ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

落語たたみ  



手ぬぐい、使ってる?
僕は手ぬぐいが大好きで、かれこれ30枚くらいは持ってるよ。

特に深い理由はないんだけど、ハンカチ持つなら手ぬぐいのほうがいいなー、
って感じで、いつもカバンに数枚持ち歩いてるんだ。

まず、模様や絵柄がいろいろあって、おもしろいっしょ?
それから、ぐっしょり汗をかいたりしても、余裕でしょ?
ハンカチだとキャパが足りないことがあったり、
濡れたのを持ち歩くのもイヤだし、
そもそも、いい生地のブランドものだったりすると、使うのさえも気がひけるよね。

その点、手ぬぐいだと汗を拭いても、でかいので乾いている面を表にできるし、
汗だけじゃなく何を拭いてもあまり気がひけないし、
鼻をかんだって、布の外側に影響なく家の洗濯機まで持ち帰れるし、
突然の入浴にだって、これさえあれば “洗い” から “湯上り” まで対応できるよね。
(鼻をかんだやつを、風呂で使いたくないけど)

それから、ハチマキになるし、包帯がわりになるし、縦に割けばヒモとしても使える。
(鼻をかんだやつを、ハチマキにしたくないけど)

・・・なーんて、トイレで洗った手を拭くのと、汗を拭くの以外は使ったことがないんだけどね。
その包容力が好き、って感じかな。



ところで、ネットで調べてみると、手ぬぐいって “財布たたみ” とか “ボトル包み” とか
いろんなたたみ方や包みかたがあんのねー。

全然知らなかったんだけど、一つだけ便利なたたみ方を知っているので、
披露させていただきまーす!

“落研” 出身の知人に教わったんだよ。
落語家が懐から手ぬぐいを出して、左手のてのひらに乗せて、右手に閉じた扇子をペンのように持って
スラスラと文を書く真似をしたりする時の、あの大きさにたためるんだよ。

たたんで何かを作る、といったものではなくて、
“ちゃんと持ち運ぶのに便利なたたみ方“ とでも言うのかな。



① 手ぬぐいを広げる

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② 両端のバサバサを内側に適宜折り返す

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③ 両端から、中心に向かって観音閉じにたたむ(左)

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④ 両端から、中心に向かって観音閉じにたたむ(右)

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⑤ 真ん中で二つにたたむ

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⑥ 上下に巻き三つにたたむ(上から)

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⑦ 上下に巻き三つにたたむ(下から)

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⑧ 裏返しにして、できあがり

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⑨ ほら、これくらいのサイズになります

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⑩ さらに長辺を二つにたためば、ハンカチをたたんだくらいの大きさに

010手ぬぐい.jpg



最近手ぬぐいを買ったお店のパンフに、“包み方” がいくつか載っていたので・・・
※宣伝じゃないすよ

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ちなみに、写真の手ぬぐいの柄になっている「本牧亭」は、
1857年に東京・上野に開場、2011年に破産手続を開始するまでに
3回の閉場と再建を繰り返してきた講談専門の寄席だそうです。

この手ぬぐいは、「本牧亭」が上野の鈴本演芸場の裏にあった '80年代に、
ある人が購入してプレゼントしてくれたもの。
ところで僕は、講談を聴く趣味はないのですが。ちんぷんかんぷん



キミも一緒に、手ぬぐいライフ、しないか。








“ Roundabout “ / Yes



もうすぐ来日!
しかし、ジョン・アンダースンが来なくて、イエスと言えるのか?


南の島は何コある?  



今日の晩ご飯はハンバーグ、ということで、
まずは、デブ防止のためにサラダをかっこむぞ、というわけで、
買ってきたばかりのサウザンアイランドドレッシングを手に・・・


001サウザンアイランド.jpg


じーっと見ると・・・あれっ?

ピエトロじゃなくてキューピーかあ、って不満じゃなくてさー

・・・気づいた?

「1000アイランド」って?

「1000アイランド」だよ。
サザンオールスターズのサウザンの「サウザン・アイランド」でなくて、
「サウザンド・アイランド」じゃんか!

あれー?
僕はてっきり、ミクロネシアとかポリネシアとか、はたまたどっかの南の島では
ドレッシングといえば、こういう味のやつがポピュラーなんだよ、
という意味で、“南の島 風” ドレッシング、ということだと思ってた。
ずーっと、うん十年も。



・・・というわけで、知人の知人でキューピーの広報に勤めている人に会う機会があったので、
聞いてみたことがあったのだった。

K氏「サウザンド・アイランドですよ」
つか「えー、ホント?1000の島っていう意味?」
K氏「そうです」
つか「何が1000の島なの?太平洋の1000もの島で食べられている、
   つまり、南の島のドレッシングといえばコレ!って感じ?」
K氏「いやいや、考え過ぎですよ。ドレッシングをよく見ると、
   ピンクの液の中にピクルスやパフリカのつぶつぶが混じっているでしょ?
   そのつぶつぶが島なんですよ。1000というのは “たとえ” で、
   いっぱいつぶつぶが入っている、という意味なんです」
つか「へー、そうなんだ!でもさ、なんでそのつぶつぶが島なのよ?
   “星” にしといて、“1000スターズ” じゃだめなの?」
K氏「なんで、島なのかはわかんないです。星ですかぁ・・・」

・・・ということらしいです。

でも、ホントかなあ?
キューピー社ではそういうことにしてるということかなあ?



