日高市の“なか”でも、“いち”ばんかも ~ 一茶庵系なのか?『奈佳一』



フットサル仲間のTが、「自分の住んでいるとこの近くにも、人気の蕎麦屋があるよ」
というので、店の名前を聞いたら『奈佳一』さんだった。
埼玉県西部では、めちゃ有名な蕎麦屋のひとつだよ。

前から気になってはいたんだけど、
ネットで調べたりしてるとちょっと高いイメージがあって、
なんとなく自分には身分不相応かな、なんて敬遠してた。
現に、そのフットサル仲間のTも、
「地元だし、人気だし、うまいんだけど、ちょっと高いんですよ」と言ってたし。

でも、「給料出たし、たまには高いとこにも行ってみようかあ」ということで、
よっしゃあ!と行ってみたのだ。

そこは、日高市だ。
競馬うまのふるさと、北海道の日高牧場のある日高じゃない。
狭山茶で有名な埼玉県の狭山市の隣の日高市。(そう言われても、ピンとこないな)
「ゴールデンポーク」で有名なサイボクハムのレジャー施設のすぐ裏だよ。
(と言われても、全然ピンとこないな)

周りの風景はどうってこともないけど、建物はありふれた和風民芸家屋じゃなく、
和とモダンが絶妙に調和した造りだな。
まるで、よくできた蕎麦汁のようだ。
ニューウェイブな蕎麦屋の建物として、入念に設計されたものだろうな。
玄関が絵になるようにうまい具合に枝振らせた松の木も計算ずくとみた。

奈佳一_玄関

内装もすごい。
天井の角度と曲線はモダニズム、造りは和の伝統。
テーブルもすべて切り出しの一枚板・・・・・・。
よくできてるなあ、って感じ。
こんな一軒、別荘にほしいものだなー、って思ってしまう。

たのんだのは、『もり田舎そば』810円と『二色そば』870円。
『二色そば』は、並そばと田舎そばの二種もり
それと、『天ぷら』
車海老としいたけとかぼちゃの3種で、920円
なんだ、そんな驚くほど高くねーじゃん。

奈佳一_もり田舎そばと天ぷら
『もり田舎そば』と『天ぷら』

奈佳一_車海老天ぷら

出てきてびっくりしたのは、天ぷらの車海老!
すげーでかい。お盆からおもいきりはみ出るくらい。
こんなでかい車海老、見たことない。
ほんとに車海老かよ?
実はニカラグア産の世界一でかいザリガニ、ってことはないよな、ってぐらいでかい。
こりゃ、920円でも価値あるかもね。
もちろん、サクサクの衣の中にはなんとかタイガーとは違い、
プリプリした車海老の食感と香りがくるまれていた。

奈佳一_田舎そばアップ

田舎そば!太てーっ!!
もうひといき太けりゃ讃岐、もうちょい細けりゃ稲庭、ってくらい太い。
こりゃ、安曇野・穂高の『大梅そば』より太いかなあ。
噛むと味も濃く、蕎麦粉の香りがガツーンとくる。
うまいんだけど、表面がザラッとしてて、
一気にズルズルッという訳にはいかないのは難点だなあ。
西所沢の「久呂無木」の蕎麦を食べてから、
蕎麦のおいしさにとって、“ズルズルッ”がいかに重要かを学んだんだなー。

『二色そば』の片方は田舎で、もう一方は『並そば』。
ここの蕎麦には上も下もないようなので、
“並”とは、雑で安いということではなく、“基本”という意味のようだ。
値段も田舎と同じ。

奈佳一_二色そば
『二色そば』(田舎そば&並そば)

奈佳一_並そばアップ

これは、かなり白い!
更科粉と言ってもいいくらい白いなあ。
小麦粉を配合しているかどうかはわかんないけど、
これは当然挽きぐるみじゃなく、一番粉を主体とした二番粉のブレンド、
または一番粉とちょびっとの三番粉をブレンド、といった感じ。
いわゆるの蕎麦の色じゃなく、かなり白くしてココんちの“並”としているとこがミソだなー。

