ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

うどんと蕎麦のフュージョン  


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そうだ、今日は家で蕎麦を食おう!
・・・というわけで、大晦日からしまってあった半生麺をゆでて
“納豆ぶっかけ蕎麦” を作ってみたよー。
おかずはシメジの天ぷらやほうれん草のバター炒めやら。


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なかなか、いい感じだねー。


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太めで、角が立っていて、色が濃いっしょ。


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付いていた出し汁は、関東風の「かえし」の醤油黒いやつじゃなくて、
西日本のかけ汁によく見られる、薄い色の魚出しのうま味の濃いやつだねー。
納豆にもぴったり!
こりゃ、うまいねー。

麺は、コシが強めで、粉の味もしっかり感じられるねー。
蕎麦の香りは、ちょっとうすいかなあ。

もちろん小麦粉も入っているんだろうけど、
このコシは関東の手打ちそばのコシとはちがうなー。
そう、これは “うどんのくに” のコシに違いない!

これは、おもしろいねー。
「うどんのコシと蕎麦の味覚の融合」だっ!


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・・・だって、徳島の秘境・祖谷(いや)の蕎麦なんだからさ。
祖谷は、平家の落人がひっそりと棲んだ渓谷なんだよね。
いまの日本ではなかなか見られない深山の里・大歩危(おおぼけ)、小歩危、
いまにも落っこちそうな吊り橋「かずら橋」秘湯・・・
日本三大秘境、とくしま88景の一つとしていま、
日本人にも外国人にも大人気のところなんだなー。
そう、蕎麦の在来種もあるんだよ。


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合わせて呑んだのは、宮城県石巻のうまい酒「日高見(ひたかみ)」の純米 超辛口。
原材米ひとめぼれ、精米歩合60%で、日本酒度が+11!
超辛口だけど淡麗系ではなくて、濃厚系で米の味がしっかりするのに
甘味や雑味の少ない、僕好みの酒だぜ。

あー、うまい!!

映画カッパさん(http://kappacinema.blog.fc2.com/)
ありがとうございました!
おいしかったですよー!







♪ よー、そこの若いの / 竹原ピストル





♪ ARE YOU GLAD TO BE IN AMERICA? / James “ Blood ” Ulmer




神楽坂スナップ  


♪ Dance With Me / Earl Klugh






9月25日(日)の夕方から、神楽坂でオフ会をやったんだけど、
少し早めに行って、一人で散策したった。

地下鉄東西線の「神楽坂」駅から出て、坂上から下って行ったのさ。



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「赤城神社」の鳥居。その日は境内で結婚式が行なわれていたよ


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境内には、なるほど御神楽の舞台があった!


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音楽之友社も神楽坂


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定期的に落語の会も行なわれているみたい


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たぶん、神楽坂で一番人気のカクテルバー。行かなかったなあ


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「レモン大福」「鮎の天ぷら最中」を買って食べたよ


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喫茶「トンボロ」、というよりオンボロ?(謝)


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ココの400字詰め原稿用紙をオフ会の皆さんにプレゼント
え? 原稿用紙なんていらねー?


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狛犬じゃなくて、狛虎だよーん


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こちらの蕎麦屋に集合!
コシのある濡れた麺を、塩辛いツユで食べるのが “やぶ” のスタイルだぜ


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メインストリートからちょっと入ったところに銭湯が!


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街のあたり一帯、薪を焚く匂いが漂っていい感じ


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これが、「熱海湯階段」
街をフツーに歩いていても見つけられない、忍者道のような裏路地の裏路地


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これが、ドラマ『拝啓、父上様』のロケに使われたアングル
別名「芸者小道」


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熱海湯階段を上りきったら、この狭いスキマ


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飯田橋駅西口の横にはこんな看板が
後ろの石垣は、牛込御門名残の石垣


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赤城神社の隣にある、「赤城出世稲荷」
出世したいからねー


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これはまるで、新宿コールデン街のような小路だね


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ギンレイホールの横っちょには、こんなポルノ映画小屋
いまは営業してないのかな?


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まわりに取り残されている感が激しい


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ギンレイホールは実は、毎回、大行列ができるほどの人気の映画館だ


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ギンレイホールの前の通りは「軽子坂」
江戸時代、飯田濠が河岸だった時に、
船荷を「軽籠」に入れて運搬する職人が通った坂


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神楽坂仲通りにある、芸者を呼べる料亭の一つ


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迷路のように入り組んだ「かくれんぼ横丁」


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「芸者新道」の入口にある階段


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子供の頃によく見た系の家屋だなー


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「本多横丁」にある、レストランかな?


