あっちがなくなって、こっちがあった ~ 『ニ八そば ひらい』


ちょいと所用があって、秩父へ行ったんだよ。
埼玉県の西のはじっこ。
秩父は最近は、都心からすぐに行けるリゾート、みたいな言い方をされていて、
けっこう人気なんだな。

いろんな名所や催し(「龍勢」とか)が行なわれてるけど、
これからおもしろそうなのは、12月1日~6日に行なわれる
『秩父夜祭(ちちぶよまつり)』だよなあ(行ったことないんだけど)。

京都の祇園祭や飛騨高山祭と並んで、「日本三大曳山祭」って言われているんだってさ。
「曳山(ひきやま)」というのは、「山車(だし)」のことだから、
京都祇園の山車みたいなやつをぞろぞろ街の中を引き回す系ということだね。

「三大」に入っているのは、歴史が古いからかな。
なんせ、300年前からやってるらしいね。
人出もすごいらしいけど。

で、この祭の変わっているところは、その名の通り夜中にやるところ。
12月3日の例大祭には、夜の9時あたりから12時過ぎまで山車が練り歩くらしいんだね。
電車なくなるだろ、って思ったら、その日ばかりは西武鉄道も夜中に臨時運行するんだってさ。
「秩父祭の屋台行事と神楽」が、国重要無形民俗文化財に指定されているそうだ。



用事を終わらせて腹が減ったぜー、ということで当然「蕎麦食おうぜ」というわけ。
これまでは、「こいけ」(http://yurayuragusa.blog.fc2.com/blog-category-46.html)
という名店にちょくちょく寄らせてもらっていたんだけど、
残念ながら店主が高齢となったということで、今年の9月に閉店してしまった。

ちなみに、店主の小池さんは、故・片倉康雄氏の直接の弟子だったんだよ。
片倉康雄氏とは、昭和の名店「一茶庵」を創業して現在の手打ちそばブームを創り出し、
蕎麦業界に関わる人たちに神様と呼ばれている人。

昭和の始め頃は、実はほとんどの蕎麦屋が機械打ちだったんだな。
江戸時代から続くような老舗名店でさえもさ。
そんな中で一人がんばって、江戸蕎麦の手打ちにこだわり、
さらには、蕎麦屋を洗練された料理を出す料亭レベルにまで引き上げたのが
片倉康雄氏だったんだよ。
現在の蕎麦屋は、そのほとんどが片倉康雄氏のこだわりとスタイルの
影響を受けていると言っても過言でないというやつなんだな。

その直弟子の一人が小池さんだったというわけ。
神様直伝の蕎麦を打っている人はいまではもう少ないので、
やめてしまったのは、ホントにホントに残念。

ちなみに、「翁」や「達磨」の創業者として名人の名をほしいままにしている
高橋邦弘氏
は、小池さんとは片倉康雄氏の弟子仲間。
いまでは、ちょくちょく見かける石臼挽きの蕎麦だけど、
最初に自家製の石臼製粉機を開発したのは、この二人が協力してやったことだそうだ。

小池さんは、秩父在来種の蕎麦を発展させたり、
蕎麦農家と相談していい蕎麦を作ってもらったり、
開店前に必ず自分の打った蕎麦を試食したり、
自分に合った麺棒を手づくりしたり・・・
いまのニューウェイブと呼ばれるこだわり蕎麦職人の手本となることを
50年も前から毎日フツーにやってきた人だったのさ。



秩父にはうまい蕎麦屋がけっこうあるんだけど、そんなわけで、
あー、秩父からホントにうまい蕎麦屋がなくなってしまったー、って嘆いていたんだよ。
でも、用事ついでとはいえ、「せっかく秩父へ行くんだから、
どっかうまいとこないのかよー」ということでぐぐったら、
けっこうな高評価の店が現れたんだな。

それが、タイトルの『ひらい』なのだっ。
まあ、WEBで高評価でも、んー、それほどでもないかな、
という蕎麦屋はたくさんあるんだけど、ここはかなり良かったわー。

都心方面から行って、秩父の駅に着く少し前に右へ折れて
山の方へ何の変哲もない道を少し行くと、ぽつんと道端にあったよ。

おーおー、なんだあ、プレハブの飯場小屋みたいな建物だわな。

001外観.jpg

これは、何にも知らないで通りすがると、立ち食い蕎麦屋だと思うね。
(立ち食い蕎麦屋を卑下しているわけではないぜー)
なんぼうまいと言ったって、これはちょっと腰がひけるかも。