ココには、『田舎』もあるし『さらしな』もある。
さらには、今回あったのは『みかん切り』や『ゆず切り』だけど、
ごま、ゆかりなどなど、いわゆる変わり蕎麦の展開も豊かなところから、
ココは粉のブレンドやつなぎ、そしてそれらの“打ち”まで自由自在なことが伺える。
その技術や遊びごころ、こだわりなんかが“並じゃない”ことが、
その並そばの白さからわかるというもんだ。

奈佳一_壁メニュー

蕎麦汁は、醤油だけとか甘味だけとか出しだけとかが出っ張ることなく、
まあるくまとまった絶妙な味覚だ。
でも、ぶっとい『田舎そば』ではそのうまさはわかりにくいと思う。
『並そば』では、その何倍も汁のうまさが引き立つ。
でも、薬味に大根おろしが標準装備されているので、
これを遠慮なく入れて『田舎』をやると、バッチリ!
なるほどそういうことだったのか、へー、なるほどねー、って感じ。

試しに、大根おろしを入れた天つゆにつけて食べてみてもグーだ。
大根おろしは、蕎麦食において魔法の薬味だと思うな。
その昔、つゆなしで大根おろしだけに蕎麦をつけて食べていた
というハナシがあるのもうなずける。

建物、麺、天ぷら、蕎麦汁ときたけど、
この「奈佳一」のおもしろさはここから先のハナシこそかもしれないな。

まずは、麺メニュー。
鴨南や玉子とじなんかの基本はもちろん押さえてあるけど、
季節の変わり蕎麦の展開に見るモノがあること。

次に、麺類以外のメニュー。
蕎麦味噌や、板わさ、穴子天、鴨料理などの基本はもちろんだけど、
「そばの実の酢の物」や「そば田楽」、「そばどうふ」、「そばとろ」、
蕎麦料理のコース、蕎麦を使ったいろんな甘味など、
蕎麦料理のメニューが豊富なこと。

そして、それらを供する器類へのこだわり。

蕎麦を中心とした創作的メニューとこだわりの器、たたずまい・・・。
それらのことが、本で読んだ「一茶庵」の特徴とかなり符号するので、
これはひょっとして関係あるのでは、と思ったのだ。
店名に「一」の字が付いてるし!
間違いだったら、めっちゃ恥ずかしいんだけど、なんかそんな気がする。

「一茶庵」とは、関東大震災後の大正15年に、“天才”と呼ばれた片倉康雄
いまの新宿アルタのあたりに21歳にして独学で開いた蕎麦屋のこと。
当時の蕎麦界は、大正から昭和の始めにかけて機械打ちが一般化していて、
蕎麦通と呼ばれる人たちも当時の雑誌などで嘆いているほどだった。

「一茶庵」も最初は機械打ちの上、まずい蕎麦屋だったらしいけど、
文筆家で蕎麦通だった高岸拓川という人に手打ちをすすめられて、
昭和4年頃から評判となり、その後、魯山人と出会い
建物や器、メニューなどを“蕎麦料亭”化することとなったと言われている。

昭和8年に東京・大森に移転してから、蕎麦料理として大森海岸で獲れる海産物や
フランス産の合鴨を使ったり、関西料理のよさを取り入れたり、
独自の石臼技術をあみ出したりで、一世を風靡するに至ったとのこと。

その後、第2次世界大戦があって、一茶庵は閉店したが、
昭和29年に、請われて栃木県の足利市に再開してからは、
家族・親類、弟子たちなどが次々に関東近圏に店を開いて今日に至っている。

一茶庵は、そうして“手打ちの名人”として復活して以来、
昭和40年頃から始まり現在まで続く “手打ちブーム” の火付け役となったとのこと。
現に関東各地に「そば教室」を開いてプロを養成。
いまもその兄弟や子供が引き継ぎ、横浜などで教室は続けられているからすごい。
これまでに、1,000人あまりの卒業生を世に送り出し、
その4割の人たちが蕎麦屋を開業しているというから、
さらにその弟子たちも含めると一茶庵系の蕎麦屋はものすごくたくさんあるはずで、
この「奈佳一」もそのひとつかも知れないと思っちゃうのだ。