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最も絵になる「兵庫横丁」の一角


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神楽坂で最もオーセンティックな料亭「幸本」


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若手勉強会?
若手芸子さんの踊り発表会でもやるのかな?


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古い家屋の向いは、ビスケット&キャラメルのお店


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これを撮った時は、映画カッパさんと蕎麦屋に向かう途中


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スコットランド風のパブですなー
二次会で、カッパさんと二人で行きました





オフ会参加者は・・・
●映画カッパさん「映画的日記」
●Omunaoさん「オムライスのある風景」
●Brumeさん「カップとスプーン」
●魔笛さん「大好きなもの」
・・・と、僕。

映画カッパ師匠と合うのは4回目。
カッパと言いつつ、ハゲていません。

Omunaoさんは、テレビで観ていたので、初めて会った気がしませんでした。
想像以上に、背が高い

Brumeさんは、音楽にめっちゃ詳しい、某スポーツカーオーナー女子
僕らよりだいぶん若いのかな?
野暮なことは聞きません。

魔笛さんは、ブログを拝見するところでは、フランス料理と文学に造詣の深い、
生真面目でカタイ人かなって思っていたんだけど、
なんと、めっちゃ陽気でおもしろい人でした。
童話を書いて公募に出品して、20回目だそうです。



皆さま、お忙しいところ遠方よりお集まりいただき、
ありがとうございました!!

また、今回、唐突なお誘いをして、お騒がせしてしまった方々には
心からお詫び申しあげます。
また、懲りずにお誘いさせていただきますので、
ご都合がマッチするようでしたら、ぜひご参加くださいませ。
(ただの気まぐれな思いつきのお楽しみ会なのですが)

次回、Omunaoさんプロデュースの「鎌倉会」が実現するといいなー。
年末にマシャコンサートが中止にならないことと、
カッパさんの奥さまがマシャファンを辞めないことを祈っていまーす。





♪ Catherine / Earl Klugh




神楽坂でゆらゆら  


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もう、何年も前のこと。

夜中の1時過ぎ、終電がなくなって今日も会社に泊まり。
仕事を捨てて、呑みにでも行くかあ、で呑み屋のあるほうへフラフラ。

いつも、四谷見附交差点(東京都新宿区)の角に出ている
おでんの屋台につかまることにした。

先輩後輩の3人でしばらく呑み食べしていると、
木箱をひっくり返した路上ベンチの隣席に、
美しい女性がぽつりと座ったんだよ。
服装は洋服なんだけど、アタマは日本髪
一人でしゃなりと呑んでいるんだなー。

どんなきっかけだったか覚えていないけど、
自然とおしゃべりすることになっちゃった。

トシは21才。
なんと、神楽坂の芸者だと言うじゃんか。

僕はその時点で、すでに映画『BUSU』を観たことがあったので、
「おー、ホントにいまでも神楽坂に芸者がいるんだあ!」
って驚いたんだよ。

だってね、神楽坂ってその当時でさえ、路地裏に入ることもなく
メイン通りの坂を上り下りをするだけの行動パターンでいれば、
花街の雰囲気なんて全然ないんだなあ。

だいたい、花街なんかがある理由がわからないもんね。
まわりにあるのは、東京理科大とか、法政大学とか、日仏学院とかの学校や
印刷会社ばかりのイメージで、浅草とか、日本橋とか、新橋とか、赤坂とか、
向島(!)なんかみたいに政治家が集まるとか、江戸時代からの商人の若旦那が
遊びに来るようなロケーションに思えなかったからさ。

でも、その芸子さんに、「神楽坂に置屋とか、見番とかがあるの?」って聞いたら、
「あります」って答えたので、やっと「ホントにあるんだあ」ってわかったんだよ。

それ以外に何を話したのか、全然覚えていないやー。
もちろん、彼女におでん屋台の横でちん・とん・しゃんって
踊ってもらうなんてことはなかったよ。

「洋服+日本髪」の芸者さんだったけど、一緒に気持ちよく呑めて
少し得した気分だったことだけは覚えているなあ。


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実は、近いうちにオフ会で神楽坂に行くことになっているので、
ふと、そんなことを思い出したんだよ。

行くお店だけは決まっているんだけど、
神楽坂の歴史も、地理も、呑み屋も、何にも知らないので、
サワリだけでも調べてみようと思いついたわけ。

少しずつアップして行こうと思うので、乞うご期待ですます!
(大丈夫かなあ、途中でくじけそう)