のれんや、すだれを垂らして、局部的には本格蕎麦屋だな。

002のれん.jpg


「ちわー」って入ると、笑顔とやわらかい声で「いらっしゃいませー」。
人柄(とアタマ)が輝いているわ。

003店内.jpg


4人掛けのテーブルが2~3卓と、奥に上がりがあって、そこも2~3卓。
11:30~15:00だけの営業のところへ14時頃に行ったせいか
客は上がりの卓に4人いるだけだったよ。

004蕎麦茶.jpg

005黒板.jpg

材料を黒板に書いてあって、いいねー。
田舎蕎麦の「秩父産荒川在来種」というのを食べたかったんだけど、
品切れ、無念。
二八の「池田製粉(丸抜き)」というのはなんだ?
品種が書いていないので、なんだかごまかされたかな、って感じ。

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007セットメニュー.jpg

僕がたのんだのは、「ランチセット」の「そばと野菜天丼のセット」。
ツレがたのんだのは、「そばとむぎとろご飯のセット」。
いずれも蕎麦は、メニューにある「もりそば」だそうだ。


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ほれ、これが「そばと野菜天丼のセット」。

009きんぴらと薬味.jpg

ご覧の通り、きんぴらごぼうときゅうりの浅漬けもついているね。
おっと、気づいた?
薬味にネギはないんだなー。
でも、これはケチっているわけではなくて、たのんだらくれるんだよ。
要は、「つゆにネギを入れないで蕎麦をすすってほしい」いうことだよな。


010天丼.jpg

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写真ではわかりずらいけど、これはけっこう白い!
メニューには「さらしな系」って書いてあったけどね。
でも、まっ白ではなくて、ご存知の蕎麦の色(黄緑+グレー+マット)でもない。
限りなく更科(蕎麦の実の挽き始めに出る白い粉)に近い二八ってことだなー
んー、一番粉と二番粉か三番粉を混ぜて作ったりしてんのかな?
きれいに白い二八蕎麦。


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しかも、瑞々しい透明感がある!
ますます更科っぽいなー。
でもどうやったら、この “透け” が出るんだろう?
水じゃなくて、お湯で打っているのかな?

いわゆる二八蕎麦とは、かなり違うよ。
たぶん、フツーに暮らして蕎麦を食べている人には
見たことのない蕎麦のはず。
「一茶庵」系の典型的な「こいけ」の二八とも、全然違うぞ。


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ツレのたのんだ「そばとむぎとろご飯のセット」。

014とろろ.jpg

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やっぱし、白い。


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ほら、やっぱし透き通っているだろ?


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つべこべ言ってないで、とっととすするだけ!

んー、うまいぞー。
店の外観とは大違い。
歯ごたえ、蕎麦の香りと味がバツグンだねー。
辛汁も、魚出し臭くなく、甘過ぎず、やや塩からめでまろやか。
なるほど、こいつは高評価に決まっているわー。

こういう蕎麦は、みんな食べたことないんだろうなあ、
なんて、ドヤ顔で記事書かせてもらってまっせー。
だって、こういう透き通っていて、コシが強めで、ホロッとした噛み応えで、
蕎麦の香りも味も豊かな蕎麦なんぞ、老舗でも名店でも食べたことないものさ。
(もう一軒だけ知ってるけど)
まあ、すべての蕎麦屋に行ったわけじゃないけどね。


018蕎麦湯.jpg

おー、“粉溶かし系” の蕎麦湯が出てきたよ。

019梅干し.jpg

おおっ、梅干し!
こんなに上等な梅干しを蕎麦湯のアテに付けて、
商売大丈夫なのかい?

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んー、雲のかかった武甲山のように、
謎に包まれた激ウマの『ひらい』の蕎麦であった。
他のメニューも試して、謎解きに何度も来ることになりそうだべ。



ところで、↓こんなこと知ってた?

■二八蕎麦(にはちそば)って何だべ?

