。


④ たたずまいも味のうち

蕎麦屋って、和や和モダンで凝った、スカッとというかキチッとというか
そういうたたずまいだよね、概して。
まあ、そうじゃないとこもあるけど、蕎麦前したくなるような店は、きっとそうだよね。
それから、器類も凝った味わいのものがほとんど。
そういう環境って、自分もキリッとしたくなるじゃん?
ほどよい緊張感や期待感って、ヒトの五感を明るく敏感にするんじゃないかな。
内装や器の匠を愛でながら、少し背筋を伸ばしてくいっと呑む酒って、
なんだかうまいもんなんだよ。


⑤ こだわり大将

粉や手打ち、道具、器、内外装、食材、天ぷら技術、接客・・・・・、
昨今の蕎麦屋の大将のこだわりは生半可じゃないよねぇ。
うまい酒や、酒と肴のマリアージュにもこだわらないわけがないじゃんか。


・・・といった感じだけど、そんなこと考えなくたって、
うまいもんはうまいよねー。


それにしても手打ちの田舎、すごいねー。
うまそう!!
いつ食わしてくれんのお?

近所に引っ越したくなる店 ~ 『松むら』  



いやー、実にいい蕎麦屋だなあ
紋切りな言い方だけど、“隠れた名店”というのはこういうのを言うんだろうなー。

『松むら』は、JR武蔵野線の東所沢駅の北側に出て、
徒歩で10分くらいのところにある。
東所沢は、駅前の通りやそれと交差する通りに面してちょびっと
商店やファミレスがあるくらいで、ほぼ完全な住宅地。
昼も夜も静かなところ。

まず、この静かなところがいいね。
場所柄、平日の昼下がりにサボリ酒、というわけにはいかないロケーションだけど、
休みの日の昼下がりや夕べの蕎麦屋酒には、この静けさはもってこい。
のんびり、時間を忘れさせてくれるにちがいないなー。

01松むら_入口

よくある “一軒家改造型”
入口の感じもいい。
入る前にメニューが見られるのも親切だね。

店内のレイアウトは・・・
2人掛けのテーブルが2つと4人掛けのテーブルが2つ、
それと、詰めて座れば8人着ける座椅子付きこあがりが1つだから、
15~16人も来ればいっぱいになる小ぶりな店だ。

でも、内装はよく練られた造りだね。
柱やあがり、壁の一部は生木で清潔な感じだし、
壁の色は日本の伝統色の “紅” というやつだな、ベージュがかったうすいピンク。
食欲を増進させる色なのかな。

テーブルやいす、座椅子などはこげ茶色の和モダンで統一されているし。
日本酒の一升瓶がきれいに置ける、壁にはめ込まれた棚もこげ茶仲間だ。
もちろん、最新型の電動石臼も稼働中。
うん、緻密な計算で造られた店内、完璧。

たのんだのは、ランチメニューの「かき揚げセット(自家製豆腐付)」850円
「淡雪そば(とろろ)」850円、安い!
あったかいメニューには、いかにも江戸的な「深川そば(浅利)」というのもあって、
それも食べたいんだけど、そんなには食えないので次にとっておこう。

02松むら_手作り豆腐

最初に出てきたのは、かき揚げセットの「自家製豆腐」。
メニューを見るとランチタイム以外では、450円の一品料理だから得した気分。
かえしではなく、生醤油でいただく。
きざみ葱のほんわり具合と白と青の混ざり具合が芸術的でしょ?

車で来たので酒が呑めないのが残念だけど、
メニューはいちおう見てみるのだ。

03松むら_金鶴

ココのご主人はどちらかというと冷酒が好きなのかな。
概してすっきり系のラインナップだね。
でも、「金鶴」というのは珍しい!
僕は、佐渡島出身の知人に地元から持って帰ってきてもらったのを呑んだことがあるんだけど、
そういう方法以外では本州では手に入りにくい酒だ。
アル添ありの本醸造だけど、冷やで呑むと新潟系端麗辛口とは違ってかすかな甘味が感じられて、
どんな料理にでも合いそうな味が魅力なのだ。