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「牛込神楽坂之図」広重東都坂尽
神楽坂を背にした構図、向こうが神楽坂下。
真ん中あたりの白いのが、江戸城の外堀に架かる見附橋の「牛込橋」、1636年創架。
いまは橋の左側(堀の中)にJR総武線の飯田橋駅がある。
その先にある建物は、牛込見附の「牛込御門」。

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同じアングルから見た現在の神楽坂下
中央左、緑の木のある右の道が、皇居外堀に架かる「牛込橋」。


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牛込御門の門跡(石垣)
神楽坂下から牛込橋を渡り切ると、左右にこんな石垣が。
歌川(安藤)広重の絵に見られる牛込御門の門跡だね。
牛込御門は「阿波藩」の普請によるもの、40日間という短期間で完成させたそうだ。



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こっちの神楽坂(恵)は、園子温監督の奥さん



<神楽坂のおもしろい歴史>

◎ なんで、神楽?

なんで「神楽坂」なんだろうねー。
だいたい、神楽って何よ?ってところから始めると・・・

お祭りの時なんかに、神社の境内の舞台とかで、
お能とも歌舞伎とも見分けのつかない踊りをやっているよね。
主に太鼓と笛で、祭り囃子ほどハネてない伴奏のやつ(めっちゃプアな知識だなあ)。
実はたくさんの流派や演目があって、奥が深そうだけど、まあ、それのことですわー。
キホン、平安時代より前から続く、神様の鎮魂をしたり神様を呼んで戯れたりする
神事のことということね。

で、その神楽とこの坂と何の関係があるのか、というのが本題。

①このあたりは、西早稲田にある高田穴八幡のゆかりの地のひとつであり、
 高田八幡の神輿が通るコースとなっていた。その神輿が通る際に神楽が
 奏されるのが定例となっていた。
②近所の神楽坂若宮八幡神社の神楽がよく聞こえた。
③940年にいまの大手町に創建された「津久戸明神」が、
 1616年に移転して来た時に、神輿が重くてこの坂を上ることができなかったが、
 神楽を奏すると上ることが出来た。


・・・などの伝承があって、「神楽坂」と名づけられたとのこと。
いずれにせよ、ずいぶん古くから神社仏閣が建てられ、
たくさんの人が住みついていたんだね。


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●神楽坂若宮八幡神社(東京都新宿区若宮町18)
ご利益:出世開運、武運長久、子孫繁栄、子育大願 他



◎ なんで、こんなところに街が?

● 藤原京時代は牛の村で、戦国時代に人の街になった

14世紀頃に群馬県の赤城山の麓に勢力を持っていた大胡氏という豪族が、
戦国時代の1526年頃に、上杉から北条に乗り換えて、この地に進出して来たそうだ。

それ以前は、神楽坂のあたりは、上杉家の一派・扇谷上杉氏の勢力下にあって、
扇谷上杉氏の執事だった太田道灌が1457年に造った江戸城(当時は千代田城という名)
の城下領地だったんだよ。

それを北条氏が扇谷上杉を滅ぼして、江戸城もろとも奪って
このあたり(武蔵牛込)の領地を大湖氏に与えたんだね。
それが1526年頃のハナシ。

その時に、大胡氏は姓を地名からとって「牛込」と改めて、
いまの「光照寺」のあたりに居城を建てたことが街の始まり
だそうだ。

城を造るとなると、その周りにたくさんの建築職人が何年も住むことになるし、
付随して飲食店や宿屋なんかもできるというわけ。
城ができたらできたで、周りに家臣たちも住むし、暮らしに必要なモノも売られるようになるし、
出入りの商人なんかも住んで、しぜん、街になるんだね。

1590年に北条氏が滅んだ後、牛込氏は徳川家康に従い、牛込城は廃城になったそうだ。

それにしても、いまではコンクリートジャングルの東京・新宿区に
戦国時代の城があっただなんて!驚きだよなー。

ちなみに、「牛込」の地名は大宝律令発布後の8世紀頃からすでにあって
乳牛を育てる飼育舎が神楽坂付近にあったことから、そういう地名だったんだそうだ。
「馬込」、「駒込」などが馬の飼育と関係が深いのと同じように、
牛の畜産と関係があることが明白だよね。

つまり、神楽坂のあたりは大宝律令の頃からただの坂や台地じゃなくて、
そこそこ人(牛)が住んでいて、集落然としていたんだな。


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●光照寺(東京都新宿区袋町15番)
浄土宗の寺院、増上寺の末寺。
牛込城の跡地に建っている。
出羽松山藩江戸屋敷の菩提寺、同藩主家の酒井家歴代の墓が残る。