ちなみに、あの有名な翁達磨の高橋邦弘氏も初期のこの教室の卒業生で、
卒業後も宇都宮「一茶庵」で修行を行った後、東京・南長崎の「翁」を開店したそうだ。

この「奈佳一」が、「一茶庵」と関係あるかどうかは、
ホントのところはわからない。
どっちにしても、あの雰囲気の中、
あんなメニューをつまみにぜひ呑みたいと思うんだけど、
どの駅からも遠いテキサスヒット性のロケーションだから
車で行くしかテ(足)がないのが残念だなあ。


●『奈佳一』
埼玉県日高市下大谷沢297-25
042-985-6511
11:30~19:00
11:30~20:00(6月~9月)
ランチ営業、日曜営業
定休日/月曜、第1火曜日


すすり心地、No.1とみた! ~ 職人のこだわりに会える『久呂無木』



前から、車で何度も通っている道に面してある、
「久呂無木」という木の看板が気になっていたんだよ。

その道は、人呼んで“ライオンズロード”。
埼玉の所沢のほうから西武球場や多摩湖へ続く道なんだけど、野球の試合がない日でも、
道が細い上に、西部池袋線の「西所沢」駅横の踏切が“開かず”なので、渋滞がものすごいのだ。
渋滞にはまっているうちに、ボヘーっと道端の看板を眺めていたら、記憶に残ってしまったのだ。

それに、「久呂無木(クロムギ)」という言葉は本で読んで知っていて、
蕎麦屋だな、いつか行くぜ、とむずむずしていたんだよ。

「そば」という名前が最初に使われたのは、
延喜18年(918年)に表わされた『本草和名』という書物に万葉仮名で
「曾波牟岐」と書かれているやつらしくて、「ソバムギ」と読んだそうだ。
ヤンキーの「夜露死苦」と似たノリだあ。(いや、だいぶ違うな)

そして、承平年間(931~938年)に書かれた『和名類聚鈔』には、
「曾波牟岐(ソバムギ)」の他に、「久呂無木(クロムギ)」という言い方も
出てくるとのこと(『蕎麦屋の系図』岩崎信也 光文社知恵の森文庫)。

そうそう、この本で覚えたんだった、クロムギ。
この由緒正しい言い方から付けたんだな、店名。

そりゃ、蕎麦殻の色が黒いからクロムギなんだろーね。
ということは、黒くないムギもあるということになるわけで、それが小麦(大麦?)らしいんだな。
なら、奈良時代や平安時代には、ムギ(小麦)の方が先に名付けられていて、
蕎麦より生産量も多かったのかも、と想像させられるなー。

実際、江戸時代に大阪で火のついた蕎麦人気が江戸にも広がるまでは、
当時の日本の主要都市の外食人気をリードしていたのは小麦のうどんだったとのこと。

この前、よっしゃ、今日こそは!とランチタイムに行ってみた。

01久呂無木_入口

ビルの1階だけど、看板、暖簾、戸なんかの“和アイテム”がすごく凝っている。
ビルのポストモダンをしのぐ迫力があるなぁ。

暖簾をくぐり、戸を開けると、おっ!
北海道の家によくあるような、“中に、もひとつ戸がある二重戸玄関” になっているじゃん。
そんな造りが、グッとお店のクォリティを高めていると思うな。

そこで左を向くと、蕎麦打ち場があった。
粉も道具も、きれいに片づけられている。

2つ目の戸を引いてホントに中に入ると、右手にカウンター、
左手に掘りごたつ式の上がりが3つくらいある。

正面奥は、戸と衝立で閉ざされた座敷らしきものがある。

客的には、ちょうどいい空間かも。
でも、2人(ご主人と女将)で切り盛りするには、混んだら限界に近いかもとも思う。

よく見ると、カウンターの一枚板はもちろん、石造りっぽいひざ元や戸のまわりの造り、
衝立や障子の造り、緑の配置なんかがとても凝っていて、
その辺の居酒屋などとはレベルが違うことがわかる。
ちゃんと、“蕎麦屋”として作ったんだなー、これは。
店内は目障りなものはなにもないし、寂しくもなく整頓されている。
「神は、細部に宿る」。
これだけで、ご主人の仕事の質の高さに期待しちゃうぞ。

