あっちがなくなって、こっちがあった ~ 『ニ八そば ひらい』


ちょいと所用があって、秩父へ行ったんだよ。
埼玉県の西のはじっこ。
秩父は最近は、都心からすぐに行けるリゾート、みたいな言い方をされていて、
けっこう人気なんだな。

いろんな名所や催し(「龍勢」とか)が行なわれてるけど、
これからおもしろそうなのは、12月1日~6日に行なわれる
『秩父夜祭(ちちぶよまつり)』だよなあ(行ったことないんだけど)。

京都の祇園祭や飛騨高山祭と並んで、「日本三大曳山祭」って言われているんだってさ。
「曳山(ひきやま)」というのは、「山車(だし)」のことだから、
京都祇園の山車みたいなやつをぞろぞろ街の中を引き回す系ということだね。

「三大」に入っているのは、歴史が古いからかな。
なんせ、300年前からやってるらしいね。
人出もすごいらしいけど。

で、この祭の変わっているところは、その名の通り夜中にやるところ。
12月3日の例大祭には、夜の9時あたりから12時過ぎまで山車が練り歩くらしいんだね。
電車なくなるだろ、って思ったら、その日ばかりは西武鉄道も夜中に臨時運行するんだってさ。
「秩父祭の屋台行事と神楽」が、国重要無形民俗文化財に指定されているそうだ。



用事を終わらせて腹が減ったぜー、ということで当然「蕎麦食おうぜ」というわけ。
これまでは、「こいけ」(http://yurayuragusa.blog.fc2.com/blog-category-46.html)
という名店にちょくちょく寄らせてもらっていたんだけど、
残念ながら店主が高齢となったということで、今年の9月に閉店してしまった。

ちなみに、店主の小池さんは、故・片倉康雄氏の直接の弟子だったんだよ。
片倉康雄氏とは、昭和の名店「一茶庵」を創業して現在の手打ちそばブームを創り出し、
蕎麦業界に関わる人たちに神様と呼ばれている人。

昭和の始め頃は、実はほとんどの蕎麦屋が機械打ちだったんだな。
江戸時代から続くような老舗名店でさえもさ。
そんな中で一人がんばって、江戸蕎麦の手打ちにこだわり、
さらには、蕎麦屋を洗練された料理を出す料亭レベルにまで引き上げたのが
片倉康雄氏だったんだよ。
現在の蕎麦屋は、そのほとんどが片倉康雄氏のこだわりとスタイルの
影響を受けていると言っても過言でないというやつなんだな。

その直弟子の一人が小池さんだったというわけ。
神様直伝の蕎麦を打っている人はいまではもう少ないので、
やめてしまったのは、ホントにホントに残念。

ちなみに、「翁」や「達磨」の創業者として名人の名をほしいままにしている
高橋邦弘氏
は、小池さんとは片倉康雄氏の弟子仲間。
いまでは、ちょくちょく見かける石臼挽きの蕎麦だけど、
最初に自家製の石臼製粉機を開発したのは、この二人が協力してやったことだそうだ。

小池さんは、秩父在来種の蕎麦を発展させたり、
蕎麦農家と相談していい蕎麦を作ってもらったり、
開店前に必ず自分の打った蕎麦を試食したり、
自分に合った麺棒を手づくりしたり・・・
いまのニューウェイブと呼ばれるこだわり蕎麦職人の手本となることを
50年も前から毎日フツーにやってきた人だったのさ。



秩父にはうまい蕎麦屋がけっこうあるんだけど、そんなわけで、
あー、秩父からホントにうまい蕎麦屋がなくなってしまったー、って嘆いていたんだよ。
でも、用事ついでとはいえ、「せっかく秩父へ行くんだから、
どっかうまいとこないのかよー」ということでぐぐったら、
けっこうな高評価の店が現れたんだな。

それが、タイトルの『ひらい』なのだっ。
まあ、WEBで高評価でも、んー、それほどでもないかな、
という蕎麦屋はたくさんあるんだけど、ここはかなり良かったわー。

都心方面から行って、秩父の駅に着く少し前に右へ折れて
山の方へ何の変哲もない道を少し行くと、ぽつんと道端にあったよ。

おーおー、なんだあ、プレハブの飯場小屋みたいな建物だわな。

001外観.jpg

これは、何にも知らないで通りすがると、立ち食い蕎麦屋だと思うね。
(立ち食い蕎麦屋を卑下しているわけではないぜー)
なんぼうまいと言ったって、これはちょっと腰がひけるかも。

のれんや、すだれを垂らして、局部的には本格蕎麦屋だな。

002のれん.jpg


「ちわー」って入ると、笑顔とやわらかい声で「いらっしゃいませー」。
人柄(とアタマ)が輝いているわ。

003店内.jpg


4人掛けのテーブルが2~3卓と、奥に上がりがあって、そこも2~3卓。
11:30~15:00だけの営業のところへ14時頃に行ったせいか
客は上がりの卓に4人いるだけだったよ。

004蕎麦茶.jpg

005黒板.jpg

材料を黒板に書いてあって、いいねー。
田舎蕎麦の「秩父産荒川在来種」というのを食べたかったんだけど、
品切れ、無念。
二八の「池田製粉(丸抜き)」というのはなんだ?
品種が書いていないので、なんだかごまかされたかな、って感じ。

006メニュー.jpg

007セットメニュー.jpg

僕がたのんだのは、「ランチセット」の「そばと野菜天丼のセット」。
ツレがたのんだのは、「そばとむぎとろご飯のセット」。
いずれも蕎麦は、メニューにある「もりそば」だそうだ。


008天丼蕎麦全景.jpg

ほれ、これが「そばと野菜天丼のセット」。

009きんぴらと薬味.jpg

ご覧の通り、きんぴらごぼうときゅうりの浅漬けもついているね。
おっと、気づいた?
薬味にネギはないんだなー。
でも、これはケチっているわけではなくて、たのんだらくれるんだよ。
要は、「つゆにネギを入れないで蕎麦をすすってほしい」いうことだよな。


010天丼.jpg

011天丼蕎麦もり.jpg

写真ではわかりずらいけど、これはけっこう白い!
メニューには「さらしな系」って書いてあったけどね。
でも、まっ白ではなくて、ご存知の蕎麦の色(黄緑+グレー+マット)でもない。
限りなく更科(蕎麦の実の挽き始めに出る白い粉)に近い二八ってことだなー
んー、一番粉と二番粉か三番粉を混ぜて作ったりしてんのかな?
きれいに白い二八蕎麦。


012天丼蕎麦アップ.jpg

しかも、瑞々しい透明感がある!
ますます更科っぽいなー。
でもどうやったら、この “透け” が出るんだろう?
水じゃなくて、お湯で打っているのかな?