*** デブ疑惑払拭写真!! *************************************

002手.jpg
003グー01.jpg
004グー02.jpg

カメラを接写モードにすると、なんでも丸っちく変形して写るのかもねー。
よく見ると、ドレッシングのボトルももっこり写ってますね。
元々スリムな手じゃないことはたしかなんだけど。
指先が丸いのは、ギターを弾くせいですねー。

カラダも、やせ型じゃないけど、太ってもいないんですよ。
174.6cm・70kgです。
フットサル仲間には、「ガッチリしてる」って言われます。
でも、最近は少し重たくなってきてるので、気にはしてるんです。

あー、こうしてだんだんいろんなことがバレていくんでしょうね。

あ、手相もバレバレですねー(笑)。

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なんの脈絡もないけど、コレどうです?

★ こまっちゃうナ / 山本リンダ



ブリティッシュ・ポップスみたいな、
めっちゃかっこいいアレンジと踊りの「こまっちゃうナ」でしょ?


どういう意味? ~ 【あけましておめでとうございます】  



「あけまして」とは、「夜が明けて新年になって=年が明けて」という意味だよね。
それが「めでたい」ということだよね。
それは、なんとなくわかる。

でも、放っておいたって夜は明けるし、新年になるじゃんかよ。
新年になったからって、何がめでたいんだよ?
・・・ってことだよね。


正月とか元旦ってのは、中国から伝わってきた「暦」の「節」の一つだそうだ。
いろいろある節の中でも、一年の始まりを表わすもので、
そういう考え方は、ひょっとすると古墳時代くらいからあったかもしれないな。

それが、6~7世紀頃から、1年の始まりにやってくる「歳神(トシガミ)」様をお祭りして、
その年の豊作と家族の健康などをお祈りする
風習になったそうなんだ。
日本では昔から、何にでも神様が宿る、という信仰(アニミズム)だから、
年の始まりの神様というのもいたんだな。

さらには、ご先祖様の供養と子孫の長寿繁栄を祈る仏教的な考え方も元々あって、
“かぞえどし(1月1日で1歳年齢が増える)” で、またひとつ長生きできた、
というお祝いの意味もあったようなんだな。

それで、「歳神様がちゃんとやってきてくれた」=「何の問題もなく年が明けた」+
「めでたいことですなあ」=明けましておめでとうございます

というあいさつになったということらしいね。



でもさ、お供えをしてお飾りをつけて、新年の神様を迎えることなんて、
そんなに難しいことでもないように思えるよね。
おめでとうございます、なんて、ちょっとおおげさじゃないのか、って言いたくなる。
でも、現におめでとうって言うことになっているんだから、
これは、裏を返せば、ちゃんと新年を迎えるのはけっこう難しかったということなんだなー。

たとえば、ききんとかで稲作がうまくいかなくて豪族にいじめられて
お父ちゃんが死んじゃったとか、伝染病が流行って集落が壊滅したとか、
昔は農作も簡単ではなく、人もすぐ死んだんだね。

そんなことがあれば、元旦に歳神様のお祭りをやってる場合じゃなくなってしまう。
イコール、「歳神をお迎えできなかった」=「問題ありありでちゃんと年が明けなかった」
ということになるわけだ。
その年に血縁が亡くなったら、新年のお祝いを述べない(年賀状を出さない)のもそういうこと。
年末に、今回は正月を祝おう、と思えてる時点で、すでに歳神様は来ているのだ。

つまり、ききんや疫病などで、農民がなかなか長生きできなかった時代には、
つつがなく元旦を迎えられることは、とてつもなくめでたいことだったんだね。



これが、江戸時代くらいになると、商人もたくさん生まれているわけで、
そういう神道的な意味合いのほかに、商業経済的な意味合いも付加されてくるんだね。

年末に借金を苦にして死んじゃった人に、年は明けないし、
夜逃げした人には、年は明けてもおめでたくない、ってことになるわけだ。
そう、江戸時代あたりは、物を買ったりするのって、「ツケ(後払い)」で、
お盆とか年末にまとめて支払っていたんだね。
それで、額がでかくなっちゃって払えない人も出てくるわけだ。

だから、何の問題もなく新年を迎えられるって、 すごくおめでたいことだったんだねー。。
それで、何の問題もなく新年を迎えられた人は、 お供えやお飾りをしといて、
「ちゃんと歳神さまをお迎えできた」 って、めでたがったというわけ。



現代では、神道的な意味合いやききんや疫病なんてまずないから、
「あけましておめでとうございます」は形骸化しているようにみえるけど、
元旦に、心から “おめでとう” って言える人はどれくらいいるんだろうね。
やっぱり、おめでとうって言い合って新年を迎えたいよねー。



001鏡餅.jpg
日本鏡餅組合HPより拝借


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