● 神田川からの荷揚げ場として栄えて、花街もできた

北条系の牛込氏の城下町だった神楽坂近辺も、
1603年の江戸幕府開府で、徳川家康が江戸城に住むことになったら、
街も変わったんだねぇ。

牛込城はつぶされて、徳川大名の武家屋敷町の一つとして改変させられたんだね。
1628年には江戸城の外堀ができて、橋と阿波藩が造った牛込御門の「牛込見附」
が造られた


特に、坂の上のいまの矢来町あたりに、坂井忠勝という大老が住んだことで、
坂の上から牛込見附までの約1kmの「大老登城道」が造られたんだけど、
これがいまの「神楽坂通り」になった
んだそうだ。

1658年には、牛込の外堀と隅田川へ流れ込む神田川がつなげられたおかげで、
神楽坂付近に荷揚場(川の湊)が造られたんだね。

もちろん電車なんかなくて、河岸輸送が主流だった江戸時代、
ましてや、下町(江戸城東側)に比べて交通網の乏しかった山の手(江戸城西側)に
人や物資の交通拠点ができるというのは一大事で、
当然、大賑わいするようになったんだそうだ。
だから、いまでも「揚場町」とか「神楽河岸」なんていう地名が残っているんだね。

江戸中期になると、「善國寺・毘沙門天」や「出世稲荷」、「行元寺」などで
祭りや地域の遊興が盛ん
に行なわれるようになったんだそうだ。

中でも「行元寺」(いまはなく、寺内公園(神楽坂5丁目43番)となっている)の付近は、
1857年頃には飲食店などが集まり、武家や庶民の飲み食べ唄いの場として栄えたんだと。
そこには岡場所(幕府公認の遊郭エリア)もあったんだね。

それが、神楽坂の花柳界の始まりみたいだねー。
その周りに無秩序に町屋が建って、いまの迷路のような路地ができたんだそうだ。

江戸時代中期以降の神楽坂は、坂上に向かって左側のエリアが
武家屋敷と寺、右側が庶民と河岸客の花街という様相だったみたいだね。


002毘沙門天.jpg
●「善國寺」毘沙門天(東京都新宿区神楽坂5-36)
1595年創設、江戸の名物火災から逃れて馬喰町から麹町、神楽坂と移転してきて約200年。
ご利益:全般、縁結びで人気。
開基は徳川家康公。徳川の世の安泰を祈念。水戸光圀公も信仰した?
縁日発祥の地と言われている。
狛犬ではなく、「狛虎」が珍しい。


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●赤城出世稲荷神社(東京都新宿区赤城元町4-5)
ご利益:出世開運の神として大名や公家から崇拝。五穀豊穣、衣食住、商工業繁栄 他



● 鉄道が敷かれ、文豪が住み通う「山の手銀座」となった明治期

明治になって、幕府も武家もなくなったので、
神楽坂は町人の街になったんだね。

明治10年過ぎに、メインストリートの神楽坂通りが
少し緩やかに工事されたらしいんだけど、
路地や街の割り付けは江戸時代のものがそのまま受け継がれて、
現在もほぼ当時のまま残されているとのこと。

1894年(明治27年)、牛込駅(現在の飯田橋駅)開業
翌年、隣に飯田町駅(エドモンドホテル付近にあった)開業。
すでに1889年(明治22年)に、新宿-立川間で開通していた甲武鉄道(現在の中央線)が、
御茶ノ水-八王子の完成に向かって延長工事を行なっていたんだね。

これは、街の発展に大きく影響したんだろうな。
もともと、川の船運の拠点として、
山の手では最大級の街だった牛込・神楽坂エリアだけど、
この駅の開設で急速に発展したようだ。

商店街はもちろん住宅もたくさん建てられ、
神楽坂にはなんと百貨店が3軒もあったそうだ。
縁日などには山の手じゅうの人が集まる勢いで、
「山の手銀座」と呼ばれた
ほどだそうだ。

また、尾崎紅葉や泉鏡花が住んでいたり、
夏目漱石が晩年を暮らしたり(「漱石山房」跡(漱石公園)、
与謝野晶子や坪内逍遥、島村抱月に関するエピソードなど
神楽坂ゆかりの文人たちが出始めたのもこの頃。

商業と文化の大輪が咲いた明治期だった。


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●甲武鉄道の牛込駅と飯田町駅の位置

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●大震災後の牛込駅


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●明治40年頃の神楽坂


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●尾崎紅葉旧居跡(東京都新宿区横寺町47 第二いしばしハイツ)
未完の『金色夜叉』で有名な尾崎紅葉が1891年から亡くなるまでの
12年間住んだ場所。