いわゆる二八蕎麦とは、かなり違うよ。
たぶん、フツーに暮らして蕎麦を食べている人には
見たことのない蕎麦のはず。
「一茶庵」系の典型的な「こいけ」の二八とも、全然違うぞ。


013とろろ蕎麦全景.jpg

ツレのたのんだ「そばとむぎとろご飯のセット」。

014とろろ.jpg

015とろろ蕎麦もり.jpg

やっぱし、白い。


016とろろ蕎麦アップ.jpg

ほら、やっぱし透き通っているだろ?


017箸上げ.jpg

つべこべ言ってないで、とっととすするだけ!

んー、うまいぞー。
店の外観とは大違い。
歯ごたえ、蕎麦の香りと味がバツグンだねー。
辛汁も、魚出し臭くなく、甘過ぎず、やや塩からめでまろやか。
なるほど、こいつは高評価に決まっているわー。

こういう蕎麦は、みんな食べたことないんだろうなあ、
なんて、ドヤ顔で記事書かせてもらってまっせー。
だって、こういう透き通っていて、コシが強めで、ホロッとした噛み応えで、
蕎麦の香りも味も豊かな蕎麦なんぞ、老舗でも名店でも食べたことないものさ。
(もう一軒だけ知ってるけど)
まあ、すべての蕎麦屋に行ったわけじゃないけどね。


018蕎麦湯.jpg

おー、“粉溶かし系” の蕎麦湯が出てきたよ。

019梅干し.jpg

おおっ、梅干し!
こんなに上等な梅干しを蕎麦湯のアテに付けて、
商売大丈夫なのかい?

020蕎麦湯02.jpg


021武甲山.jpg

んー、雲のかかった武甲山のように、
謎に包まれた激ウマの『ひらい』の蕎麦であった。
他のメニューも試して、謎解きに何度も来ることになりそうだべ。



ところで、↓こんなこと知ってた?

■二八蕎麦(にはちそば)って何だべ?

いわずと知れた、
小麦粉と蕎麦粉の割合を2対8で打った蕎麦のことだよね。
ところがだ、この「二八」というのは、
まだ蕎麦に小麦粉を混ぜることをしていなかった(つまり十割蕎麦)が
あたりまえだった時代(文献では江戸時代の慶応年間(1865~1868)以前)
からある言葉なんだね。

じゃ、「二八」って何よ?ってことになるんだけど・・・
当時のもり蕎麦やかけ蕎麦の値段って、16文だったんだよ。
それを江戸っ子のノリと語呂で、“にはちの16文蕎麦” って
言っていたんじゃないかって説があるんだね。

それから、16文払って蕎麦を食って、もう一杯おかわりしても値段は同じ
っていうような商習慣もあったとかで、
なら1杯あたり8文で、8文×2杯で16文だから「二八」ってか、
という説もあるんだな。

ちょびっと、江戸時代の風俗っぽいことも知れたりして、
蕎麦っておもしろいっしょ?


■16文っていくらよ?

そこで気になるのが、
16文っていまの金額に換算したらいくらよ?ってことだわ。

これは、江戸時代って言っても250年あまりも続いたし、
1文あたりの価値が激しく変動したので難しいんだけど、
大ざっぱに1文 = 20円というやり方がわりと一般的のようなので
それで計算すると20円 × 16文 = 320円ってことになるわな。
んー、なるほどいまの立ち食い蕎麦の値段くらいだ、というわけ。

ちなみに、「守貞漫稿」(1853年)という幕末頃の風俗誌に書かれている
蕎麦屋のメニューを見ると・・・

022守貞漫稿_蕎麦屋メニュー.jpg

●蕎麦:16文 = 320円 ※もり蕎麦のことだろうね
●あんかけうどん:16文 = 320円 ※これはなんだろう?かけうどん?
●あられ(蕎麦):24文 = 480円 ※アオヤギの小柱をのせたもの。いまはこれはすごく高いぞ。
●天ぷら(蕎麦):32文 = 640円 ※当時は芝えびの天ぷらのこと。これもいまはもっと高い。
●花巻(蕎麦):24文 = 480円 ※浅草のりを焼いて揉み、花びらみたいにかけそばにトッピング。
●しっぽく(蕎麦):24文 = 480円 ※卵焼き、蒲鉾、椎茸、鶏肉をのせたもの。
●玉子とじ(蕎麦):32文 = 640円 ※溶き玉子をかけ汁に入れて熱を通したもの。
●上酒一合:40文 = 800円


これを見てわかるのは、少なくとも幕末の頃には、
隅田川河口付近の海(江戸前)で、「アオヤギ」や「芝海老」、
「海苔」などがふんだんに獲れたということだよね。
いまは、あんまり獲れないんだよ。

酒が高いねー。

それから、「あられ」とか「花巻」、「しっぽく」、「玉子とじ」
というメニューはいまでもあるところにはあるんだけど、
江戸時代から続く伝統メニューだということ。
めったに見かけないけど、あったら、浅草のすぐそばに浜があって、
ちょんまげ結った漁師さんがアオヤギを水揚げしたり海苔を干していたりする風景を
想像しながら食べてみるのも一興だよね。

ちなみに・・・
●豆腐1丁:60文 = 1,200円!
●玉子1個:20文 = 400円!

