ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。



すみません!
ネタバレ、バレバレなので、これから映画を観ようと思っている方は
読まないほうがいいかもしれません。



001風立ちぬ_メイン

封切りからずいぶん経ってしまったけど、
ちょっとしたきっかけで『風立ちぬ』ってどんな作品だったんだろう、
ひいては、宮崎アニメってどんな作風だったんだろう、
って考える機会があったので、書き残しておこうと思いました。



最近の宮崎アニメは、なぜすっきりしないんだろう?

「よかった!」、「感動して泣いた」という感想のほかに、
「感動できない」、「すっきりしない」という意見も多くないですかね?
僕は、そういう感想はかなり正しいと踏んでるんだよね。
だってさ、宮崎さんったら、わざとすっきりしないように作っているんだからさ。

宮崎監督は『崖の上のポニョ』発表の後に、
「僕はもう既成の起承転結のよくできたストーリーの映画なんか作りたくない」、
「自分の作品の大衆性が低くなっている」

って言ったことがあるんだよ。
それは、“ポニョ” を観ればわかること。
“エコロジー” など、コンセプトははっきりしているけど、
よくあるストーリー展開や説明的な表現、お約束の落ちのあるエンディングなど、
亜流はもうやらない
と言う意味なんだな。

“ポニョ” の時に初めてそういう発言をされたけど、
僕は、『もののけ姫』あたりからそういうフシがあると感じていたんだよ。
そういう風に作ってきたから、だんだんとすっきりしなくなったに違いないと思ってる。
それは、『もののけ姫』あたりから、“カンヌ” や “ヴェネチア” や “ハリウッド” を意識して、
“和” をテーマにしたり、お決まりの感動的なエンデングじゃなくなったり、
亜流を避けているのが窺える
からだなー。
その後の『ハウルの動く城』では、さらに “すっきりしない度” が増しているように見えるよね?

002風立ちぬ_ポニョ

『風立ちぬ』では、いよいよすっきりしなくなってない?
この物語のストーリーは・・・
●堀越二郎は純粋に飛行機が好きで、クライアントの要求に一所懸命応えて、
 すばらしい性能の飛行機を作ることに成功した。
●それが兵器として使われて悲惨な光景を生み出した。
●その間、飛行機づくりや戦争とは関係なく、結核に侵された女性とピュアな恋をする。
・・・ということだよね。

明らかに、
「高性能な飛行機を開発することは善だけど、戦争は悪だ」、
「もうすぐ死ぬことがわかっている病気に侵されていたって、戦争で死ぬよりはずっとまし、
短くたって生きていれば素敵な恋だってできるんだ」というメッセージを送っている
と思う。

でも、映画を観てもすっきりわかりずらいし、ドーンと感動的なエンドがくるわけでもないよね。
説明的なストーリーや表現がかなりそぎ落とされているから、そうなっちゃっているんだなー。

たとえば・・・
●ゼロ戦を苦心して開発するシーンをもっとふやす
●開発に成功してみんなで悦ぶシーンをもっと長く強調する
●悲惨な戦争のシーンをもっと長く強調する
●ヒロインが空襲で死ぬ
・・・って感じに作り変えたとしたらどうだろう?
一所懸命作った飛行機が、兵器として使われて悲惨な結果を招くギャップが強調されるよね?
それでなくても短い命なのに、空襲で死んでしまうヒロインを見て、戦争に対する憎しみが増すよね?
それによって、この映画の意味や感動がわかりやすく、強いものになるでしょ?

でもね、宮崎監督は、
「僕はもう既成の起承転結のよくできたストーリーの映画なんか作りたくない」、
「自分の作品の大衆性が低くなっている」と言った通り、
僕が書いたような説明的なものにしてまでわかりやすく、感動的なものにするつもりはなかったんだな。
(天才のやることだからねー)

・・・だから、すっきりしないんだと思う、『風立ちぬ』も最近の作品も。



もうひとつのすっきりしない理由

僕は、宮崎さんは自分の作るアニメのストーリーやメッセージに、
あまり興味がないんじゃないか、と踏んでいるんだ。
ちょっと乱暴な言い方になっちゃったけど、
ストーリーやメッセージが第一義ではないのだ、という意味。

宮崎監督は過去に、「アニメは子供が観るものとして作られねばならない」
と言ったことがあるんだよ。
これは、子供向けの人物やキャラクターを登場させたりして、
子供に夢を与えたり、子供たちの精神を正しく導くようなものにしなければならない
と肝に銘じている、ということだと思う。

「自分のやりたいように作ればいいんだ。でも、お金を払って観てくれるんだからなあ」
とも言ったことがある。
これは、自己満足に終わってはいけない、ちゃんと観客が感動や納得を得られるように
作らなきゃだめだ、という意味だよね。
それは、ストーリーやエンディングなどのおもしろさはもちろん、
できるだけ多くの観客が感動、納得できる、パブリック性に根ざしたメッセージ、
たとえばエコロジーや反戦など訴えたりしなきゃだめだぞ、ということ。
でも、ストーリーやエンディングなどのおもしろさ、については、もうそうは作らないと言っているので、
少なくとも、できるだけ多くの観客が感動、納得できる、パブリック性に根ざしたメッセージを
発信しようということになる。