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●「漱石山房」のベランダでくつろぐ漱石(漱石山房跡(漱石公園)東京都新宿区早稲田南町7)
夏目漱石が生まれたのは、早稲田大学の近くの新宿区喜久井町の夏目坂だけど、
晩年の10年を過ごして『三四郎』や『こころ』を書いたのはココ。
神楽坂から少し離れているけど、一本道で行ける。

006和良店亭地蔵坂
●地蔵坂(神楽坂地蔵坂)
漱石がよく通っていた寄席「和良店亭(わらだなてい)」のあった通り。
当時、神楽坂には5軒も寄席があったそうだ。
わらだなとは「藁店」のことで、燃料となる「わら」を売っていた店があったので
その名が受け継がれたといわれている。

007田原屋
008田原屋のオム
●田原屋(東京都新宿区神楽坂5丁目35 ※いまはふぐ料理店に)
明治期に牛鍋屋として開業、漱石が好んで通ったといわれる店。
漱石以外では、 観世元玆、長田秀雄、幹彦、吉井勇、菊池寛、
佐藤春夫、永井荷風なとが通ったそうだ。
関東大震災後では、15代目羽左ヱ門、六代目、先々代歌右ヱ門、松永和風、
水谷八重子、サトー・ハチロー、加藤ムラオ、永井荷風、今東光、日出海
などが通ったらしい。
その後は、業態を変えてフルーツ店と洋食屋として営業。
伝統的なオムライスもあったらしい!
2002年に惜しまれながらも閉店、一度オムライスを試したかったねー、むこどの。




● 戦前戦後の昭和期は、神楽坂花柳界の最盛期

昭和になって、神楽坂は、東京山の手を代表する繁華街になっていたそうだ。
花柳界も第二次大戦前までは、見番2軒、置屋166軒、芸妓が619名もいて、
最盛期を迎えていたらしいね。

戦争が始まって「贅沢は敵だー」ということで下火になりつつあり、
とどめに昭和20年(1945年)の大空襲で、神楽坂は焼野原になってしまった。

それでも、1950年代後半には、ほぼ戦前と同じくらいに復興して、
第二の繁栄期を迎えたとのこと。
戦後の “高度成長期” というやつだよね。

いったい誰がやってきたのかと探ると・・・
鉄鋼、出版などの社用族と政治家が料亭を盛んに利用したらしい。
まあ、焼け野原からの立ち上がりだから、
建設関係と文化担当の出版・印刷関連というのは景気が良かったんだろうね。
どれだけたくさんの重要な政治的取り決めがここでなされたか、
想像するとわくわくするよねー。

ご存知の昭和後期と平成になってからは、
だんだんと商業的な勢いはなくなっていったんだね。

かつては、武家屋敷町から始まって、牛込揚場、牛込駅として
貨物や商業物資と人の流通拠点として栄えたのだけど、
気が付いたら、鉄道の取り回しや首都機能などは別の場所で発展していて、
取り残されたカタチになったんだろうね。

いまは、飯田橋付近は、新宿駅や東京駅のようなターミナル駅でもないし、
大規模な官庁街でもないし、六本木や赤坂みたいに本社街でもないからね。

それで、僕みたいにその辺の歴史を知らない人間が外から見たら、
「あんな昔ながらの商店街の閑静な住宅地に、
なんで料亭があるとか芸者がいるとかなんだろう?」
って思っちゃうわけだ。

でもいまでも、出版関係はまわりに多いね。
新潮社や旺文社はすぐ近くだし、付随するプロダクションもたくさんあるし、
大日本印刷もそばにあるし、坂を逆側に降りて護国寺のほうに行けば講談社なんかもある。
いまでも、編集者と執筆者が料亭で会合をやったりしているのかねぇ。

それ以外は、一種観光地と化しているのかな。
料亭のある路地のあたりの江戸時代や明治時代から残る風情は、
東京ではもう神楽坂くらいしか残っていないのではないか、
と言われているようだね。

ブラブラ散策して、ちょいと休憩でお茶でも、
というのが神楽坂の正しい楽しみ方なのかも知れないねー。


009昭和中期の神楽坂下
●昭和中期の善國寺付近? 田原屋の看板が見える



<神楽坂のおもろい所>

◎ 行ってみたい店や場所

004行きたいマップ


●兵庫横丁
石畳や黒塀、石段など、最も神楽坂らしい一角だそうだ。
兵庫とは、武器や兵器関係の施設があったことからきているらしい。

●本多横丁
旗本・本多対馬の守の屋敷があった。
たくさんの飲食店や専門店が並ぶ。

●芸者新道
かつては、芸者さんが料亭から料亭へ移動するのに使った抜け道。
石畳の小道。芸者さんに会えるか?