●旅籠宿代1人:200文 = 4,000円
●醤油1升:188文 = 3,760円
●髪結(大人):32文 =640円
●吉原(太夫の揚げ代):1両2分 = 約100,000円
●吉原(身売/夫の窮地を救うために妻が吉原へ):80両 = 約5,500,000円
●不倫の示談金:7両2分 = 約500,000円
●富籤(宝くじ当選金):1,000両 = 約70,000,000円
●長屋の家賃(九尺二間の1間/1か月):600文 = 約12,000円
●参勤交代費(金沢~東京 2,000人/12泊13日):3,000両 = 約200,000,000円


がっはっはー



●『ニ八そば ひらい』
埼玉県秩父市山田2675-20
0494-25-1293
11:30~15:00
ランチ営業
定休日/火曜





♪さすらいのギター / 小山ルミ





♪24,000回のキス / ゴールデン・ハーフ





♪私は泣いています / リリィ  (1974年、作詞・作曲 リリィ)


最近、ドラマや映画でよく拝見していたのですが・・・まだ64才という若さなのに。
合掌

平日の昼酒 ~ 『吾妻橋やぶそば』


親友のHくん御用達の “吾妻橋やぶ” に行ってきたよ。

Hくんが、こっちに単身赴任していた時に、
お気に入りで、ちょくちょく行ってたという店。
彼は赴任中、この近辺に住んでいたからね。

彼のルポを見て、「おお、よさそうな店だなあ」と思い、
そのうちに行くぜと思いつつ、2年も経ってしまっていたね。
だってさ、月曜と火曜が休みで、11:30~16:00の営業だからね。
しかも、ふだんほとんど用の無い浅草方面だからね。
なかなか行けなかったのさ。

今回は、たまたまその近くで午前中に打ち合わせがあったので、
「おっしゃー、逃すなチャンスチャンス」ということで、
ウキウキ行ってみたんだよ。



地下鉄銀座線の浅草駅を出ると、東武スカイツリーラインの浅草駅と直結した
松屋浅草(デパート?)が目の前に。

001東武スカイツリーライン浅草駅_松屋浅草.JPG

ちょっと左を向くと、デンキブランで有名な「神谷バー」が。

002神谷バー.JPG

そっち(浅草方面)とは逆を見ると、すぐそこに隅田川。
「吾妻橋」がかかっているのだ。

橋の上から「駒形橋」方向を見ると、屋形船が停泊中。
風情だねぇ。

003吾妻橋の上から駒形橋を望む.JPG

駒形橋と逆の方向を見ると、アサヒビールの本社ビルと墨田区役所がスコーン。
あの「雲古オブジェ」も健在だねー。

004アサヒビール本社ビル.JPG

橋をしばらく歩くと、なんと東京スカイツリーも見えてきた!
おお、絶景かな、絶景かな。
まわりに高い建物がないので、目立つ目立つ。

005スカイツリー.JPG



吾妻橋を渡り切ってすぐに右に曲がって、隅田川沿いに3分も歩けば
左手にほれ、『吾妻橋やぶそば』が待っていたぜー!
駒形橋の東詰の目の前だね。

006吾妻橋薮そば入口.JPG

繁華街でもなんでもないところなので、ちょっと寂しげな風情ではあるな。
でも、黒塀と少し奥まった玄関で、ちゃんと江戸蕎麦屋の風体をなしているねー。

おお、中は想像してたのより広い。
想像以上に凝った和の内装に、椅子やテーブルがゆったりレイアウトされていて、
よくある人気蕎麦屋のようなせせこましさが全然ないね。

007店内.JPG

ぴったし11:30に着いたから、客はまだ3人くらいしかいない状態。

008鉢.JPG



さてさて、何にしようかな。
うむ、蕎麦屋のつまみだな。
そうさ、街の蕎麦屋は料理屋じゃないし、飲み屋でもないんだから、
こういうのがふさわしいのだ。

009メニューつまみ.JPG

でも、定番系の他に、「天抜き」とか「鴨抜き」とか「天種」とかのがあって、
いいね、いいね、って、蕎麦屋モチベーションが上がってくるぜー。

010メニュー蕎麦.JPG

蕎麦メニューの最も特徴的なのは、
もり蕎麦が、小・中・大の3種あることだろうね。
これは僕的には、つまみをたのんで蕎麦前酒をやった後に、
「蕎麦、少しでいいんだけどなあ」って思うことがあるので、大助かりなんだよね。

ぶっかけ系もそそられるけど、
「花まき」や「おかめ」の伝統メニューもいいねー。



よし、まずは小瓶ビールと「鳥わさ」で、シュワーッといくか。

ほれほれ、これだ。

011ビール_蕎麦味噌_鳥わさ.JPG

酒類をたのめば、何か突き出しを出してくれる、これが蕎麦屋の常識。
こちらは、定番の「蕎麦味噌」。

012蕎麦味噌.JPG

「鳥わさ」は、見た目より量が多いぞ。
味付けはたぶん、かえしとみりんか砂糖と、当然わさび。
そして、微妙にすりゴマを混ぜてあるとみた。

013鳥わさ.JPG

わりと薄味。
うまい!
“蕎麦前がいい” という評判は、本当だな。
ビール向きのつまみでないことはわかっていたんだけど、ソーセージとかないし、
ぽかぽかあったかい日だったので、喉が乾いててビールにしたのが悔やまれる。
それにしても、11:30から16:00の間に酒を飲む人がそんなにいるんだろうか。

ほとんど食べてしまってから、やっぱり日本酒がいいな、
って「菊正上撰」の熱燗をたのんでも後の祭り。
なら、もう一品ということで、「天抜き」を注文したった。

014菊正上撰.JPG

ちなみに「天抜き」とは、
あったかい天ぷら蕎麦の “蕎麦” を “抜いた” もののこと。
天ぷらを抜いたらそりゃ、かけ蕎麦だからね。
つまり、温蕎麦の甘汁に、天ぷらが肩まで沈めてあって、
三つ葉とゆずのかけらを浮かべてある、というシロモノなんだよ。

015天抜き.JPG

妙でしょ?
だって、天ぷらの衣がどんどんレロレロになってくるんだよ。
でもね、これが絶妙に日本酒に合うんだよ。
まあ、醤油と出しの味だからね。

016天抜きアップ.JPG

ガリガリに揚げたはずの、大げさな衣の中に入っているのは、芝海老かな。
どうせ2~3個だろう、と思っていたら7~8個も入っていた!
1,200円もする変なつまみだけど、これなら高くないな。