当然、焼き味噌や板わさ、お新香、出し巻き玉子、にしん、鴨などの蕎麦屋らしい肴もあるし、
天ダネもひととおりあるから、蕎麦屋酒もそそられるねー!
夜にじっくり呑みたければ、リーズナブルなコースメニューも。
家から遠いし、会社帰りの通り道でもないのがホントに残念だ。

04松むら_かき揚げ

次に出てきたのは、やはり、かき揚げセットの「かき揚げ」。
これは、めっちゃおもしろいぞ!
めっちゃめちゃサクサクなのだ。
箸ではしっこをちぎろうとすると、その部分が文字通り “崩壊” する!
けっこう崩壊系のかき揚げは多いけど、ココの崩壊ぐあいはフツーじゃないな、こりゃ。
天つゆも用意されているんだけど、どうやってそれにつけるんだろう。
桜海老と粉が想像以上に崩れて食べにくいけど、歯ごたえはサックサクのサックサクだ。
生まれて初めての食感!
なんにもつけなくても、これは香ばしくてすごくうまいぞ。
しっかし、どうやって作っているんだろうね、これ。

05松むら_かき揚げアップ

これが、ランチメニュー限定だから憎たらしい。
ん?手作り豆腐とこのかき揚げとざる蕎麦で、850円だよな。
ものすごく安くないかい?
都内だったら、このかき揚げだけでも850円するんじゃないかなあ。

いよいよ、蕎麦の登場。
「本日の蕎麦・北海道産キタワセ種」と店内に貼ってある。
“ざるの裏返しもり” で出てきたよ。

06松むら_ざるそば

あれっ?違う。
実は、ココに来たのは2度目で、この前もキタワセだったのに見た感じが全然違うのだ。
この前はいわゆる微粉というやつで、丸抜きのニ八あたりの色でつるんとしたやつだったはず。
今回も同じキタワセのざるなのに、こりゃ粗挽き

07松むら_ざるそばアップ

よく見ると、これはただの粗挽き粉じゃなくて、
微粉に、殻まで挽きぐるみにした粗挽き粉をブレンドしたものじゃないかと思う。
つぶつぶしてるだけでなく、つるつるにつぶつぶが混じってる感じだからだ。

08松むら_ざるそばアップ

品種の表示と粗挽き
この店も、日々最新トレンドを研究してるんだな、って感心させられる。
ちなみに、ココはキタワセのほか、茨城県産「常陸秋」福井県産「丸岡在来種」
かわるがわる提供しているようだね。

食べてみると、香りは少ないけど、
固からずやわからずのしなやかなコシと蕎麦の旨味がガツンとくる。
粗挽き粉一色じゃないはずなので、つるつる感もバッチリある。
何よりも、麺が長い!
これはお見事だねー。
クォリティが高い、高い、値段が安い、安い。

09松むら_淡雪そば(とろろ)

次は「淡雪そば」!
ありゃー、きれいだねー。
冬の故郷を思い出しちゃうなー。
降ったばかりの雪の上におしっこをひっかけて、
その上にうっかり焚き木を置いてしまった、って感じ。

うそうそ(食べ物なのに下品だなあ)。
これは、もはやアートだね。
アバンギャルドなシルクスクリーンアートかオブジェ。
ここまでやるか!って感じ。

まっ白なのは、メレンゲではなく大和芋だけど、これはフツーの作り方じゃないな。
おろし金でおろして、すり鉢とすりこぎですっただけじゃないだろ。
泡だて器かフードプロセッサーで、少しホイップしてるみたいだな。
それで、大和芋以外、玉子や出汁は入れていないと思う。
入っていたとしても、うすーい出汁だろうな。
だから、まっ白なんだ。

10松むら_淡雪そば(とろろ)アップ

黄色いにょろにょろペインティングは、お察しの通り卵黄。
赤いのはそう、クコの実だね。
なんだかやばい感じの毛のようなモノは、とろろ昆布に決まってる。
薄削りのやつを、指で少しこよりにしてるかもしれないな。

表面は、昨晩薄く雪が積もった勇払原野のようにしんとしてる。
でも、雪の下には、春を待ち焦がれた夏秋の実りが、
熱いエネルギーを持て余して地表に出て来たがっているのだ。

