ゆらゆら草

もう少し感受性を働かせれば、毎日がスペシャルになる。そう自分に言い聞かせて、 いろいろ感じたことを書きとめてみよっと。

のぼうの城下では蕎麦も強かった ~ 『そばよし』  



前々から、埼玉県行田(ぎょうだ)市に、ものすごくうまい蕎麦屋がある
というハナシを聞いていたんだけど、
けっこう遠いので、「まあ、そのうちに」とキープしてあったんだよ。

行田市は、埼玉県の北部、つまり東京湾から遠く関東平野を内陸に入ったところにあって、
“日本一暑い” というわけのわかんない自慢で
岐阜県の多治見市や群馬県の館林市と争っている熊谷(くまがや)市の隣にある。
群馬県と栃木県との県境がすぐそば。

行田は、“暑さ” じゃなくて、古墳の町として有名なんだね。
こっちのほうでは、小学校の遠足や遠バスなんかで、ポピュラーな行き先。
「さきたま古墳群」って言って、埼玉県の県名の由来!となった土地なんだよ。
紀元後6~7世紀に造られた、どでかい前方後円墳や円墳が9基もある。
昭和以前までは、その他に中小の古墳がさらに36基もまわりにあったそうだ。
歴史的建造物の少ない北海道からやってきた僕には、
古墳などあまりに珍しくて、小学生みたいに、過去に3度も行ったんだったよ。

先日、いつものように、
映画カッパさんの「映画的日記」を拝見してたら、
『のぼうの城』という作品が紹介されている時があって、
その映画が、行田市が舞台になった実話に基づいた作品
だと知ったわけ。

行きたい蕎麦屋とおもしろい映画の舞台のシンクロ!
そう、それで、気持ち的にきっかけができて、「いまでしょ!」と行ってみたったのだ。



知る人ぞ知る行田の名店は、『そばよし』という店なんだよ。
川越よりちょっと北のほうだろ、と気楽に出たんだけど、けっこう遠かったなあ。
車で約2時間。

行ったのは、ある土曜日。
土日と祝日は、限定メニューがあるのだ!
ふだんはニ八なのか十割なのかわからないけど、
麺の種類が、いわゆる微粉の “もり” のみなんだけど、
土・日・祝は、それに加えて、田舎の “黒” と、更科の “純白” が選べるんだよ!

食べログのレビューなんかを読んでも、フツーのもりでもものすごくうまいらしいんだけど、
その “黒” は、ものすごーーーーーーーくうまいらしい。
“白” もいわゆる更科とはレベルが違って、蕎麦の香りと味が豊からしい。
土日は混むらしいんだけど、みなさんの評価が尋常じゃないので、
がんばって、土日の昼をめがけていざ出陣!



外見は、うん、東京郊外によくある「一軒家タイプ」だ。
忍城(おしじょう=映画「のぼうの城」の城)の城下町のイメージをかもして、
城風なのか、町屋の “蔵造り“ 風なのか、そういう外壁デザインになっている。

000そばよし_建物

建物の中も、実にまともな和風空間。
一方の窓際があがり4卓×4席と、反対側の窓際が2席のテーブルが4卓。
店内の真ん中に5人ほど掛けられるカウンターがあるのが特徴的だね。
ぎっちり入って、30人くらいは入れるかな。

005そばよし_店内

003そばよし_打ち場

入口を入って、正面右奥に蕎麦打ち場があったね。
石臼手挽きの自家製粉だ!

打ち場のウィンドーの上に「そば儀」とかかっているけど、
あー!ホントは、そう書いて「そばよし」って読ませるのかなー。

左の木札に、「壱斗弐升五合」ってかかっているのはなんだろう?
なんかの量であることはわかるけど、何を意味しているのかなあ?

↑(その答えを「気の向くままに~日々雑記~」の takaki11さんに教えていただきました。
  答えは、当ページの「コメント」の中に記述されています)

001そばよし_メニュー冷たい&天ぷら

もりが500円、安い!
これは、田舎の “黒” と、更科の “純白” を選んでも同じ。
すごく安い!
そして、食べてみて、ものすごく安い!!ということに気づかされることになるんだよ。
ご飯ものとのセットもたくさんあって、いいよねー。
ウワサでは、かつ丼もかなりうまいらしいよ!