017天抜き箸上げ.JPG

これは、天ぷら蕎麦にする時の甘汁より、
意図的に少し濃い味付けにしてるんだろうね。
色も濃いし、酒のつまみにして合うように味をこしらえていると思う。
レロレロとプリプリを繰り返して口に運ぶのが止まらない。

酒が進む進む、もう一本つけてもらいたかったけど、やめ!
だってさ、平日の昼なんだよ。
顔がまっ赤っかだし。

018七味.JPG



呑んでる間にたのんどいたのは、「もり」の小
これも、見た目より多いね。
神田の砂のつく蕎麦屋のもり一枚より、はるかに多いぞ。

019もり小.JPG

020もり寄り.JPG

021もりアップ.JPG

辛汁はまっ黒で、ご存知「藪」の塩辛さ。
出しの香りは軽くて、旨味の引き出しのみに徹しているのか。

022もり汁.JPG

微粉で打たれた麺のすすり心地も、歯ごたえも、
鼻に抜ける蕎麦の香りもナイス!
完全手打ちは、2009年から始めたそうなんだけど、
上野藪の麺を少し細くしたくらいのクォリティの高さだね。

023もり箸上げ.JPG

024きざみねぎ.JPG

あ、ネギを入れるのを忘れてたーっ、
ってかー、ホントは蕎麦湯に入れるために取っておいたんだよ。

025蕎麦湯.JPG



Hくん、いつも一人でどこに座って、天ぷら蕎麦を食っていたのかなあ。
一緒に蕎麦屋めぐりしたのを思い出すねぇ。

いつか、ここにも一緒に来られるといいなー。



026水上バス.JPG


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<やぶそば豆知識>

藪蕎麦の“藪”とは元々は蕎麦屋の屋号ではなく、
ホントに竹藪の中にあった蕎麦屋だから愛称として呼ばれていたものらしい。

それは1700年代の江戸時代のことで、
東京・池袋の近くの雑司谷の鬼子母神にあった2軒の人気蕎麦屋のうち、
門前茶屋だった方と、ちょっと離れた竹藪の中にあった方を区別するために、
竹藪の方を “藪の内そば” とか “藪の中爺がそば” と呼んだことから生まれたペットネームだとのこと。

この“藪の内そば”を、鬼子母神にお参りに来た人が、行く時に注文を入れといて、
帰りにちょうど通りかかる頃に蕎麦を作ってもらっといて食べて帰る、
という使い方をする人も多かったそうだ。

この元祖“藪の内そば”は、戸張喜惣次という主人がやっていて人気を博していたけど、
1818~30年(文政)の頃に廃業したのではないかと言われているそうだ。
その頃には、江戸のあちこちに「藪そば」を冠した蕎麦屋があったそうだ。
江戸にはよっぽど竹藪があったのと、語呂のいい粋な呼び名が流行ったんだろうね。

この雑司谷の“藪の内そば”は、いまの“かんだやぶそば”とはどうも関係ないようだ。
つまり、この店から分家が生まれていたとしたら、
かんだやぶとは別の由緒ある“藪”が存在しているはずだねー。

その後、江戸にたくさんある藪そばの中で群を抜いたのは、
深川藪之内の「藪そば(藪中庵)」という蕎麦屋だったとのこと。
幕末から明治にかけて名店として人気があったらしいんだけど、明治に入った頃には、
千駄木の団子坂にも大人気の “藪”「蔦屋(通称:千駄木やぶそば)」があって、
その2店が肩を並べていたという記録が残っている。

深川の藪は、明治37年頃に廃業したと思われて、
千駄木・団子坂の藪「蔦屋」も明治39年頃に、支店を残して倒産したそうだ。

深川藪の流れは、もうどこにもないんだろうか。
雑司谷系列も深川系列も資料が残っていないので、
現在まで支店を残しているこの千駄木団子坂「蔦屋」系列が、
やぶそばの正統なルーツとして語られているのが現状みたいだね。

「蔦屋」は、天保4年(1833年)の記録では、伊勢安濃津藩の武士だった山口伝次郎が創業者で、
武家をやめて町人として親戚の苗字である三輪姓を名乗って始めたというのがあるけど、
下野(栃木)出身の武士が創業者だとする説もあって、はっきりしないようだ。

でも、千駄木の団子坂の中ほどに「蔦屋」という蕎麦屋があったことは複数の記録からして間違いなくて、
それが「藪そば」とか「やぶそば」とかと呼ばれていたことも文献に残っているそうだ。

明治時代の「蔦屋」は、敷地面積が1500坪を越える屋敷のような店で、
坂を利用して仕事場と客室が複数立ち並び、敷地内には人口の滝まであったそうだ。

売り物の蕎麦は、今とはまったく違って、挽きぐるみのいわゆる田舎蕎麦で、
うどんくらいの太さがあって、コシも東京一ではないかと言われるくらい強かったとのこと。

器類は、邸の周りがその名の通り竹藪だったので、蒸籠や箸、土産用のつゆ入れの筒などに
竹細工が用いられていたのが特徴的だったそうだ。

その「蔦屋」には、神田の連雀町(現在の淡路町のあたり)に支店があって、
明治13年に、堀田七兵衛という人物がこれを譲り受けることになって、
これがいまの『かんだやぶそば』の始まりとなったそうだ。

この時点で「雑司谷・藪の内そば」はすでに消滅していて、
「千駄木団子坂藪そば・蔦屋」と「深川藪そば・藪中庵」とこの「連雀町藪蕎麦」が、
東京の藪そばのベストスリーと当時の書物に紹介されている。

先に書いたように、「深川藪そば・藪中庵」は明治37年頃になくなったと言われていて、
明治39年頃には、隆盛を極めた「千駄木団子坂藪そば・蔦屋」も財テクに失敗して廃業したから、
その後は、“藪そば”といえば、蔦谷の暖簾を継いだ神田連雀町のことさすようになったとのことだ。