同行2名でたのんだのはランチメニューで、
蕎麦に大根のサラダと天ぷらと小魚のマリネ、おまけにゴマプリンまで付いて1,050円の
「彩(いろどり)」と、蕎麦にミニ天丼の付いた「天丼蕎麦膳」1,000円。
場所柄、お得なランチセットもあるんだ、感心。

02久呂無木_彩セット
「彩(いろどり)」(ランチメニュー)

03久呂無木_天丼蕎麦膳
「天丼蕎麦膳」(ランチメニュー)

10分ほど待って出てきた蕎麦をながめると、おーっ、細い!
しかも、凛とした角が立っている。
茹でているのを見ていたが、だいたい20秒くらいと早い。
十割なのか二八なのかはわからないけど、
麺の表面に透明感があり、しなやかな印象だ。

04久呂無木_そばアップ

手繰って、メニューに書かれたご指示通り半分くらい蕎麦汁につけてすすってみると、
なんと、“ズルッ!“ のスピード感がバツグンだあ。
細い上に、キリッとした腰があるから、すすった時のつるつる感とのど越しが尋常じゃないんだ!
これは、僕がいままでに食べた蕎麦で、間違いなく“つるつる部門”No.1。

でも、それだけじゃない。
適度な歯ごたえのある麺を噛むと、蕎麦粉の香りが口の中に上品に漂うからすごい。
うーむ、よくできた蕎麦だ。
ちなみに、蕎麦粉は群馬県の川場村と嬬恋村で蕎麦を研究栽培してしている人から
直接買い付けているという。

辛汁は、いわゆる江戸前というヤツかな。
甘味が少なく、キレのある味。
かえしをどんなふうに作っているのかは見当もつかないけど、
出し汁の鰹の風味が絶妙じゃないか。
魚介臭くなく、ちゃんと主張しているのに後にも残らない。
明らかに他の蕎麦屋のつゆとは一線を画しているね。

天丼の種の大きさもカラッと具合も、江戸系の濃口のつゆの味もその量も、
そしてその盛り付け!も、天ぷら屋も料亭もびっくりのクォリティだぞ!
おまけに黒ゴマプリンも、完璧。

05久呂無木_ミニ天丼

06久呂無木_そば湯
ポタージュスープのような蕎麦湯

他の方のブログも覗かせていただくと、
鴨や牡蠣の種物や各種一品料理もかなりうまそうだ。
今度は、夜に来るっきゃないなー。

まったく上げ足のとりどころのない蕎麦屋。完璧。
そうそう、埼玉県の蕎麦屋の中でもトップクラスの評価をもらっている店なんだと。
知らなかった、どうりで看板からオーラが出ていたよ。

女将さんは、まだ若くてかわいらしい方。
ご主人はどんな人かな、と思い見てみるとやっぱり若い。
これだけの仕事をするのだから、
どんな苦み走ったおっさんかと想像していたんだけど、
ココの蕎麦同様、細身で芯のありそうな、つるっとしたいい男だ。
東京都内の店で修行して、独立してココに店を持ったとのこと。

手打ち蕎麦屋って、おおまかに①「名店」②「名店で修行して暖簾分け」
③「名店で修行して独立」④「蕎麦マニアが脱サラ」と、
その出自を分類できると思うんだけど、
いまは④の“脱サラ手作りこだわりおたく系”の新興がすばらしく、
昨今の“うまい手打ち蕎麦屋ブーム”と蕎麦屋の“高級ブランド化”をけん引しているという。

①と②は過去に機械化量産に走ったりしていたのを「脱サラ組のこだわりを見習おう」と反省して、
手打ちや自家製粉に戻したり、蕎麦前メニューの充実化などに力を入れて
クォリティを戻しつつあるらしい。

でも、この店のご主人のような、③の「名店で修行して独立」が一番なんじゃないかな。
だって、名店で身につけた高度な技術や洗練されたもてなしと、独立に対する強いモチベーションと、
名店のしきたりに囚われずうまい蕎麦づくりにこだわれる環境とが揃って、
「久呂無木」のようなほぼ完璧な店が生まれるんだからさ。


●『久呂無木』
埼玉県所沢市西所沢1-4-14
04-2922-9619
11:30~14:30
18:00~21:30(LO)
定休日/水曜