なら、掘り出して食ってやろうじゃないか、
と誰にも侵されていない雪原に箸を突っ込んで蕎麦をつまみ上げて、
ずるっと一気にすすり込んでみる。

おーっ、混じり気のない大和芋の新鮮な風味と、上質な醤油と出汁の旨味と、
温められて立ち上がるキタワセの香りが、次々と口の中にきらめく。
そして、それらが融合した新しい香味が後からやってくる。
視覚だけでなく、味覚もアートなんだなあ。

僕は、この店に完全にやられてしまった。
まわりの静けさも含めて、隅から隅までさりげなく上質。
それが、うれしさと安心感になって寛がせてくれる。
のんびりしながらも、「仕事ってのは、こうでなけりゃだめなんだ」、
ということを思い出させてくれる。

いい蕎麦屋って、ココみたいに創造力をこちょこちょしてくれるとこなんだろうな、きっと。


●『松むら』
04-2944-5787
埼玉県所沢市東所沢2-8-16
11:30~14:30 (L.O.14:00)
17:30~21:30(L.O.21:00)
定休日/月曜日


すりこぎでなめらかに ~ とろろ蕎麦  



H「やまと芋をすり、だしと卵黄を入れ、すりこぎでなめらかに。」

01とろろ蕎麦

02とろろ蕎麦

なるほどー。

すごいですねぇー。
とろろもすっちゃうんだねー。
単身宅にすり鉢も持ってちゃってるんだ。

夏の冷たいとろろ蕎麦もいいけど、
寒い時期の熱~いとろろそばもいいよねぇ。


打ち粉クッション  

H「こうすれば切り口がつぶれないよ」

たたみ_折り目

なるほどー!

以前に一緒に呑んだ時に・・・
「手打ちを何度かやったんだけど、八つにたたんだ折り目から切れちゃって、
短い麺になっちゃうんだよね」
って相談したら、
Hくんから返って来たメールでーす。

僕の場合、麺が切れる原因は、
下記のようなことが考えられるんだけど・・・

① 水廻しと捏ねが不十分
加水量は、43~48%くらいの間で加減してるし、玉の弾力やツヤも十分、
蕎麦粉の粒子にムラなく水が浸透してると思うんだけどなあ。

② たたむ時に生地を傷めている
どうもたたんだ折り目で切れているような気がするので、
ふんわりたたむように心がけているんだけど。

③ 切る時に生地を傷めている
切る時に、包丁の入れ方が悪くて、折り目に力がかかってしまって
折り目に切れ目をつけてしまっているのでは、と疑っているとこ。

④ 茹でる時に強く混ぜすぎている
鍋に入れる前、打ち粉を払う時に折り目を弱くしちゃっているか、
茹でる時に箸で掻き回し過ぎているのかなあ。

・・・このうちの②と③の防止策として、
Hくんがメールしてくれたのが写真の方法なんだな。

折り目に打ち粉を多めに振って、
折り目が鋭角にならずrになるようにクッションを作る
、ということだね。

なーるほど!
他の問題点にも注意して、この方法でやってみるね。
ありがとう!

大人が遊ぶ “砂場” もあるんだよ  



H「最近、天ぷらものに凝っていて、本日は室町砂場の天もり。
この店が発祥というメニューだが、てえーしたもんだって感じ。」


室町砂場_天もり

おーっ、大御所登場!
「吾妻橋やぶそば」に続いて、『室町砂場』ですね。
老舗名店が近くにあっていいなあ。
江戸蕎麦の粋を楽しめましたか?
あ、“てぇーしたもんだ” って表現に、その答えが出ていますねー。

僕にとって、“砂場”は最近までとてもミステリアスな蕎麦屋だったんだよ。
だってね、高校卒業までの18年間は、田舎で砂場の看板なんか一度も見たことなかったし、
東京に出て来てからも、蕎麦屋を気にしてたわけでもないし、
近所にも “砂場” はなかったからね。
あ、いや、いまでも “砂場”のこと、全然知らないんだけどさ。

だいたい、僕は “室町砂場の天もり” もまだ食べたことがないんだなー。
ふとどきもんの蕎麦好きですなあ。
室町砂場の天もりといえば、天もりのパイオニアだもんね。
おか天ではなくて、甘汁にドボンとかき揚げを浮かべて、蕎麦は冷たいもり、というスタイル。
夏場に暑くて、蕎麦屋のドル箱メニューの天ぷら蕎麦が売れなくなるのをなんとかしようと
考えられたものらしいよ。