おもしろいのは、『連雀町藪蕎麦(現・かんだやぶそば)』の創始者の堀田七兵衛は、
元は「砂場」系の蕎麦屋をやってたこと。
江戸時代に林立した“藪蕎麦”の中から、“藪”のルーツを引き受けることになった店に、
“砂場”のDNAが入っていることだ。
「連雀町藪蕎麦」を引き継ぐ前まで、堀田七兵衛は浅草蔵前の「中砂」という砂場の4代目だったのだ。
堀田家が大阪の砂場をどうやって東京に継いできたかは、不明らしいけど。

その後「連雀町藪蕎麦」は、関東大震災と第二次大戦を経て、堀田七兵衛の次男・平二郎が継いだ。
三男に勝三というのがいて、京橋の支店をやっていたのだけど、
浅草並木町に元々あった団子坂藪蕎麦(=蔦屋)の支店「藪金」に、
26歳の時に移転させられて店を任せられた。
それが、いまの『並木藪蕎麦』だそうだ。

その堀田勝三の長男の平七郎が、日本橋三越支店を経て“並木“を承継。
昭和29年に勝三の三男の鶴雄が上野池の端の新店を任せられたのが、『池の端藪蕎麦』の始まり。

この “神田連雀町(かんだやぶ)” と “浅草並木” と “上野池の端” が、
初代・堀田七兵衛の血縁直系なので、「藪御三家」と呼ばれているんだね。

さらに、明治25年に「連雀町藪蕎麦」が初めて暖簾分けしたのが鵜飼安吉の『藪安(現 上野藪そば)』。
明治37年に暖簾分け第二号店として開業したのが多田与四太郎の『浜町藪そば』。
初代七兵衛の妹4人のうちの1人の娘が、大正になって七兵衛の弟子と結婚して出したのが『泉岳寺藪そば』。

この他、直系・暖簾分け含めて、本郷、浅草、日陰町、銀座、人形町、京橋、日本橋、
本駒込、三田、芝浦などに“千駄木団子坂→神田連雀町系“藪蕎麦は展開したけど、
戦後までにみんな廃業しちゃって、御三家プラス「上野」、「浜町」、そして「泉岳寺」が残ったというわけ。
(以上『蕎麦屋の系図』岩崎信也 光文社知恵の森文庫 参照)

Hくんお気に入りの『吾妻橋やぶそば』は、何店目か僕はわからないけど、「上野」、「浜町」と並ぶ、
「神田連雀町藪蕎麦(かんだやぶそば)」のれっきとした暖簾分け店なんだなあ。

“藪”というと、クロレラ入りの緑色の細くて弾力のある麺と塩辛い蕎麦汁を思い出すけど、
分家の御三家も暖簾分け店も、それぞれ工夫が進んでいて、
伝統を守りながらも少しずつ違う味やメニューが愉しめるらしいね。

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●『吾妻橋やぶそば』
東京都墨田区吾妻橋1-11-2
03-3625-1550
11:30~16:00
ランチ営業、日曜営業
定休日/月曜・火曜







“ 東京の空 ” / 小田和正





“ Good Time Charlie's Got The Blues ” / Earl Klugh - Chet Atkins Quintet




凝り性、新展開



親友のHくんから、写メが届きました。

彼は僕の蕎麦の師匠なのですが、
なんと今回は、『寿司弁当』ですー!

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ご無沙汰してます。
最近、どうですか?
こちらは、このところ寿司弁当づくりに凝ってまして。
その一端を。
鯖寿司、スモークサーモン寿司、鰤寿司です。
スモークサーモンは王子サーモン製。
鰤は昆布じめです。

京都に行っている末娘が帰省しているので今夜は蕎麦を打ちます。
では。

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001寿司_鯖寿司.jpg
しめ鯖の巻きずし

002寿司_サーモン.jpg
スモークサーモンの押し寿司

003寿司_鰤.jpg
昆布じめ鰤の押し寿司


寿司ぃ?
なんでまた、いま寿司なんだろう?
で、なんでまた、“弁当” なんだろう?

やれ、燻製だとか、カクテルだとか、お造りだとか、蕎麦だとか・・・
なにかと「手作り凝り性」のHくんではあるけど、なんか理由があるのでは?
・・・でメール返信してみた。

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①寿司弁当って、会社とか山歩きとかに持って行く「弁当」ってこと?
「器」としての弁当ってこと?

②これって、木型を使った押し寿司?
酢飯を作っているの?
鯖は酢でしめてないの?
それぞれの作り方の簡単な説明を教えてもらえますか?

③なんでまたいま、寿司に凝っているの?

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①会社に持って行ってます。

②鯖寿司は巻きすで巻きますが、ほかは木型を使った押し寿司です。
当然、鯖は自家製しめ鯖。
酢飯は、生姜と胡麻を混ぜ込んでいます。
ちなみに生姜の酢漬けも自家製です。

③秋田杉の曲げわっぱ弁当箱を買って以来、弁当が楽しくなってきて、
その曲げわっぱのシーンに最も合うのが寿司だったからかなあ?。
なんせモノから入る性格なので(笑)

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へぇー、押し寿司用の木型を持ってるんだあ。
しめ鯖を作るだけでも大変なのに、
酢飯に入れる生姜の酢漬けも手作りかあ、すごいねー!

秋田杉の曲げわっぱ?!
あー、そうか!!
めでたい系で秋田に行ったか、もらったかで曲げわっぱを手に入れたんだねー。
そうかそうか、結婚されたお子さんからみねぇ。
うんうん、めでたいことだし、子供想いのHくんらしいねー!
お子さんの家庭の幸せを願う気持ちが見て取れるねーー。
やさしいんだねー。

そうだね、曲げわっぱには寿司が似合うねー。
ちらし寿司とかでも既視感があるねー。
寿司は、めでたい食べ物だしねー。

幸せ感、ガッツリ伝わってきますよ。
うらやましい!
ご家族皆さんの幸せがずっとずっと続きますように!