●かくれんぼ横丁
仲通りから本多横丁へ、迷路のように抜ける石畳の道。
たくさんの名店が並ぶ。

●熱海湯階段
銭湯・熱海湯の脇にある石段。
ドラマ『拝啓、父上様』のロケに使われた。

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●熱海湯
1954年創業以来、薪と備長炭でお湯を沸かしている
その昔は、芸者達がココで一番風呂に入り、お座敷に出かけいったという話から、
熱海湯階段は「芸者小道」とも呼ばれている。
まわりには、薪を燃やす匂いが漂う。

●袖摺坂
人とすれ違うのに、“袖触り合う” ほどの狭い石段。
『拝啓、父上様』のロケ地の一つ。

●相馬屋源四郎商店
文具・原稿用紙店。
初代紙漉き源四朗が、1659年以前に創業。
江戸時代に武家屋敷や寺に和紙を納め、その後、宮内庁にも出入りした。
明治中期、尾崎紅葉の助言で、和半紙の原稿用紙を洋紙に変えて売り出し、
夏目漱石、北原白秋、石川啄木、坪内逍遥といった文豪たちに愛用された。

●飯田橋ギンレイホール

001ギンレイホール.jpg

こっち方面の映画好きでは、知らない人のいない名画座。
1974年スタート、昭和の香りがプンプン。
リバイバル2本立てのみ。
人気作とミニシアター系がバンバン観られる。
一般1,500円、学生1,200円、高校生プライス1,000円。
学生時代は500円くらいだったかなあ、大変お世話になりました。
ちなみに、9月24日(土)と25日(日)の上映は、
『サウスポー』と『レヴェナント 蘇えりし者』。
上映イベントも多彩。
http://www.ginreihall.com/index.html

002ギンレイホールと門脇麦.jpg
門脇麦ちゃんが表紙のこんな本もあるみたい

●東白庵かりべ
店主は「かんだやぶ」の流れをくむ「竹やぶ」から独立
蕎麦の実から自家製粉した十割の手打蕎麦が食べられる。
僕も行ったことがないんだけど、店内の雰囲気も良さそうで、
楽しみです。(ちょっと高さうだけど)

001東白庵かりべ.jpg


●芸者を呼べる料亭
2016年現在、神楽坂にある見番は1軒
芸者を呼べる料亭は4軒のみ、
芸妓さんの数は20数名だそうだ。
いずれもいわゆる一見さんお断りというやつだなー。

・うを徳(東京都新宿区神楽坂3-1)
明治の文豪泉鏡花の小説に登場する、魚屋のモデルにもなった老舗。
新鮮な魚介料理が自慢。

・千月(新宿区神楽坂3-1)
材料にこだわり。
旬のものを産直で仕入れた美味しさを楽しめる。

・幸本(東京都新宿区神楽坂4-7)
由緒正しい懐石。
芸者衆を一堂に集めて行なう「幸本会」は有名。

003幸本.jpg

・牧(東京都新宿区神楽坂4-5)
女将さんは、元神楽坂の芸妓さん。
料理長は「現代の名工」に選ばれた腕利き。
一見でも入れる、カウンター席がある。

●いい感じのカフェ
・カナルカフェ
皇居外堀に浮かぶ水上カフェ。
室内になっているカフェレストランと
水上デッキになっているデッキレストランがある。
イタリアン系料理が楽しめる。
ここも、『拝啓、父上様』のロケ地の一つ。

・ムギマル2(東京都新宿区神楽坂5-20)
いろんなまんじゅうを食べられる、古民家カフェ。
インテリアがかわいい。

・トンボロ(東京都新宿区神楽坂6-16)
地元の人にも愛される、昔ながらの喫茶店。
夜はバーに変身。
中で、隣のカフェ「SKIPA」につながっている。

・神楽坂 茶寮(東京都新宿区神楽坂5-9)
神楽坂で超人気の一軒家タイプの隠れ家カフェ。
和モダン&テラスあり。
スイーツ豊富。

004茶寮.jpg


●やっぱ和菓子かな
・五十鈴(東京都新宿区神楽坂5-34)
看板商品「甘露甘納豆(かんろあまなっとう)」から、団子、餅菓子類が定番。
パイ生地で焼き上げた「神楽坂饅頭」、この時期なら「栗蒸し羊羹」も人気。