上の2つの “しなければならない” というのはポリシーでありミッションなのだ。
それは、何としてでもやらなきゃならない、とってつけてでもやらなきゃならない、
ということにはならないかな。

たとえば、“千と千尋” でいえば、“エコロジー” や “モンスターキッズ” について
教訓めいたことが描かれているよね。
あれは、“子供向け“ や “鑑賞者に感動や納得を提供するため” に
”とってつけたもの“ じゃないのか。

僕は、“千と千尋” のホントのコンセプトは、「日本の八百万(やおよろず)の神をアニメする」
ということであって、「八百万の神で何をメッセージするか」ということではなかったのだ
、と思ってる。
でなきゃ、もっと “エコロジー” のことなんかを、子供にもわかりやすく、心を打つように作るよね。
でなきゃ、後の “ハウル” はもっとわかりやすい作品になったよね、きっと。

003風立ちぬ_千と千尋

子供向けの絵本をいろいろ見るとわかるけど、必ずしも教訓的なメッセージじゃない。
美感教育ってテもあるわけで、子供の興味や楽しさのためだけに表現されたものもあるよね。

それから、「純粋芸術」と言う言葉がある。
これは、意味のある表題もメッセージもメタファーもない、表現のための表現だけの芸術。
たとえば、ヴェートーベンの交響曲第5番という曲は、もともとは交響曲第5番という曲名であって、
「運命」というコンセプトで作られたものでない、リスナーが後からつけた名前。

つまり、宮崎さんは、“子供向け” や “パブリックな教訓めいたメッセージ” は
しなければならないからやっている “とってつけ” なのであって、
一番大切なことだとは思っていない
ということなのだ。
ホントにやりたいことは、別にあっても全然不思議じゃない。

それより、「最終戦争後の地球ってこんな風になっているんじゃないか?」とか、
「日本の田舎には、子供たちを元気にする愉快な妖精がいるんだよ」とか、
「八百万の神様って、こんなんなんだよ」とか、あくまで想像の世界でしかなかったものを
目にすることのできる “動く絵“ にすることが第一義だったんじゃないか
、ということだ。
「八百万の神に、エコロジーを語らせたかった」んじゃなくってさ。

宮崎アニメは・・・
①「今回は八百万の神でいこうとか、天空の国でいこうとか、
つねに新しい素材を見つけてアニメ化すること」を第一義として、
②「子供向けであること=登場人物やキャラクターなど」と
③「鑑賞者に、お金を払うに値するパブリック性に富んだ感動や納得を提供すること=エコや反戦など」を
“とってつけ” たスタイルで作られている
んだと思う。

でもね、それは宮崎アニメの②や③がいい加減だ、という意味じゃないよ。
その “とってつけ” がすばらしいかどうかが天才と凡才の分かれ目でしょう?
宮崎さんの作品がどっちの手によるものかは明白だよね。
よくみれば、その他の作品もすべてそういう図式で作られているように思うな。



『風立ちぬ』では、何を言いたかったのだろう?

繰り返すけど、大雑把に言うと・・・
美しい飛行機を作りたい、性能のいい飛行機を作りたいと願う青年が、それを成し遂げる。
でも、それは兵器であって、戦争という悲惨な光景を生み出した。
それと並行して、儚い恋を経験して、命の大切さを知る。
・・・というストーリーだよね。

で、メツセージは・・・
●飛行機が好きで、一所懸命打ち込んだ結果、
 たくさんの人の命を奪う兵器づくりに加担することになってしまった。。
 でも、自分は美しく高性能な飛行機を作りたかったのであって、
 人殺しの性能に優れた兵器を作りたかったんじゃないんだ。
●戦争は、決してやってはいけないことだ。
 不治の病でもうすぐ死ぬ人だって、戦争で死ぬよりましだ。
 短くたって生きていれば、素敵な恋だってできるのだ。

・・・ということを言いたかったんだろうね。

“生きねば。” というキャッチフレーズに、キチッと符号するでしょ?