002そばよし_メニュー温かい&飲物

あったかい天ぷらそばだって900円だから、
都内の手打ち蕎麦屋に比べれば破格値だよな。

天ぷらの単品も、なまら安い!
あっ、失敗した!
「かきあげ」と「ねぎ天(げそ入)」たのめばよかった・・・。

006そばよし_天ぷら壁メニュー

アルコール類も濃淡ちょこちょこあるけど、
ツマミは天種くらいしかない。
いろいろつまんで呑みたいなら “ヌキ” とか、別製でたのむしかテはないけど、
それはそれでおもしろいかもしれないね。
今回は車で行ったので、蕎麦前はナシ(泣)。



同行2名で2品たのんで、最初に出てきたのは、「天盛りそば」1,200円。
麺は、挽きぐるみの田舎= “黒” だ。
見たとたんにフツーじゃないことがわかる姿だ。
瑞々しいグレーの麺に、ホシがくっきりと散らばっているなー。

007そばよし_天盛りそば黒1200

天ぷらの姿も凛としてるねー!

薬味ねぎは繊細に切られていて、定法通りふんわりとほぐしてある。

008そばよし_天盛りそば黒天ぷら1200

見事なおか天!
もちろん、天つゆはもり汁とは別途だよ。

009そばよし_天盛りそば黒アップ

麺は、十割の田舎なのに細い!
完全な微粉ではなく、いわゆる粗挽きでもないな。
石臼の目立てをすこーしだけ荒めに設定してあるんだろうか、
絶妙なざらつき加減
だなあ。

コシは、ご期待に反して強くはない。
ホシもあり、粗挽き系なのに、最上級の微粉麺のようにもっちり系なんだよ!
これは、ひょっとして僕は、驚愕の蕎麦と出くわしてしまったのかあ!!!
通常、粗挽き蕎麦はつなぎか温度か捏ねで苦心してつなげるため、
必然的に太くて、コシも強く(=麺が固く)なるもんなんだけど、
ココの麺は粗挽きっぽいのに、オーセンティックな細くてもっちりを実現しているんだ。

そもそも、コシの強い固い麺がうまいと言い出したのは誰なんだろう?
蕎麦は、うどんやラーメンとは違うでしょ。
塩を入れて、よく捏ねてグルテンを発生させて、熟成させて、
旨味とコシを生み出させるといったことはしないからね。
香り立つ蕎麦粉の香りを、ものの10分程度でドウに封じ込めて、さらに数分でのして切って、
香りや味をキチンと引き出すように茹で上げて、ササッと食べるもんなのだ。
だから、ホントによくできた蕎麦の麺は固くないのだ。
細くて、つるっとしてて、もっちり噛みごたえ、香りと味がふんわり、が正統。

かたや、いま人気の粗挽き系は、
細さと、つるつるののど越しと、もっちり噛みごたえはスポイルされてしまっても、
噛んだ時の他では替えがたいクリスピーな味と香りを楽しむ、
といった食べ物だと思う。

010そばよし_天盛りそば黒もっとアップ

でも、ココんちの “黒そば” は、
最高レベルの微粉の良さと上質な粗挽きの良さを足して2で割らない、
夢のような蕎麦を具現化してると言い切っちゃおう!!

だから、驚愕なのだ。
ホントに、うま~~~~い!
こんなにうまい蕎麦は初めてだあ、と言いたくなるなあ。



後から出てきたのは、「とろろそば」850円。
麺は、更科の “純白” にしてもらった。
こっちのほうも、驚きだ。

011そばよし_とろろそば白850

まっ白なさらしな粉は、ほとんどでん粉なので、
ほとんど味や香りがしないのがフツーなんだけど、
ココのは味がけっこうあるんだな、まあ香りはやっぱり少なめだけど。

013そばよし_とろろそば白アップ

それから、更科粉はこねる時に、最初に熱湯ででん粉質を糊化させて
それをつなぎにしてまとめるんだけど、
そのせいで麺が固くなるんだよ。
そのせいで、いよいよすすった時の香りと味が飛んでしまうのがほとんどなんだけど、
ココのはひと味ちがうなー。

014そばよし_とろろそば白もっとアップ

だいたい、やっぱり固くない。
すすって、噛むと、ホロッと切れるんだなー。
その、ホロッ、の時に香りと味が口の中に広がる
んだよね。
ちゃんと、それがある更科ってこと。
蕎麦の甘味がしっかりする更科蕎麦って、これまでは食べたことがなかったなあ。
すごすぎる!

あ、いけねー。
蕎麦猪口のとろろを写真に撮るのを忘れてた!
んー、そうそう、とろろは大和芋じゃなくて、自然薯(じねんじょ)だった!
それから、きざみ海苔が入っていたなあ。
もり汁は、別途徳利に。
自然薯はもり汁とよく混ぜないと、粘り気が強いからつけ麺しにくいけど、
味は大和芋より数段うまいね。
まあ、個人の好みもあるけどね。

そうそう、薬味にうずらの玉子がついていたねー。
これは、江戸蕎麦であまり見ないやり方だね。
北海道の故郷では、もり汁にうずらの玉子を入れるのはわりとポピュラーだったと思う。
いまは、どうなのかなあ?