・東京 松屋本店(東京都新宿区神楽坂6-8ボルゴ大〆102)
1842年に奈良・吉野に創業した「松屋本店」の東京店。
葛菓子の老舗で、木の実や味噌、醤油を使った伝統的な味が特徴。
希少で高価な良質の国産本葛粉を使った、
吉野葛製の葛湯「吉野拾遺(よしのしゅうい)」や、
本葛粉に和三盆糖を合わせた干菓子「吉野懐古(かいこ)」は絶品。

・神楽坂 梅花亭(東京都新宿区神楽坂6-15)
売切れ御免の「レモン大福」はじめ、
上生菓子に最中、どら焼きなど30種類ほどが並ぶ。
最中を油で揚げた「鮎の天ぷら最中」は、60年続くロングセラー商品。

005鮎の天ぷら最中.jpg


●バーでシメるか
・ザロイヤルスコッツマン(東京都新宿区神楽坂3-6-28)
[火~金]17:00~24:00
[土]15:00~24:00
[日]15:00~22:30
[定休]月曜日
クラフトビールも飲めるスコッチパブ。
料理もバラエティ豊富。

・bar Jug(東京都新宿区神楽坂3-3 野本ハイツ102号)
[月~土]18:00~翌03:00
[日・祝]18:00~翌2:00
[定休]年末年始
カクテルも充実したスタンダードなショットバー。

・サンルーカルバー(東京都新宿区神楽坂6-43 K's Place102)
[火~日] 14:00~23:00
[定休]月曜
神楽坂でほぼ一番人気のショットバー。
バーテンダーもカクテルメニューもハイクォリティ。

006サンルーカルバー.jpg


・YEBISU BAR 神楽坂店(東京都新宿区神楽坂2-6 PORTA神楽坂2F)
[月~金11:30~15:00/17:00~23:30
[土]11:30~23:00
[日・祝]11:30~22:00
エビスビール(=サッポロビール)がやってる、ビアバーチェーンですな。
面白みはないけど、安い、安心。







♪ Hard To Say Goodbye / Toots Thielemans


さよなら、なんて言いません。
孤高のサスティーンは、永遠だぜ。
合掌



♪ The Shadow of Your Smile / Toots Thielemans





♪ Imagine / Toots Thielemans


papayoyoさん、お知らせありがとうございました!



♪ Breezin' / George Benson




故郷が向こうからやってきた  


もうずいぶん経っちゃったけど、ゴールデンウィークの頃だったかな。
地元の西武デパートで「北海道物産展」をやってたので、
他の用事のついでに、冷やかすつもりで行ったっけ、買ってしまった。


001弁当全体.jpg


だってさ、「苫小牧」って書いてあんだもんなあ。


002弁当側面.jpg


苫小牧食堂?
ああ、これは、苫小牧漁港のそばにある「ぷらっと」っていう
道の駅みたいな施設にあるんだなあ。
行ったことあるよ。

おー、なつかしい! なんて思わず手に取ってしまった。
ほれほれ、中身はこんな感じ。


003弁当中身全体.jpg

んー、苫小牧でなくもないけど、
でも、もっと苫小牧的なものというと・・・
「ホッキ貝」でしょ、「黒カレイ」でしょ、「マツカワ」でしょ、
「チカ」、「タラ」か「ヤナギノマイ」あたりでしょ?

・・・まあいいか。
うまけりゃ、なんだっていいやなー。


004弁当カニ.jpg

「毛ガニ」だと思うんだけど。
んー、いいねぇ、すごい量だよ!
これは新鮮だし、冷凍ものでもないな。
これはいい、いい。


005弁当ウニ.jpg

「ウニ」ですー。
バフンウニなのかなあ。
それより以前に、これは蒸しウニだねぇ。
味も写真も、ピンボケだなー。
まあ、生だと時間が経つと溶けたみたいになっちゃうから
仕方がないけど、ちょびっと残念。

長年こっちで住んでいて思うんだけど、
ウニって、産地で採れたてを食べる以外、うまく食べる方法ってないのかねぇ。
だって、東京の接待用の寿司屋クラスで食べたって、おいしくないよねー。
ウニの嫌いな人って時々いるけど、その人って都会人なんだろうね、きっと。


006弁当イクラ.jpg

テッパンの「イクラ」ですなー。
プッチプッチでしょ? 張りが違うよねー。
シャケも載っているねー。

これで、約1,300円!
けっこうお買い得だよね。







♪ 苫小牧おどり / 苫小牧駒澤大学


僕の出身校ではありません。見物客、少なくねー?