“砂場”といえば、東京のすべての蕎麦屋の頂点、というとちょっと違うか、
東京のすべての蕎麦屋の元祖、みたいなブランドなんだからねー。
かんだやぶの創業者だって、元は「中砂」っていう砂場蕎麦屋をやってたくらいだから。
室町砂場の天もりを食べたことないなんて、お恥ずかしいですわ。

僕は、“さらしな”というと、手ぬぐいの「さらし布」を思い出して、
何か蕎麦の作り方かなんかだと思ってた。
“やぶ”は文字通り、竹藪かなんかが店のそばにあったんだろうな、って想像がつくよね。

でも、“砂場”って何よ。
最近は、犬や猫がうんこすると幼児にとってばっちいので、
金網で囲まれた公園の砂場があるけど、そんな悲しい風景しか想い浮かばないけど、
って程度だったんだな、これが。

しかしだ、蕎麦屋の “砂場”は、ホントに砂のある砂場のことだったのだ!
蕎麦屋の “砂場”は、もともと建築用の砂置き場だったところにできた蕎麦屋だから
“砂場”という呼び名がついたんだそうだ。

その砂場は、豊臣秀吉が大坂城建設を始めた時に作られた、砂や砂利や建設資材置き場のことだと。
そのあたりを“砂場” という呼び名で呼んでいたらしい。

それで、大坂城建設着手の翌年の1584年には資材置き場で職人に食事を提供するための蕎麦屋があった、
という有力な説があって、それが日本初の「蕎麦屋」だ、
ということになっているみたいだけど、真偽がはっきりしないらしい。

でも、記録では “蕎麦切り” 自体はそれより10年も前にあったことが確認されているし、
そのエリアを “砂場” という呼び名で呼んでいたことは間違いのないこと。

秀吉が作った大坂城とともに豊臣氏が滅ぼされて、
徳川による大坂城が完成した1629年に、空き地になった砂置き場に、
幕府が「新町」として遊郭街を作ったそうだ。お上公認だよ。
その辺がやっぱり俗称で、“新町砂場”と呼ばれていたみたいだね。

そこは後に、江戸の吉原、京都の島原、大坂の新町と呼ばれるほどの
一大欲望産業エリアになったそうだ。
いまの大阪市西区新町の二丁目と三丁目のあたり

記録では、その “新町砂場”には2軒の人気麺類屋があったそうだ。
「和泉屋(いずみや)」「津国屋(つのくにや)」
庶民に “砂場の蕎麦屋” という呼ばれ方をして、
そのうち屋号じゃなくて “砂場” で通るようになった、
というのが『砂場』の起こりらしいね。

1700年代や1800年代に発刊された書物を比較すると、
この2つのどっちかが、記録に残る日本最古の『砂場』ということらしい。

つまり・・・

① 記録に残る日本最古の蕎麦屋は、江戸ではなく大阪にあった
② 記録に残る日本最古の蕎麦屋は、『砂場』である
③「和泉屋」と「津国屋」のどっちかが砂場の第一号店


・・・ということになるわけだ。

でもこれは、あくまで “記録に残る” であって、当時の有名店という意味に近いと思うな。
だって、当時の大坂や江戸の繁華街には、蕎麦やうどんを食べさせる屋台や茶屋がたくさんあったんだから。

江戸で初めて蕎麦屋の『砂場』の文字が登場するのは、1751年に発刊された「蕎麦全書」とのこと。
有名な日新舎友蕎子の著作で、「薬研掘大和屋大坂砂場そば」という店名が出てくるらしい。
ここでも、砂場が大坂発祥であることがわかるよね。

だけど、この「大和屋」が、最古の「和泉屋」や「津国屋」と関係あるかどうかはわからない。
ただ、1629年から1751年の間のどっかで、大坂から江戸に『大坂砂場そば』が進出してきた
ということは確かなわけだよな。

1751年以降の書物では、いまの中央区に “砂場” のつく蕎麦屋があったことや、
「浅草黒舟町角砂場蕎麦」という店があったことなどが確認されているから、
1700年代後半には、江戸にもけっこうな数の “砂場”があったはずだよね。