いわずと知れた、
小麦粉と蕎麦粉の割合を2対8で打った蕎麦のことだよね。
ところがだ、この「二八」というのは、
まだ蕎麦に小麦粉を混ぜることをしていなかった(つまり十割蕎麦)が
あたりまえだった時代(文献では江戸時代の慶応年間(1865~1868)以前)
からある言葉なんだね。

じゃ、「二八」って何よ?ってことになるんだけど・・・
当時のもり蕎麦やかけ蕎麦の値段って、16文だったんだよ。
それを江戸っ子のノリと語呂で、“にはちの16文蕎麦” って
言っていたんじゃないかって説があるんだね。

それから、16文払って蕎麦を食って、もう一杯おかわりしても値段は同じ
っていうような商習慣もあったとかで、
なら1杯あたり8文で、8文×2杯で16文だから「二八」ってか、
という説もあるんだな。

ちょびっと、江戸時代の風俗っぽいことも知れたりして、
蕎麦っておもしろいっしょ?


■16文っていくらよ?

そこで気になるのが、
16文っていまの金額に換算したらいくらよ?ってことだわ。

これは、江戸時代って言っても250年あまりも続いたし、
1文あたりの価値が激しく変動したので難しいんだけど、
大ざっぱに1文 = 20円というやり方がわりと一般的のようなので
それで計算すると20円 × 16文 = 320円ってことになるわな。
んー、なるほどいまの立ち食い蕎麦の値段くらいだ、というわけ。

ちなみに、「守貞漫稿」(1853年)という幕末頃の風俗誌に書かれている
蕎麦屋のメニューを見ると・・・

022守貞漫稿_蕎麦屋メニュー.jpg

●蕎麦:16文 = 320円 ※もり蕎麦のことだろうね
●あんかけうどん:16文 = 320円 ※これはなんだろう?かけうどん?
●あられ(蕎麦):24文 = 480円 ※アオヤギの小柱をのせたもの。いまはこれはすごく高いぞ。
●天ぷら(蕎麦):32文 = 640円 ※当時は芝えびの天ぷらのこと。これもいまはもっと高い。
●花巻(蕎麦):24文 = 480円 ※浅草のりを焼いて揉み、花びらみたいにかけそばにトッピング。
●しっぽく(蕎麦):24文 = 480円 ※卵焼き、蒲鉾、椎茸、鶏肉をのせたもの。
●玉子とじ(蕎麦):32文 = 640円 ※溶き玉子をかけ汁に入れて熱を通したもの。
●上酒一合:40文 = 800円


これを見てわかるのは、少なくとも幕末の頃には、
隅田川河口付近の海(江戸前)で、「アオヤギ」や「芝海老」、
「海苔」などがふんだんに獲れたということだよね。
いまは、あんまり獲れないんだよ。

酒が高いねー。

それから、「あられ」とか「花巻」、「しっぽく」、「玉子とじ」
というメニューはいまでもあるところにはあるんだけど、
江戸時代から続く伝統メニューだということ。
めったに見かけないけど、あったら、浅草のすぐそばに浜があって、
ちょんまげ結った漁師さんがアオヤギを水揚げしたり海苔を干していたりする風景を
想像しながら食べてみるのも一興だよね。

ちなみに・・・
●豆腐1丁:60文 = 1,200円!
●玉子1個:20文 = 400円!

●旅籠宿代1人:200文 = 4,000円
●醤油1升:188文 = 3,760円
●髪結(大人):32文 =640円
●吉原(太夫の揚げ代):1両2分 = 約100,000円
●吉原(身売/夫の窮地を救うために妻が吉原へ):80両 = 約5,500,000円
●不倫の示談金:7両2分 = 約500,000円
●富籤(宝くじ当選金):1,000両 = 約70,000,000円
●長屋の家賃(九尺二間の1間/1か月):600文 = 約12,000円
●参勤交代費(金沢~東京 2,000人/12泊13日):3,000両 = 約200,000,000円


がっはっはー



●『ニ八そば ひらい』
埼玉県秩父市山田2675-20
0494-25-1293
11:30~15:00
ランチ営業
定休日/火曜





♪さすらいのギター / 小山ルミ





♪24,000回のキス / ゴールデン・ハーフ





♪私は泣いています / リリィ  (1974年、作詞・作曲 リリィ)