それにしても、マメだねぇー。

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Hさま

返信ありがとう!
追って、ブログにアップさせていただきます。


福島原発の汚染水の垂れ流し報道をみると、腹が立ちますねー。

最近、何かで読んだもので、少し明るいもの↓がありました。

2013年、日本国内の太陽電池の売れ行きがかなり良かったそうです。
それらによる総発電量は、750万キロワットにものぼるそうです。
自家発電がポピュラーになりつつあるようです。

現在、原発による発電量は、約4,430万キロワットだから、
このまま太陽電池の普及が進めば、単純計算で、5~6年後には原発が不要になる理屈です。
電力会社は、蓄電・送電会社に転身すればいいでしょ。

つかりこ

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3月11日です。
亡くなられた大勢の方々のご冥福をお祈りいたします。
いまなお困難な中にある方々の暮らしの、一日も早い回復をお祈りいたします。



布恒更科という独自のブランド ~ 『築地 布恒更科』



「映画的日記」の映画カッパさんに譲っていただいた、
キネ旬ベスト・テンの「第1位映画鑑賞会と表彰式」のお昼休み、
せっかく築地方面に来たんだからと、
前からぜひ行ってみたかった蕎麦屋へ行ったんだよ。

2月8日(土)の大雪の日だったね。
あれからずいぶん経っちゃったなー。
次の週末はさらに大雪で、いまだに物流の調子がおかしかったりするよね。
ウチのまわりには、除けて積み上げた雪の山がまだまだあっちこっちにあるよ。



2月8日(土)の昼の11時40分頃、雪の中歩いて向かったのは、
『築地 布恒更科』(つきじ ぬのつねさらしな)。
中央区役所のそばにある会場から、歩いても4~5分のところにあるんだな。

築地というと、移転するとかしないとか言っている卸売市場を思い出すよね。
そう、その築地の近くだよ。
その築地の市場は、明治の初期には、海軍操練所(のちの海軍兵学校)があったとこなんだね。
『坂の上の雲』の秋山真之も通って、主席で卒業したところ。
明治天皇が皇居から馬に乗ってこの海軍兵学校まで “行幸” した道が、いまの銀座「みゆき通り」なんだよ。

すぐ隣に「浜離宮」や「朝日新聞本社」、
近所には「築地本願寺」や「歌舞伎座」、「聖路加病院」なんかがあるし、
銀座なんて隣町だから「和光」や「三越」にだって、
徒歩でも15分程度で行けるロケーションなんだよ、実は。

『築地 布恒更科』は、築地本願寺の向かいのブロック、築地小学校の隣にあるちっちゃい蕎麦屋だ。



001-01築地布恒更科_入口.jpg

『築地 布恒更科』は、“更科” の名がついているから、あの更科と関係あるのか?
といえば、もちろんバリバリ関係あるんだねー。
「砂場」、「更科」、「藪」の三大暖簾に「東屋」、「一茶庵」を加えた
五大暖簾
のうちのひとつの「更科」だよ。

「更科」といえば麻布永坂だから、“築地” がついているところをみれば、
どこかの店の築地支店なんじゃないかと想像できる。

じゃ、“布恒(ぬのつね)” ってなんだ?ってことになるよね。
更科の創業者の名前が「布屋太兵衛」だから、おーっ、なんかルーツっぽいなー、って感じ。
そうそう、麻布永坂に始まる更科の屋号って、“布屋○○○“ って人名みたいにつける
習わしがあったみたいなんだね。

「更科」の系図
001-02更科系図.jpg

創業店が「布屋太兵衛」でしょ。
神田錦町が「布屋丈太郎」。
現「さらしなの里」の本家が「布屋善次郎」。
まんが『そばもん』の監修者・藤村和夫氏が四代目だった「有楽町更科」が「布屋源三郎」。
で、その「有楽町更科」の東京・南大井の分店が「布屋恒次郎」というわけ。
これが、「布恒更科」なんだねー!
・・・で、その「布恒更科」が息子にやらせている築地分店が『築地 布恒更科』というわけだ。

先の僕が作った系図で、一番太い枠で囲ってあるのが、創業者の堀井家の直系(血縁)店(分店)。
なんと、現在、麻布十番にある「総本家更科堀井」と「神田錦町更科」の2店しか残ってないんだね!
創業者直系の名字は、“堀井” っていうんだよ。

で、中くらいの太さの線で囲ってあるのが、血縁でない弟子による暖簾分け店(支店)。
でも侮るなかれ、明治の中期以降は、暖簾分け店の「有楽町更科」が更科の名をほしいままにしていたんだな。
藤村源三郎が本店の腕利きの弟子の一人、伊島昇太郎を擁して暖簾分けで日本橋兜町で始めた
「布屋源三郎」というのが有楽町更科の前身なんだけど、とても繁盛して、
移転して、昇太郎が店主になって、昭和になって “有楽町更科” と呼ばれるようになった頃には、
直系の名店「神田錦町更科」を抜いて一門を代表する繁盛店になっていたんだね。

それで、この有楽町更科の店主、昇太郎(藤村家に養子入り)には、
文雄と恒次郎という二人の息子がいたんだけど、
その二男のほうが昭和38年に品川の南大井で始めた蕎麦屋が「布屋恒次郎」=「布恒更科」ってこと。

ちなみに、長男の文雄の息子(四代目布屋源三郎=元 有楽町更科店主)が、
『そばもん』の監修者・藤村和夫氏(2011年没)だ。

「布屋恒次郎」=「布恒更科」は、相次いで主人が早く亡くなって、営業状態も芳しくなかったところを、
四男の伊島節が完全手打ちに変えて地道な努力を続けることによって、
いまの東京の名店としての名声を築いてきたそうだ。



002築地布恒更科_入口看板.jpg

その伊島節のご子息が、分店として始めたのが『築地 布恒更科』。
入口の看板には・・・

麻布永坂支店
御籠詰 御重詰
信州更科蕎麦処
布屋恒次郎(?)