012そばよし_とろろそば白薬味

田舎といい、更科といい、
いったいどうやったらこんなすごい蕎麦が作れるんだろう。
「石臼&手挽き」って、やる人がやればこんなにすばらしいんだろうか。

お店の外装も内装も器も、店名さえも、そんなにこだわりコリコリというわけでもないので、
見た目だけで、蕎麦づくりに対する執念というものもそこそこか、
って、食べる前に勝手に想像しちゃってたけど、
いい意味で激しく裏切られたねー。

僕はこの先、生きてる間に、
ココよりうまい蕎麦を口にすることがあるんだろうか。

恐るべし、忍城下の蕎麦!


僕は、この店に来て、4つもミスを犯してしまった。

① 天ぷらの単品をたのまなかったこと
② とろろのつけ汁を撮り忘れたこと(ゴマだれなどもある)
③ フツーの “もりそば” をたのまなかったこと
④ ご主人が何者なのか聞かなかったこと

遠いけど、また来て挽回しなくちゃ。



●『そばよし』
埼玉県行田市門井町3-20-53
048-553-7430
営業時間・定休日:??? 日曜営業




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忍城(おしじょう)は、1478年頃にこの地域の豪族・成田氏によって築城されたそうだ。
戦国時代に、北条氏や上杉謙信などに攻め立てられるが独立を保持してきた。

1590年、豊臣秀吉の関東平定のため、石田三成、大谷吉継、長束正家らが攻め入って、
利根川を利用した水攻めを展開したけど、盟友の小田原城が落城したためにしょうがなく開城するまで、
農民などで構成されたたった三千の兵で二万の大軍と戦い、最後まで落城しなかった城だ。

この時に、忍城立てこもり戦闘の指揮をとったのが、城主の従兄弟の成田長親で、
映画では、でくのぼうの “のぼう” と呼ばれて親しまれていたという設定だったね。

現在は、本丸のあったところに、行田市郷土博物館(埼玉県行田市本丸17-23)が建っていて、
そのまわりには、鉄筋コンクリートで復元された「御三階櫓(=実質上の天守閣)」や
やっぱり復元の「鐘楼」なんかがあったなー。

015忍城_鐘楼
忍城「鐘楼」

016忍城_第三櫓
御三階櫓。これが実質上の天守閣。



石田三成が、忍城水攻めのために、たった1週間で28kmも工事させたという
「石田堤」も見に行ってみたよ。

017石田堤_解説板

018石田堤_城攻め年表

022石田堤碑
江戸時代に建てられた、石田堤を紹介した石碑(右奥)

021石田堤
平地の高さより1~2m高く土が盛られている。いまでも見られるものは市内に数カ所しかない

019石田堤_堀切橋と忍川
堀切橋の上から見る忍川。石田堤は、ここから決壊したらしい

020石田堤_決壊部分
道の向こうの土手と手前の土手が断裂している。ここが決壊部分

水攻めって、僕は皇居や松本城のような城のまわりの堀の水をあふれさせて
人が出入りできないようにするくらいのもんだと思ってたんだけど、
あのね、忍城の本丸のあった所からここまで徒歩で1時間半!
車でも20分くらいかかるんだよ。
地図で見たら、とてつもない広さなんだなー。

現地に行ってみたら、城を中心に城下町や農地も含めて、
藩全体を水没&全滅させようって、むちゃくちゃ壮大な作戦だったんだって気づいたね。
当時は、いまより水田や湿地や水路がたくさんあったらしいんだけど、
それに加えて、利根川がいくらでかい川だといっても、1週間の突貫工事で土手を作った程度じゃ、
まあ、うまくいかないに決まってる、と思うのは僕だけだろうか。
広すぎるよなあ。

ここからまた少し離れたところに、「さきたま古墳群」がある。
紀元後6~7世紀ころにできたものらしい。
現在9基、昭和以前までは、その他に中小の古墳がさらに36基もまわりにあったそうだ。

023さきたま古墳看板

さきたま古墳群の中のひとつ、
日本最大の円墳「丸墓山古墳」の頂上が、石田三成軍の本陣になった。
写真では大きさがわかりずらいけど、直径105m、高さ18.9m。

024さきたま古墳_丸墓山墳
階段中腹と下方の白いものが人間。頂上からは行田の町のはるか遠くまで見下ろせる


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