004風立ちぬ_飛行機

005風立ちぬ_ヒロイン



『風立ちぬ』には、涙が出るほどの想いが込められている

じゃ、なんでそういうことを言いたかったんだろう?
僕は、宮崎さんが「兵器マニア」、「戦争好き」などと言われ続けてきたことと関係があると思うんだ。
宮崎さんはこの作品で・・・
「僕は、飛行機や戦車そのものが好きなだけで、 兵器マニアではない、戦争なんか大嫌いなんだ」
と言いたかった
んだろうなー。

これまでさんざん「兵器マニア」とか、「戦争好き」とか、「子供に観せられない」
とか言われてきて、さぞかし悔しかっただろうと思う。
稼業が兵器づくりに加担したことや、自分が兵器系の雑誌に出稿していたこと
それによって、一部の人たちからは “ナウシカ” にまでさかのぼって “危険物扱い” されてきた。
しかも、“ナウシカ” にあっては、「オウムのテロを増長させた」とまで非難されたよね。
それは、親や親戚、自分の家族、ジブリの仲間たち、そして自分自身のことを思えば、
とてつもなくつらいことだったに違いないと思う。

006風立ちぬ_ナウシカ_オウム

特に、“生きるために” 兵器づくりに加担しなければならなかった親や親戚への想いは、
“生きねば。” というキャッチフレーズにも反映されているほど
だと思う。
宮崎さんが、「いつか、みんなの仇をとってやる」と思い続けてきたとしても、
何の不思議もないんじゃないかな。

だから、『風立ちぬ』が封切られてすぐに、「やっぱり兵器マニアだった」とか
「反戦主義の顔をした、戦争好きの国粋主義者」などと、映画のメッセージとは逆の言われ方をした時、
終戦記念日に向けて機関誌ではっきりと、自分が反戦論者であることを語って、
あわててはっきりと否定しにかかった
のもうなずけるし、
宮崎さんが、試写後に「自分の作品を観て、初めて泣いた」のも納得できる。
みんなに「みんな、つらい思いをさせた、悪かった、なんとか仕返ししてみた」という想い
こみあげて泣いたんだろうなあ。
制作者は、「自分の考えたストーリー」や「作品の出来栄えの良し悪し」で泣いたりしないよなあ。

そう、堀越二郎とは、親や親戚、自分の家族、ジブリの仲間たち、そして宮崎さん自身なのだ

引退記者会見で、宮崎監督は「ナウシカの続きはアニメにしない」と公言したよね?
あの場面は、泣けた!
冗談じゃない、なんのために『風立ちぬ』を作ったと思ってんだ、
『風立ちぬ』でこれ以上風評をもらうことには終止符を打ったんだ、
僕がアニメづくりでやりたいことは、最後にこれをやらせてもらっておしまい

ということだと思う。
ホントは “ナウシカ” を続けたかっただろうに、とおもんぱかると、涙が落ちそうになった。



宮崎アニメに、私的な作品は何本ある?

前述したけど、僕は、宮崎アニメは・・・
●今回は八百万の神でいこうとか、天空の城でいこうとか、つねに新しい素材を見つけること
●子供向けであること=登場人物やキャラクターなど
●鑑賞者に、お金を払うに値するパブリック性に富んだ感動や納得を提供すること=エコや反戦など
・・・というスタイルで作られていると思う。
それがポリシーなのだ。

でも、たった2つそのポリシーに反した作品があるよね。
『紅の豚』とこの『風立ちぬ』。
『紅の豚』は、豚をキャラクターにしたりして、子供向けのフリをしてるけど、
その実はヨーロッパのラブロマンスみたいな大人のストーリーだよね。
で、メッセージは「僕は飛行機が大好き」じゃないかな。

007風立ちぬ_紅の豚

「僕は兵器が好きなんじゃない」とは言ってないけど、
そう、宮崎さんは『風立ちぬ』よりだいぶん前に、
「僕は飛行機が好きなだけなんだ」というメッセージの “仕返し映画” を作っていたんだなー。
でも、宮崎バッシング論者にはあまり伝わらなくて、
そのままになっていたのを今回の『風立ちぬ』でケリをつけようとしたんだろうね。
これは、本人も言っているけど、明らかにポリシーから逸脱した私的作品だね。

そして、『風立ちぬ』。
これも、新しい素材に違いないけど、子供向けでもないし、
反戦という意味ではパブリック性に富んだ納得を促しているけど、
個人的な “仕返し” がコンセプトと思われるし、それが前面に出ているから、
きわめて私的な作品だと言えるだろうね。



宮崎さんは、最後にいわゆる宮崎アニメらしくない作品で、
長編作家としてのキャリアをしめくくった。
「ごめんね、トトロやナウシカはもうここにはいないんだよ」と言わんばかりに。

あーあ、宮崎駿という名の “風雲” は、消えてしまったんだね。
始めから、これでやめ、と決めていたんだろうね。

だって、『風は吹き去った』ってタイトルなんだから。



008風立ちぬ_去った



009風立ちぬ_ポスター

●『風立ちぬ』(The Wind Rises)
2013年 日本
上映時間:126分
配給:東宝
製作担当:奥田誠治、福山亮一、藤巻直哉
製作会社:スタジオジブリ
監督:宮崎駿
原作:宮崎駿
脚本:宮崎駿
撮影監督:奥井敦
編集:瀬山武司
音楽:久石譲
主題歌:荒井由実『ひこうき雲』
声の出演:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、スティーブン・アルパート、風間杜夫、
     竹下景子、志田未来、國村隼、大竹しのぶ、野村萬斎 ほか
受賞:???????????

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