・・・と書いてあるね。
ただし、最後の正式屋号はよく見えなかった(ちゃんと確かめればよかった)。
有楽町更科の屋号「布屋源三郎」と書かれているという説もあるんだよ。
この店の店主のひいおじいちゃんが伊島昇太郎ということになるね。
伊島昇太郎は、二代目の布屋源三郎であり、有楽町更科の店主になりながら、
“布屋昇太郎” の名前を世に残せなかったんだな。




002-02築地布恒更科_店内.jpg

店内は、オーセンティックな「和」だね。
入口から縦長で、想像より小さな店だった。
小ぶりな4人掛けのテーブルが6卓。

さてさて、寒いので熱燗でも。
メニューをペロンと見ると、お、竹鶴があるではないか!
この酒は、新潟端麗辛口系とは真逆のテイストの酒なんだよ。
大吟醸や純米吟醸を訪ね歩く向きには、一生出くわさない銘柄だと思う。
熟成系で色も味も濃い、雑味系の代表みたいな酒だからねー。
竹鶴、って、どっかで聞いたことのある名前でしょ?
うん、ニッカのウィスキーにあるよね。
そうそう、この酒の蔵元は、ニッカの創業者の実家なんだよ。

003築地布恒更科_竹鶴とお通し.jpg

004築地布恒更科_お通し.jpg

1合をKくんとちびちび。
酒をたのめば、タダでお通しが付いてくるのが蕎麦屋の常識。
今日は、かぼちゃの鶏そぼろ煮かな。

005築地布恒更科_いかの返し漬け01.jpg

006築地布恒更科_いかの返し漬け02.jpg

日本酒的なツマミをもひとつ、「いかの返し漬け」。
んー、醤油味のいかの塩辛だなー、こりゃ。

Kくんと映画の話や仕事の話などをしながら、メニューもつらつらと・・・。

007築地布恒更科_メニュー01.jpg

008築地布恒更科_メニュー02.jpg

もりは外二なんだね。
もちろん、「御前」も「変わり」もあるねえー。
「花まき」、「玉子とじ」、「深川」はさすがのあたりまえ。
「すだちかけ」もありまっせ、里花さん!

009築地布恒更科_メニュー03.jpg

天種は、「じゃこ」と「ほたて」というのは、やや珍しげ。
本店が大森海岸に近いから、海産タネがやや豊富なのかな。

010築地布恒更科_メニュー04.jpg

んー、これは夜に来たらガッツリ呑んでしまいそうな肴だねー。
「抜きおろし」、「抜きとろろ」の “抜き” というのは、蕎麦の実のことかな。
いいね、いいねー。
「湯豆腐」もあるんだねー、うれしいね、この季節。
「鴨の柳川煮」も酒が進みそう。

011築地布恒更科_メニュー05.jpg

うん、まとも、まとも。

012築地布恒更科_メニュー06.jpg

江戸っ子なら、冷やで沢の井の純米もいかなくちゃ。
(江戸っ子じゃねーっつうの)

013築地布恒更科_メニュー07.jpg

014築地布恒更科_メニュー08.jpg

ホントは甘いものも大好き。



ふと、見上げると「木鉢会」の表示が。
「木鉢会」は、なんだかよくはわからないんだけど、
なんとなく江戸の臭いのする老舗の会みたいな感じかな。
どんな活動をしているんだろうかね。

016築地布恒更科_店内木鉢会看板.jpg

もちろん “木鉢” なんだから、手打ちだよなあ。
老舗には、機械打ちのとこもよくあるからねー。
なになに・・・

木鉢会
http://www.kibati-kai.net/

室町 砂場
神田 やぶそば
茅場町 長寿庵
麻布十番 更科堀井
巴町 砂場
大門 更科布屋
池の端 藪蕎麦
神田 まつや
八重洲 蘭免ん
銀座 よし田
虎ノ門 砂場
神田 尾張屋
浜町 藪そば
築地 さらしなの里
神田 浅野屋
静岡 安田屋本店
大井 布恒更科
新橋 能登治
日本橋 やぶ久
百人町 近江屋
池の端 蓮玉庵
森川町 藪蔦
錦町 更科
梅島 藪重
猿楽町 浅野屋
駕籠町 藪そば
室町 紅葉川
神保町 柳屋

この店たちに、片っ端から行ってみるというのもおもしろいかもしれないね。



017築地布恒更科_ビール.jpg

メニューで選んだ蕎麦をたのんだ少し後に、エビスビールを追加注文!
僕がたのんだのは「穴子天もり」を “お声がけ” で。
そう、穴子の天ぷらを先に持ってきてもらって、その天ぷらをツマミにひとしきり呑んで、
こちらが「蕎麦を出して」と言ったら(お声がけ)、もり蕎麦が出てくるというしかけ。

Kくんは、寒いので、ということで、温蕎麦の「カレー南蛮」を注文してたな。
ちなみに、“南蛮” というのは、蕎麦屋では “長ねぎ” のことだよ。

018築地布恒更科_辛汁.jpg

辛汁を大きめの器に、多めに持ってきてくれたっけ。
写真の右奥にちらっと見えているけど、小さな器としゃもじも貸してくれたよ。
聞くと、大きめの器のほうは天ぷらのつけ汁として使え、とのこと。
天ぷらの油の浮いた辛汁で蕎麦を食べるのがイヤなら、
小さな器にもあらかじめ辛汁をとっておいてそっちを使えとのこと。
なるほど、気が利いているやねー。

汁はご覧の通り、まっ黒!
うん、写真で見るとどんな蕎麦汁も黒く見えるけど、
ココのはフツーの蕎麦屋のやつより明らかに黒かったよ。
でもね、だからといって、藪系の汁ほどは塩辛くはなかったね。
出しの味が出っ張るということもなく、見事にまあるくまとまった味だった。
その辺が、更科らしいところなのかな。

少し経ったら、穴子天が出てきた!

019築地布恒更科_穴子天01.jpg

おー、さっくりと揚がっている!