苫小牧音頭

踊り浴衣は太平洋の
波の模様が一番似合う
ワキが港の晴れ姿
今日来な、明日来な、いつも来な
ぱっと踊りの花が咲く
来な来などっと来な苫小牧

パーッと開いた北海道の
ここは○○○と扇の要
明日に広がる苫小牧
今日来な、明日来な、いつも来な
ぱっと踊りの花が咲く
来な来などっと来な苫小牧

街の自慢は工業地帯
俺の力がおやじの(足場?)
明日も(希望を)作るのさ
今日来な、明日来な、いつも来な
ぱっと踊りの花が咲く
来な来などっと来な苫小牧

冬はスケート夏ならキャンプ
秋も(恋人八方娘?)
会いにまた来るウトナイ湖
今日来な、明日来な、いつも来な
ぱっと踊りの花が咲く
来な来などっと来な苫小牧

波の太鼓で景気をつけりゃ
ゴーッと飛び立つジェット機さえも
踊り見たさに飛んでくる
今日来な、明日来な、いつも来な
ぱっと踊りの花が咲く
来な来などっと来な苫小牧

※ 歌詞がわからないとこと自信ないとこがあるわ。ガハハ



♪ タッチマイハート / とまこまいご当地アイドル「タッチ」


苫小牧のご当地アイドル?そんなのがあんの? 苫小牧のみなさーん、何やってんですかー?


おもしろかったあ!! マツコ VS Omunao on TV!!  


あれは、4月10日のこと。
こんなメールが来たんだよ・・・

> 不躾で大変申し訳ございませんが、ゆらゆら草のコメントに
> お願いを入れさせていただきました。
> お忙しいところ恐縮ですが、もしご了承いただけましたら、
> 何卒お願い申し上げます。
> 向島



・・・へ?
向島といえば、あの人ではないか?
って、その時の記事の鍵コメを見ると・・・


> つかりこさん、こんにちは! omunaoです。
> 真面目なご相談です。



おおー、やっぱり、Omunaoさんではないか!!
実はOmunaoさんの本名は、向島さんというのだ。


> TBSの「マツコの知らない世界」の
> オムライス特集のオファーが来まして承諾しました。
>(本当にビックリです!)



ええーっ、なんだとぉー!
こっちこそ、びっくりだあ!!


Omunaoさんが、テレビに出るー?!!!


用件はといえば・・・

昔ながらのオムライスを出しているお店を教えてほしい
●昔ながらのハム入り&ケチャップだぼだぼダイプ
●東京都内にある
●収録日にTBSに作りに行ける


・・・とのこと。
なかなか条件をクリアできるお店が見つからないので、
力を貸してほしいということのようだ。

僕なんかの情報が役に立つのだろうかと思ったけど、
昔、行ったことのあるお店をいくつかお知らせしたのだったよ。

4月26日にスタジオ収録、5月14日にロケ収録だそうだ。
そして・・・


マツコの知らない世界 『マツコの知らないなつかしオムライスの世界』

TBS 5月24日(火) 20:57~
オンエアー!!


★ Omunaoさんブログ →
★ マツコの知らない世界HP →


001omunao.jpg
※TBSマツコの知らない世界HPより拝借



僕もたまたまちょくちょく観てたんだけど、
「マツコの知らない世界」って、どんな番組かと言うと、
いろんな道の専門家というか、オタクというか、マニアというかがやってきて、
何につけ、本音文句バリバリのマツコさんに
その道のトレンドや、マニアックなこだわりや、特殊な喜びなんかを
プレゼンするという内容
なんだね。

僕が観た回では、
「ひとりキャンプマニア」の女子が、
マツコさんに小さいスツールをすすめて怒られていたり、
テディベア作家の女子が、「マツコベア」をプレゼントして喜ばれていたり、
いろいろゴージャスなサンドイッチをおすすめしてるのに、
マツコは結局ハムカツサンドが一番好きということになったり・・・

カンタンには「いいね」って言わないばかりか、
ヘタをすると怒り出したりするマツコさんを相手に、
いかに「こういうのもアリねぇー」と言わせるかが見どころってわけだな。


さてさて Omunaoさん、どう勝負したんだろうか。
ブログ友達の快挙、テレビデビュー。
めったにないことなので、がっちりクチコミさせてもらいましたー!
いやー、楽しみ、楽しみー。
みんな、観て冷やかしてやろーぜー!!



002マツコ.jpg
※TBSマツコの知らない世界HPより拝借







♪ 悲惨な戦い / なぎらけんいち





♪ やさしさに包まれたなら / 荒井 由実




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