最近、ドラマや映画でよく拝見していたのですが・・・まだ64才という若さなのに。
合掌

片倉康雄氏 直の教え子 & 高橋邦弘氏の後輩 ~ 『こいけ』



ちょっと前、西武新宿線の電車の中で、「秩父夜祭」の社内吊り広告を見た。
毎年、目にするんだよな。
夜中にやる祭り(=電車がなくなる&寒い)なのに、
電車も車道もめっちゃ混んで大変なことになると知人から聞いたことがあったっけ。

調べてみると、「秩父夜祭」は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んだ
日本三大曳山祭・日本三大美祭の1つなんだそうだ。
へぇー、全然知らなかったなあ。
国の重要無形民俗文化財になっているというから、なるほどだね。

秩父の祭りといえば、10月に行われる「龍勢祭り」というのもあったなー。
アニメ映画「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」でも出てきたやつだな。
この「龍勢」というのは、蛇踊りみたいなのを想像しちゃうけど、
ロケットのことなんだよ。
椋神社というれっきとした神社の例大祭の奉納催事で、
地元のグループの手作りロケットが、毎年、30数本も打ち上げられるんだそうだ。

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なんだか、ロボコンならぬ、“ロケコン” って感じで、わくわくするようなハナシだよね!
村興しイベントかなんかかと思ってたんだけど、
どうも、鎌倉時代あたりからあるらしい。



あと、自然系でも「長瀞ライン下り」というのはよく聞くねー。
荒川上流の、特別天然記念物に指定された岩畳の中、
船頭さんが繰る乗り合い舟で下る、定番の川遊びだよね。

それから、「武甲山」というのもあるねー。

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これは、セメントの原料になる石灰岩が採れる山で、
明治時代には、標高は1,336mだったらしいんだけど、
いまでは削られちゃって30m近く低くなっちゃっているんだね。
太古の時代、その辺は海だったらしく、サンゴの堆積が石灰岩になっていて
朝廷の時代や武家の時代には、漆喰の原料になっていたんだそうだ。
削り跡が物々しいけど、大昔から山頂や登山口に神社が祀られている神の山として、
いまでも秩父のシンボルのひとつなんだな。

春には、羊山公園の丘の斜面が埋め尽くされる芝桜も有名。



そんなことを調べていて思い浮かんだのが、やっぱり蕎麦のこと。
秩父は水がうまい上に地粉も穫れるので、
蕎麦が地元グルメのひとつになっているんだよ。

人気の手打ち蕎麦屋がたくさんあるんだけど、
中でも絶対に忘れちゃいけないのが、『こいけ』という店。
江戸時代から続く、といった秩父土着の店ではないと思うんだけど、
秩父の在来種も使って打つ、秩父の筆頭人気店だから、
もう秩父を代表する蕎麦と言っていいんだと思うんだよね。

でね、絶対に忘れちゃいけない、というのは理由があるんだよ。
それは、この店があの一茶庵(※1)の創始者 片倉康雄氏の
数少ない “直” の教え子の店
だからだよ。
片倉康雄さんとは、いまある手打ち蕎麦屋がその技術のルーツをさかのぼると、
そのほとんどがその人にたどり着く、と言われるほどの人。

店主の小池重雄さんは、その片倉康雄氏が最初に上野の東天紅で開いた蕎麦教室の卒業生なのだ。
ちなみにその教室の先輩で、一緒に中野の蕎麦教室を手伝った人があの翁・達磨の高橋邦弘氏!
つまり、一茶庵系の蕎麦屋は多々あれど、片倉康雄氏に直接師事した数少ない弟子の一人なんだよ。
そりゃもう、絶対一度は行ってみなくちゃ、でしょ?

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今日こそ、と決めて『こいけ』に行ったのは、まだ暑い9月の半ばだったなー。
お昼の12時少し前に着いたのに、テーブル席とこあがりを合わせて25人分くらいある席は
3人分しか空いてなかったよ。
やっぱり人気なんだねー。

メニューは、壁に貼ってあったね。
地ビールと思われる「そばビール」と「秩父ビール」以外は最小限って感じ。
別にお酒とツマミのメニューがあるようだけど、
午後3時までの営業時間じゃ正月でもなけりゃ飲まないよねー。

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それから、もひとつ!