020築地布恒更科_穴子天02.jpg

中はふわふわ。
塩で食べても、つゆに付けて食べてもうまいねー。

021築地布恒更科_穴子天03.jpg

大根おろしもついているので、これをつゆに入れた、辛み大根的(辛くない)な風味も悪くない。
でも、これだけ新鮮な穴子のサクッだから、ゆずを軽くしぼってそのまま食べるのが
オツかもしれないな。

「一緒にツマもう」と言ったら、Kくんは待ってましたとばかりにムシャムシャ。
僕がビール片手に、「ドキュメンタリー映画ってのはよう・・・」なんて言ってる間に、
ちょっとだけ残して、断りもなく大葉の天ぷらまで食っちまった。
「どうだい、江戸蕎麦屋の江戸前穴子の味は?」って聞いたら、
「うまいです」だと。
「・・・・・」。

僕が、顔に出さずムッとしている間に、Kくんのカレー南蛮が出てきた。

022築地布恒更科_カレー南蛮.jpg

おー、いい匂い!
しかも、けっこうなボリューム。

023築地布恒更科_カレー南蛮アップ01.jpg

鶏肉がたっぷり入ってる!
なるほど、かしわ南蛮のカレー味版なんだねー。

024築地布恒更科_カレー南蛮アップ02.jpg

ちなみに、カレー南蛮って明治時代からあるんだよ。
明治30年頃に東京四谷の杉大門通りにあった、
杉本さんが営む蕎麦屋が鴨南蛮蕎麦にカレー風味をつけて出したのが始まりらしいんだな。
それで、この杉本商店というのがいまでもあって、
業務用のカレー南蛮の素の第一人者として営業を続けているみたい。
ココんちがそれを使っているかどうかはわかんないけど、可能性は高いだろうね。
興味のある方はどうぞ↓
http://www.sugimoto-shop.com/index.html

写真を撮らせてもらいながら、「すげー、うまそうだね」と僕が言っても、
「食べてみます?」とはKくんは言わない。
ふうふう言いながら、ズルズルかっこんでいるので、
「手打ちの麺だけど、カレー味の温蕎麦って、どうよ?」って聞いても、
「うまいです」だそうだ。
まあね、蕎麦なんて、そんな細かいことをごちゃごちゃ言いいながら食べるもんじゃないからねー、だ。
ちなみに、支払いは全部僕なんだよ。



025築地布恒更科_もり.jpg

「蕎麦、お願いします」。
「はーい、お声掛けのもりでーす」というやりとりをしてから、
おおよそ5分後、“もり” が出てきたよ。

026築地布恒更科_もり寄り.jpg

おーっ、こういうせいろで出てくるんだ!
へー、意外、老舗っぽくないねー。
しかも、室町○○とかよりケチくさくない。
これは、1.5人前くらいの量があるかなー。
いいね、いいねー。

027築地布恒更科_もりアップ01.jpg

ほんで、見てみてやー、このシャープなカド!
かといって、生煮えっぽいコシがあるわけでない。
ちゃんと、微粉の蕎麦の味と香りが引き出せてる、伝統的なもっちり系の茹で方だ。

028築地布恒更科_もりアップ02.jpg

なのに、充分な歯ごたえとつるつる感が楽しめるのは、この太さにあるんだろうな。
ココのは、明らかに直系の「更科堀井」より太いね。
でも、太麺というほどは太くない。
文字通り中太。
細からず、太からず、見たことのない絶妙な中太だ。

029築地布恒更科_もり箸上げ.jpg

これが、まあるく枯れた辛汁とあいまって、“これぞ、蕎麦!!” という風味を醸し出しているね。
蕎麦粉の香りと味をパワフルに味わえながら、つるつるの喉越しを失わないギリギリの太さ。
そして、出しの味をかぶせ過ぎない蕎麦汁。

これは、独自の完成形なんだなー。
感動してしまう。

他店のことを出すのは御法度かもしれないけど、
このスタイルは「上野藪」や浦和にある「分上野藪かねこ」と似ているかもしれないな。
僕が知っている更科とは、まったく似ていない。

「布恒更科」は、あの名店「有楽町更科」の血縁店だけど、
「有楽町更科」もこういう蕎麦だったんだろうか。
いや、「布恒更科」は、恒次郎の四男・伊島 節が機械打ちを手打ちに変えて、
誰にも教わらずにコツコツと名店を築き上げてきたんだから、
このスタイルは完全なオリジナルなのかもしれないね。
これはもはや、更科ではなく伊島の暖簾の味なんだろうな。
いやー、なるほどすばらしかった!

030築地布恒更科_ごち.jpg

ごちそうさまでした!!

蕎麦屋らしい季節の料理や季節の蕎麦も「布恒」の魅力。
何度も通いたくなる店だねー。

031築地布恒更科_蕎麦湯.jpg

もり蕎麦の人向けに出された蕎麦湯だけど、
僕はもちろん「飲むかい?」と聞いたのだった。
Kくんは、もちろん飲んだのだった。



●『築地 布恒更科』(つきじ ぬのつねさらしな)
東京都中央区築地2-15-20
03-3545-8170
[月~金] 11:00~15:00(L.O14:45)、17:00~21:00(L.O)
[土] 11:00~15:00(L.O)
ランチ営業
定休日/日曜・祝日


今年も、細く、長く、しゃきっ(?)とね



親友のHくんから、年賀メールが届きました。
去年の2月まで約2年、こっちに単身赴任してて、
ちょくちょく呑みに行ったりしてました。
(元気でやってますかあ?)

蕎麦打ちのベテランらしい年賀写メだねー。
ありがとう!

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新年おめでとう
年越し蕎麦。
まず、かき揚げの天抜きで飲んで残った汁をつけ汁に。
それと辛味大根。蕎麦の加水率は40%。
ギリギリですが、おかげで角がキリッと立っています。

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001Hくん2013年越し蕎麦.jpg

002Hくん2013年越し蕎麦アップ.jpg

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今年もよろしくお願いします
加水率は粉によって異なりますが、いい粉だと40%を切っても大丈夫な感じがします。
そばもんで言う「そら豆」までは必要ないことに気づきました。
指の先で蕎麦粉全体がしっとりしてきたなと感じられる量が適量です。

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おーっ!
細くて、長くてキリッと角が立ってて、旨そうだねー。
年頭から縁起がいいやねー。

加水率40%?!
よくつながったね。
ますます腕をあげたんじゃないの?

僕はまだまだ修行が足りん状態です。
今年もいろいろ教えてねー。

今年もいい年になるよう願っています。
ますますのご活躍を!