1800年代になったら、当時の書物に登場する “砂場”の数もふえて、
「茅場町すなば大坂屋」とか「久保町すなば」、「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」、
「砂場そば茅場町定吉」、「砂場そば深川御舟蔵前須原屋久次郎」、「兼房町砂場安兵衛」、
「浅草黒舟町角砂場重兵衛」、「本所亀沢町砂場兵蔵」なんかがあるんだけど、
このうちの「久保町すなば」が、いまに残る『巴町砂場』で、
「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」が、いまの『南千住砂場』
でも、どれも、大坂のどこの砂場とつながりがあるのか、わからないらしい。

茅場町のすなばや浅草黒舟町の砂場は、どこへ行っちゃったんだろう。
その人たちだって、江戸時代から続く東京の砂場の元祖であるはずなのに。

というわけで、いまも続く江戸の砂場の系列は、2本あるということになるねぇ。

「久保町すなば」は、元々、徳川家康が名付けたとされる御用屋敷街の久保町というところにあった。
町屋立ち退きの命令が出て微妙に引っ越したりしてるけど、
いまだにずっと東京都港区にある愛宕山の近くにあるのだ。
明治になって町名が巴町になってから、店名が『巴町砂場』に変わった。
現在のご主人(萩原長昭氏)で15代目!
これが、2本の系列うちの1本。

もう1本の系列は、その「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」だけど、
1813年にはもう存在してて、1848年には江戸の名物のひとつとして超有名店になってたとのこと。
いまの千代田区麹町4丁目あたりにあったらしいんだけど、
麹町は江戸城外堀の四谷見附より内側だから、当然、
フツーには町屋を建てられない武家屋敷町のまっただ中だし、
当家が持っている江戸時代の資料に、1831年に長岡という名字が書かれているから
ただの蕎麦屋ではなかったと考えられているんだそうだ。

その名店が、12代目の紋次郎の時に財テクで失敗して、大正元年に南千住へ移転して
いまの『南千住砂場 砂場総本家』となった
んだって。
平成25年現在のご主人、長岡孝嗣さんは14代目!

『巴町砂場』と一緒に江戸蕎麦・砂場のルーツを背負っているなんて、スゲーな、って感じだけど、
どうも、趣味蕎麦の店として高級路線を進んでいる巴町とは正反対で、
めちゃめちゃ庶民派路線を突っ走っているらしい。
庶民の足・都電荒川線が近くを走っているのとは、関係ないと思うけど。

ところで、その南千住砂場の前身「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」は、
江戸から明治の動乱期もものともせず生き残り、「本石町砂場」「琴平町砂場」の2店も生んだ。

「本石町砂場」は、最初、慶應年間(1865~68年)に暖簾分けで高輪の魚籃坂に出店した後、
明治2年に日本橋に移転してできた店

これが、なんといまの『室町砂場』。
その室町砂場から、親族により昭和39年に生まれたのが、いまもやってる『赤坂砂場(室町砂場赤坂店)』

「琴平町砂場」は、明治5年、「砂場そば 糀町七丁目砂場藤吉」の職人だった稲垣音次郎が
暖簾分けしてもらって出した店で、これが、Hくん日用の『虎ノ門 大坂屋 砂場』

いまの建物は、大正12年に建てられて平成7年に改修も加えられたものだけど、
場所は、明治5年の創業の時から変わっていないというからすごいねー。

関東大震災を生き残り、大正ロマンをいまに伝える、文化財に指定してもいいくらいの木造3階建てが、
地区再開発事業に巻き込まれて、もうじき移転閉店するらしいよ(平成25年2月現在情報)。
たいへんだ!1回一緒に行ったけど、もっともっと行っとかなくちゃね。

今度、休みの日にでも、都電に乗って南千住砂場に行ってみないかい?
室町や虎ノ門の本家だよ。
けっこうがっかりする人も多いらしいんだけど、
それもまた一興かなって思うんだけど、どうかなあ?


●『室町砂場』
03-3241-4038
東京都中央区日本橋室町4-1-13 砂場ビル
月~金 11:30~21:00(L.O.20:30)
土 11:30~16:00(L.O.15:30)
定休日/日・祝


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