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「変わりそば(※2)・1,000円」の今日のやつは、「けし切り」だよーん、
ということだよね。
前にもちらっと書いたはずだけど、僕は変わり蕎麦をあまりいろんなのを
食べたことがないんだなー。
2013年9月時点で、「ゆず切り」、「シソ切り」、「桜切り」、「茶蕎麦」くらい。
もっといろいろ食べてやるぞ、と今年の春に心に決めたので、
ココでも迷わず「けし切り」を注文したぞー。



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最初に出てきたのは、「天せいろ」だ。
ざるに、やや細めに打たれた麺が、多くもなく少なくもなく。
スタンダードなグレーの一茶庵系らしい姿だねー。
生粉打ち(=十割)だそうだ。

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天ぷらは、イカ、海老、かぼちゃ、オクラ、アスパラ、舞茸。
これは、天ぷら屋の揚げ方じゃなくて、蕎麦屋の天ぷらだね。

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十割なのに、角もしっかり立って、滑らかでしなやか!
やや平打ち気味だね。

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セオリー通りしっかり茹でてあって、蕎麦の味と香りが充分に引き出させているねー。
9月といえば、夏の新蕎麦を仕入れて打っているんでもなければ、
蕎麦が一年中で一番まずい時期なんだよ。
でも、ココのはそんなことはない。
穀物香豊かな、ぴかいちの蕎麦ができあがってるんだなー。

聞けば、茨城や北海道、群馬、新潟、そして地元秩父の蕎麦を玄蕎麦で買って、
低温倉庫に保管
しておいて、使う分だけその都度、脱穀&石臼製粉しているんだそうだ。
最初は製粉会社から粉を買っていたけど、
その内、高橋名人と一緒に製粉の研究もするようになって、
オーダーメイドの製粉機で粉を調製するようになったとのこと。
こりゃ、うまいわけだわ!

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そして、この蕎麦汁!
これは驚きのうまさだねー!
ひょっとすると、いままで食べた蕎麦のつゆの中でも、1位か2位を争うね。
どうやったらこんなつゆができるんだろう?

ものの本によると、こいけでは、砂糖を使っていないとのこと。
どういうことだろう?
ザラメを使っているという意味かな?
味醂しか使っていないという意味かな?
そこんとこ、よくわからないけど、
確かに軽~い甘味と塩辛さ、それと出しのバランスが絶妙で、
“枯れた” とか “でっぱらない” とか “新しい” というのではなく、
明らかに独自の主張のある “うまい” 味なのだ。
んー、これはマジでうまい!!

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お後に控えしは、はい、初体験の「けし切り」でござる。

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白くやや透き通った、きれいな更科粉の麺に、けしの実がぷつぷつ。

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ふしぎーなビジュアルだよねー。
ちょっと広めの、きしめんみたいな平打ちだから、
けしの実の透け具合が強調されて、
そのつぶつぶ世界が広がっている。

けしの実、っていわれてもどんな味なのか見当がつかないよねぇ。
七味唐辛子に入っていたっけ?
それから考えると、辛いのか?とか薬臭いのか?とか思ってしまうな。

あんぱんや和菓子にも使われているよね。
香ばしいツブツブだけど、特に味の印象はないよなー。
もちろん、阿片やモルヒネといった感じもしないよね。

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・・・ところがだ、この麺をすすって噛んで、
このけしの実をつぶした時の香ばしさといったらハンパじゃないぞ!
噛むたびにナッツのような香りの小爆弾がプチプチ爆発する!
あんぱんのけしの実を食べても、大したインパクトはないけど、
コレのは、まるで炒ったばかりのやつを食べている感じがする。

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なるほどー、さすがに変わり蕎麦の技とこだわりでも鳴り響く
一茶庵系蕎麦屋の実力見たり!だぜー。
僕は、すっかりココんちの「けし切り」に魅了されてしまった。
ほかの店のけし切りも食べつつ、ココのもまた食べに来てみて
比べてみようっと!

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019こいけ_蕎麦湯.jpg

ごちそうさまでした!
せいろ、蕎麦汁、けし切り、文句なしのうまさ。
いやー、マジで来てよかったなー。



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入口のすぐ右に蕎麦打ち場が。帰る時、何人も空き席を待っていたねー。
反射して写っている車は、僕のじゃないす。カメラを持つ僕の手が写っちゃってますねー。

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蕎麦打ち場の横には、年季の入った石臼が。白Tシャツにモスグリーンの短パン姿の僕の右半身が写っています。
別に、デブじゃないっしょ?

022こいけ_外観.jpg



★変なやつ
そういえば、僕が座ったこあがりの右隣に、変なやつがいたなー。
坊主頭でTシャツ&ジーンズ、持ち物はリュック。
歳の頃は、20代後半くらいかな。
ずっと背筋を伸ばして正座してて、蕎麦が出てきたらいよいよ居住まいを正して、
うんうん頷きながら蕎麦を手繰ってる。
ものの30秒くらいで食べ終えて、ペコリとお辞儀をしてさっさと去っていったんだよ。
まるで、修行僧。
こいけを崇拝してるのか、変な蕎麦マニアなのか?



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※1
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「一茶庵」とは、関東大震災後の大正15年に、“天才”と呼ばれた片倉康雄が
いまの新宿アルタのあたりに21歳にして独学で開いた蕎麦屋のこと。
当時の蕎麦界は、大正から昭和の始めにかけて機械打ちが一般化していて、
蕎麦通と呼ばれる人たちも当時の雑誌などで嘆いているほどだった。

「一茶庵」も最初は機械打ちの上、まずい蕎麦屋だったらしいけど、
文筆家で蕎麦通だった高岸拓川という人に手打ちをすすめられて、
昭和4年頃から評判となり、その後、魯山人と出会い、
建物や器、メニューなどを“蕎麦料亭”化することとなったと言われている。

昭和8年に東京・大森に移転してから、蕎麦料理として大森海岸で獲れる海産物や
フランス産の合鴨を使ったり、関西料理のよさを取り入れたり、
独自の石臼技術をあみ出したりで、一世を風靡するに至ったとのこと。

その後、第2次世界大戦があって、一茶庵は閉店したが、
昭和29年に、請われて栃木県の足利市に再開してからは、
家族・親類、弟子たちなどが次々に関東近圏に店を開いて今日に至っている。

一茶庵は、そうして“手打ちの名人”として復活して以来、
昭和40年頃から始まり現在まで続く “手打ちブーム” の火付け役となったとのこと。
現に関東各地に「そば教室」を開いてプロを養成。
いまもその兄弟や子供が引き継ぎ、横浜などで教室は続けられているからすごい。
これまでに、1,000人あまりの卒業生を世に送り出し、
その4割の人たちが蕎麦屋を開業しているというから、
さらにその弟子たちも含めると一茶庵系の蕎麦屋はものすごくたくさんあるはずだね。

ちなみに、あの有名な翁・達磨の高橋邦弘氏も初期のこの教室の卒業生で、
卒業後も宇都宮「一茶庵」で修行を行った後、東京・南長崎の「翁」を開店したそうだ。
いまでは “神様” とよばれる高橋名人も、これまでにそうとうな数の開業弟子を輩出してきたから、
一茶庵の系譜のすそ野は限りなく広くなっているんだよ。

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※2
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[季節の変わり蕎麦の例(更科堀井の場合)]

1月4日~8日 / 桜海老切
1月9日~31日 / 柚子切
2月1日~28日 / 春菊切
3月1日~3日 / 三色そば
3月4日~15日 / ふきのとう切
3月16日~4月10日/ 桜切
4月11日~30日 / 木の芽切
5月1日~10日 / 茶そば
5月11日~23日 / よもぎ切
5月24日~6月5日 / 紅花切
6月6日~20日/ 蓼切
6月21日~30日 /トマトつなぎ
7月1日~7日 / 笹切
7月8日~31日 / 青海苔切
8月1日~31日 / しそ切
9月1日~21日 / 青柚子切
9月22日~10月9日 / 菊切
10月10日~31日 / くこ切
11月1日~21日 / くちなし切
11月22日~30日 / 柿の葉切
12月1日~30日 / 柚子切

※12月21日・22日のみ、かぼちゃ切

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●『手打そば こいけ』
埼玉県秩父市野坂町2-14-34
0494-22-1610
11:00 ~ 15:00
ランチ営業、日曜営業
定休日/火・水曜日 (祝祭日営業のことも)